受験勉強なんかに縁のない俺は、ただいつもの様に深夜遅く夜の街を徘徊していた。この辺りは割と年寄りが多く、警察もわざわざ見回りに来ないから息抜きにはちょうどいい。
いつもの公園に着く。すると、公園のベンチで誰かがうずくまって泣いている。恐る恐る近付いてみるとそれはどうやら女の子のようだ。声をかけてみる。
「お、おい?大丈夫か?」
返事はない。夜の公園に女の子のすすり泣く声だけがこだまする。
「おーい?どうしたんだ?」
先ほどよりも声を大きくして話しかけると女の子は驚いた様子で肩が跳ねた。
「ご、ごめんなさい!邪魔でしたよね!今すぐ退きます!」
逃げようとする女の子。普段の俺なら特に気にもとめないが、その日は魔が差したのかその子に声をかけてしまった。
「ま、まって!なんで泣いていたんだ?教えてくれないか?」
怯えるように女の子がこちらを伺う。
「な、何も無いです。では。」
「待てって!悪かった。なにか事情があるんだろ?それより大丈夫なのか?」
「大丈夫……というと。何がですか?」
「帰るところはあるのか?」
そう聞いた途端、女の子の顔が曇る。
「……ありますよ。」
「それは、安全なところか?」
「……。」
黙りを決め込む女の子。
「沈黙は答えたくないって答えてるようなもんだぜ?この場合、安全なところならそうだと言えばいいだけだ。なのにそうしないのはつまり、安全なところではないってことだな?」
「あ、あなたには関係ありません!」
「まぁ、そんな事言うなよ。ま、そこのベンチに座ってろよ。コンポタ飲めるか?」
「え、あ、いや……の、飲めます。」
「んじゃ待ってろ。今買ってくるから。」
そう言って俺はベンチから目の届くところにある自販機でコーンポタージュとココアを買う。
「ほら。」
女の子にコーンポタージュを投げ渡す。女の子は危なげながらもしっかりとキャッチし飲み始める。
「さっきはいきなりデリカシーのないことを聞いた。悪かった。俺の悪い癖なんだよ。許してくれ。」
「わ、私こそ。いきなりあんなふうに言ってすみませんでした。」
「あぁ。それはいいよ。そもそも悪いのは俺なんだから。」
「で、でも……。」
「いいってば。それでなんだけど、ここであったのも何かの縁だし、いくつか聞いてもいいかな?」
「な、なんですか?」
「まず、君の名前から教えてくれるかな?俺の名前は戸神悠希。ドアの戸にゴッドの神、悠久の悠に希望の希で戸神悠希。」
「わ、私は風見苺華です。風見鶏の風見に苺と中華の華で苺華です。」
「そっか。俺のことは戸神でいいよ。風見でいいか?」
「は、はい!大丈夫です!」
「じゃあ、年齢は?」
俺の見込みだと中学1、2年ってとこか?
「えっと、14歳です。」
「ってことは中学2年?」
「はい。そうです。」
よし、ドンピシャだ。
「えっと、あなたは……?」
「俺は中3だけどまだ誕生日が来てないから風見とおなじ14歳だよ。」
「やっぱり年上でしたか。では、風見先輩で。」
「うん。じゃあ、なんで夜遅くにこんな所に?」
核心に近い質問をいきなりぶつけてみる。
「……。」
やはりそう簡単には答えてくれないか。
「もし答えたくないならいいんだ。でも俺は別に警察に言ったりもしないし、誰かに言いふらしたりもしない。それに、君のことを助けたいんだ。君の力になりたいんだ。だから……教えてくれないか?」
そこまで言ったところで風見の目に涙が光っているのに気づいた。……まずったな。
「い、いや!すまん!そんなに嫌ならいいんだ!申し訳ない!」
「ひっぐ……ぐすっ……ち、違うんです。嫌な訳じゃなくて……。こうやって言われたのが初めてで……。すみません。今泣き止むので……ぐっす……。」
「いいんだ、泣きたい時は泣いても。涙が出るのは心が耐えきれないからなんだから。落ち着いたら話してくれればいい。それでいいか?」
「は、はい。ありがとうございます、戸神先輩。」
泣き続けることおよそ30分。なかなか泣き止まない上に外は徐々に寒くなっていく。
「大丈夫か?風見。とりあえず家には帰れない事情があるならウチに来るか?お前も寒いだろ?」
「ず、ずびばぜん。どがみぜんばい。」
鼻声過ぎて何を言っているかわからなくなってるぞ?風見。
