やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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「だから、きっとそのせいなんじゃないかって。絶対そうです!」

 

「…そうかな?そんなことないよ」

 

塚本と別れて帰路につくと、いつもの公園にはさっき別れたばかりの先輩の背中とリボンが見えた。対面には香織先輩がいて、優子先輩はこれまでに見たことがないくらい真剣な声音で詰め寄っている。

そんな光景を見てしまったものだから咄嗟に身を隠して様子を見た。自分の行動にぎょっとする。こんなもの、見ても聞いても良いことないだろうに。見ざる言わざる聞かざる。かの偉人が書物としてではなく三猿という彫刻として後世に残させたのは、きっと国の将来を生きる者が見てしまう、言ってしまう、聞いてしまう三つの罪による墓穴を掘らないようにするためだ。掘るのは彫刻だけでいい。

 

「でも…」

 

「私はもう納得してるから」

 

「でも!」

 

「先生が私より高坂さんをソロにふさわしいと判断した。それがオーディションでしょ?」

 

優子先輩が何を中世古先輩に話したのか、俺は知っている。

数時間前の音楽室。ホルンパートの面々に詰め寄って聞いた話は高坂が以前から親同士の繋がりで、滝先生と交流を持っていたという事実だった。

入学した当初、京都に来たばかりの俺は高坂程の実力者が立華のような吹奏楽の強豪に入学しなかったことを疑問に思っていたが、もしかしたら滝先生の影響もあったのかもしれない。高坂が、今年から滝先生が北宇治に赴任するという事実を知っていたらという前提はあるが。

ともかく優子先輩はその事実から、今回のオーディション結果の不正を疑っている。……いや、不正があったと信じている。

 

「だからそのオーディションが…!」

 

「優子ちゃんもコンクール出るのよ。これからはみんなで金賞目指して頑張る。違う?」

 

「……」

 

「その話は口外しないでって他の子にも言っておいて。じゃあね」

 

「っ!香織先輩、諦めないで下さい!最後のコンクールなんですよ。諦めないで…」

 

優子先輩の泣きそうなまでに必死な言葉に、公園を出ようとしていた中世古先輩が足を止めた。

最後のコンクール。どれ程強い思いでオーディションに望んだのかは本人にしか分からない。それでもその一部分は知っている。

最後だから吹きたいところを思いっきり吹きたいと願い、それでも部活のバランスはしっかりと保とうという責任は全うしていた。だからソロの練習は一人でいるときにこっそりとやってきて実力は確かに目を見張る程伸びていたはずなのに。

 

「香織先輩の…、香織先輩の夢は絶対に叶うべきなんです!」

 

それでも、中世古先輩は優子先輩の心からの願いに首を縦に振ることはしなかった。中世古先輩はゆっくりと振り向いて。

 

「ありがとう」

 

その言葉だけを残してまた歩き出した。

『ありがとう』という言葉に込められた感情を深追いしてしまう。考える必要なんてない。上辺だけの感謝の意をそのまま受け入れればいいだけなのに。

 

「やべ。しまった」

 

そのせいで逃げることを考えていなかった。中世古先輩にそこから出て来られると見つかってしまう。

何か、何かないか。段ボールでもスモールライトでも。今年公開されたばかりのスクールアイドルの映画で作中の堕天使が隠れるのに使った大きな人形でも…!

 

「え、比企谷君。……もしかして聞いてた?」

 

だが無情にも見つかってしまった。目線を逸らして小さく頷く。

冷静に考えると、映画で隠れるのに使った人形は結果として隠れていたのがばれてしまったのだったっけ。

中世古先輩は一度、公園の方をちらりと振り返り、固まったままの優子先輩を見た。

 

「ここじゃあれだから。歩きながら話そうか。いいよね?」

 

 

 

 

「そうなんだ。比企谷君、優子ちゃんと一緒にホルンパートの子から聞いたんだね」

 

「正確には聞きに行かされた挙げ句、返り討ちにされかけたところで真打ちの優子先輩が聞き出したみたいな感じです。要約すると優子先輩が仮面ライダーで、ライダーキックしたみたいな」

 

「あはは。それじゃあ比企谷君は守られるヒロイン役だ。でもさ、その噂話が本当かどうかはわからないんだよね?」

 

