やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。 作:てにもつ
「なあ。俺の家、逆方面なんだけど」
優子先輩とホルンパートの面々に詰め寄って、半ば強制的に話を聞き出せば、『今日は何があっても香織先輩と帰りに話をしたい』と優子先輩は走って音楽室を後にした。優子先輩が中世古先輩を探しに行ったお陰で、解放された時のララらんの疲れ切った表情を見て申し訳なさを感じると共に、一人残されてなんとも言えない嫌な空気になったため逃げるようにそそくさと音楽室を出ると今度は塚本に捕まった。
「まあたまにはいいだろ。お互いコンクールのメンバーに選ばれたんだしさ。ぱーっとやろうぜ」
「ぱーっとやるって、ここコンビニだぞ。なあ?」
「別にいいだろ。学校から一番近くてなんか買える場所がここなんだから」
「まあいいけどよ」
「そういう訳でほら」
塚本がいつもは一つまでしか買い食いはしないそうだが、今日は受かった自分へのご褒美だと言って特別に炭酸と唐揚げ棒を買った袋の中から炭酸飲料を取り出して俺の前に出した。
「え、何?くれるの?」
「ちげえよ。買ったピザまんだして」
「お、おう」
「ほれ、オーディションお疲れさん。コンクールも頑張ろうぜ」
コツンと俺のピザまんと、塚本の炭酸がぶつかる。通常の乾杯のようにガラスとガラスがぶつかって鳴るカシャンという音は聞こえないが雰囲気だけ。
「うわ、お前ピザまんに水滴付いちゃっただろ」
「ちょっとくらい気にすんなって。それにしてもピザまんは邪道だと思うんだよな」
「中華まんに王道を求めるな。肉まん、あんまん、カレーまん。なんなら角煮まんやキャラクターコラボの中華まんまで、そのときに一番食べたいって思った中華まんが自分にとって最高の選択でいいんだよ。それを肉まんこそ王道とか言って、他の選択肢を邪道だという。特に言われがちなのはあんまんな。その風潮を認めん」
「言いたいことはわかるぞ。ミスドとかな。あんなに種類あるんだから、とりあえずポン・デ・リングは絶対みたいなのなんか嫌だ」
「いやミスドはオールドファッションこそ王道だろ」
「おい」
それにしても久しぶりに中華まん食ったな。安くなってたからコロッケと迷った挙げ句ピザまんを買ったが、こういうのってたまに食べると美味しいよね。
「オーディション本当に良かったな、お互い」
「ん」
「俺、今回はちょっとトロンボーンでメンバーに選ばれるのは厳しいかもって思ってたからマジで嬉しかった。メンバーに選ばれるのが目標じゃないけど、選ばれた以上すげえ頑張ってもっと上手くなってやる」
「まあいんじゃねえの」
「何だよ。選ばれたのに冷めてんの?」
「元からこんなんだよ」
「そんなこと言って、メンバー選考のとき名前呼ばれて嬉しそうにしてたくせに」
「そうか?」
「気が付いてなかったのか?嬉しそうに口元緩んでたぞ」
おかしいな。結構ポーカーフェイスに定評あるはずなんだけどなあ。
何となく恥ずかしくてコンビニに置いてあるガチャガチャを見てみると、楽器をモチーフにしたキャラクターのシリーズがあった。このシリーズ、小町好きなんだよな。でもユーフォがないって怒ってた。
「げっ」
「…どした?」
「…いやなんでもない」
「お。塚本と比企谷じゃん」
俺たちに気が付いて手を振っているのは加藤だ。その隣には川島がいる。
塚本が明らかに気まずそうな声を出したが一体なぜ。もしかしてオーディション前の県祭りの件で何かあったのだろうか。
「二人とも、こんにちゅばー」
「は?」
「こんにちゅばー!……どうかな?」
「いや、どうかなってその訳分からん挨拶のこと?くっそ寒いし、謎にドヤ顔でどうかなって聞かれてもウザいとしか思えないけど」
「き、厳しすぎる!もう、折角吹部っぽい挨拶考えたのに全然ダメじゃんみどりー」
「私は可愛いと思いますよ?こんにちはとチューバを足してみた挨拶。比企谷君、塚本君。こんにちゅばーです」
「こ、こんにちゅばー」
何これ可愛い。俺も今度から使おう。
「比企谷、相変わらずみどりに甘い……。いや私に厳しいのか?ところで二人で買い食い?比企谷いるの珍しいよね?」
「確か比企谷君の家ってこっち方面じゃなかったですよね?」
「そうそう。こいつに付き合わされた」
「オーディションが終わったから軽く打ち上げだな」
「えー、打ち上げコンビニでするの?しかも唐揚げ棒とピザまんって」
それは俺も全くの同意である。そもそも放課後に打ち上げをする必要があるのかという点から説明していただきたい。
だが塚本は違うようで、二人が来たときからどことなく居場所に迷うように困った表情をしていたがはっと息を吐いて答えた。
「男はこんなもんでいいんだよ。加藤たちは?」
「私たちはこの後甘い物でも食べに行こうって話してて」
「はい。塚本君達と同じで、オーディションが終わったので」
「そこでみどりがオーディションで落ちちゃった私のこと慰めてくれるって言うから仕方なくね」
「ちょ、ちょっと葉月ちゃん!みどりは別にそんなつもりじゃないですよ!」
「いいのいいの。わかってるって。ありがとね、みどり。あ、二人もオーディションおめでと」
「…おう、サンキュー」
「ふふ。比企谷君が選ばれてみどりも嬉しいです」
「おおお俺も川島が選ばれて、その、ううう嬉しかったぞ」
「ありがとうございます。コンクール頑張りましょうね」
「…塚本もね、おめでと」
「……ああ。さんきゅな。その…、加藤は今年は残念だったな」
「うん。でもしょうがないよ。私初めてまだ数ヶ月だし。来年こそは絶対選ばれるんだ。だから今年はさ、来年私が出たいなって思えるくらいの演奏してよ。塚本も比企谷も、みどりもね」
「…はい。任せて下さい。今回落ちちゃったみんなの分も頑張って絶対に全国行きますから」
「さっすがサファイア」
「だからみどりですー」
二人の様子は加藤が落ちてもいつもと変わらなかった。加藤の持ち前の明るさか、それとも川島の優しさと強さか、あるいは両方なのか。何はともあれそのことに安心感を覚える。それはもしかしたら何となく上手くいっていないトランペットパートの様子が頭をよぎったからかもしれない。
「それじゃ私たちは行こうか?」
「はい。二人とも、また明日!」
手をふりふりと振って去って行く二人に、塚本は声をかけた。その様子になぜか違和感を覚える。変に力が入っているというか、なんとなくいつもと違う様子を上手く説明できない。
「……あ、あのさ!来年こそ四人で打ち上げ行こう。みんなでオーディション受かって」
塚本の言葉はよくある励ましの言葉であったと思う。だが、加藤はなぜかかなり驚いた様に目を丸くして、それから本当に嬉しそうに笑った。
「……うん!絶対!約束だからね!」