やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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「うお」

 

『じゃあ聞きに行くか』と塚本の言葉に付いていったが、少し前を歩く塚本が低音のパート練の教室を目にして立ち止まった。

 

「何?どしたん?」

 

「いや、何かあれ」

 

塚本の指さした先では扉の前に立って、誰かに頭を下げている女子生徒が二人。一人の先輩は俺が知っている。

 

「左の人、確か中川先輩だよな。ユーフォの。その隣の先輩は…誰だろう?吹部ではないけど。比企谷知ってるか?」

 

「いや。知らない」

 

黒い髪を結わいてポニーテールにしている人物。あまり部員を把握していない俺だけでは見た事がないと言ってもあまり当てにはならないが、塚本が言うのなら間違いなく部員ではないはずだ。

教室の中から話し声などは特に聞こえず、雰囲気もどこか緊迫していて思わず二人で壁に身を隠した。男二人の密着。全く需要がない。

 

「私、部活に戻りたいんです!」

 

「希美を部活に復帰させてやって下さい!」

 

希美。

ああ。この人が例の希美先輩なのか。ここから見える後ろ姿からは顔は見ることは出来ない。部活に戻りたい、と言った声とポニーテールは何となく溌剌そうな印象を受けたが、それよりも気になるのは部活に戻りたいと言った真意だ。なぜ低音パートの教室でそれを言う必要性があるのだろうか。普通は滝先生か部長に話すべき内容のはずである。それならばまず行くべきは職員室か、サックスパートの練習している教室ではないか。

考えられるパターンは希美先輩が元低音パートの一員で何か問題を起こした、とか?

 

「誰に頭下げてるんだろうな?」

 

「多分、田中先輩じゃないか?」

 

「田中先輩?どうして?」

 

「俺も詳しくは知らないんだけど、去年辞めた二年生達が多かったって話あるだろ。あすか先輩も中立の立場としてそこそこ関わってたってトロンボーンの先輩が言ってた」

 

「ふーん。どう関わってたんだ?」

 

「去年の話みんな話したくなさそうだし、聞きにくいからさ。そこまでは知らない」

 

「そこが大事なところなのに」

 

仕方ないだろ、塚本に小突かれた。だが、塚本の読みは正しかったようで聞こえてきたのは田中先輩の声だった。

 

「いやいやいや。私に言ってもしょうがないでしょー?私は副部長だよー?しがない中間管理職」

 

「お願いします。あすか先輩の許可が欲しいんです!」

 

「どうして?」

 

「決めてるんです。あすか先輩の許可を貰うまで戻らないって」

 

「迷惑なんだけどなー。そんなこと言われても」

 

「お願いします!」

 

「希美、本気なんです」

 

「ごめんね。悪いけど今、練習中なの。悪いけど帰ってくれる?」

 

短い会話の最中、田中先輩の声は異常なまでに冷たかった。普段見ている、明るくてムードメーカーさながら部も纏めてみせている田中先輩のイメージとのギャップ。直接顔を見ている訳でもないのに、その拒絶の言葉に俺と塚本は顔を見合わせた。

しばらく無言が続いた。その沈黙を打破したのは、太い声。後藤先輩だろう。

 

「一年生は先に帰って欲しい。ちょっと話し合いたい」

 

「え?」

 

「でも…」

 

低音の一年、黄前と川島と加藤の三人だ。三人が躊躇う声が聞こえたが、やがて分かりましたという言葉と共に椅子をがたりと動かす音が聞こえてきた。

 

「おい、比企谷。久美子達、出てくるみたいだぞ。どうする?」

 

「一回撤退しようぜ。花火大会まではどうせ期間あるわけだし、また今度聞けば良いんじゃねえの?」

 

「りょ、了解」

 

そそくさと低音の教室を後にする俺たち。何だかとんでもないものを見てしまった気がする。

優子先輩の困り顔に、中川先輩と傘木先輩が頭を下げている後ろ姿。何だか面倒なことになりそうな気がする。そんな直感が当たらないことを祈って、俺はパート練の教室へと向かった。

 

 

 

 

 

多くの部員が待ち望んでいたのであろう十二日。いよいよ花火大会の開催日である。

結局川島は家族で行くそうで、ついでに一緒にいた加藤も同じで家族と行くのだそう。なので俺が花火大会に行くことはなくなった。部活が終わればオフである。

塚本はサックスパートの一年のた、瀧……たき…あれ?たき、たき、瀧山?と一緒に行くことにしたらしい。

 

「よっ」

 

「おう。おはようさん。早いんだな、今日は」

 

登校して、まだ鞄を持ったままの塚本に話し掛けられて譜面から顔を上げる。汗をかいたときのために首に巻かれているタオルをとって俺の隣に腰掛けた。

 

「放課後は花火大会があるからさ。今日は朝早く来て放課後出来ない分練習しとこうかなーって」

 

ここ最近は何だかんだ早く練習に来ているが、今日はすでに来た時にはいつもより音楽室は人が多かったもんなあ。塚本と同じ考えで放課後に花火大会に行くから、と早く来たやつは多そうだ。

 

「比企谷は今日本当に花火大会行かないのか?瀧川に言って三人で行っても」

 

そうだ。瀧川だ。少しすっきりした。

 

「行かない。俺そいつ知らないし」

 

「だよなー。それじゃあ代わりに十五日遊ぼうぜ?」

 

「は?嫌だよ。一人で遊んでろ」

 

「一人で遊ぶって…」

 

