やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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二人が弁当箱を開けるのを余所に俺は鞄の中からビニール袋を取り出した。どこにでもあるコンビニサンドウィッチ三個入り。三個入りが隣に置いてあると、何となく二個入りは損した気になるんだよな。

損得で考えると、サンドウィッチには永遠の課題があると思う。具材が多いと当然得なんだけど、多ければ多いほどサンドウィッチの一番のメリットとも言える食べやすいというポイントがなくなってしまう。ここさえ何とかなれば片手で食べられてオシャレ、しかも野菜も付いている。最強の食べ物であると、拙者、断言いたしまする。

 

「比企谷君のお弁当、コンビニのサンドウィッチだけなの?」

 

「はい。今は夏休みで学校の購買がやってないんでコンビニで買ってきました」

 

「でも普段は小町ちゃんが作ってくれてるんでしょ?」

 

「小町ちゃん?」

 

「香織先輩聞いたことなかったでしたっけ?比企谷の妹です。比企谷に似てなくて、すっごく可愛いんですよ」

 

「否定はしないですね。同じ親から生まれたとは思えないくらい可愛くて良く出来た妹です」

 

「否定しないんだね…。比企谷君、妹いるんだ。それにお弁当作ってくれるなんて羨ましい!私もそんな妹が欲しかったなあ」

 

「そうなんですよ。そんな訳で学校卒業後の将来は俺が家を守って、小町に身の回りの世話をお願いするつもりです」

 

「それじゃあお金が稼げないんじゃない?」

 

「両親の脛囓って養って貰いながら生活すれば良いかなって」

 

「あんた、最っ低な息子ね!」

 

ほっとけ。家守るのだって立派な仕事じゃい。急な雨が降ったら洗濯物も入れられるし、宅配の荷物もいつだって受け取れる。万が一泥棒が来たら本当に自宅を警備できるし。

 

「先輩達の弁当はお母さんが作ってくれてるんですか?」

 

「うん。私のお弁当はお母さんが作ってくれたの」

 

「私もよ。でも少し自分で作ったりもしてるかな。お母さんと一緒に夜ご飯作って、次の日のお弁当に入れたりとか」

 

「え、そうなの?優子ちゃん凄いね」

 

「そ、そんなことないですよ。ほんと大したもの作れないし」

 

「いやいや、私なんてお母さん全部頼りだから。お母さんいなかったらきっと私もコンビニで買うし。だから本当に凄いと思う!」

 

「…あ、ありがとうございますううぅぅ!」

 

ぱああぁぁぁ。そんな効果音が付きそうなくらい恍惚な表情を浮かべている優子先輩。思わず嬉しさで今褒められたばかりの弁当を落としそうになっている。危ない危ない。

 

「比企谷君、それだけでお昼足りるの?」

 

「そうですね。腹一杯にはならなくて、帰る頃にはぺこぺこですけどね」

 

「うーん。ちょっと不安になっちゃうよ。主食しかないし、私のお弁当のおかず食べても良いよ?」

 

「いや、それは申し訳ないですし大丈夫です。それに万が一、そんな話が部内の誰かに知られた暁には殺されかねない」

 

「そ、そうですよ!香織先輩のお弁当食べるなんて羨ま…比企谷には勿体ないです!」

 

「今、明らかに羨ましいって……」

 

「でも優子ちゃんも比企谷君のお弁当少ないと思わない?」

 

「それはまあ、午後も練習あるのにそれだけで足りるのかって感じですけど…。でも香織先輩のお弁当はダメです!食べるなら私のおかず食べなさい!」

 

目の前に出された優子先輩のお弁当。そもそも俺、おかずいるなんて言ってないのに…。

でも優子先輩のお弁当は確かに美味しそうだ。まさに典型的なお弁当。ふりかけのかかったご飯に、卵焼きとちょこっとサラダ。そして、これは見たことがある。おそらく冷凍の自然解凍のやつであろう、パステルカラーの容器に入ったナポリタン。

もう一品、やたら目に入るのはエリンギの肉巻き。これ、すげえ美味そうなんだけど。

 

「…本当に良いんですか?」

 

