やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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「比企谷君。こちらに座って下さい」

 

「…はい」

 

部活が終わり滝先生と一緒に教室を出て、そのまま職員室に直行した。教員が仕事をするデスクの先にある応接間のようなスペースで先生に促されて座る。俺たちが普段使っている木製の椅子とは違う、ふかふかの椅子は座り心地が悪かった。

滝先生と音楽室を出たときの視線が忘れられない。今、音楽室では俺のバッシングのオンパレードになってるんじゃないだろうか。やってないからよく知らないが、ツイッターでは話題のトレンドに『比企谷八幡』とか『比企谷八幡 死ね』とか『比企谷八幡 誰』とか出ていてもおかしくない。いや、おかしいな。ほんと誰って感じだわ。

滝先生はゆっくりと椅子を引いて座ると一つ息を吐いた。

 

「さて、それでは聞きましょうか」

 

「…というと?」

 

「先ほどの話です」

 

「えっと、今日さっき担任と二者面談で話した数学の成績が悪いって話ですかね?」

 

「比企谷君」

 

ずっとにこりともしなかった滝先生が、初めて口角を上げた。それが逆に怖い。

 

「私は真面目な話をしているのですよ?」

 

「…すいません」

 

「比企谷君の部員の前でソロパートを吹くというのは悪くない意見だと思います。私が聞きたいのはどうして全員の前であんな公開処刑なんて言い方をしたのか、ということです」

 

「………」

 

眼鏡の奥の瞳は俺を射貫くように見つめている。

思えば、滝先生が赴任されて初めて部活に先生が来たときからかもしれない。その瞳が俺は嫌いだった。大人の余裕とか子どもとしか見られてなさそうとかではなくて、考えていることを見透かされている気がして。

滝先生への不満が爆発寸前だったので、その矛先を自分に向けたかった。それもあって練習ができていない現状があった。

それを滝先生に話すことが出来なかった。それこそ話さなくても見抜かれている気がするが。

 

「……」

 

「…だんまりですか。それでは先に私から比企谷君に謝らなくてはいけないことがあります」

 

「え?」

 

「ここ最近の部活動について、高坂さんとの一件以降全員の集中力が切れていたことには気が付いていました。しかし私は何もしなかった。ここまでの事態になると思っていなかったですし、何もせずに時間が経てばほとぼりが冷めるのを待つべきだと思っていたからです。…いや、違いますね。何をしたらいいのか…わからなかったというのが正しいのですかね」

 

すっと細められた瞳。滝先生のこんな表情を見たのは初めてだった。

だがすぐにいつも通りの滝先生に戻る。にこりと微笑んだ。

 

「如何せん高校生の部活動の顧問というのが初めてでして。やはり中々難しいものですね。演奏の指導以外にも、見ていなくてはいけない部分や考えなくてはいけないことがたくさんある。部員達の前ではできるだけこういった姿は見せないようにしていますが、松本先生に支えられてばかりなのです」

 

「……」

 

「ですから顧問としては未熟者の私から比企谷君に謝らなくてはいけないことは、部員の前であんなことを言わせてしまったことです。ソロをどちらにするかという問題も解決方法がわかりましたし、これで少しは集中して練習出来るようになるでしょう。どうしてあんな言い方をしたのかも何となく分かっています。だが、今度は比企谷君に不満の矢が集中する結果になってしまった。本当に申し訳ありません」

 

「なっ!頭下げなくて良いです!謝られることじゃないです!俺が勝手に…!」

 

頭を下げる滝先生に慌てて頭を上げてもらう。誠実に綺麗に頭を下げた滝先生とは対照的にあわあわとしている自分はなんと子どもらしいだろう。

途端に自分がしたことが情けなく感じた。それしか方法はない。そう決めつけていたが、滝先生はきちんと分かっていたしどうにかしようとしていたのに。

 

「…俺の方こそすみませんでした」

 

「それは何についてですか?」

 

「えっと、嘘を吐いて呼び出したこととか先生の前であんなこと言ったこととか…今日のこと全部」

 

「……」

 

「…コンクールのメンバーから外して貰って構いません」

 

部員達は俺がコンクールメンバーであることに納得しないだろう。どうしてこんな奴が。その声が後を絶たないのは想像に容易い。

 

「…かつてシンディー・ローパーというアーティストが歌った曲で『True Colors』という曲がありました。その歌詞に『I see your true colors shining through, I see your true colors and that's why I love you.』というフレーズがあります」

 

「は、はあ」

 

「直訳すると、あなたの本当の輝きが見える。あなたの本来の色が私は好きだ、となります。本当の色を隠さないで、それが素晴らしいんだからというメッセージソングですね。私もそう思います。音楽は一人一人異なり、それが良い。合奏の第一はそれを知り、認めることだと思います」

 

滝先生は机に置いてある譜面をなぞるようにして触れた。

 

「私は貴方をコンクールのメンバーから外すつもりはありませんよ」

 

「……顧問として甘いと思います。なんなら退部でもいいレベルの発言でした。俺をメンバーから外さないことがまた滝先生への不満に繋がる可能性だって少なくない」

 

さっきの滝先生の言葉を借りるなら未熟な顧問の軽すぎる判断だ。膿はいつまでも残していてはいけない。余計な問題は排除して、リスクは少しでもなくす。それが顧問としての務めではないだろうか。

目を瞑って何かを考えている様子の滝先生に、俺は再度念を押す。

 

「全国を目指すなら、俺は外すべきだ。はっきり言って不必要です」

 

「私はそうは思いません。全国を目指すからこそ、貴方は必要だと先生は思います」


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