やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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「あ。問題児の比企谷君」

 

「ちょっとー。呼び出されたからって怒られたって決めつけないで下さいよー」

 

「えー、絶対なんか怒られたんだと思っちゃった」

 

音楽室に入る扉の前で声をかけてきたのは香織先輩だ。その隣には小笠原先輩。くすくすと笑う香織先輩が楽しそうで何よりだが、小笠原先輩の方は本気で胸を撫でおろしている。二人の差が凄い。

滝先生はすでに指導の方に戻っていて、何人か並んでいる。指導を受けている生徒は真剣そのもので、並んでいる部員達もピストンを押したりと練習をしていた。やっぱり改めて昨日まで花火大会だったとは思えない。

 

「私は本当に不安だったよ。自分が呼ばれるよりも怖かった」

 

「あはは。晴香、いつも滝先生に呼ばれると怖そうな顔してるけど、確かにさっきまではコンクール前日と同じ顔してたもん」

 

「いやいや。俺、基本的には社会から逸脱した行動しないですから。もし、俺がおかしいような行動してたんなら、その時に間違ってるのは社会です。社会不適合なのは俺じゃなくて、社会が俺不適合なんです」

 

「それ、面白いね。社会不適合じゃなくて比企谷君不適合。…ふふ」

 

「嘘だよ。本当に問題ない人は急に部長に部員全員集めさせて、皆の前でわざと先輩の事悪く言ったりしないよ。それに香織、すっごい笑ってるけど今のそんなに面白くないよ」

 

ちくりと小笠原先輩の視線が刺さる。普段は穏やかな先輩らしからぬ目つき。コンクール前の一件以降、俺への当たりは厳しい。

 

「えー。面白いよ?ね、比企谷君?」

 

「ダメだよ。同じパートの後輩だからって甘やかしたら。一人で悩んでた私の弱い心につけ込んで、真っ直ぐな瞳で『先輩はいつも通り、皆を部室に集めるだけです』なんて言うから、頼りにしたらあの様だよ。本当に酷いことになったよ。詐欺師の手法だよ」

 

「いや、でも結果丸く収まったし」

 

「ぜんっぜん丸く収まってなかった!あの後、比企谷君と高坂さんを何とかしないと私たちの気が済まないからどうにかしてくれ、って皆に何回言われたと思ってるの!?それで私が何回『でも、二人ともすっごく練習頑張ってるんだよ』って言ったと思ってるの!?」

 

「あー。何かそっちの方は気にしてなくてすいませんでした」

 

「いいよ!確かに比企谷君のお陰で収まった部分もあったから!そこはありがとう!」

 

怒っている様子ではあるものの、感謝もされているし気を遣わせてたり、庇っていてもらったこともあったみたいだ。

 

「それで、比企谷君は何で滝先生に呼ばれてたの?怒られてはないって言ってたけど、まさかまた面倒事じゃないよね?」

 

「ま、まあ。面倒事…ではあるんですけど、先輩達には関係ない話です」

 

「え、何それ?」

 

「……ほら。やっぱり比企谷君は疫病神だよ。比企谷菌だよ……」

 

「ひ、ひでえ言いようだ…。いや本当に個人的な話で、部活自体には何の関係もない話でした」

 

それにしても、比企谷菌か…。昔のトラウマを的確に突いているはずなのに、小笠原先輩に言われるとしっくりくるのは何故だろう。以前も思ったが、俺は小笠原先輩に罵られるのが好きなのか?なんでー?

