やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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「お疲れ様です」

 

「うん。おつかれー」

 

校門まで自転車を引いて歩いていくと、優子先輩が立っていた。香織先輩を含め他の誰かと帰るときは教室から一緒に出てくるから、ここで誰かを待つように立っているときは荷物持ちを待っているときである。

入学したばかりの頃から躾けられてきた俺は自転車の籠に入れた鞄を動かして、一つ分のスペースを作った。いやいや待て待て。自分で躾けられたとかいうなし。飼い犬じゃないんだから。

 

「ありがと」

 

「いいえ」

 

もう陽は大分落ちている。これから毎日朝からこの時間まで練習をすると思うと、吹奏楽漬けの毎日というのは実に過酷だ。トランペットを吹くのはやっぱり楽しいけど。

カラカラと回る自転車の前輪を見つめながら歩いていたがチラリと隣を盗み見ると、優子先輩は手を見つめながら少し顔を赤らめていた。

 

『関西よ!私たち、関西にいけるの!』

 

……お、落ち着け。きっと違う。勘違いして自滅パターンはボッチたるもの、まず第一に気を付けるべきことだ。

きっと優子先輩は自分の手を見て興奮しているだけだ。そういうレアでエキゾチックでファンキーな性癖を持っている人だってきっといる。いやいてくれ。

だからまさかさっき、喜びのあまり握った手を思い出して顔を赤らめているなんてこと絶対にない。

 

「お、俺たちって今大会のダークホースですよね」

 

俺が咄嗟に振った話題に優子先輩ははっとしてから答えた。

 

「そうね。今日選ばれたのは立華と洛秋と北宇治の三校だったけど、うち以外はどっちも毎年関西には行ってるいつもの顔ぶれだから」

 

「あの、俺ずっと千葉だったしあんまり詳しく知らないんですけど、各都道府県で関西大会から全国に行くのもまた金賞に選ばれて、そこから代表として三校が選ばれるんですよね?」

 

「うん。そう。でも、関西大会への出増枠の数は県によって違うわよ。うちら京都は出場枠三校だったけど、大阪なんて出場校が九校もあるんだから。合計で二十三校が関西に向けて今練習してるわけ」

 

「うへえ。大阪は三倍も多いんですね」

 

「大阪は府大会の前に地区予選があるくらいだから学校数自体多いのよね。関西大会へは出場枠六枠に加えて、去年優秀な成績を残したいわゆるシード校が三校あるから合計で今年の大阪府代表は九校ってわけ。次に多いのは兵庫かな。確か五校だったと思う」

 

「なるほど」

 

勉強になります。

頭を下げると優子先生のお勉強の時間はまだまだ続いた。

 

「でもやっぱり大阪が圧倒的に強いわね。京都や兵庫とはレベルが違うわよ」

 

「え?立華だって十分うまいのに」

 

「立華はマーチングが本命だから。そっちに集中するのもあって、吹奏楽コンクールの方は例年関西大会では正直、ぱっとした成績は残してないかな」

 

「確かにマーチングじゃ超強豪だし、動画見てるとそれだけの演奏しますもんね。マーチングに時間かけてるのもわかります」

 

「どのくらい大阪が強いかっていうと、大阪だけで関西大会の金賞持ってっちゃうくらいよ。特に俗にいう、関西大会の三強は全国でも金取るくらい強いの。言うなれば超強豪校ってところ」

 

「三強?」

 

「明静工科、大阪東照、秀塔大付属。この三校、雑誌とかで見たことない?」

 

「うーん」

 

あまりぴんと来ない。だがはっと気づく。

問題はこの学校を知っているかどうかじゃない。

 

「待ってください優子先輩。三校ってことは……」

 

「そ。私たちが全国に行くためには、この三校のうちどこかに勝つ必要があるってわけ」

 

「……それは……」

 

中々現実味のない話ですね。

野球やサッカーだって全国に駒を進める強豪校は決まっている。それにその三強だけではない。つい昨日は同じホールで競い合ったライバルの立華と洛秋の二校に加え、兵庫などだっているのだ。

勝つことがどれだけ難しい話かは明白だ。

 

「でもね、ホルンの誰かが話してたんだっけな。聞いたんだけど、明静工科は顧問代わったらしいわよ」

 

「そうなんですか」

 

吹部の弱体化は顧問が代わるという理由が一番多い。北宇治も昔はそれで弱体化したらしいし、今はその逆で顧問が代わって強くなった。

 

「それはすこーしだけポジティブな話……ですかね?」

 

「少しじゃなくて、めっちゃポジティブでしょ」

 

優子先輩は俺の目を真っ直ぐに見つめて断言した。

 

「だって私たち、全国行くんだよ?」

 

この人は、三強しか見ていないのか。他の学校より下手かもとか、そんなことは考えていない。

 

「ま、今はとにかく練習して少しでも上手くなるしかないですね」

 

「そうよ。というわけで比企谷。明日はあんたもいつもより早く学校来て練習しましょう」

 

「あ、朝練……」

 

「うわー。嫌そうねー」

 

そりゃ朝はゆっくりしたいですもん。一秒でも小町と長く家にいたい。忙しくなってくると、プライベートの時間が少なくなって愛する人と一緒にいられないとはこういうことである。

 

「ほら、でもなんだかんだでたまに一時間くらい早く行くことはありますよ。特にコンクール前なんてずっとそうでしたもん」

 

「でももっと早く来てる人だっているじゃない。高坂なんて、私と香織先輩が朝練で二時間近く早く行っても先に来てるわよ。……悔しいことに」

 

こないだ高坂と優子先輩は仲直りしたと思っていたのに、以前二人の間にはわだかまりがあるようである。女の子同士って、やっぱり大変。

 

「滝先生もコンクールまで時間ないって言ってたし、今やらないと後で後悔すると思うのよ」

 

「でも、ほら、家にいる時間も大切にしないと……そう、宿題!宿題もあるじゃないですか?」

 

「しゅ、宿題……。比企谷。そういうこと言うのホントやめて」

 

「そんな付き合ったばっかりの彼氏が、前に付き合ってた彼女の話ばっかりしてるときに彼女にやめてって言われるときくらいの圧で言われても」

 

「うわー。宿題どうしようなー」

 

本気で困った様子で呻いている優子先輩を見て、なんだか安心感を覚えた。さっき全国を目指してるって言った時の優子先輩はなんだか自分よりもずっと先にいるような気がしてしまったから。

 

「比企谷はもう結構終わってるの?」

 

「いや。まだ一割くらいです」

 

「全然じゃない!どうせ宿題もやらないなら朝練来て一緒に練習しようよ!」

 

「そもそもトランペット、というかどの楽器も一緒に練習って別に吹かないじゃないですか?」

 

「近くにいて吹いてれば一緒に練習するって言うでしょ?」

 

「いや言わないです」

 

「言うもん」

 

それから言う言わないの押し問答。

結局言うということで譲った俺は翌朝の朝練にも行くことになった。

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