やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。 作:てにもつ
「えっと、まず、全国大会出場を今年の目標にしたい人」
パラパラと上がった手は次第に増えていき、俺も手を上げた。明らかに部員の半数を超えて、意味がないと分かったのだろう。田中先輩は途中で数えることを辞めて次を促した。
「では、次に全国まで目指さなくても良いと思う人」
一人だけ手が上がった。注目が集まっている。
この先輩は一体誰だっただろうか。確か楽器紹介をしていた気もするが覚えていない。
さて、解説の八幡さん。今ここで手を上げた。この挙手には一体どういった意図が込められているのでしょうか?
ええ。これは玄人のテクニックですねー。例を挙げると、もし問題が起きた際、多数決をしたためにいくらリスクが分散されると言っても、一応責任を取る代表者はいなくてはいけません。そのとき、『いやいや、何言っちゃってんの?私は最初から反対してたじゃん』という逃げ道を作ることができます。つまり、これだけの数が片方に寄った場合にのみ使える逃げ道を用意するテクニックであると言えますね。
私もかつて、この技を使ったことがあります。クラス単位で行われた文化祭の打ち上げの場所決めで、黒板に書かれたカラオケやボウリングなどの候補にクラスメイト達が手を上げる中、最後に書かれていたやらなくても良いと思う人、という選択肢で唯一手を上げた。結果として、断ることはおろか誘われさえもせず、打ち上げに行かないという目的を達成し、相乗効果で誘われなかった言い訳まで得たわけですねー。
あの先輩は素晴らしい。ナイスプレイです!
「…はい。多数決の結果、全国大会を目標に活動していくことになります」
「ご苦労様。反対の人もいましたが、今決めた目標は皆さん自身が決めたことです。私はその目標に向かって尽力しますが、努力するのは皆さん自身。そのことを忘れないで下さい。分かりましたか?」
はい、と声を上げた生徒が恥ずかしそうに俯いた。ほらな。数に流されろって言うのはこういう所でも。
「何をぼうっとしてるのです。返事は?」
はい。今度は先ほどよりも反応が増えた。
だが、教室には手を叩く音が響いた。目の前の滝先生が手を叩いた音だ。
「もう一度言います。皆さん分かりましたか?」
「「「はい!」」」
教室には今日一番の部員の返事が広がった。
滝先生はとりあえずはそれで良いと思ったのか、それ以上の言及はしなかった。部員達は滝先生の反応に驚いている人が多い。
もしかしたら、あの先生。あんな甘い顔して変なところにこだわるタイプか?目標なんて決めたものの、厳しくはなさそうだが。やめてよね、そういう面倒くさいのは。
「さて、それでは今日の練習は皆さんにお任せします。合奏できるクオリティになったらいつでも呼んで下さい」
教室にざわめきが起きた。その声を代弁するように小笠原先輩が滝先生に質問をした。
「あの、曲とかは?」
「なんでもいいですよ。皆さんが得意なもので」
また決定権は俺たちに委ねるのか。
決定権を与えるということは、責任を俺たちに取らせると言うことでもある。では今回は何の責任か?
きっと言い訳をさせないためではないだろうか。もし俺たちの演奏が下手だったときに練習する時間が短かったからです、という言い訳を。先生は測りたいのではないだろうか。俺たちの正確な実力を。
「そうですね…。では海兵隊でどうでしょう?」
何を演奏するか決まらず、痺れを切らした先生が曲を指定した。
だが、ほう。海兵隊か。言っちゃ何だが楽だ。
「海兵隊?」
部員達は納得のいかない様子を見せている。どこからかボソッと、『それなら、サンフェスで吹く曲にすれば良いのにね』という声が聞こえてきた。
果たしてサンフェスとは何だろう。サンクスなら分かるんだけど。ファミマと合併したやつでしょ?
「ええ。海兵隊です。それでは、皆さんの合奏を楽しみにしています」
先生が教室を出た後に練習はなかったので、今日も帰りが早い。うきうき気分で自転車を漕ぐ。流れていく風景の中には、母親と手をつないで歩く子どもの姿もチラホラ。保育園か幼稚園が近くにあるのだろう。全く微笑ましい。
いやー、他の部活のやつらが学校で練習してる中、先に帰れる放課後は最高だなー。もちろん、帰宅部に所属するのが最も早く帰れる手段ではあるのだがそうではないのだ。仕事をしている人だってたまに早く帰れる時は最高の気分だろ?あの光っているオフィスの中にいる誰とも知らない奴らはまだ働いてるのに、俺はもう改札すぐそこですけど、みたいな。
それにしても海兵隊か。
吹奏楽をやる上では基礎中の基礎として初心者が吹く曲として有名だ。単純なトーンの繰り返しだし、吹くだけであるなら初心者でも一週間もあればマスターできるのではないか。
だからこそ滝先生が教室を出て行った後、教室の至る所からどうしてという戸惑い三十%、何でだよという不満七十%の声が上がったのはまあ納得である。今をときめく金管やってますけど、スマホがお友達でーす系JKからしたら簡単すぎて吹きながらインスタできちゃうまである。いやそれは無理。
ただ、簡単というのはあくまで吹くだけならの話であって、音が動き回らない簡単で吹きやすいメロディと伴奏。裏を返せば、基礎練習にはぴったりの曲だったりする。吹きっぱなしだから、休みを数えるところもない。呼吸の練習に、音を合わせる練習。こういった基礎練習は上達するための必要条件だ。
北宇治吹奏楽部の演奏を思い出す。……うん。基礎練習なんてしている訳ないな。
それでも俺は構わないのだ。吹奏楽部が下手だろうが上手かろうが、トランペットが吹ければそれでいい。もし部活動が合わない、つまり青春ごっこ(笑)が合わないのなら、学校のではない吹奏楽の団体に入ったっていい。
頭をちらつくのは、中学の演奏会。周りには涙を流す吹奏楽部の面々。
気がつけばハンドルを握る手はじんわりと汗をかいていた。
作者のてにもつです。
まず始めに、読んで下さってありがとうございます。思った以上の反響で嬉しい限りです。響け!が大好きな僕ですが、気がつけば書き始めてしまっていました、完全に自己満足なSSですがお付合いください。
とある質問が多かったので、答えさせて頂きます。
ヒロインは誰か、という質問ですが、今はまだ秘密です笑 答えると面白くないと思うので。これからの展開に期待して待っていて下さい!
ただ、個人的にハーレムっていう展開はあまり好きではないので、きちんとヒロインはいます。そこはご安心を。
もう一点、更新の頻度についてですが、完全に不定期更新です。
この点は申し訳ありません。
拙い文章ですが、完結まで読んで頂けたら嬉しいです。まだまだ始まったばかり。引き続きよろしくお願いします。