やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 「さて、それじゃ場が暖まってきたところでそろそろ比企谷君がしたかったって話を聞こうかな?何々ー?恋の相談かな?あ、比企谷君のことを思って言っとくと、香織はやめた方がいいよ。二人が良くても周りがね」

 

 「違います」

 

 「じゃあ晴香?晴香は無理だよ。比企谷君に苦手意識あるから」

 

 「恋愛についてじゃないんですって。俺が聞きたいのは傘木先輩についてです」

 

 「……へー。比企谷君、知ってたんだね」

 

 風がざわざわと吹いて、俺と田中先輩の間を吹き抜けていく。

 

 「まあ。傘木先輩と中川先輩が低音の教室で田中先輩に部活の復帰をさせてもらえないかって尋ねているところを偶然目撃して」

 

 「それでどうして私が入部を拒否するのかが知りたいと。多分知ったら後悔すると思うけどなー。言っとくけど、一回辞めたからとかで意地悪してるわけじゃないんだよ?」

 

 「いいえ。残念ですけど、それも違います」

 

 一瞬、田中先輩の目が驚いた様に見開かれた。だが、すぐにその瞳はくいっと細められる。

 

 「ふーん。やっぱり面白いよ、比企谷君」

 

 「そりゃどうも。理由を聞く必要はないです。何となくは分かっていますし。それよりも聞きたいのはこの状態は少なくとも今年のコンクールが終わるまでは停滞するのかってことです」

 

 そう。優子先輩の話を聞く限り、田中先輩が傘木先輩の復帰を認めないのは鎧塚先輩の問題を知ってのことだろう。だが、別にその理由が違くたって俺には関係ない。大切なのはこの現状についてのみである。

 

 「停滞、ね」

 

 「ええ。停滞です」

 

 「するよ」

 

 「信じますよ?」

 

 「うん。ただし!イレギュラーがなければだけどね?」

 

 「イレギュラー……」

 

 「それはそうと、ただ見たからって訳じゃなさそうだね。妙にこっちの事情を知ってそうなところをみると誰かに聞いたなー?いけないんだぞー。希美ちゃんのことは厳重に他言禁止にしてたんだから。うーん。香織ではないだろうから……優子ちゃんかな?」

 

 優子先輩は花火大会の日に俺が誰にも話さないから傘木先輩の話をすると言ったが、ごめんなさい。話をする前にばれました。

 ただ相手は事情を知っている田中先輩だ。だから仕方ない。セーフセーフ。

 

 「きっかけは本当にさっき言った通りなんですけど、たまたま傘木先輩と会って話す機会があったりして。最終的に優子先輩から聞くことにはなりましたけど、もし優子先輩が言わなくても最終的には誰かに探りを入れて聞き出していましたかね」

 

 「そうかなあ。君ならこういう面倒な話には自分から首突っ込まなかった気がするけど」

 

 「いいえ。本当にそう思うなら高く買いすぎですよ。人並みの好奇心くらいあります」

 

 「好奇心は猫も殺すって言うからね」

 

 「それなら逆に安心ですね。家の飼い猫は俺に似て、いっつも好奇心なんて示さないで寝てばかりですから」

 

 田中先輩はくつくつと笑って、壁から身体を離した。話はおしまいか。ああ。何だか酷く疲れた。

 

 「――それにしてもさ、優子ちゃんも狡いね?」

 

 「……え?」

 

 田中先輩の呟きは、まさに気を抜いた瞬間に放たれたものだった。あまりにも感情のない声に閉じていた瞳をはっと向ける。

 そこで俺はやっと気が付いた。ほとんど関わった事なんてない田中先輩のことがなぜ苦手なのか。

 

 この人を見ていると思い出すから。

 人当たりも良く明るくて綺麗な仮面。誰しもが憧れるそのマスクの下に潜む、どこか恐ろしい本性が。完璧に何もかもをこなしてしまう誰しもの理想で有り続けるところが。

 何よりも赤い眼鏡の下の瞳が。俺なんかよりもずっと遠いどこかを映しているからこそ。たくさんのことがわかっているからこそ。だからこそ、何もかもを察して、何か大切なものを諦めたようなその瞳が。

