やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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こんなに一切話さずに無言で帰る帰路は初めてだ。

今日は高坂と言い合って、合奏練習には参加しなかった優子先輩は仲の良い、それこそ加部先輩や犬猿の仲に見えて実際は…、と評判の中川先輩。他にも優子先輩の自称なのだが、同じ中学出身で物静かなところが優子先輩とは良く合うらしいオーボエの鎧塚先輩とでも帰るものだと思っていたのに。自転車を取って校門を出れば優子先輩がいたから『お疲れ様です、さようなら』のつもりで会釈をしたら、そのまま黙って付いてきた。

表情からは怒っているのか悲しんでいるのかわかりにくい。まゆ毛が下がっていたら悲しんでいる。頬が膨らんでいたら怒っている。言葉にすると単純で、感情だって簡単に分かりそうなものなのに、実際には人の感情は複雑で同じように表情からはわからないもんである。

自転車の籠には俺の鞄だけ。隣を歩く優子先輩は自分で鞄を握りしめて離さない。籠にぽっかりと空いた鞄一つ分のスペースは、違和感があって何だか気持ちが悪い。

 

「……」

 

「……」

 

「…鞄、今日は入れないんですね」

 

「……入れる。重いし」

 

もう。女の子はなんでもすぐ重くするからー。

こんなに使わねえだろっていうくらい種類が多い化粧品ポーチが入った鞄の中身から始まり、自分のことは重い女だと言って縛ろうとしてくるし、スイーツは食べ過ぎるし。それと比べると優子先輩の鞄は今日もいつも通りそんな重くなんてない。むしろ軽かった。

 

「…正直、今日やっちゃったなって思ったの。反省してる」

 

「それは何に対してですか?高坂?滝先生?それとも部活自体?」

 

「全部外れ。香織先輩。…あんな顔させたくなかったから、私何とかしたいって思ったのになあ……」

 

優子先輩が転がっていた石を蹴った。軽くころころと転がって、坂道を下って行ったまま止まることはない。

 

「勝手だし、何よりズルいことを言ってることはわかってる。比企谷だってそう思ったでしょ?」

 

「はい」

 

「……普段は捻くれたことばっかり言ってくるくせに、今日に限って素直なのね」

 

「俺はいつだってナチュラルに正々堂々素直に卑屈ですよ。だから通常通り」

 

「何それ。無駄に語呂良いんだけど」

 

くすくすと優子先輩が小さく笑った。

 

「でもズルいのは高坂もよ。今年から入学したくせに先輩達含めて誰よりも上手くって、ソロかっさらってくなんて。その才能がズルい。香織先輩は今年が最後なのに…。だから納得なんてできないの。私だって同じようにコンクールのメンバーに実力で選ばれたはずなのにね。人の実力は素直に認められないなんて、自分が嫌になるわ」

 

「まあそんなもんなんじゃないですか?人間誰しも、自分のことは棚に上げてばっかだし。それに小町が女の子はみんなズルい生き物だから注意しなくちゃ駄目だよって言ってました。あ、小町はそんなことないらしいですけどね」

 

「確かに小町ちゃんも自分のことすごい棚に上げてる…」

 

「いいんです。小町はそこんじょそこらの女とは違うんで。次世代型ボッチですからね。コミュ力高いくせに一人でも全然平気で、むしろ家に一人でいる時間の方が好きっていうハイブリッドさ。比企谷家のぼっちDNAは小町の存在によって一人でもやっていけることを肯定されて、完成されたと言っても過言ではない。それにね、小町は何と言っても……」

 

「小町ちゃんの話になると止まらない……。そう言えばこの間学校帰りに小町ちゃんに会ったわよ」

 

「え、そうなんですか?全然聞いてないんですけど」

 

「そうだったの?連絡先交換して貰った。ちょっと話してたら盛り上がっちゃって、今度遊びに行こうって誘ってくれて確かに誰かさんの何倍もコミュ力高いなって思った」

 

