やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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「おー。花火だ」

 

「わー!きれー!」

 

俺と優子先輩の感想は軒並み『(小並感)』と付きそうな程陳腐だが、久しぶりに見た花火は本当に美しい。

鳴り響く音と共に、打ち上がる何発もの花火。花を咲かせた火種は、金色の光となって空からパラパラと線を引くように落ちていく。夏らしいな。誰かと花火を見に行くのなんて、千葉にいた頃にはなかった。

しばらく二人で石垣に腰を落として黙って見ていたが、しばらくして先に口を開いたのは優子先輩だった。

 

「そう言えば、中学生の時さ、宇治川の花火大会に吹部の皆と一緒に行ったなあ」

 

「何人くらいですか?」

 

「それが学年の皆で行ったから、二十人くらいいたんだよね。結局人が多すぎて、行きたい屋台とかで別れて行動したわけだけど、花火終わった後また皆で待ち合わせしてだらだら話してたら、可笑しなテンションになって最後は公園で鬼ごっこして帰った」

 

「何か鬼ごっこして帰る辺りが中学生らしいですね」

 

「すっごい楽しかったんだけど今思うとね。あの時はみぞれと希美もいたっけ」

 

「傘木先輩はわかりますけど、鎧塚先輩はあんまりそういうの行かなそう。よく知らないけど」

 

「そんなことないよ。みぞれは静かだけど、意外と付き合い良いから。でも私がっつり仲良くなったの中学の頃じゃなくて去年からなんだけどね」

 

朝、学校に行って一人吹いている鎧塚先輩からはあまり想像が出来ない。深窓の令嬢のようで誰かと遊ぶとか一切興味なさそうだもん。

 

「あの、花火見ながらするような話じゃないかもしれないんですけどいいですか?」

 

「うん。私もそろそろしようかなって思ってた話があるの」

 

「鎧塚先輩の話ですか?」

 

「うん。みぞれのこと」

 

「それなら俺も都合が良かったです。傘木先輩の演奏、今日初めて聞いたんですけど上手くて驚きました。今からコンクールのメンバーを変更する訳にはいかないでしょうけど、来年もしもうちの吹部に帰ってきたら間違いなく戦力ですよね?」

 

「そうだね。私たちがいた南中の顧問は特にフルートの指導が上手でね。コンクールの自由曲って基本的には顧問が決めるから、曲に顧問の好き嫌いじゃないけどなんか嗜好みたいなのって意外に顕著に出るじゃん?だからうちは例年、フルートのソロが長い曲が自由曲になることが多かったのもあって、周りの学校は南中と言えばフルートってくらいだった。

希美は最後の年は部長だったし、フルートが好きで練習も真面目にやってたから顧問も気に入ってたし、私たちにとっては変な言い方だけどエースみたいな存在で皆の輪の中心にいたな」

 

「エースってあんまり吹部じゃ聞かないワードですけどね」

 

「だよね。でも私は今でもその言葉がぴったりだと思ってる。だって去年私の学年が多く辞めたのだって、吹部が思っていたよりずっと酷かったから軽音部に行かないか、って言い始めた子がきっかけで何人か抜けたけど、それ以上に希美が辞めたからそれについていく形で辞めたって子も多かったくらいだし」

 

「え。どこの革命軍だよ」

 

「凄いでしょ?」

 

優子先輩は確かに笑っている。

てっきり優子先輩は傘木先輩のことがあまり好きではないのかと思っていたが、どうやらそんなこともないらしい。さっき渡り廊下で傘木先輩を見ていたときに見せた怒っているような表情とは打って変わって、誇らしげな表情をしている。傘木先輩の事はよく知れないが、あの明るい表情と朗らかな態度。カリスマ性のある良い部長だったのかもしれない。

 

「前も言ったけど、私たちの代は中学最後のコンクールの結果が最悪だったんだよね。例年金は取れるのに、その年は銀賞で。でもね、ずっとダメ金でどっかパッとしない吹部だったから、私たちの代で変えてやるんだって!それ目標にして練習はちゃんとやってたから、前の年よりずっといい演奏できてたよ。それは顧問からもお墨付きで言われてたし、自分の耳でも素直にそう思った」

 

「まあ、それが吹奏楽のコンクールの本当に難しい所ですよね。どんなに自分たちが良いと思ってても、結局評価するのは審査員だから審査員の気持ち一つで結果が変わっちゃうし、それだけじゃなくて自由曲にしろ課題曲にしろ、その曲を選んだ段階で難易度とか演奏するためのスキルとかあって、吹く前から評価が決まる部分もある」

