やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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「な……」

 

はっきり言って言葉が出なかった。何を言っているんだ、この人は。

そうしたら不信から部員の集中力がなくなった、さっきまでの雰囲気の二の舞になりかねない。それでは何のために今ここでこうして先生に呼ばれたのかわからない。

それに俺はコンクールのメンバーから外れることは覚悟していた。だから外されることに後悔はないのに。

 

「これでも産まれてからずっと音楽に携わってきました。今は指導者としてですが、音楽学校に通って一演奏者としても」

 

「それがどうしたんですか?」

 

「音楽に触れてきて、今までたくさんの音を聞いてきました。私はこの耳にだけは少し自信があります。比企谷君はまだあまり分からないかも知れませんが、良い音楽とは嘘を吐かない」

 

高坂の音や中世古先輩の音を思い出す。

自分は特別になるのだと、その音は主張する。それが他のどんな理屈や言葉を並べるより何よりの証明だと宣言するように。

たくさんの努力を重ねてきたのだと、その音は主張する。何より音楽が好きだからここまでやってきたことのだと告げるように。

言葉で隠したって演奏から伝わってくるものがある。会話をろくにしてこなかった俺だからこそ滝先生の言っていることはわかる。

休み時間の寝たふりとか、頼まれ事をしたときの嫌そうな表情とか。演奏だってそうだ。言葉にしなくたって伝える方法はたくさんあるのだ。

高坂の演奏からわかる才能。

 

「比企谷君。先日オーディションを行って貴方の演奏を聴いたとき、貴方の音からもしっかりと伝わりましたよ。確か、小学生の時から吹いてきたと言っていましたね。ちゃんとこれまでこつこつと吹いてきたのだと。貴方のこれまで重ねてきた努力やひしひしと感じられる悔しさ、しっかりと私は理解した上でコンクールのメンバーに選んだのです」

 

そんなこと言われたのが初めてで、涙が出そうになった。だがこらえる。この人の前で泣きたくはない。

それがなぜなのか、自分でもよく分からない。余裕そうに見える、というか見せているこの顧問にどこかで負けたくないからか。それともここで泣いたら俺たちの扱いが上手いこの人にまた上手くやられたように思えるからか。やっぱり見透かしているようで気にくわないからか。

だからそれを誤魔化す手段として、話を逸らすこともできずに、ただ否定をするしかなかった。

 

「そんなことないですよ」

 

「いいえ。きっと普段から同じ教室で練習をしているパートのメンバーも感じてるのではないですか?比企谷八幡という人間を理解している人はきっといますよ」

 

『最初からずっと思ってたんだけど、比企谷の演奏、香織先輩に似てる』

 

そう言えば、昔優子先輩が俺に言った言葉をふと思い出した。

確かオーディション形式にすると滝先生が発表したばかりの頃だった。放課後に歩きながら話した先輩は俺の音があの人にとって特別な中世古先輩に似ていると言っていた。

今でもそんなことはないと思う。

中世古先輩のように後輩が辞めるのを止めるために先輩に頭下げるとか部に貢献することなんて絶対にできないし、そんな部が崩壊していた最中でも、先輩が練習しなかった中でもずっと練習を欠かさずにいたからこそのあの中世古先輩の音が俺に出せるだなんて烏滸がましいとさえ思ってしまう。

 

「なので、もう一度言います。私は比企谷君をコンクールのメンバーから外すつもりはありません」

 

「そっちの方が辛いかも知れないなあ…」

 

このままメンバーに残れば部員の誰から何を言われるかわからない。明日からどんな顔して部活に行けば良いというのだろう。

 

「それは理解して発言したのでしょう?」

 

「…まあ」

 

「それなら然るべき覚悟をして、練習に励んで下さい。勿論、度を超して比企谷君に接している部員がいたときは何とかしますけどね」

 

片目を閉じてへラっと笑う滝先生はもういつも通りだった。教師らしいことを言ったと思ったら、あんまりにもあっけらかんといつもの滝先生に戻って、俺の頬は無意識に緩んでいた。

 

「おや。なぜ笑っているのです?」

 

「いや滝先生はそういう人だなって分かってたつもりでしたけど、茨の道を進ませるなあって。呆れる通り越して驚きました」

 

「それならさっきの仕返しですかね。練習だと思って音楽室に行ったら急に立ち上がった比企谷君に、高坂さんとの関係について改めて聞かれて驚きましたから」

 

「先生って、意地悪いって言われません?」

 

「言われたことはあまりないですけど、大学の友人からはたまに」

 

これで話は終わりだとばかりに、滝先生は譜面を持って立ち上がった。

滝先生の友人ってどんな人なのだろうか。この皮肉屋と付き合って行けるのは相当な変わり者であると思う。

 

「さてそれでは面談はこれまでにしましょうか。一日に二度の面談は疲れたでしょう?」

 

「わかってたなら後日とかにしてくれても良かったんじゃないですかね?」

 

「いえ。そもそも面談なんてしないことを第一に考えて下さい。コンクールに向けて練習も増えることですし、私も面談なんかに使う時間勿体ないですから」

 

「練習練習練習練習、どんどん増えていきますよね。しずえインフィニティか」

 

「何ですか、それ」

 

「…すんません。なんでもないです」

 

滝先生に「何ですか、これ」とか、「何ですか、それ」とか言われると心臓をぎゅっと捕まれたようになるのはなぜだろう。サンフェスの前に滝先生に海兵隊の合奏が下手くそで怒られた時のことがトラウマになっているのだろうか。

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