やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。 作:てにもつ
オーディションから数日後。いつもとは異なり、一年生は机の運び入れがなかった。練習を始める前に、五十五人のA編成のコンクールメンバーの発表が行われるためである。
俺は一人、教室の端に佇む。部員達を見渡してみれば、何かを紛らわすかのように必死に話している部員達が多かった。そう見えるのは各々が実際にそう考えているからなのだろうか、それとも俺自身が何か感じているところがあってそう感じてしまっているのだろうか。
オーディションで受かりたいという感情も受け入れてしまえば、案外素直に受け入れられるもので、やっぱりそこそこ真面目に練習していただけあって、結果が付いてくるのかという不安はあることにはある。自販機で買ったばかりのお茶は、気がつけば半分くらいなくなった。
だが松本先生が教室に入ってくると共に、あーだこーだと話していた部員達は少しずつ静かになっていった。完全に無音が支配して松本先生は口を開いた。
「それでは合格者を読み上げる」
松本先生のぴしゃりとした言葉と共に、音楽室にはオーディションの緊張がよみがえる。ぎゅっと手を握り合わせる者。ただ真っ直ぐに松本先生を見つめる者。不安そうに瞳が揺れている者。
「呼ばれた者は返事をするように」
「「「はい」」」
ただ、ほぼ全員考えていることは同じだろう。どうか早く終わって欲しい。そして名前を呼んで欲しい。
「まずパーカッション。田邊名来」
「はいっ!」
順番に呼ばれていく部員達の名前。呼ばれなかった部員は落選。涙を流す部員がほとんどだ。特に三年生は今回を逃せば、もう次はない。
すすり泣く声が聞こえてくる。教室の端を陣取ったことを後悔した。ここからは部員達の様子がよく見えてしまう。
泣いている部員、それを励ます部員、ただじっと前を見つめているだけの部員、選ばれたことを申し訳なさそうにしている一年生。こんな場で声を大にして喜べる部員なんて誰もいなかった。
メンバー選考がここまで重たいものだったなんて。中学生の頃からコンクールの度にメンバーの選定は行われてきたが、それでもここまで緊迫感が漂っていなかった。
早く。トランペットパートはまだか。俺たちのパートはまだ呼ばれない。
「チューバ。後藤卓也」
「…はい」
「長瀬梨子」
「はい…!」
「続いてコンバス」
思わずぐっと息を呑む。本人を見ることはできず、咄嗟に目線を下げた。
加藤の名前が呼ばれることはなかった。コンクールに出たいと努力していても選ばれない。
「川島緑輝」
「はい」
加藤が呼ばれなかったこともあって、絶対に呼ばれるだろうとわかっていても緊張してしまっていた。それでも川島が呼ばれたのは素直に嬉しい。
目線を上げて、川島の方を見ると今まで見たこともないくらい真面目な表情で松本先生を見つめていたが、俺の視線に気がつくとぐっとガッツポーズを送ってくれた。
「塚本秀一」
「はいっ!」
高校からトロンボーンを始めた塚本は自分が選ばれるのが難しいと言っていた。それでもこうして選ばれるのは本当に凄い。やるなと褒めてあげよう。口には出さないけれど、その気持ちは目線に込める。
だが塚本が俺の視線に気が付くことはない。ぐっと強く握り、誰かと喜びを共有しようとした塚本の腕は相手が見つからずそっと静かに降ろされた。
さて、他に楽器はない。おそらく次だ。やっと。
「では、最後にトランペット。中世古香織」
「はい」
「笠野沙菜」
「はい」
良かった。トランペットパートはとりあえず三年の二人は呼ばれた。
「滝野純一」
「はい」
「吉川優子」
「はい」
「高坂麗奈」
「はい」
「比企谷八幡」
「…はい」
呼ばれた。かっと胸が熱くなる。
俺はコンクールに出る。出るのだ。
「……優子、頑張って」
「……当たり前じゃない」
ぼそぼそという声が聞こえてきた。視線は正面に向けながらも、優子先輩の手を握っているのは加部先輩。
トランペットパートの二年生で唯一落選してしまった。その表情は俺からは見えない。以前話していたが、きっと自分でも薄々落ちてしまうのではないかと思っていたのだろう。優子先輩に掛ける声は弱々しいものでも、掠れているわけでもない。
一年で落ちてしまった吉沢は相変わらず表情からは何を考えているのかわからない。だけど、その手が強く握られているのが見えてしまった。
「以上六名。ソロパートは高坂麗奈に担当してもらう」
「はいっ」
「えっ」
そんなことはつゆ知らず。教室の前にいた優子先輩が、まるで悲鳴のような驚きの声を上げた。
教室にざわざわと衝撃が走り、全員の視線が高坂に集まる。多くの部員達は中世古先輩がソロにならないわけがないと思っていた。例え、今回のコンクールは実力で選ばれると言われていても、どこか中世古先輩がやるはずであると。
「それではコンクールメンバーの発表は以上である。今回選ばれた者はコンクールに向けて全力で練習に勤しめ。また、落選した者もB編成としてコンクールが控えている。私はコンクールが終わるまでB編成の指導を務めるが、今回落ちたからと言って努力を怠ることは許さん。A編成に優る心意気で練習に励むように。以上だ」
「…はい」
「どうした?声が小さいぞ。もう一度」
「「「はい!」」」
「よろしい。それでは部長、この後は任せる」
「は、はい」
どこか部員達が上の空なのは当然メンバー選考の結果のこともあるだろうが、中世古先輩がソロでなかったことも大きい。実力で選ぶとは、そういうことだ。ソロも実力で選ぶと滝先生は言っていたのに。
『三年間やってきたんだもん。最後は吹きたい。自分の吹きたいところを、思いっきり』
中世古先輩の願いが叶うことはなかった。
「はい。じゃあ練習するから一年生は椅子を運んで」
小笠原先輩はいつも通り指示を出す。中世古先輩を応援していた小笠原先輩。今回の結果に少なからずショックを受けたはずだが、いつも通り部長を全うしようとしている小笠原先輩。何だかんだでやるときはやる先輩なのだ。
一年生がいつもより準備に時間を掛けて椅子を運び込んだが、それでもその後の練習がコンクールメンバーの発表で浮つくことなくいつも通りに、もしくはメンバーに選ばれた責任と自覚からいつも以上に引き締まった練習になったのはきっと部長の力なのだろう。