やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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傘木希美の襲来も相まって、彼ら彼女らの夏は意外と忙しい。
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京都府吹奏楽コンクールが終わり学校に戻った俺たちは音楽室に集合した。

今日はコンクールに出場したがまだ時間もあまり遅くないので、さっき行ったばかりの本番の反省点を踏まえて合奏練を行う。滝先生曰く、見つけた粗はすぐに直さなくてはいけないらしいが、その前に関西大会に出場が決まったためそれに合わせたスケジュールの確認も行う。本当に忙しい一日だ。

関西大会出場。

黒板に大きく書かれたその文字を見ていると蘇る発表の瞬間の緊張感。数時間前までバクバクと鼓動が伝わってきた心臓は本当に同じ人のものとは思えない。

 

「さて、こういうのは初めてなので何と言ったらいいのかわかりませんが皆さん、おめでとうございます」

 

「そんな!感謝するのは私たちの方です。みんな…せーの」

 

「「「ありがとうございました!」」」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

相変わらずあっさりしてんなあ。

『あ、はい』が口癖の人は受け身な性格の人が多いって聞いたことあるぞ。『あ』で注目してもらい、『はい』で言葉を足すことで注目してもらい、話すタイミングを自分で作らなくちゃいけない小心者で臆病な性格って……。いや。でも滝先生全然そんなことねえわ。むしろ小心者どころか、たぶんこの人音楽のことになると大分剛の者寄りだわ。

 

「私たちは今日から代表です。それに恥じないようにさらに演奏に磨きをかけていかなければなりません。今この場から、その覚悟を持ってください」

 

「「「はい」」」

 

俺たちの返事を聞いた滝先生が並んで前に立つ小笠原先輩に一つ頷いた。

 

「それじゃあ、さっそく今後の夏休みの予定を配ります」

 

横に横にと回されてきたスケジュールを見てみると、余白が目立った。白はいい。目に優しい。よってお肌が真っ白な香織先輩もいい。目の保養。

だが、俺たちが貰った余白の多いスケジュールは、何も書いていなくても練習するという意図が込められている。つまり白であればあるほど、これまでの夏休みのように部屋から出ずにクーラーのきいた涼しい部屋で麦茶を飲みながらゲームをする。残りの夏もそんな夏休みとは程遠いことを意味していた。

 

「行き渡りましたか?スケジュールに書いてある通りですが、八月十七、十八、十九の三日間、近くの施設を借りて合宿を行います。今日帰ったらご家族の方に、きちんと話しておいてください」

 

「そのまえの十五と十六が休みっていうのは?」

 

「そのままの意味ですよ」

 

「休むんですか!?」

 

「うぐっ…!」

 

えぇ、っと音楽室に走る衝撃に逆に衝撃を受けて思わず変な声が出た。

た、確か夏休み前日にちゃんと夏休みの日数数えてみたら三十七日間だったじゃん。それで完全にオフの日が二日間じゃん。もしかして夏休み増えたとか?そうじゃなけりゃ、これで休みが二日ってとんでもないぞ。

週休二日じゃなくて月休二日って逆に新しい。労基法違反だわ。

 

「練習したいのは山々なのですが、その期間は必ず休まなくてはいけないと学校で決まっているらしくて」

 

「自主練もダメなんですか?」

 

「学校を閉めるらしいですよ」

 

『外でやろ』とどこかからぼそっと聞こえてきた。横に並ぶトランペットパートの面々も、特に驚く様子もなく真顔でその事実を受け入れている。

きっとみんな、黒板に書かれた関西大会出場という事実で感覚がおかしくなってしまったんだ。さよなら、俺のサマーバケーション。お前の事、本当に大好きだったぜ。

 

「とにかく残された時間は限られています。三年生はもちろん、二年生と一年生も来年もあるなどとは思わず、このチャンスを必ずものにしましょう」

 

「「「はい」」」

 

「では、練習に移りますが、その前に……」

 

ガラガラと音楽室の扉が開かれる。楽器を持った集団はB編成、チームもなかだ。

 

「えぇっと、皆さん。関西大会出場おめでとうございます」

 

「私たちチームもなかは関西大会に向けて、これまで同様みんなを支え、一緒にこの部を盛り上げていきたいと思っています」

 

「おめでとうの気持ちを込めて演奏するので聞いてください!」

 

誰も知らない人なんていない。聞きなれたフレーズが音楽室に響く。

演奏曲は学園天国。思わず口ずさみそうになるイントロを手拍子することで抑えた。

演奏する加部先輩と吉沢の演奏を聴いているとぐっと込み上げてくるものがある。普段から同じパートで練習を重ねているからこそ上達がよくわかる。遊んでいるわけではない。チームもなかはもなかで、日々向上心と目標を持って練習に励んでいる。

あの頃は、こんなに綺麗で正確な音を出せていなかったのに。

 

『いい八幡?トランペットってね誰でも吹けるんだよ?唇を二本指で引っ張りながら息を吐く。後はこれと同じことをマウスピースに付けてやるだけ!』

 

『八幡。次は一緒にこの曲やってみよっか?』

 

『八幡』

 

「コングラチュレーション!」

 

ぱちぱちと響く音と祝福の言葉で、昔のことを思い出すのはやめた。きっと今日のコンクールの本番前に思い出したからなのだろう。蓋をしたはずのグラスから零るように記憶が溢れてくる。

 

「…うえぇーん……ぐすっ…」

 

「部長。何泣いてるの?」

 

「ごめんごめん。ありがとうございました。みんなも、忙しいのに……ふえぇー……」

 

「もう。こういうときは景気のいいこと言ってしめなきゃダメでしょう?」

 

泣き止まない部長に代わって副部長のあすか先輩が立ち上がった。

 

「はい、いくよー。北宇治ファイトー」

 

「「「おー!」」」

 

「あ、それあたしの……」

 

ここから、北宇治高校吹奏学部は関西大会への第一歩を踏み出した。

……。関西大会への第一歩…。なんかかっこいい!




作者のてにもつです。
本作もここから第二章が始まります。これからも是非よろしくお願い致します。

さて。
映画、凄く良かったですね。これから見る方も多いでしょうし、敢えて多くは語りませんが感動しました…。やっぱり優子なんだよなあ。成長したなあ。
かなり展開が早いので、原作読んでいた方がより楽しめるんじゃないかなと思います!もし読んでいられない方は原作小説を是非!

そして、その原作小説の最新刊の発売。後輩云々よりも、ユーフォの三人が不穏笑
部長という立場を経験していない僕には分からない責任の重圧から、少し変わってしまったようにさえ思える久美子が怖い。
でもやっぱり面白かったですし、これまで読んできて久美子達が一年の頃から知っている僕ら読者ににとっては、あの子がやっと報われて今回のオーディションの結果は涙を流さずにはいられないですね。ページをめくる手が震えました。本当に笑

ps これが投稿された今、きっと京都行ってきています。皆さんがおすすめして下さったスポット回ります!深夜の伏見稲荷神社や平等院鳳凰堂。抹茶館は残念ながら混みすぎて入れなさそうですが…。
そして、何と言っても響けの聖地巡り!映画もあってたまたまですが、最高のタイミングですね。色々と紹介して下さった皆さん、ありがとうございました!

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