 田中先輩はきっと、あの人によく似ているんだろう。もう今は思い出の中にしかいない、あの人に。

 

 「だってさ、本当は比企谷君だって、ちょっとはわかってるんじゃない?優子ちゃんがみぞれちゃんを守ろうとしてる理由。ただの友達だからって訳じゃないよ。それに比企谷君が使えるってわかった上で、万が一の……おっと、残念だけど話はここまでかな?」

 

 「……すいません。お話中に」

 

 「本当だよ。せっかく後輩と楽しい話してたのにさ」

 

 田中先輩はまた、とすんと壁に寄りかかる。

 視線の先にいるのは傘木先輩と中川先輩の二人だった。中川先輩は眉を曲げて、俺に手を合わせて謝る。

 

 「比企谷も何か話してたみたいなのに、ごめんね」

 

 「いえ。ちょっとした話だったので」

 

 練習が終わるのを待って先輩に復帰を求める傘木先輩と、一緒にお願いをする中川先輩。今日が例外ということはなかった。遅くなりすぎると田中先輩が帰ってしまうと思ったためか、おそらく探し回っていたからだろう。二人とも少しだけ息が上がっている。

 とりあえず俺がいたら話をしにくいだろう。生憎、今来たばかりの二年生は俺が傘木先輩が部に復帰しようとしていることを知っていることを知らないし、田中先輩との話も一段落付いた。

 

 「あ、比企谷君。最後にもう一つだけ話させて」

 

 ちょいちょいと手を曲げて田中先輩に呼ばれて、近付くと田中先輩が顔を近づけてきた。

 うお。なんか良い臭い。香織先輩や優子先輩。どうして可愛い先輩ってみんないい臭いがするんだろう。俺も来年には身体からいい臭いするようになるの?今はまだナゾノクサだけど、来年にはキレイハナみたいな。進化ミスってラフレシアにならないことを祈る。

 

 「何ですか?」

 

 「いい?さっきも言った通り停滞するのはイレギュラーがなければだから。釘は刺したからね、頭のいい比企谷君?」

 

 「……善処します」

 

 田中先輩の方は見ないで答える。傘木先輩と中川先輩の方も見ない。ただ校舎の窓に映る真っ黒な木を何となく見つめた。

 

 「ふふ。君のその善処とやらには期待してるからね。それからもう一つ。本当は比企谷君はトランペットパートで良かったと思ってるよ?」

 

 「は?」

 

 「ストロングなメンバーをまとめておくれよー。特に優子ちゃんの手綱は離さないように。あの子はいい子だしカリスマ性があるけど、それ故に部活クラッシャーだからね。いや、むしろ比企谷君が掴まれているのかな?」

 

 「いやいやいや。俺そんなタイプじゃないですし。しかも手綱って…」

 

 「あの、あすか先輩」

 

 「はいはい。わかってるわかってる。そんな急かさないでよ。どれだけ言われても私は認めないんだからさー」

 

 田中先輩に向き合う傘木先輩を横目に校舎裏を立ち去る。

 

 「比企谷」

 

 「なんすか?」

 

 「今ここで見たこと、皆には言わないでね?」

 

 「はあ。わかりました。黙っときます」

 

 中川先輩は誰にも言わないようになんて言ったが、おそらく俺が誰かに言うことなんてなくたって二人の行動はある程度すぐに広まるはずだ。なぜなら今こうして少し歩いてまだ聞こえてくる傘木先輩の声は大きいし、普段話し合いとやらをしている低音パートの教室は目にも耳にも入る。現に俺と塚本だってそうだった。

 それでも知らない体を貫いて白々しく頷く。真剣な表情をしている中川先輩はすぐに傘木先輩の隣に向かっていって、その反対の方向に俺は歩き始めた。

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