やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。 作:てにもつ
小鳥か、とツッコミをいれたくなるくらい一口一口が小さい女子と違い俺は男。その上に飯の量がそんなに多くないため、二人よりも先に昼食を食べ終えた。
サンドウィッチの包装を袋に入れたまま、口を閉めてゴミ箱に入れる。夏休みで部活をしていない生徒は学校に来る機会なんてほとんどない。部活をしている生徒でも教室を使うことはない部活もある。空っぽで何も入っていないゴミ箱というのが少し新鮮だった。
「他にもおかずいる?」
「いやもういいです。ありがとうございます」
「ん。こ、これからも小町ちゃんがお弁当作らなくて、一緒にお昼食べるときはおかず食べて良いから」
優子先輩の勧めはそれはもうとんでもなく嬉しいが、今は夏休み。小町もぐーたらモードに入っているし、ましてや小町自身の分の弁当もないのにお弁当を作ってくれることなんて流石にない。だから一緒に昼を取る度に貰うことになるだろうが、それでは流石に申し訳ない。
一つ頭を下げて、感謝してるとも遠慮してるとも取れる反応を返す。話を有耶無耶にして終わらせることにした。
「優子ちゃん優子ちゃん」
「なんですか?」
「今度は私も食べさせて欲しいな。あんまり優子ちゃんがあげることになって、優子ちゃんのお弁当が少なくなったら元も子もないから比企谷君の妹ちゃんが比企谷君にお弁当作ってきてくれたときだけでいいからさ」
「そ、そんな。香織先輩に食べて貰うなんて逆に申し訳ないです」
「でも優子先輩のおかず、本当に美味しかったですけどね」
「ありがと!だけどそうじゃなくて!」
そんな会話をしていると閉めていた教室の扉がガラガラと開いた。振り返ると立っていたのは弁当を持った高坂だった。
「あ、高坂さん。お疲れ様」
「…はい。お疲れ様です」
「お疲れさん」
「うん。お疲れ」
何となく空気が重くなった。優子先輩が気まずそうに顔を逸らしている。
再オーディションが終わった後からずっとこの三人はこんな感じだ。優子先輩は高坂に対して気まずそうな様子で、高坂は優子先輩に関わろうとしない。香織先輩は高坂との距離を未だに測りかねていて、高坂は気まずそうにしている。
周りのパートメンバー達も俺と高坂には接しにくそうにするが、香織先輩に許されたように見えているであろう俺と違って、未だにいざこざがある高坂の方が俺よりずっと難しそうだった。
そんなこともあってか、高坂はここ最近ずっと一人で練習をしている。高坂の一人で練習に向かう姿や、パートメンバーの高坂との距離感を見て可哀想とかよりも、不思議と懐かしさを感じてしまう。それはまるでカレンダー上では数ヶ月しか経っていないのに、振り返れば大分前のことに思える入部したばかりの頃に戻ったようだった。
「高坂さんはもうお昼ご飯は食べた?」
「はい。一年の友達と一緒に食べました」
「そっか。もしかして、黄前さん?」
「はい。あと、加藤さんと川島さんも」
何だと!川島と一緒だったのか!高坂め…、中々隅に置けん…。
「なるほど。低音パートの一年生達だね。あすかからよく話聞くよ。みんな優しくて良い子だってね」
「はい」
「……」
「……」
「…あ、あの……」
普段から何でもスパっと言ってのける高坂が珍しく何かを言いよどんでいる。
だが数秒の間を置いても、高坂がその続きを言うことはなかった。
「…すみません。なんでもないです」
「…うん」
「香織先輩。私、今日も個人練習、外でやりますね」
「え、でも…」
高坂はこれを伝えるために香織先輩を探していたのだろうか。それとも言いよどんだことを伝えたかったからだったのか、それはわからない。
二人の間には確かに見えない壁があって、言えないことを言えずにいる。
高坂と同じように香織先輩も言葉が続かず、一つ頭を下げて去って行く高坂の背中にかける言葉を見つけられなかったからもどかしげに俯いた香織先輩を見て、俺はぼそりと呟いていた。
「…そう言えば」
「え?」
「そう言えばさっきの練習で、滝先生に出だしの音が合ってないって注意された部分がありましたよね?」
「! そうだよ。だから高坂さんも一緒に練習しよう!」
香織先輩が立ち上がって、高坂の腕を掴んだ。
「あ。ごめんね」
「い、いえ。急で驚きました」
高坂の腕をぎゅっと掴んで離さない香織先輩を見て、改めて俺は気付かされる。
三年間の努力は実ることなく、ソロは高坂に譲ることになった。オーディションでは改めて高坂の特別な圧倒的演奏にあてられて、誰もがあの場で香織先輩の負けを認めてしまっただろう。
それでも、中世古香織だって特別だ。
「…高坂さん。付き合わせちゃってごめんなさい」
「…それは今からのパート練習のことですか?」
「ううん。それもだし、オーディションのこともだし、色々」
だって、勝者が敗者に手を差し伸べるのではない。敗れても尚倒れずに、勝者にさえ手を差し伸べてみせた。香織先輩には誰よりも部活を愛し、愛されて、ただ守られるだけではなくて、戦って大切な何かを守りきる強さもある。
北宇治高校吹奏楽部の誰も彼女の代わりになんてなれやしない。
俺たちのパートリーダーの香織先輩はちゃんと、特別なのだ。
「ふふ。なんか抽象的ですね」
「あはは。そうだよね」
「わかりました。今日はパート練に参加させて下さい」
香織先輩が、ぱっと花が咲いたような笑顔を浮かべた。
未だに掴んだままの手を、香織先輩は離さない。真っ直ぐに高坂を見つめ、高坂も香織先輩を見つめ返している。
「それから香織先輩。さっき言おうと思ったことなんですけど」
「あ、うん。何かな?」
「オーディションの時、生意気言ってごめんなさい」
頭を下げた高坂は次に優子先輩を見る。
「優子先輩も、すみません」
「うえ…え、えっと。私も、ごめん。かなりキツい言い方してたなって思うし、迷惑かけたと思う」
「……そうですね。冷静に思い返してみると、優子先輩には中々酷いこと言われた気がします」
「ちょっ!だから今謝ったじゃない!」
「高坂、あんま言ってやるな。これでも優子先輩、音楽室で高坂と口論になったこと結構気にしてたんだから。ほとぼりが収まったら謝ろうって言ってたし」
「比企谷!余計な事言わないで!」
もう、と憤慨を隠そうともせずに頬を膨らませている優子先輩に三人で笑う。
夏の熱い日差しの下で暑苦しい声を上げる野球部員。その中に混ざって昼食の時間であるはずなのに聞こえてくる楽器の音色。
「あはは。それじゃ、午後の練習も皆で頑張ろう」