やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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「で。その鎧塚先輩が傘木先輩にどう関わるんですか?」

 

「みぞれにとって、希美は…特別なの」

 

「特別?」

 

特別、と言った優子先輩の表情が何故か一瞬曇った気がした。多分勘違いではない。汚くて、女子らしいというか人間なら誰しもが持つ一面。けれど、それを思議することは周囲の一段と大きい歓声と花火の音がかき消した。

花火の打ち上がる感覚が速くなっていき、その分だけ頭上の真っ黒のキャンパスにカラフルな花が所狭しと咲いては消えていく。花火大会は徐々にフィナーレに迫っている。

 

「うん。私もみぞれからあんまり詳しくは聞いてないんだけど、みぞれが中学生のときに吹部に入ったきっかけになったのが希美だったらしいの。でも希美は友達も多いし、付いてきてくれた子も多かったから、きっとみぞれはそのうちの一人だったんだよね」

 

「何となく分かりました。つまりベクトルの大きさの違いですね。こういうのがあるから人間関係は構築しないに限る」

 

「そこまでは言ってないんだけど…。私から見ても二人の温度差みたいなのは中学生の時から大きいなって明らかだった。みぞれはいつも希美と一緒にいたがってるんだけど、希美の周りにはいつも誰かがいて、みぞれも見ての通り寡黙な子だからそうなると中々近づけない。

特にみぞれがその差を感じちゃうきっかけになったのは、退部のとき。私とか他の人には希美が辞めるときに声かけられたって言ったけど、みぞれには何も言わないで辞めていった。

それをみぞれは気にしていて……、今じゃ希美に会えないどころかフルートの音を聞くだけで吐き気がするって」

 

「……そんなにダメなんですか?」

 

「うん。前にも似たようなことあって、希美のフルートの音を聞いた時、かなり取り乱してた。その時は保健室で横になって落ち着いたけど、額に汗をかきながら足から崩れ落ちて…」

 

トラウマのスイッチになった理由を『その程度のこと』であると、本人以外の価値観で決めつけてはいけない。

社会的身分や宗教、年齢や性別によって各々が培ってきた考え方や感性。当然不可視のものであり、本人にしかわからないどころか、本人でさえわからないものさえあり、それは深層心理などと呼ばれる。それを他者の物差しで判断したつもりになって、『これは許されることである』と定義づけることは横暴である。

だから鎧塚先輩が傘木先輩の態度で傷付いて、それがどれほど深い傷になっていたとしても、それは他者が『そんな些細なことで』と決めつけてしまうのはもっての他だ。特に学校という狭いコミュニティの中での誰かとの関係は、思っているよりもずっと他者の与り知らぬところで影響を与えているなんてことはよくある。

 

「だから比企谷が今日希美に会った時に私が怒っているように見えたんなら、みぞれが理由になるのかしらね。辞めるときに、一言でもいいから声を掛けてあげて欲しかったっていう私の勝手な怒り、みたいな。言っとくけど本当に好きだったんだよ。今でも嫌いなんかじゃないの」

 

傘木先輩から見た鎧塚先輩は友人くらいの間柄でも、鎧塚先輩にとっての傘木先輩は特別なんていう言葉では枠に収まりきらず、神聖でさえあるような関係にさえ見えていたのかもしれないし、そんな相手が最後に声を掛けられずに去って行った。

つまるところ優子先輩が話す限り、希美先輩の復帰を望まないのは鎧塚先輩のことを思ってということである。

 

「そう考えると傘木先輩が去年辞めたことの影響って絶大だったんですね。他の今の二年生の半分近くが辞める原因の一端にもなっていて、鎧塚先輩にもトラウマを植え付けていったっていう」

 

「でも悪いことばっかりに目が行くけど、結果的に去年のクズな三年との喧嘩をしてた一年の間を持ってくれてた香織先輩とか晴香先輩、あとは府大会前に辞めちゃったけど葵先輩とかが先輩に頭を下げたりすることがなくなって、部内が落ち着いたのは希美たちが抜けたからっていうのもあるから」

 

「まあ練習しないで、思い出作りをするって方向性で落ち着いたんですよね。どんなダメな上司にも部下は逆らえない。耐えるしかないっていうのが教訓ですね」

 