「お前、一人で遊ぶの馬鹿にするなよな。楽しいんだぞ。クーラーガンガンの部屋でゴロゴロしながらマンガ読むのも、コップを滴る水滴をぼんやりと眺めてからぐいっと飲む麦茶も、ベランダに出て、日が暮れても蒸し暑いなんて思いながら一人で眺める夕日も全部夏の思い出だ」

 

「でもさ、折角の二日しかない休みの一日なんだぜ。一日は比企谷の言う通り、一人で過ごす夏を満喫して、もう一日くらい遊んだって良いじゃん?」

 

「一日じゃ足りないし、そもそも休みだからこそ家でゴロゴロして翌日からの練習の英気を養うべきだろうが。俺は一歩も家から出ない。誰に何と言われようとな」

 

「はあ。わかったよ。お前の気が変わることを祈ってる」

 

そもそも塚本は俺なんかじゃなくても遊ぶ奴なんて他にいるだろう。なんで俺なんだ。

 

「あ。そうだ。それはともかく、こないだの事なんだけどさ」

 

「こないだって……」

 

頭をよぎったのは頭を下げる二人の先輩の姿。塚本とこないだあったことで思い当たることはそれしかない。

 

「ああ。低音の?」

 

「そうそう。あれから何か分かったか?」

 

「いや、何も。気になるっちゃ気になるけど、別に関係ないからな」

 

「確かにそうだけどさ。あれから毎日低音パートの教室で毎日練習終わるの待って頭下げてるらしい。あの二人」

 

うえ。すげーな。毎日行ってるってことは断られたってことだろ。それでも行くってどこの営業マンだよ。一回断られてからが本番なの?

 

「あのポニーテールの先輩。傘木希美って先輩らしくてさ、去年辞めた二年生の一人なんだって」

 

「ああ。それは知ってる」

 

「知ってたのかよ。まあ比企谷は吉川先輩とよく話してるからな。同じ南中だったらしいし聞いてのか」

 

「まあ。一応」

 

「トロンボーンの先輩達も知ってたし、部長とか中世古先輩も知ってるらしいんだけど、一年にはできるだけ広まらないようにしてるんだってさ。ほんと、そういうとこオープンにしてくれないと、こっちも気になって練習にならないよなー」

 

「うーん…。なあ。あの先輩って何の楽器やってたんだ?」

 

「フルートらしいぜ」

 

「フルートか。じゃあなんで田中先輩なんだろうな。部長か顧問に言いに行くならわかるけど、副部長に頭下げるっておかしくないか?」

 

「ああ。それは俺も思ってた。こないだ二人で見たときに話した通り、田中先輩、去年の一悶着に関わってたらしいし、それに関係すんのかもな」

 

「まあ仮にそうだったとして、もっと分からないのは何で部活の復帰を認めないんだってことだ」

 

「それは、俺たちが今大事な時期だからって訳じゃないか」

 

「確かにコンクールを控えてはいるけど、今から次のメンバーに選ばれることは流石にない。それなら準備とかの人手が増えるっていうのはメリットじゃないのか?」

 

「うーん。確かに」

 

「塚本。ちょっといい?」

 

隣で話していた塚本が呼ばれて、びくりと震えた。この特徴的な声は間違えるわけがない。塚本も同じで、振り返らずとも誰か分かったようだ。

 

「は、はい!なんですか、吉川先輩?」

 

「大したことじゃないんだけど、ちょっと」

 

優子先輩がくいくいと手を折り曲げて塚本を教室の端に呼んでいる。俺、なんかやっちゃったかな、ぼそぼそと呟きながら不安そうな顔で優子先輩の元に向かっていく塚本はいつもより背中が小さく見える。

それにしても、優子先輩が塚本を呼ぶとは何事だ。二人はほとんど絡みがないはずだけれど。

 

「あのさ……」

 

優子先輩が小さい声で何かを塚本に話している。塚本はなぜか驚いた顔で俺を見た。

………え、なんで?俺?

 

「……むぅ」

 

誰かのむすっとした声が聞こえた。低音の黄前だ。

横目で塚本を見る目が怒っているような気がするのは勘違いだろうか。確か塚本と黄前は幼なじみ。もしかして幼なじみが女子と話してるのがムカつくとか。何それ、かわいいかわいいかわいーいー!……そんな訳ないか。そういう幼なじみはゲームかラノベにしかいません。

それにしても希美先輩のことよりも、今は二人が小声で会話している内容の方が気になる。心なしか優子先輩顔赤いぞ。

 

「そっか。ありがとう」

 

「あ、はい…」

 

結局、二人は少しだけ言葉を交わして会話を終えた。何かを考える素振りをしている塚本を残して香織先輩の元に向かっていく優子先輩。

ま、いっか。俺も練習に戻ろう。




いつも読んで下さってありがとうございます。作者のてにもつです。
メッセージで送って下さって気が付いたのですが、最近、本作がハーメルンの日間ランキングに乗っていることがあるみたいですね!具体的には何番なのかとかはよく知りませんが、僕が確認したときは87番でした笑それでも嬉しいです!まさか自分の書いた作品があそこに乗ることがあるだなんて…。
これもいつも読んで下さっている皆さんが、評価や感想を下さることでしたり、楽しんで読んで下さっているからなのかなと思います。ありがとうございます!

さて、今回後書きを残したのは以前の後書きに書いた短編集を明日公開することに決めたからです。長い長いGWと月の初め、さらに映画も公開中という流れに乗っかりました笑
とはいえ、明日の公開では話は一つのみです。短編集については徐々に話を増やしますね。
番外篇とは言え、本作の裏話というか関わりが大きい話ですので是非読んでみて下さい。

それでは。皆さん、楽しい十連休(とはいえもう始まっているのですが)をお過ごし下さい!
てにもつ

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