「別に良いわよ」

 

「じゃあこの肉巻きで良いですか?」

 

「え!?」

 

優子先輩の目が大きく開いた。そんなに驚くことあっただろうか。

 

「ダメでした?」

 

「あ、ううん。別にいいの。ただこういう時って、普通卵焼きとかかなって思ったから。た、食べて?」

 

「は、はい」

 

なんか優子先輩が明らかに凄い緊張してるから食べにくいんだけど。

一口でぱくりと食べる。エリンギの食感。肉の味付け。ふむふむ。

 

「…ど、どう?き、昨日の夜はあったかくて美味しかったんだけど、今日はお弁当で冷たいから、その……」

 

「うん。すっごい美味いです」

 

「!そ、そう…」

 

「あ。もしかして今のおかずって優子ちゃんが――」

 

「か、香織先輩!」

 

優子先輩が顔を真っ赤にしながら香織先輩を止めた。なんで優子先輩がこんなに照れたように赤くなっているのか、俺にはよく分からないんだけど。

たじたじになっている優子先輩が面白いのか、ごめんごめんと言いながらも笑いが止まらない香織先輩。ふむ。実に百合百合しい。これだけでお腹いっぱいです。

恥ずかしがっていた優子先輩はこふんと咳こんだ。わかりやすい。明らかに話を逸らしたいやつだ。

 

「そう言えば男子はみんなで中庭でお昼ご飯食べてるそうね」

 

「あ。聞いた聞いた。三年生も野口君とか行ってるって」

 

「はい。それで練習再開まで鬼ごっこしてるらしいですよ。男子って本当、そういうとこあれですよね」

 

「ふふ。元気なんだよ」

 

優子先輩の視線は俺に向いている。

その目は明らかに俺に質問を投げかけている。『お前は呼ばれないのか』、と。

 

「でもほら。低音の…あの大きい二年生はいないらしいですし。俺だけじゃないですよ」

 

「違うわよ。後藤は梨子と二人でお昼食べてるの。付き合ってるから」

 

「あの二人、仲良いよねー」

 

「そうですね。なんかこのまま結婚してもおかしくない気がします。比企谷が仲良くしてるトロンボーンの塚本だっけ?あの子もお昼は中庭組でしょ?行ってくれば良いじゃない?」

 

「……これは俺の友達の友達の話なんですけど、そいつは小学生の時にとある日の放課後、鬼ごっこに誘われたらしいんですよ。普段誘われる事なんてないからそいつはさぞ喜んだらしいです。あんまりにも嬉しすぎて、小耳に挟んだ遊ぶときはお菓子を持って行くって情報を鵜呑みにして菓子折をもっていこうとした程度にはね」

 

「ちょっと待って。それ比企谷の話?」

 

「ちちちちち違います!」

 

「……うわぁ…」

 

「おほん!とにかく続きを話します。校庭に着いたとき、おれ…じゃなかった。そいつがクラスメイトの輪に向かっていくと一斉に皆が楽しそうに逃げ出しました。『比企谷が来たぞー』って。ちょっとおかしいなと思いつつ、自分が鬼なんだと思ってクラスメイト達を追いかけました。足が遅くない彼はすぐにタッチした。すると近くにいた他のクラスメイトが言ったんです。『う、うわああぁぁ!こいつ、比企谷に触られたぞ!』。触られたクラスメイトはまるで主演男優賞に負けない演技で触られた部分を慌てて擦りながら必死に逃げていく。そこで彼はわかったんです。そのゲームに鬼なんていないんだ。敵役はただ彼一人だけ。次の日、教室で言われてたらしいですよ。『昨日の比企谷ごっこ、楽しかったな!』ってね…」

 

「比企谷の話じゃない!」

 

「それはちょっと悲惨だね…」

 

「ぐすっ……。だから鬼ごっこなんて絶対にやりたくないし、昼飯だけでも男子皆でどうって塚本に言われて、誘われたときには踊り出しそうになるくらい嬉しかったけど、俺が行って盛り上がるどころか盛り下がるのが予想に難しくないから行かない……」

 

「い、一応誘われてはいたのね…」


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