やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

65 / 177
それでも、中世古香織だって特別だ。
1


建国記念日とは実は誤りであり、正確には『建国記念の日』である。

『いや、大差ないやーん』と隣の大阪のおばちゃんからツッコまれそうな程細かい違いだが、歴史的には超重要な点。そもそも建国記念の日とは建国をしのび、国を愛する心を養う日として存在する二月十一日の大変大変ありがたい休みの日。バレンタインとか言うクソイベントまであと三日か…、と本来であれば憂鬱になるはずの時期に唐突に訪れる休みは世の中の男にとってバレンタインよりずっと甘くて心温まる大切な一日なのである。

明治時代に紀元節と呼ばれる建国を祝う祝日があったのだが、その紀元節は第二次世界大戦後、紀元節を認めることは天皇を中心として日本人の団結力が高まるのではないか、というGHQの懸念により廃止されることになった。

だが、実はそもそも日本がいつ建国されたのか、というのは明確ではない。現在の歴史学では初代天皇とされている神武天皇の存在に確証はないからだ。そのため、正確な起源が分かっていないのに建国記念日など定められない、とする学者からの意見が多くあったらしい。

最終的には日本が建国された日とは関係なく、建国されたという事実をお祝いするという考えのもとで『記念日』ではなく『記念の日』となったそうだ。

つまり建国された事実自体が大切なのではない。建国されたことを祝おうという気持ちが大切なのである。

それならば夏は暑いという事実が大切なのではなく、今年の夏も暑いことを祝って休みにしようとかあっても良いのではないか。もしあるなら、それは今日であると思う。だって、おかしいんだよ。もう夏じゃん。それなのに教室冷房付かないの。夏にクーラーの付いた部屋で暑さをしみじみと感じるのも夏っぽいが、夏のくっそ暑い教室はがつんと夏らしさ、というかもはや夏を感じる。

 

「理論は組み立てられている。にも関わらず休みにはならない…。これは自らが休みにするしかないのか…」

 

ソファに寝そべりながら二月のスケジュールを何となく見ながらぼやいていると、小町がリビングにやってきた。

 

「何ぶつぶつ言ってるの?」

 

「小町…。今日休みじゃないっけ?」

 

「いや見てよ。小町達、二人とも制服着てるじゃん。暑すぎて、頭おかしくなった?いとをかし?」

 

「学校行きたくねー。……それより小町、もしかして古文の勉強したのか?」

 

「うん。なんか響きがいいからこの言葉好きー。いとをかし。いとをかし」

 

「意味は分かってるよな?」

 

「ふっふっふ。小町を舐めて貰っちゃ困るよ、お兄ちゃん。いとって大変とか、大層って意味なんでしょ?だから大変おかしいですねって意味なんだよね!」

 

「ちげえぞ。をかしって言葉の意味はおかしいじゃない。面白いとか風情があるって意味だ」

 

「え。そなの?間違えちゃってたかな?てへぺろー」

 

「お前、可愛いけどもうちょっと勉強しろ?可愛いけど」

 

「む。うるさいなあ」

 

「ぐへぇ」

 

小町にクッションを投げつけられた。全く、折角勉強教えてあげたのに。恩を仇で返された。まあ妹からもらえるもんなら何だって嬉しいけどね!

 

「それでどしたの?急に学校行きたくないなんて」

 

「いや、前からそうだろ?常に学校行きたくねえよ」

 

「ううん。中学生の頃と比べたら最近はめっきり言わなくなってたじゃん」

 

「そう?」

 

「うん。お兄ちゃんが更正してるんだなって感心してたもん。部活のお陰かなって思ってた」

 

「更正って…。いや、むしろ部活のせいで中学の頃と比べて辛くなったことの方が多かったんだけど」

 

家に帰るのが遅くなったのもそうだし、疲れてすぐ寝ちゃうせいでアニメもゲームもできていない。夜更かしできないし、夢でまで滝先生に怒られる。

あれ。こう考えると、本当に部活やっててろくな事ねえな。

 

「違うよ。お兄ちゃん。嫌なことがあるから楽しいなって思えることがあるの。忙しい部活動がお兄ちゃんを充実させてくれてるんだよ。お、小町良いこと言ってる?」

 

「言ってる言ってる」

 

「うわー。適当だー」

 

「はあ。嫌だなあ…」

 

「まあお兄ちゃんが言いたくないならいいけどさ。別に」

 

小町は何かを取ったかと思えば、ソファに寝そべる俺の前に掲げた。

 

「久しぶりに途中まで送ってってよ!」

 

キーホルダーの一つも付いていないシンプルな自転車の鍵。妹と二人で学校に行けると思うと、不思議と家を出ようと思える。

その鍵を無言でとって、てくてくと後ろを付いてきている妹と共に学校へと向かった。

 

 

 

 

「うわ。よく部活来れるよね…」

 

「あいつ、中学の時までコンクールでたことなかったんだって。だから今回選ばれたから調子乗ってるんだよ」

 

「よく香織のこと、あんなに言えるなー。大して上手くないんでしょ。あいつ」

 

まるで中学生の時に戻ったようだ。

人生はリセットできないが、人間関係はリセットできるという持論はあながち間違いでもない。人生とは命をかけた一つの証明である、という言葉をどこかで聞いたことがあるが、俺はこうしてまた、自身の経験を持って一つの説を証明してしまった。

音楽室の所々から聞こえてくる俺への陰口は、もはや陰口ではなくしっかり俺の耳にまで聞こえていた。

そうして周りが中学の頃のようになったのなら、俺も意識してあの頃に戻らないといけない。誰からの悪口でも暴言でも、言われて傷つかないなんて事はない。ただ言われ慣れて折り合いの付け方がうまくなるだけ。その折り合いの付け方は京都に来てから、ほとんど意識して行っていなかったから思い出さないと。

 

「ねえねえ。この後まだ練習するよね?」

 

「勿論。コンクール近いしね」

 

とはいえ練習への意識は集中を取り戻したようである。特に問題だと噂で聞いていたホルンやクラも、通りかかったところを見た限りだときちんと練習をしていたようで、昨日の合奏練習では来週のホールでの練習を意識して音を正確に出すことが出来ていたと思う。

俺に向けられる視線と言葉を背中に、マウスピースを水道に洗いに行く。流れる水が冷たくて心地良い。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。