やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。 作:てにもつ
京都府吹奏楽コンクール。
そうシンプルに大きく書かれた看板を会場にいる全ての人間が真っ直ぐに見ている。それは俺も同じで睨み付けるように並べられた文字を見つめた。はやる気持ちを抑えるために、シートをぎゅっと握りしめる。
隣に座る優子先輩は今にも泣き出しそうな顔をしていた。優子先輩の隣で祈るように手を組んでいる香織先輩。そのもう一つ隣には不安さを隠せていない部長。態度や表情は皆違っていても、抱えている願いはみんな同じだ。
「お願い……」
優子先輩がぎゅっと目を閉じて呟いた。
中学の時はコンクールの結果発表を輪の外から冷めた目で見ていた。
どうせ無理だったと笑いながら諦めているやつや、記念受験の様な感覚で出場していたやつ。
結果発表の瞬間だけではない。話して終わるだけの練習では、共通の敵を見つけては友達とか仲間とか、そんな目に見えない輪から外すことで誰かの犠牲の上に成り立つ関係。全国を目指すという言葉だけをなんとなく掲げて、切磋琢磨した気になっている。
俺はトランペットさえ吹ければそれでいいんだ。
あの頃に抱えていた気持ちはただ自分を納得させるための言葉ではなかった。決して納得するためにそう思い込んでいたのではない。本心からの言葉だ。
それでも忘れられなかったのは大した練習もしていなかったし、実力でメンバーの選考もせずに求めていた成績なんて残せるはずもないのに泣いていた奴のことだ。
『…うっ……三年間、頑張っていて良かった。だけど、悔しいなあ……負けるのって、悔しい…』
「きっと、俺…コンクール出たかったんだな…」
こんな時だからなのだろうか。ぽろっと本心の裏側の心が漏れた。
トランペットが吹ければ良い。本当だ。だからコンクールに出れなくたっていい。これは嘘だ。
出たかった。あいつらと同じ感情を味わいたかったわけじゃない。青春ごっこに付き合いたかったわけではない。苦労したフリして悔しがったり、結果見てどうせ無理だってわかってたって笑い合ったり。そんなことがしたかったんじゃなくて。
知りたかったのだ。頑張って涙を流す。その感情の一端だけでも、それほど熱い何かを俺は知りたかった。
今なら少しは気持ちが分かる。あくまで主観的にであったとしても、努力したと思って負けたならきっと悔しい。絶対にこんなところで終わりたくない。今ここで関西への出場権が取れなかったのなら、悔しくて悔しくて泣きそうだ。
「きたっ!」
中学の時を思い出していたが、誰かの声に意識を看板に戻した。審査員が看板の後ろに、結果の書かれた大きな紙を抱えて前に進み出てくる。
その紙が今、バサリと垂れ落ちた。
並べられた高校名と、金銀銅の結果。
北宇治はどこだ。どこだ。どこだ。
『北宇治高等学校――』
「き…」
金だ。
そう呟いた俺の声は、悲鳴のようにも聞こえる歓声に包み込まれた。
隣に座っている優子先輩が両手で顔を押さえて良かったと言いながら泣いている。
香織先輩の目に涙が浮かんでいる。
高坂が前の席で泣きながら驚きで前を見つめたままの黄前の腰にしがみつく。
川島が加藤に飛びつくように抱きつく。
その結果が夢のようで、目に映る全てがスローモーションに見えた。
だが、まだだ。まだ結果発表は終わっていない。金賞の中から選ばれる三校が、関西への出場権を手にする。
「えー、この中より関西大会に出場する学校は――」
祈るように手を組んで、もう目を開けていることは出来なかった。
怖い。そんな想いと裏腹に期待。二つの感情が混ざり合っている。
『私たちは全国を目指しているのですから』
今朝小笠原先輩が全員に言っていたが、今日まで本当に色々なことがあった。
滝先生が来て、こんな練習やってられるかと反発することもあった。退部する部員もいた。ソロを巡る争いもあった。
でもどんなことだって、その言葉を目標にここまでやってきた。
頼む…!
「五番。北宇治高校吹奏楽部」
さっきよりもずっと大きな歓声が上がった。
呼ばれた。呼ばれた。呼ばれた!
「比企谷!」
優子先輩が泣きながら俺の腕を揺らした。
「関西よ!私たち、関西いけるの!」
結果に感情が付いていかないとはこういう感覚なんだ。
嬉しいのに声が出ない。この喜びを身体で表したいのに足のつま先から指まで力が入らない。
そんなとき、俺を引っ張ってくれたのはいつも通り優子先輩だった。
「嬉しい!嬉しくて死にそう!」
涙を頬にへばりつかせたまま、俺のぶら下がった手を掴んでぐいっと上に上げる。優子先輩の落ちる涙と、上がった右手。
やっと感情が追いついて、それを見つめる視界がぼやけた。
俺たちは関西大会に出場する。
自分でもはっきりとわかるくらい、何とか絞り出した声は嬉しさのあまり震えていた。
「よか…った……」
次のページに後書きを残しています。
長くなってしまいましたが、大事なご報告もありますのでお時間あるときにでも一読して下さると嬉しいです。