「そうです。誰かの親が言ってたのを聞いたらしいですけど」

 

「じゃあやっぱりこれ以上広めるのは辞めて貰わないと」

 

中世古先輩と少しだけ遠回りをして帰りながら今日の音楽室での出来事を伝えると、中世古先輩は力強い目で言い切った。

 

「コンクールまで時間があるわけじゃないし、そういう噂で集中力が切れていい時期じゃない」

 

「…そうですね。でも中世古先輩。多分この噂は広まりますよ」

 

「そうかな?」

 

「ソロは中世古先輩に吹いて欲しかったっていう声も多かったと思いますし、何より一番の理由は吹奏楽部ですから。女子の主食は噂話でおかずは他人の不幸話じゃないですか?」

 

「そ、そんなことないよー」

 

中世古先輩は否定したが、間違いなくそんなことある。

忘れもしない中学一年の夏。隣の女の子が優しくしてくれた。休み時間の度に話しかけてくれたし、ある時には授業で寝ていた俺にノートを貸してくれたこともある。だけど向こうからすれば、俺は女子達が話のネタにふさわしいただの道具の一人でしかなかった。告白したら次の日には同じトランペットパートの一年にその噂が広まっていて、さらにその次の日には吹部中に。インフルエンザよりも感染力強いから。女子の噂話は本当に恐ろしい。

 

「あ、ねえ比企谷君。ここのスーパーちょっと見ていっていい?」

 

「全然構わないですけど。買い食いですか?」

 

「違う違う。比企谷君は何か食べたいものあったら買って食べても良いけど、私はこの時間に何か食べちゃうと、夜ご飯が食べられなくなっちゃうから」

 

「いや、俺もさっきまで間食してたんで。じゃあ探し物とかですか?」

 

「うん。実はさ、焼き芋売ってるお店探してるんだ。まだ時期的には早いけどどっかに置いてないかなって」

 

その言葉でオーディション前にたまたま聞いてしまった中世古先輩と小笠原先輩のやり取りが途端にフラッシュバックした。もし中世古先輩がソロを吹くことが出来なかったら、まだどこも売っていないはずの焼き芋を買ってきてあげると言っていた。きっと今頃小笠原先輩が探しているはずだから、目星を付けておいてあげようとしている、なんてのは俺の深読みなのだろうか。

だが中世古先輩は俺がその話を聞いていたことは知らない。だから深くは掘り下げずに話を逸らすことにした。

 

「……そう言えば、先輩の好物でしたもんね。それじゃあどこかで見つけないとだ」

 

「…うん。そうなの。でもこの辺のとこ色々見たんだけど見つからなくてさ。探す範囲広げなくちゃダメなのかなあ」

 

「……」

 

「……」

 

「…そんな見られても困るんですけど、俺の自転車」

 

「今日、大分帰るの遅いけど、比企谷君この後まだ時間ある?」

 

「あると言えばあるんですけど、ないと言えばないですね。正確に言うと内容次第というかなんというか」

 

「私とさ、宝探しに行こうよって言ったらちょっとワンピースっぽいかな?」

 

「ぽいですけど。って言うか中世古先輩、ワンピース読むんですか?」

 

「ううん。お父さんが好きで話聞くけど読みはしないかな。まあそれはともかく」

 

「話逸らしたのに…」

 

「実は目星付けてるところがあるの。だからそこまで二人で自転車で行こう?」

 

「…前もこんなことありましたよね。傘の時。今回もどうせ冗談でしょ?」

 

「ううん。今回は本気だよ」

 

まさか相合い傘の次は同じくらいのハードルはあると思われる自転車の二人乗りに誘われるとは…。普通に警察に見つかったら怒られるけどいいの?まあ中学の頃、小町乗せてた俺が言うのもおかしいけど。

それにしても中世古先輩の笑顔が相合い傘の日と変わらないイタズラをしているような笑顔だから本気なのか冗談なのかがいまいち分からない。ただ、それでも最近ずっと見ている気がするどこか無理しているような笑顔を見るよりかはずっと今の方が良いと思ったから。

 

「はあ。じゃあ今回だけですからね」

 

「本当?冗談だったのに……」

 

「……」

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