やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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「こりゃ一人でやるしかねえぞ、晴香…」

 

探していた相手がやっと見つかった。

ぺしっ、っと自分の頬を叩いて、神妙な様子で一人呟く小笠原先輩。高坂と話した後すぐに音楽室に行ったが、いると思っていた小笠原先輩はいなかった。誰も行き先を知らないというから歩いていたら、階段の踊り場から外を見ている。その先にはトランペットを持った中世古先輩と低音パートの田中先輩がいた。中世古先輩は俺が高坂と話していた間もずっとソロパートを吹いていたのだろうか。

まあ、そんなことより、今は小笠原先輩だ。

 

「あの、部長」

 

「わ!ビックリしたあ…。ごめん。ちょっと考え事してて気が付かなかった」

 

「いや、別に良いですけど。何か困ってます?」

 

「あ、うん。でもそれは、ほら。何となく分かるでしょ?」

 

「まあ」

 

「今日も合奏練出来なかったし、部長の私がもっとしっかりしないとだから頑張らないと」

 

ふんす、と気合いを入れている小笠原先輩。

ドラマとかではこうやって責任を一人で抱え込んでしまうのを責める役が多いが、俺は偉いことだと思うし非常に良いと思う。気苦労が多そうな人だから、あんまり抱え込んで学校休んでもらったら困るけど。

 

「比企谷君もトランペットパートだから最近は色々大変だよね?香織もやっぱり今は自分のことで一杯だし」

 

「そんなことないですよ。それよりちょっといいですか?」

 

「あ、うん。どうしたの?」

 

「その先輩が気にかけてる今の空気、俺何とかできるんですけど。正直、先輩も手を焼いてるじゃないですか?練習はまともに出来なくなって。でもそれで困ってるのは先輩だけじゃない。俺も困ってます。このままじゃコンクールまずいなって」

 

「そ、それはそうだけど。どうやって?」

 

「一言二言話をするだけです。まあ何を話すかは置いといて、先輩には今から合奏練として部員を集めて欲しいんですよ。いくらやる気なくなっても、流石に帰った部員はいないですよね?」

 

「…まだ時間も早いし、流石にいないと思うけど」

 

「じゃあ今から集めて貰って良いですか?できるだけ早く各パトリに声をかけて、全員集めて下さい」

 

「ま、待ってよ!本当に比企谷君の方法でどうにかなるの?」

 

「はい。なります」

 

どこか不安な様子を隠せていない小笠原先輩は何を懸念しているのだろうか。折角集まっても最近の練習もサボり気味で合奏にならず無駄な時間であったら、今度こそ次以降の合奏練に来なくなるパートがあるみたいなところか。

だけど、今日ばかりは少し無理してでも集めてもらいたい。

 

「大丈夫ですよ。先輩はただいつも通りに皆を集めるだけでいいんですから」

 

 

 

 

「えーと、それでは合奏練を始めます」

 

「それでね、私思ったの」

 

「あー。確かに…」

 

「ちょっと静かにして。真面目にやろう」

 

合奏練をするというのに話をしている部員がいて、それを話している部員達のパトリがたしなめている。こんな光景はオーディション前の俺たちからは考えられない。

『おい、どうするんだ』。小笠原先輩から目線を感じた。『少し待って下さい』。そう気持ちを込めて小笠原先輩を見つめ返す。

気まずそうに目を逸らされた。やばい。今から頑張ろうと思ってたのに心折れそう。

しかしそんな俺の考えなんて関係なしに音楽室のドアが開き、最後の一人がやってきた。

 

「え!?た、滝先生!?」

 

教室がざわつく。今日の合奏練は滝先生が来ることになっていなかった。

 

「おや?合奏練があるから今から来て欲しいと言われたのですが…?」

 

「え、えっと今日は…。……!」

 

はっと小笠原先輩が俺を見る。大正解。呼んだのは俺だ。

 

