俺と後輩と酒と文学少女と   作:JOS

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プロローグ

――貴方にとって、世界一美味い飲み物は何か。 

 

いきなりこんな質問を投げかけられたときに即答できる人間はどれだけいるだろうか。俺の勝手な予想になるのだが、自信をもって即答できる人間は少ないと思う。まぁ、そもそもいきなりこんな質問を投げかけられる状況がないとは思うのだが、いきなりではなく「貴方が世界で一番好きな飲み物はなんですか?」と聞かれて時間を貰ったとしても多くの人が頭を悩ませるに違いない。その理由はきっと自分自身のコンディションと周りの環境によって答えが変わるからだ。

 

いくら冷たい炭酸ジュースが好きな人がいたとしても真冬の雪ちらつき木枯らしが吹き荒れる中この質問をされたのなら、暖かいお茶やココアと答えるに違いないし、いくら温かいお茶が好きな人でもサハラ砂漠で遭難した時にこんな質問をされたら間違いなく温かいお茶ではなくキンキンに冷えた水を求めるに違いない。

 

まぁ、以上の例は極端すぎる例だが、俺の考えとしては世界一美味い飲み物は周りの環境と自らのコンディションによって変わると思っている。勿論俺も例にも漏れずに周囲の状況によって世界一美味い飲み物は優柔不断に変わる。変わるのだが、それでも一年を通じて殆どの時期においてある一つの飲み物が世界一美味い飲み物だと断言できる。

 

それはズバリ――――ビールである。

 

あの麦わら色の液体はまさしく神が作った天上世界の飲み物だ。この世の中に存在する全ての液体の中であれほど完成されたものはないだろう。間違いなく人類が今まで発明したもの中で五本の指に入るほど有能なものだ。ビールと日本酒とラム酒とウイスキーは人類の発明したもので十本の指に入ると信望して、信仰している。古代ギリシアの芸術は端粛を理想としたそうだ。芸術の理想が端粛なら、飲み物の理想はビールだろう。

 

今は昔、中世の欧州では錬金術という学問が流行ったそうだ。錬金術とは文字通り、金を作り出すという学問だ。結果の方はすでご存知の通り失敗に終わっている。まぁ、鉄くずから黄金を作り出すことは無理だったのだが、この世には黄金に負けずの価値があるビールという飲み物がある。

 

ビールの色は黄金であり、金もまた黄金色である。黄金もビールも人を狂わせる。

 

こう考えてみれば黄金もビールも変わりない物に感じる。程よく求めるなら人生を豊にするが、求めずぎると身を滅ぼす。お互いに身を滅ぼすのならまだ気持ちのよくなれるビールの方がいいのではないだろうかと俺は思う訳だ。

 

かのルイスキャロルが書いた不思議の国のアリスでは、主人公のアリスが瓶に入った液体を飲み、『少し飲んで、その味がサクランボ入りのパイとプリンとパイナップルと七面鳥の焼き肉とタッフィーとトーストを混ぜた様な味。素晴らしい味。』と称しているが、まさしくアリスが飲んだ液体が俺にとってはそのままビールになるという訳だ。きっとアリスもそのまま成長したらビールが世界で一番美味い飲み物だと分かってくれるはずだ。はい、そこただのアル中とか言わない。

 

まぁ、ここまで長々とビールに魅力について語ってきたのだが、俺もある特定の場合にのみビールではなく他の飲み物が世界一美味い飲み物と思う時がある。その少ない特定の場合と言うのが今日みたいな体の芯まで凍えそうな凍てつく冬の日だ。そんな日には鍋でもつつきながら熱燗を御猪口でゆっくりと飲みたいものだ。

 

そう、この物語は今にも雪が降りだしそうなある冬の日に始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――うぅ、寒い寒い。早く帰ろう。

 

 

吐いた息は白かった。口から出た白い息は、そのまま夜の闇に溶け込みすぐに見えなくなる。一月も中旬ともなれば真冬真っ盛り、陽が落ちるのも随分と早くなり、まだ七時にもなっていないというのに夜の帳は完全に降りきっていた。

 

日が落ちてしまえば気温が下がるのは道理であり、昼間比べるとより一層強い冷気が俺を襲っていた。今日は花の金曜日。多くの大人が待ち望む日であり、多くの街の赤提灯が賑わう日である。もう薄々分かっているとは思うが、俺は酒好きだ。酒を愛しているといってもいい。だからこそ、普通の金曜日なら就労が終わり次第、一も二もなく飲みに繰り出すのだが、流石の俺でもこんな極寒地獄の中飲みに繰り出すほど酔狂ではない。いや、訂正しよう。普段なら多分飲みに行く。寒かろうが、暑かろうが店に入ってしまえば関係ない。雨でも日照りでも雪でも嵐でも店の中は極楽浄土である。

 

しかし、だ。今日に限っては別に馴染みの安居酒屋に行かなくても良い。何といっても先日上物の日本酒が手に入ったのだ。たまたま職場の先輩が飲まなないからと言ってくれたその一本は、超有名な銘柄であり、俺の収入からすれば手も足もでない一本だった。まさに神からの恵み。神様仏さま先輩さまである。一週間くらいなら毎日拝んでも構わない。持つべきものはやはり出来た先輩である。

 

――明日休みだし、今日は思いっきり飲むぞ。

 

明日の心配何てしていたら美味い物も美味くなくなる。良い酒を飲むのなら後腐れなく、思いっきり飲むに限る。俺の崇拝する漱石先生も確かその著書の中で、『美味い酒は飲まねば惜しい、少し飲めば飽き足らず、存分飲めば後が不快だ』と書いていたし、俺の意見は間違っていない筈だ。

 

……ん? 漱石はそんなこと書いてないって? 