そして歩くこと数分、俺の家へと風見を入れる。親はいないから色々と問題だが問題ない。
「どうだ?大丈夫か?」
「はい……。ご迷惑おかけしました。本当にすみません、先輩。」
「俺は大丈夫だ。で、話せるか?風見。」
「はい。大丈夫です。でも先輩一つだけお願いがあるんですが……。」
「どうした?俺に出来ることならなんでも聞くぞ?」
一体お願いとはなんだろうか。
「これから私の話すことは信じられないことだと思います。だから信じなくてもいいです。でも、私のことを見捨てないでください。都合のいいお願いだってのはわかるんですけど、私がここまで話すのは先輩のせいなんですから、責任とってくださいね?」
「あぁ。分かった。俺は何があってもお前を見捨てたりしない。」
本気か冗談か、責任とってくださいなんてことを口に出す風見を茶化すことも考えたが、真剣な話のようなので辞めておくとしよう。
そんな前置きもありながら風見が口を開いた。
『私の母親は、生まれつき病弱で私が小学3年生にあがった頃、病気で亡くなりました。それ以降、私は父と二人暮しでした。』
『ですが、父は酒癖が悪く、酒を飲んでは私を殴り、酒が足りないと私を蹴りました。でも、正常な父親の愛を知らない私はそれが普通だと思っていました。』
『ドラマやアニメで見る一般家庭とはかけ離れていましたが、それを私は違うものとして、異世界の、異次元の存在として認識していました。』
『しかし、小学5年のある日、父は夜遅く私の部屋に来て突然こんなことを言い始めました。』
『今まで悪かった。自分は父親失格だ。でも、これからは違う。お前に本当の愛を教える。それで許してくれ。』
『父はそう言ってから、ベッドにいる私に覆い被さりました。そして父は痛い痛いと泣き続ける私に何度も何度も腰を打ち付けながら、ごめんね、ごめんね、と繰り返し言ってました。』
『父の行為は週に一度ほど、ひどい時は毎日のように続きました。』
『父の行為が性行為だと知ったのは中学に入ってからでした。ですが、本当の愛を知らない私はそれが当然だと思うことで、私を保ち続けました。たとえ歪んだ形だとしても、その時の私は確かに幸せだったんです。』
『しかし、ある日私は体に異変を覚えました。妊娠ではありません。父の行為が始まった頃から父の言いつけで避妊薬は飲み続けていました。』
『その異変は初めはただの違和感でした。朝起きると背中が強ばっているようなそんな感覚でした。』
『しかし、ある日背中のそれは突起になっていました。まるで肩甲骨が翼になっているようなイメージです。』
『父がそんな私の異変に気がつくのも時間の問題でした。』
『背中に妙な突起物があるのに気づいた父は私の服を無理やり脱がしました。』
『その時でした。背中の『それ』を見た父は私にこう言いました。』
『お前は化け物だ!この人でなし!来るな!気持ち悪い!』
『その言葉を聞いた時、私の背中の『それ』がもぞもぞと蠢く感覚がありました。』
『気付くと父は、いや、父だったものは血溜まりに沈む肉塊へと成り果てていました。』
『そして、私の翼は既に私の目に届くくらいの大きさにまで成長していました。さらに、私の翼の先は赤く濡れていました。』
『救急車を呼んだ時には、いや、私が気づいた時に既に父は息絶えていたどころか生物の面影すらありませんでした。』
『程なく救急と警察が到着しました。私の翼は小さくなり、先端に血などついていなかったかのように白く輝いていました。』
『警察は誰がこんなことをしたのか分かりかねていました。私がやったのは状況的に確かでしたが家中の狂気になろうものには父の血は一切ついてなどいませんでいた。』
『そして、私の腕についていた無数の痣をみて何かを察したのか私が罪に問われることはありませんでした。捜査がどうなったのかは私はわかりません。』
『その時私を覆っていた感情は、父を失った悲しみではなく、愛を失った孤独感でした。』
『その時点で既に私は人ではなく、愛を求めるだけの化け物だったのかも知れません。』
『そして、今日。私は家に一人でいる孤独感に耐えきれず家を飛び出しました。私にとって家はただの寝床でしかなく、この世に私居場所などないとすら思えました。』