アイスの溶けない夏   作:佐倉瀬葉

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第5話

 図書館の中に入って数分。館内を歩き回って先輩を探すものの、全く見つからない。

 

 「なぁ、お市。もう1回先輩の位置情報出してくれないか?」

 

 「わかったわ。少し待ちなさい。……ほら、出たわよ。」

 

 「ありがとう。」

 

 マップをよく見てみるが、そもそもの表示が小さくて先輩がこの図書館の中にいる、という情報以外は伝わってこなかった。

 

 「……なぁ。もう少し精度あげれないか?」

 

 「できないことも無いけど時間が掛かるわ。」

 

 「そうか。」

 

 図書館を散策しながらお市からの連絡を待つ、が。

 

 「おい。時間かかりすぎじゃねぇか?いくらなんでも。」

 

 「待ちなさいって!アタシだって頑張ってるのよ!」

 

 「い、いや。別に責めてるわけじゃないんだ。すまん。」

 

 「……アタシこそつい声を荒らげてしまったわ。ごめんなさい。」

 

 「い、いいんだ。」

 

 お互いに気持ちが急いてしまった。冷静になる為にもとりあえずなにか本でも読もう。

 

 「何を読もうか……。」

 

 適当に本の背表紙に指を走らせていると。誰かの手に当たった。

 

 「あ、すみませ……ん?」

 

 なんだかどこかで見たことのあるような人だった。

 

 「こちらこそ申し訳ないわ。」

 

 雰囲気が違う。こんなに冷たい人じゃなかった。

 髪型が違う。こんなに髪は長くなかった。

 まるでその人は俺を視線で氷漬けにでもするような、そんな眼光を放っていた。

 

 だけど、俺は確信した。先輩だ。この人は絶対に先輩だ。胸から何かが込み上げてくるのを感じる。……違う。これは俺が予想していたものでは無い。

 

 先輩を見ると、どうしてもあの光景を思い出す。赤く染った部室の床。そこに倒れる対照的に青白い先輩。俺の手にべったりと着いた血。血。血。それを思い出してしまう。

 呼吸が荒くなる。脂汗がじっとりと全身を濡らす。内臓がよじれるかのように体の中でのたうち回る。ダメだ。ダメだ。ダメだ。吐き気がする。目眩がする。頭痛がする。全身が鉛のように重い。目が霞む。

 俺は全速力でその人から逃げ出した。

 

 先程の公園までつくと急いで公衆便所に駆け込む。

胃の中を全て便器にぶちまけた。びちゃびちゃと音を立てて便器へと吸い込まれる胃液に浸された食べ物たち。涙が止まらない。出処のわからない正体不明の感情のせいで止まらない。それは、恐れかもしれない。それは、後悔かもしれない。少なくとも、再会の感動ではないということはわかった。だってそうでなければこの胸がこんなにも苦しいはずなんて、ないのだから。吐き終えると公園の蛇口で手を洗う。ひたすらに手を洗う。皮膚が剥けて血が滲む。それでも洗う。神経がもうやめろと痛みの信号を脳へ送る。それを無視して手を洗う。

 

 「先輩?何やってるんですか?」

 

 どこからか風見の声が聞こえる。それでも俺は手を洗うのを止めない。

 

 「───ッ!?先輩!手から血が出てますよ!?どうしたんですか!?」

 

 心配そうに俺に尋ねる風見。

 

 「五月蝿いッ!黙れよッ!」

 

 あぁ。五月蝿い。

 

 「で、でも!先輩が……!」

 

 「五月蝿いって言ってんだろッ!わかんねえのかよッ!」

 

 「ど、どうしちゃだったんですか?」

 

 「……れないんだよ。」

 

 「え?……なんて?」

 

 「取れないんだよ!あの時の血が!先輩を抱えあげた時、俺の手に着いた血が!洗っても……洗っても、洗っても、洗っても!取れないんだよ!」

 

 「先輩?な、何を言って……?」

 

 「五月蝿いッ!」

 

 取れない。取れない。取れない。取れない。取れない。取れない。取れない。取れない。取れない。取れない。取れない。取れない。取れない。取れない。取れない。取れない。取れない。取れない。トレナイ。トレナイ。トレナイ。トレナイ。トレナイ。トレナイ。トレナイ。トレナイ。トレナイ。トレナイ。トレナイ。トレナイ。トレナイ。トレナイ。トレナイ。トレナイ。トレナイ。トレナイ。

 

 

 そこで俺の意識は途切れた。

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