やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 どこに行けばいいかわからず、歩き始めて真っ先に会ったのは意外な人だった。

 

 「あ、おつかれー」

 

 どこか気怠そうな挨拶に、俺は頭を下げることで返事をする。返事というのかは分からないけれど。手をひらひらとするのに合わせて、特徴的な茶髪のポニーテールが揺れているのは優子先輩と犬猿の仲と言われる中川先輩だった。

 そのまま横を抜けよう。そう思った矢先、あのさ、と呼び止められる。

 

 「何ですか?」

 

 「何してんのかなって。もしかしてサボり?私も私も」

 

 ニヤニヤと笑ってサボりを主張する中川先輩から確かに感じとった。この人、間違いなく俺と同じタイプの人間だ。どっからどう見ても不良っぽい雰囲気なところ以外は。

 実は以前から目を付けていたのだ。吊り目でヤンキーっぽい見た目やクールな雰囲気。一人でも『私、全然平気ですけど』みたいな感じがぷんぷんする。おまけに低音パートの中川先輩は俺たちが入部して間もない頃は一人で窓際に顔を寄せて音楽を聞いて寝ていたと川島と加藤から聞いた。わかるわー。気持ちいいんだよな。窓際で太陽の光を浴びながら音楽聞くの。それを堂々とやってのけるとか、ザ・エリートボッチ。人を寄せ付けることなく孤高。憧れの先輩はこの人だ。

 どことなく漂うアンニュイな雰囲気は俺も同じ。……同じかな?ともかくこの先輩にシンパシーを感じる。

 

 「いやあ。まあ」

 

 「それとも誰かを探してるとか?」

 

 ぎくりとした。正解と言えば正解なのだが、こういうの恥ずかしいじゃん。

 いや。恥ずかしいだけならまだ良い。これが後日、音楽室で『ねえ、聞いたー。こないだ音楽室で香織のこと悪く言ってたひ、ひき……ひきがえる?みたいな名前のやつ。あいつこないだのホール練の時、香織に謝りに行こうとしてたんだって。じゃあ最初から言うなよって感じ』、『私は優子ちゃんに呼び出されてドヤされてたって聞いたけど。男のくせに女に虐められるとかマジダサい』なんて噂された暁には死にたくなる。

 

 「べ、べべべ別にそそそういう訳じゃ……」

 

 「うわー、隠すの下手くそか。……割とどうでもいいことは」

 

 『割とどうでもいいことは』。小さく呟いた中川先輩の言葉は確かに俺の耳に届いた。

 

 「あー。まあこんなこと言う必要ないだろうけど…………うん。やっぱいいや。やめた」

 

 「え、なんすか。そういう気になるところで終わらせないで下さいよ」

 

 「ううん。今話すようなことじゃなかった。今度落ち着いてるときに、気が向いたら話すから。それより急いでるんでしょ?早くしないと準備終わっちゃって、ソロのオーディション始まっちゃうよ」

 

 「……」

 

 「……そう言えばさっき、私の背中に突撃してきた鬱陶しいやついたなー。なんか急にツッコんできたから何だと思ったらしばらく私の背中にくっついて、そのままどっかに走って行ったっけ。多分、あっちの方のベンチにでも座ってるんじゃないのかなー」

 

 「鬱陶しいやつ?」

 

 「そうそう。生意気でわーきゃーわーきゃーうっさいの」

 

 どっからどう見ても鬱陶しいでしょ。そう俺に一言残して中川先輩は俺の隣を通り過ぎていった。

 

 「それじゃあ。比企谷君」

 

 手をひらひらとさせながらどこかに歩いて行く先輩の背中を見つめながらふと思う。

 そう言えば、俺あの人に名前言ってたっけ?

 

 

 

 

 

 中川先輩の言われた方に歩いて行けば、肘を太ももに付けて目を手のひらで隠しながら座っている優子先輩がいた。

 泣いているようにもみえるが、すすり泣くような声は聞こえないし肩も震えていないから落ち込んでいるのだろうか。小さい身体はいつもよりずっと小さく見えた。

 困ったな。塚本に背中を押されて、中川先輩に場所を教えられたのはいいんだけどやっぱりこうして来ると何を話せば良いのやら。

 最近話していなかったけど、何から話せば良いんだろう。冷静に考えると、あまり俺から話しかけることはなかった。放課後帰る時も大体向こうから話を振ってくれていたし、むしろ俺から話を振った事なんてあったかな。

 やべー、本当にどうしよう。ぽりぽり右手で頭をかきながら、左手をポケットの中に入れる。かさりと左手が何かに触れた。川島の言葉が頭をよぎる。

 

 『女の子の困ったことは大体甘いもので解決します』

 

 「……これ。もし良かったらどうぞ」

 

 顔を上げた優子先輩の目元は少しだけ赤かった。

 俺の掌に乗った飴を見てから、俺の顔を見つめる。そのまま手を伸ばして川島から貰った飴を手に取った際にほんの少しだけ触れた優子先輩の指は温かい。

 

 「……ありがと」

 

 いつもの公園。そう呼べるくらいに何回も帰りに寄っていく公園のベンチのように座るのが何故か憚られて、俺はベンチの隣に立つことにした。顔を合わせることはなく、お互い大きなガラスの外に目を向ける。

 風に吹かれて木が揺れている。晴天の下の土から萌えるあの植物は、一体何の花を咲かすのだろう。棗かな?俺の風情とはほど遠い人生経験と知識からじゃ判断できない。

 

 「……甘い」

 

 「そりゃ飴ですからね」

 

 「この包装紙のデザイン可愛いわね。こんなの比企谷が持ってるって何か意外」

 

 「本当にたまたま持ってました」

 

 ぽつぽつと交わされる会話はまるで互いの距離感を測っているかのようだった。

 ずけずけと無遠慮でひたすら明るいように見せて、目には見えない空気を繊細に感じ取る。吉川優子はそういう女子らしい狡さを併せ持っていて、それが同時に強かな所でもある。

 だからこそ、もしかしたらホールの準備が始まる前に中世古先輩の所に向かって何かを感じたのかもしれない。

 それからしばらく会話と呼べるのかも分からない応答を続けて、また無言になった。


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