 

「そそ。結局今はこうして吹部まだ続けてるわけだけど、流石にあの時は悔しすぎてもう辞めてやるー、って思ってたわね。希美は違ったみたいだけど」

 

「え?」

 

「希美は中学卒業するときに高校行ったら今度こそ皆で金取ろうって豪語してた。それに付いてきた吹部の子も多かったわけ。結果はさっき言った通りだけど、それもあったから多分希美は誰よりも部活に落胆した部分が大きかったんだよ。

正直言うと私もね、辞めるときに希美に声かけられて。もうちょっと様子見るなんて言って残ったけど、もし香織先輩に続けようって声かけられる前だったら希美と一緒に辞めてたかもしれないな」

 

一瞬、優子先輩がいなかったトランペットパートを想像してすぐに止めた。

もし優子先輩が初めからいなければ、きっと高校生活一度だって関わることはなく、吉川優子という存在を知らなかったはずだからいないことを悲しんだりすることはなかっただろう。だけどその自分を今の自分が見れば酷く悲しく思うのではないか。

その想像に目を瞑る。こんなのは決して俺らしくない。誰かがいなくて寂しいとか、そんなのは帰宅して、小町が友達と遊んでくるからといなかったときだけのはずだ。

 

「でもそれなら……」

 

「だけど、私は少なくともコンクールが終わるまでは希美の復帰を認めるべきじゃないと思う」

 

「どうして?一回辞めていった人間だからですか?」

 

「そこは関係ないの。…比企谷はさ、みぞれのオーボエどう思う?」

 

「鎧塚先輩の……オーボエですか?」

 

「うん。最近朝早くから来て練習してるから聞いてるでしょ?」

 

そりゃ数日前から朝に聞いてはいるけれど…。急に鎧塚先輩の話に変わったが、傘木先輩の話から繋がるところがあるのだろうか。

訝しげな表情をしている俺に、優子先輩は顎をくいとあげた。言ってみて、ということらしい。

 

「凄いなって思います。音はしっとりとしていて綺麗ですし、ピッチも安定している。特に基礎練習を他の人よりずっと長く練習していますけど、基礎練習の中の速いパッセージとか何回吹いても一切変わらないんです。音も指の動きも。だから…」

 

言うのを止めて、優子先輩の顔色をうかがう。初めて鎧塚先輩の吹くオーボエを聞いたときの率直な感想を伝えることは、批判しているように聞こえてしまうかも知れない。

だが優子先輩は頷くことで先を促した。

 

「機械みたいというか、CDの音源を聞いているみたいというか。勿論、さっき言った通り本当に上手いし連符も軽々吹けて凄いんですけど、どこか…生気みたいな物が感じられない気がします」

 

「生気を感じない目で言われても説得力ないけど、言いたいことはわかるわ」

 

「ちょっとぉ。その前置き必要あった?」

 

「でもね、中学の頃はもっと感情あったのよ?今と変わらず物静かなところもあったけど、もっと今よりずっと笑ってたし、何より演奏の表現力がずっと豊かだったの。聞いてるこっちが楽しくなるような演奏して」

 

「ここ数日間、というか入部してからの鎧塚先輩からは想像できないですけど」

 

「オーボエってさ、一番吹きにくい木管楽器って言われてるじゃない?知ってる?」

 

「まあ、一応。金管なんであくまで情報でしか分かってないですけど、息を吹き込む穴は狭いのにベルに向かって太くなっていく円錐型だから息が少ししか入らないんですよね」

 

「そうそう。息を少しずつ使うって言うのはつまり息を止めているのに近い状態を続けているっていうことよ。慣れるとちょっとの息で吹けるようになるみたいだけど」

 

「こないだ関西大会の話聞いたときも思ったんですけど、優子先輩って吹奏楽関係のことに詳しいですよね」

 

「そりゃ中学からトランペット吹いてるし、やっぱり好きだし」

 

おかしいな。俺もっと昔から吹いているはずなのにそんなに大した知識がないぞ。これが愛の差なのか。

 

「まあそれだけ難しいって言われているわけだけど、あのレベルの技術で吹いてるの。相当努力家よ、みぞれって。それにきっと楽しくなかったら、今ほどは上手くならなかったと思う」


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