やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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「比企谷、今日の花火大会は行かないと思ってた」

 

「俺もそのつもりだったんだけどなあ」

 

高坂からの質問に答えながら流し目で優子先輩を見れば、何よと小突いてくる。それを見てくつくつと笑った高坂の一つに纏められた長い髪が揺れた。

髪を結い上げている綺麗な石で装飾された簪が、提灯の光を反射して妖しげに光ると、高校一年生なんかには到底思えない高坂の色気が増して見える。長い眉毛や普段はここまで見せることはない、蠱惑的な鎖骨。暑さから滴っている汗が祭りの光が照らして滴っているのさえ、彼女の儚げで強かな美しさを助長させているようにさえ思える。

今日の花火大会に来てから、最も浴衣が似合っている。とんでもない美人なんだなと、改めて思わされた。

 

「私は高坂こそ、こういうの来ないと思ってたんだけど」

 

「この浴衣、去年買ってからほとんど着る機会がなかったので、折角だから着たいなと思って」

 

高坂の浴衣は紺色と言うよりかは夏の夜を思わせるような濃い青色で、大きな白いツバメが夜空を踊るように飛んでいる。黄色い帯は浴衣の色と合わないように思えるが、意外にも明るい色彩がよく映えていた。

隣に並ぶ黄前に関しては、高坂よりも身長が高いことに初めて気が付いた。しかし、淡い黄色の布地の上に咲いている白や薄い青の花や、同じく黄色の頭に指さる大ぶりの花の飾り物のお陰で高坂よりも幼そう、というか元気な印象を受けた。

二人とも美しいシルエットというと綺麗な言い方だが、普段見せることのない下駄の上の素足や足下。袖から覗く腕。こういったところから目を離せないのは、男として仕方のないことだ。

 

「……」

 

「……何?」

 

「何か言うことないの?」

 

高坂の視線がぐさりと刺さる。

 

「ま、まあ。良いと思いますよ、多分?」

 

「男らしくハッキリと」

 

「似合っています」

 

「具体的に言うと?」

 

「ちょっとダークな感じが大人っぽいし、ポニーテールが夏らしいです」

 

「うん。知ってる」

 

知ってるなら聞くな。俺が褒めて、照れている姿のどこに需要があると言うんだ。

だがそれを聞いた高坂は艶やかな口端をついと上げて、なにやら勝ち気な表情で優子先輩を見た。その視線に反応するように、優子先輩は高坂を睨み付ける。今、ここで男の俺が与り知らぬ何らかのバトルが繰り広げられているッ!……のか?

 

「……麗奈、もしかして今朝のことまだ根に持ってるの?」

 

「……」

 

「負けず嫌いだねえ」

 

「…うるさい」

 

それにしても、こうして高坂が黄前と仲良くしてるのを見ると他の人と話すときと明らかに何か違うな。崩れているというか。上手く説明できないのだが。

 

「あの、優子先輩達は二人で来てるんですよね?」

 

「うん。そうだよ」

 

「もしかして二人って…」

 

「別にお前が思ってるような間柄じゃないから」

 

「でも、二人で花火大会って」

 

「これは親睦会的なあれなんだって」

 

黄前の懸念と期待に満ちた瞳で見られるのが嫌すぎる。そんな目で見たって何も出ないし、高坂の浴衣の裾、そんなに引っ張ったら破れちゃうよ。

さて、なんて言って誤魔化そうか。いや、そもそも誤魔化すも何も嘘は一つも言ってないんだけど。

優子先輩は何やら高坂に意味ありげな目線を送っている。じーっと見つめる視線に、一つ息を吐いて俺たちに助け船を出した。

 

「優子先輩。私もパートの親睦を深めるために花火大会に誘ってもらったのに行けなくてすみませんでした」

 

「え?麗奈、誘われてたの?」

 

「うん。先に久美子と行くことにしてたから今回は断ったけど」

 

「……そうだよ。パートの一年の他の奴が誰も行かなかったから、俺が一年一人で行くことになっちゃったからな。しかも香織先輩と笠野先輩は予備校だって言って急に来れなくなっちゃうし。次は一緒に行こうぜ」

 

「え、次?はは」

 

「…何笑ってるんだよ?」

 

「いや、その言い方だとまた今度遊ぶみたいな言い方だけど、比企谷いつも休みの日は家から出ないんじゃないの?」

 

「ちげえから。これは社交辞令みたいなもんだから」

 

「はいはい。変なところに突っ込んでごめんね」

 

ひらひらと手を振って全く心なしで謝った高坂は、『行こう、久美子』と黄前の手を取った。まだ俺たちのことが気になっている様子の黄前を引いて歩いて行く。

 

「貸し一つですから」

 

「高坂。誤魔化してくれて助かった」

 

「うん。でもどっちかって言うと優子先輩に貸しを作ったつもりなんですけどね」

 

「う。あ、ありがとう………ございます」

 

「いいえ。日頃の感謝です」

 

「くっ。生意気……」

 

「ふふっ。それじゃあ、また明日」

 

「ちょ、麗奈。引っ張らないで」

 

去って行く青色と黄色の二人。やっぱり高坂は表情こそいつもとそんなに変わらないが、かなりテンションが高い。冷たい瞳は温かさを帯びて黄前を見つめ、掴んでいる腕を絶対に離さないというようにぎゅっと掴んでいるし、優子先輩をからかっていく辺り、間違いない。

 

「ふー。何とか一難去ったか」

 

「……」

 

「…優子先輩?」

 

「…浴衣、私も着て来れば良かったなあ」

 

「え?なんて?」

 

「何でもないわよ。ばか」


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