さて、始めよう。

床に置かれたトランペットが立ち上がる俺を映している。顔は映っていないが、今俺はどんな顔をしているのだろうか。自分ではよくわからない。

がたりと敢えて音を立てて立ち上がる。急に立ち上がった俺に、さらに教室が驚きに包まれた。

 

「滝先生。高坂さんと以前から面識があってオーディションの結果に不正があったと考えている生徒が多くいます。そのせいで練習も集中力が切れているのは分かりますよね?」

 

「…ええ。しかし以前にも伝えましたが、私はオーディションの審査は公平に行いました」

 

「でも、高坂さんのお父さんって有名なトランペット奏者だと聞いてます。なのでそういう大人の力が働いたんじゃないかって部員が考えてもおかしくない」

 

「ですから私は言った通りです。公平に……」

 

「とは言え、先生の言いたいこともよくわかりますよ。普段から同じパートで練習してた訳ですし」

 

『は?』どこからか聞こえてきた。ざわついていた教室が静まりかえる。

 

「先生は今年顧問になってからずっと全国を目指すと言っていた。それならオーディションは実力で選ぶのは当然だ。ましてや今回の自由曲のトランペットソロは長くて目立つ。ミスなんて絶対に許されないし、ここの部分の出来で評価も大きく変わるかもしれない」

 

三百六十度視線を感じる。これまで陰湿なイタズラをされて影で笑われることはあっても、ここまで怒りや敵意を直接向けられる事なんてなかった。

震えだしそうな足を誤魔化すために、俺ははっきりと告げた。

 

「それなら明らかに上手な高坂さんがソロを吹くのは当然に決まってる」

 

「っ!比企谷、あんたねえ!」

 

優子先輩が立ち上がって俺に近づこうとした。

しかし、中世古先輩は優子先輩の裾を掴んでそれを止めた。

 

「先輩…!」

 

「……いいの」

 

震える声で優子先輩に告げる。

……何も考えるな。決めたことだけを伝えろ。

 

「……吉川先輩だって、本当は分かってるでしょ?」

 

きっ、と睨み付けられる。最低だ。上級生になんてこと言うんだ。

部内の至る所から俺を中傷する声が聞こえてきた。中傷というのは少し違うか。俺は今、非難されて当然なことを言っているのだから。

大嘘つきの言葉で、過去の自分がザクザクと傷ついていく。

きっとこれを言えば、中学生のときの自分は報われないことはわかっていた。

コンクールに出られることはなくとも一人こつこつと吹いていた自分は周りよりも上手かったはずなのに、それでもいつだったのかはっきりとなんて覚えていないけれど折り合いを付けて出られないことを納得させた。

実力ではないのだ、もっと大切なことがある。

だからこそ、『上手い人が吹くべきだ』。本当はそんな過去の自分を否定するようなこと思っていないのに。中世古先輩は最後で、この部のために三年間尽くしてきて努力もしてきた。中世古先輩が吹いても良いはずなのに。

 

『……私ももっとよく考えてちゃんと答え出すからさ、比企谷の結論もいつか聞かせてね』

 

県祭りの日の夜に優子先輩と話した。先輩優先か実力優先か。

あの日の夜は確かに隣に並んでいたはずなのに、にらみ合うように見つめ合う俺たちは今こうしてすれ違っている。優子先輩は先輩のために立ち上がり、俺は実力で選ぶべきだと主張する。

心が痛い。その気持ちを勘違いだと振り払おうと俺は滝先生の方を向いた。

 

「先生。見ての通りですよ。上手い奴が吹く。俺は間違ったこと、言ってないでしょう?それなのにこんなに睨まれてるって事は二人の実力差も知らない、もしくは知っている上で尚、中世古先輩にソロを吹いて欲しいと思っている部員がこんなにいるんです」

 

「……」

 

「それなら、もう公開処刑で決めるしかない」


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