やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。 作:てにもつ
「さてそれじゃ私――」
「比企谷、戻ってこないと思ったらこんなところに……って」
「はろー」
「…ちょっと何であんたがここにいるのよ」
階段を降りてきた優子先輩と中川先輩がバッティング。目が合ったポケモントレーナー同士がポケモンバトルを始めるときはきっとこんな感じなのだろう。ずけずけと近付いていき、鼻と鼻がぶつかるくらいの位置でバトルを始める二人。
「私がどこにいようが誰と話してたって関係ないでしょ?」
「別に気にしてないんですけどー。勘違いしないでくんない?」
「は?今聞いてきたじゃん。三秒前に自分が言ったこともわからないとか鳥頭じゃないの?」
「鳥みたいに、いちいちうっさく鳴いてるのはあんたでしょ?こないだも着てたじゃん。『I can fly in the same sky.』って書かれたくっそダサいシャツ」
「あの服の良さが分からないとか、あんたセンスなさ過ぎ」
がみがみがみがみと続く小学生でもしないような口論。よくこんな互いの悪口がポンポン出てくるな。フリースタイルか。
中川先輩が俺をちらりと見て口角を上げた。あ、嫌な予感がする。
「比企谷も迷惑でしょ。こんな奴が同じパートにいて挙げ句の果てに帰りも付きまとわれてるって聞いたよ」
「いや、別に迷惑とは……」
「すっごい恩着せがましいし、図々しいし、隣でうっさいし。もし何か面倒くさいことあったらぶん殴って良いから」
「良いわけないでしょ!余計なこと言わないでくれるー!?」
「今度はこんなやつ抜きで、一緒に帰ろうよ。さっきの話の続きしよう」
「はあ?駄目に決まってんでしょ」
「あんたに聞いてないのわかる?私は比企谷と話してるの」
「ぐっ……」
勝ち誇った顔の中川先輩の隣で、俺をじとりと睨み付けている優子先輩。一体俺にどうしろと…。
「で、でもほら俺、他のパートの先輩と二人とか気まずいっていうか」
「そっか。じゃあ香織先輩と比企谷よく話してるし、三人で帰ろう」
「ちょっと!香織先輩みたいなスーパーリアルエンジェルにあんたみたいな奴が近付かないでくれない!?」
「あれあれ、またすぐ忘れちゃったのかな?さっき私がどこで誰と何してようが関係ないって言ったよね?あー。ちょうど、他のパートと親睦を深めることが大切だと思ってたんだよねー。比企谷は来年も部活で一緒なわけだしねー。友情は奇跡を起こす」
「……思ってもないことを……」
ゆ、優子先輩が瞳をうるうるさせながら中川先輩を見つめた。ウィナー中川。うわ、嬉しそう。というか、満足げ。
仕方ない。助けてやるか。
「はぁ。中川先輩、何かさっき急いでる感じでしたけどいいんですか?」
「えっ?うわ、やばっ。行かなくちゃ!ナイス比企谷」
忙しそうに向かう先はどこなのだろうか。中川先輩は優子先輩の隣を通り過ぎて、階段を上っていく。
だが、数段上ってまた振り向いた。
「あ、そうだ。比企谷、私のこと中川先輩じゃなくて夏紀でいいよ」
ぱたぱたと階段を駆け上がって行く先輩。それをぽーっと見守る俺。なぜかまたぷるぷると震えだした優子先輩。
「比企谷」
「は、はいいぃぃ!?」
「私の前であいつのこと夏紀とか呼んだら許さないから」
お、横暴だ。
「比企谷は私の味方でしょ?そんであいつは私の敵。おわかり?」
「出た……。女あるあるすぐに仲間作るやつ……」
「もうそれでもいい。とにかく駄目よ」
「……自分は昔、下の名前で呼ばせた癖に」
「でもでもでもー!駄目なの!」
ぷくぅ、と膨らんだ頬は怒っていますよアピールなのだろうか。だがさっきの口論もあって、怒っているというよりか駄々を捏ねているようにしか見えない。
「わかりました。多分向こうも優子先輩の前だから、からかっただけですよ」
「おのれ、夏紀ぃ。次こそぼこぼこにしてやる…」
「何か優子先輩、中川先輩と話すと幼児化しますね」
「そんなことないもん!ところでさっきまで何話してたの、あいつと?」
「うぇ。え、えっと……」
流石にこないだの再オーディションの前に音楽室であったことを話してたとか話せないよなー。
「……まあ、い、色々」
「……」
「……そ、そんな目で見ても言えないもんは言えないです」
「うぅー!もう比企谷なんて知らない!」
「ま、待って下さいよ、先輩」
全く手が掛かることこの上ない。だけどこんな先輩の様子を見ることが普段なかったので、面白い。というか可愛い。
「そう言えば昨日小町が――」
「興味ない」
「あ、うちの猫――」
「興味ない」
ぐっ。やりづらい。
「中川先輩。なんで急いでたんですかね?」
「知らない」
「なんかのぞみを待たせてるって言ってましたけど」
「……え?」
急にぱしっと腕を捕まれて、真剣な表情で見つめられる。
「比企谷、それ本当?」
「は、はい。……多分。きっと。……言ってたよな?」
「自分に聞かないでよ。でも比企谷が希美を知ってるはずないし、多分言ってたんだね」
「あの、何かまずいことでもあるんですか」
「うん、ちょっとね……」
顔の前で手を組んでいる優子先輩は、思い詰めたような顔をしていた。
「のぞみって、誰なんですか?」
「ん?希美はね、去年辞めていった二年生の一人で、南中で私たちの代の部長をしていたの」