「それは間違ってますよ。ゼロにいくつかけてもゼロですから。何倍も高いんじゃなくて比べる土俵が違うんじゃないですかね」

 

「自分にコミュ力がないのは否定しないのね。……別にそんなこともないと思うけど」

 

ぼそっと呟いた優子先輩の後半の言葉は聞こえなかった。

だが話しているうちに少しずついつもの調子を取り戻してきた気がする。中世古先輩と高坂のことで頭が一杯の優子先輩は、その後も二人の話を続けていた。

 

「勿論、高坂が努力してきたのなんてわかってる。高坂からしたら嫌な先輩だなって思うし。……後輩に詰め寄って高坂と滝先生のこと吐かせたけど、きっと滝先生は本当は実力で選んだことだって、わかってるのに……」

 

「じゃあ謝った方が良いんじゃないですか?高坂に」

 

「謝った方が良いと思う?」

 

「謝る理由は揃ってるんじゃないですか。さっき優子先輩も言ってたこともありますし、最近のトランペットパート、優子先輩が高坂にイライラしてるように見えて雰囲気最悪ですし」

 

「……普段のことは置いといて、さっきのはでも高坂の言い方すっごいムカついたし」

 

「確かに高坂の言い方は悪かったですけど、優子先輩だって…」

 

「んんーーー!もう!私が悪かったわよ!これでいいんでしょ!?バカ!」

 

「…最後に俺が罵られた…。なぜ…?」

 

しかも全然これで良くない。高坂に言ってくれ。

ふんっ、とさっきの音楽室のときのような怒りではないものの、それはもうまさに機嫌を悪くしたお嬢様。頭に付いているリボンも逆上がっていて、優子先輩の感情とリンクしている。何これ、すごい。

 

「でも謝るのは香織先輩がソロに決まったらね!そうじゃなきゃ、絶対に謝らない」

 

「もうちょっと投げやりになってません?」

 

「去年、三年生がいて練習真面目にやっていなかったときに香織先輩が一人で教室で練習してたの。正確で綺麗な音で素直に伝えた。『上手ですね』って。そしたらね、香織先輩は『上手じゃなくて、好きだから吹くの』って。その言葉が今でも忘れられない。そんな憧れの先輩だから最後のコンクールくらい香織先輩にソロを吹いて欲しい」

 

「……それならきっとそれが答えなんですよ」

 

何があっても香織先輩にソロを吹いて欲しい。何度も優子先輩から耳にしたその言葉は強く中世古先輩を慕う優子先輩の気持ちの表れで、十分どころか十二分、二十分くらいに伝わっている。

だけど中世古先輩の考えも知っている。優子先輩の敬慕はどうしても同情の一面も併せ持つ。同情なんてされたくない。負けた自分をより惨めに感じてしまうから。

それでもそんなこと思わないであげて欲しいなんて言うことは出来る訳がなかった。それが正しいか正しくないかは関係ない。だって中世古先輩がトランペットと部活と部員達が好きな気持ちと同じで、優子先輩も中世古先輩を好きでいてその気持ちに偽りはない。

 

「…え?」

 

「何でもないです。多分、なるようになりますよ」

 

「なるようになるってどういうこと?」

 

「……」

 

「…比企谷?」

 

「…例えばもし、ゲームのように一つだけ前のセーブデータに戻って選択肢を選び直せたとしても人生はきっと変わらない。それは選択肢を持っている人間だけが取りうるルートだから。でも例え結果が変わらなくても、やり直すことに意味はあると思います」

 

「ど、どういうこと?」

 

「先輩は中世古先輩の決意を見守って欲しいって話です。俺、ここ左です」

 

「あ、うん。鞄ありがとう…」

 

「はい。それじゃ」

 

「ね、ねえ!」

 

「なんですか?」

 

「……ごめん。何でもない」

 

振り返った優子先輩の不安そうな顔。

中世古先輩の気持ちの折り合い付けることを解決する方法を俺は知っている。しかし、それは同時に優子先輩の願いだけはどうしても叶えることはきっと出来ない。

 

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