 

「あ、そう言えば俺も香織先輩にちょっと聞きたいことがあったんですよ」

 

「え、何々?」

 

「田中先輩の事で聞きたいことがあるんですけど」

 

「あすか?」

 

「はい。あの…」

 

いや、この質問を小笠原先輩の前でするべきではない。塚本がこないだ言っていたが、小笠原先輩や香織先輩は最近、傘木先輩が復帰したい旨を知っていて、その問題でどうしたものかと悩んでいるだろう。

だからここで俺が知っていて何か気にしている様子を見せるのは、またいらぬ心配というか、面倒をかけることになる。この人、明らかに俺が入部した時よりも顔疲れてる気がするもん。ここ数ヶ月で三年分くらいの苦労を背負ったみたいな顔してる。

 

「すいません。やっぱ、後でいいです」

 

「ダメだよ。少年。そういう思わせぶりなのはー!逆に気になっちゃうでしょーが!」

 

「え?」

 

「あ。あすか」

 

後ろを振り返ると、赤眼鏡をかけて知的な印象を受ける香織先輩とは違うベクトルの美女。手には銀色に輝くユーフォニアム。そこそこ大きな楽器だが、身長の高い田中先輩には不釣り合いという感じは一切しない。むしろぴったりで、この人にはこの楽器が一番なんじゃないかとさえ思える。

この人にはユーフォが似合う。そう思うのは俺の人生の中で二人目だ。

 

「はーい。比企谷君。ボンジュール。お元気ー?」

 

「はは…」

 

急なフランス語の挨拶に何と返事をしたらいいのかわからずに曖昧に笑うことしか出来ない。その反応に田中先輩は少し不満そうだ。

リア充とチャラ男は挨拶とか返事には外国語を使うもんなのか?よく週刊誌に撮られるイケメンアイドルも、よく世界の果てまで行ってオーケーオーケー言いまくってるし。ウェルカムウェルカムはいオーケー。

 

「もう。そこはオラー、でしょ?」

 

「いや何でスペイン語?」

 

「おー。流石。すぐにスペイン語って出てきたね!頭いい!」

 

「うわ!ちょっと何!?」

 

「あ!ちょっとあすか。比企谷君の頭撫でていいのは、同じトランペットの三年生だけなんだよ!」

 

「いやいやいや。そんなルールもないですから!」

 

急に頭をがしがしとされて、俺は咄嗟に離れた。もう。何なんだこの人は!勘違いじゃなければ、俺田中先輩とは楽器決めの時以来話したことなかったはずなんだけど。距離の詰め方がおかしくない?

 

「ごめんごめん香織」

 

「もう。やめてよね」

 

「いや、そこは俺に謝って欲しいんですけど…」

 

「二人とも、比企谷君が困ってるよ」

 

「それでそれで。私に聞きたい事って何かな、比企谷君?」

 

田中先輩が眼鏡をくいっと上げると、レンズ越しの瞳は狐の様に細められている。

駄目だ。この人のこういう物事を先に捉えている様な瞳に俺はどうも恐ろしさを覚える。ただ傘木先輩の復帰を拒むことについて聞くのなら、香織先輩経由よりも本人に直接聞く方がいいのは明白。ここは腹を括るしかないか。

 

「あの…」

 

「あ、ちょっとタイム。晴香の前でしたくない話なんでしょ?実は私も比企谷君とはちょーっとお話ししたいなって思ってたから、向こうで話そうか?」

 

「え、いや別に…」

 

「別にじゃないでしょう?だって香織に聞いて、それを途中で止めたってことは晴香に聞かれたくなかったことだからじゃないの?」

 

「比企谷君……」

 

小笠原先輩の空気がどんよりとし始めた。

 

「小笠原先輩、待って下さい。別に――」

 

「いいよいいよ。やっぱり私なんかじゃ部長として頼りないから、こうやって一年生も………」

 

「ああ。晴香が面倒臭いモードに入っちゃった」

 

「いやいや、小笠原先輩がこうなった原因、田中先輩ですよね?」

 

「うーん。二割私で八割比企谷君だよ」

 

「えー」

 

「って言うわけで香織。晴香のこと、お願いね」

 

「ちょっとあすか!」

 

行こうか比企谷君。そう言って歩き始めた田中先輩を見て、どうしようかと香織先輩と目を合わせる。

 

「もう。自分勝手だなあ」

 

少しだけ困った顔をしながらそれでも行ってあげて、と言う香織先輩。

嫌だよー。俺とあの人を二人きりにしないでよー。香織先輩も一緒に付いてきてよー。


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