やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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急いで追いついて田中先輩の少し後ろを付いていく。どうやら向かっている先は校舎裏みたいだ。

校舎裏というと、殴り合いの喧嘩や喝上げをイメージする人はきっと多いのだろう。しかし吹部の俺らからすると練習場所の一つというイメージの方が強く、当然そういったマンガやゲームのような出来事はお目に掛かったことはない。

 

「良かったよ。比企谷君が付いてきてくれて」

 

田中先輩は振り返らずに俺に言った。だから俺も、ほとんど同じくらいの身長の背中に言葉を返す。

 

「はあ」

 

「曖昧な返事だね。私が比企谷君と話したかったって言うのは本当だよ?」

 

そんなことを言われてもどうにも思い当たる節がないんだが。この人との接点が。

 

「さて、ここら辺でいいかな」

 

校舎の外に出た田中先輩は壁により掛かった。

ああ、そうだ。奇しくもここは再オーディションの日の放課後に、香織先輩と話をした場所。あの時はホール練の後で外は暗かったが、今はまだ陽は落ちていない。

 

「それで俺に話って何ですか?」

 

「うん?別に聞きたいこととかがある訳じゃないよ。言葉通りの意味でお話したかっただけでーす」

 

「そんな興味を持たれるような人間だとは思いませんけど。殺意はよく持たれますけど」

 

「あと恨みとか苦手意識とかもね」

 

「タイムスリップでもして俺の過去を見てきたように言いますね?」

 

「そんなことしなくたって、比企谷君の行動見ていれば分かるよー」

 

ニヤニヤと笑う仕草も、身長が高くスタイルのいい田中先輩がするとドラマのワンシーンのように様になっている。かっこいい。悔しいけど、多分吹部の男子部員の誰よりもかっこいいんじゃなかろうか。

事実、吹部で圧倒的に人気があるカップリングは田中先輩×香織先輩だ。吹部は女子が多い環境であるが男子はモテず、かっこいい女子に黄色い悲鳴が上がる。吹部あるあるというよりかは女子が多い環境あるあるなんだろうけど。宝塚のような厳しい環境下でもそういったかっこいい女子が大人気って事が多いらしいし。

そんな吹部だがうちの吹部も当然例外ではなく、田中先輩と香織先輩はよく一緒にいることが多い二人が触れ合ったりしているのを見て、『きたー!あすかおきたー!』と一部の女子が騒ぐ声が聞こえてくるものなのだ。

 

「私は評価してるよ。コンクール前に比企谷君が音楽室でやったこと。上手いことやったなって」

 

「……上手いことなんてやってないですよ。さっき知ったばかりですけど、小笠原先輩にも迷惑かけていたみたいですし」

 

「ううん。あそこで滝先生以外に矛先が向かなかったら、晴香はもっと迷惑被ってたんじゃない?少なくとも私はそう思うけど」

 

「それに香織先輩だって結果的にソロ吹けませんでしたし」

 

「ふふ。とぼけるねえ」

 

「……」

 

「それこそわかっててやったんでしょ?香織は別にソロが吹きたかったんじゃないんだよ。あの子が望まなくたってみんな香織の味方をするけど当の本人は同情だってされたくないし、ただ負けたっていう事実を納得したかっただけ。

香織はさ、大体のことは可愛いし優しいから誰かが解決してくれるけど、本当は面倒事が好きなんだよ。再オーディションだって、もし行われてなかったら誰かが高坂さんに突っかかって結局香織になってたかもしれない。それ以外にも香織をソロにするためのボイコットとか。ボイコットされてたら滝先生だって流石に香織をソロにしたんじゃない?」

 

「面倒事が好きって、そんなことないでしょ?理解に苦しみます」

 

「それは普通の人だからだよ。大体のことが上手くいかない人は面倒事ばかり降りかかるから面倒事を避けるけど、逆に大体のことが上手くいく人は達成が難しいこととかものを求める。経営者とかそうじゃない?それを達成して大物になるの。

まあそんなことは置いて、香織が面倒事が好きっていう理由はちゃんとあるよ」

 

「…何ですか?」

 

「面倒事を背負い込む晴香の傍にいてあげてたり、超面倒な後輩で問題児って言われてる君のことがお気に入りだったり」

 

「小笠原先輩の方はともかく、俺の方は納得いきません」

 

「むしろ逆でしょ?でも私も頭が切れる後輩は好きだよ?」

 

「それは自分が何でも上手く出来る人間って事ですか?」

 

「うん」

 

「ぐっ」

 

言い切った。何を当たり前のことをとでも言うように首を傾げている。

確かに普段の部を纏める姿やサンフェスのドラムメジャー、それに去年までの先輩の話を聞いていると確かに要領の良さ、頭の良さはピカイチで間違いないけれど。

 

「いやー、楽器選びの時にうちに取っておけばよかったよ。あと少しで低音に捕まえられてた気もするし」

 

「覚えてたんですね?」

 

「楽器選びのとき声かけたこと?それは覚えてるよ。あ、勿論あのとき言った濁った目が低音っぽいなって思ったのは本当」

 

「そのフォローは本当にいらないです」

 

「あはは。それにうちのユーフォの一年とも妙に合いそうだし」

 

「黄前でしたっけ?」

 

「うん。あの子、たまに比企谷君みたいに腐った目で達観してるときあるからなー。そのくせ普段は人畜無害って感じのくせに鋭いところもあるし。でも比企谷君が北宇治の吹部の中でうまく部員としてやっていけたのは、うちかトランペットくらいだったんじゃない?他だと、多分普通すぎてダメだったと思うんだよね」

 

「なんですか、その普通には合わないみたいなの。

 それに低音でも合わなかったですよ。多分トランペットだけじゃないですか?」

 

「うちは何と言ってもサファイア川島がいるよ?」

 

「……確かに低音も捨てがたい」

 

それこそ入部した頃は、どうしてトランペットパートに川島がいないのかと家で悶々としていた。考えないようにしていた入部して以来最大の後悔。川島と同じパートになりたかった!


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