「いやーな教訓ね」

 

「でもそうなると、尚のこと傘木先輩の復帰は妥当な面もありますよね?」

 

「……そうなんだよね」

 

鎧塚先輩という個人的な問題を放置すれば、傘木先輩が辞めるきっかけになった先輩たちはもういない。そして今の部活は、滝先生という去年までは予期することができなかったイレギュラーの存在によって、辞めていった先輩たちが求めていた姿になっているという状態だ。

部活に復帰すれば今年のコンクールのメンバーになることはなくとも、来年の戦力にはなるだろう。早い復帰はこれからの練習によって上達にもつながる。更に言えば、チームもなかのように今年のメンバーのサポートもしてくれるメリット付き。

 

「言っとくけど、みぞれが希美のフルートの音聞くとダメとか、他の一年に言うのは厳禁だからね。これは一部の上級生しか知らないことだから」

 

「じゃあなんで俺に言っちゃったんですか…。……まあ言わないけど」

 

「そりゃ比企谷はそんな話しないだろうし」

 

「どっちだろう…。口が堅いと信頼されているのか、それとも話す相手がいないと遠回しに馬鹿にされているのか…」

 

「さぁ。どっちでしょうねぇ」

 

くっ。ニヤニヤしてる。これ絶対後者だろ。

 

「それに……保険みたいなものなのかな」

 

「保険?何の?」

 

「それは……もし、なんかあったら助けて欲しいなっていう保険?」

 

「いや、首傾げられながら聞かれても、俺にはちっともわかんないですよ」

 

わかるのはただ一つ。首をかしげる優子先輩可愛い。絶対言わないけど。

 

「ほら、あんたならわかってると思うけど私たまに暴走するとこあるから。自覚してるのよ、一応ね」

 

「それは部員みんなわかってるんじゃないですかね…」

 

「む、うるさいな。とにかく、もしこれからみぞれのことで部内に揉め事があったときに私がまたそうなったらよろしくって」

 

「それ、俺が何とかして止まるんですか?」

 

「時と状況による」

 

「俺は未だかつて、その言い方で止まった人を見たことがない」

 

香織先輩と高坂の再オーディション。

実力で選ぶべきであると認めつつ、それでも香織先輩が吹くべくだと最後まではっきりと自己主張を続け、優子先輩は最後まで味方であり続けた。

その過程で高坂と喧嘩したことも、滝先生に詰め寄ったこともあったけれど、自らが守ると決めたものをしっかりと貫いて守るために突き進み続ける。

それが吉川優子だ。俺はそれを近くで見てきたからこそ知っている。

 

「部活辞めたのって、決して悪いことじゃないですよね?二つ上の先輩たちから無視されて、逃げるように辞めたのが悪いっていうのなら、その二つ上の先輩が辞めるまで残って耐えるのが正解だったのか。俺は逃げるのって悪いことだと思わないから、傘木先輩の選択は間違っていなかったと思うんです。

だから一応聞いておきますけど、確かに優子先輩の立場から鎧塚先輩の件を考えれば、傘木先輩の復帰は望ましいものではないかもしれないですけど、傘木先輩の立場からしてみれば部活の復帰を認められないのは酷い話だってことはわかってますよね?」

 

「…うん。それでもみぞれが辛そうにしてるのは見たくないから」

 

花火は終わり、頭上に残ったのは一面の黒。花火の後の夜空に輝くのはいくつかの星だけだ。歩いて帰る人込みを見て、それでもまだ俺たちは立ち上がらない。

俯いている優子先輩は心中複雑だ。

傘木先輩の事は嫌いじゃない。鎧塚先輩の事は好きだ。傘木先輩の部活に復帰したい気持ちも知っているし、理解できる。鎧塚先輩が傘木先輩を避けなくてはならなくなった背景も知っている。その上で鎧塚先輩の味方に付くことに決めた。

 

……こうして顔を下げている先輩を見ていると思い出す。二人で帰る放課後の風景や、再オーディションの前にベンチで座っていた姿。どうしても俺のやり方では優子先輩の願いを叶えることはできず、涙を流させた。

 

だから優子先輩に協力したいと思うのは、きっと自分自身が残した未練みたいなものなのだ。

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