 

まぁ、あれだ。飯も酒も同じことだろ。両方とも生きていく上では欠かせないものだし。イエス様の血がワインならきっと仏さまの血は日本酒だ。両方とも有り難いものに違いない。え? 仏教は葷酒山門に入るを許さずだろって? まぁ、確かにそうだ。なら、きっと先輩の血液が日本酒なんだろう。

 

――まぁ、そんな下らないことより、さっさと部屋に入るか。このままでと酒を飲む前に凍死しかねん。

 

ブルブルと震えながらボロアパートの階段を上っていた時だった。

 

ふと、自室の窓から光が漏れていることに気付いた。朝、職場に出かける時は勿論部屋の電気は切っていた。安酒場で飲むことが唯一の楽しみであることから分かる様に俺の財布は基本的に薄っぺらい。夏でも冬でも木枯らしが吹き抜けている。だからこそ、日ごろからそういった節約は心掛けてきた。

 

――あぁ、アイツ来てるのね。

 

俺が消した電気がついているとなれば、誰かが部屋の中にいる他に答えはない。泥棒が入った可能性もあるが、こんなボロアパートに侵入しても金目のものなんてありはしない。我が家にある価値のあるものは一に酒に二酒だ。ちなみに付け加えると三四はなくて、五に本である。酒と本しかないのが我が家だ。何度か遊びに来たことのある友人曰く、お前の部屋は大正か昭和初期と称されたこともある。失礼な奴だ。一応、冷蔵庫もテレビだってあるというのに……。

 

閑話休題。話は戻すが、俺の部屋を訪れている人間に心当たりはある。合鍵を持っているのは大家さんを覗くと三人だけだ。一本は俺がもっており、もう一本を持っている人間は平日は学校があって来れない。となると、容疑者は一人に限られる。

 

半ば確信をもってドアノブを捻れれば、案の定何の抵抗もなくすんなりと扉は開かれた。

 

部屋の中は暖房が効いており、入った瞬間に暖かい空気が俺を出迎えてくれた。外の寒波が入り込まない様に素早く扉を閉めて鍵をかける。

 

「おかえりなさい、先輩」

 

そんな時だった。居間に続く襖が一人でに開いたと思ったら、一人の少女が寝転んだ姿勢でこちらを見上げていた。

 

「おう、来てたのか」

 

横着をして寝ころんだままで襖を開けたと見える馬鹿に、おう、と軽く挨拶をする。案の定俺が予想していた侵入者だった。

 

「えぇ、お邪魔しております」

 

彼女は億尾もなくそう言うとぐっと、腹筋に力を入れて状態を起こした。そんな彼女をしり目に俺は靴を適当に脱ぎ捨てると居間へと入る。

 

「何だ、お前まだ飲んでいなかったのか?」

 

冬の最強宝具、こたつの上にはIHのヒーターが一つ。その上には鍋が置かれぽこぽこと気泡が湧いていた。そして鍋の中には徳利が二本。二合入りの徳利が並べられていた。コイツのことだからてっきりもう既に飲んでいるだろうと思ってたが、そうでもないらしい。徳利の中には並々二合入っていた。

 

「えぇ、先輩が来られるまでの我慢してました」

 

そう言って彼女は「出来る後輩でしょ」と笑う。

 

「それは悪かった」

 

クローゼットからハンガーを取り出し上着を吊るすとそのまま彼女の対面に腰を下ろす。

 

「いえいえ、気にしないでください。出来る後輩ですから!」

 

目の前に座るソイツの恰好は薄いTシャツ一枚、恐らく下はショートパンツだろう。部屋の暖房の掛かり具合といい、ソイツの恰好といい、炬燵の上のIHヒーターといい、全てがコイツの行動を物語っている。間違いなくいつも通り勝手に人の部屋の風呂を使い、勝手にくつろいでいたに違いない。

 

伊達に長いことコイツとは付き合っていない。そんなことは聞かなくても分かる。

 

「出来る後輩ねぇ……もう少し可愛げがあればなお良いんだがな」

 

本当の可愛い後輩というのは勝手に先輩の家に上がって好き勝手するような奴では断じてないはずだ。

 

「何言っているんですか? 先輩、楓さんはいつも可愛いですよ!」

 

そう言って目の前の後輩は目を細めて笑う。ふわりとしたボブカットが揺れた。

 

「何が可愛いだよ、鏡見てこい鏡」

 

「さきほどお風呂に入る時に見ましたけど、超絶美人が一人写っているだけでした」

 

俺の失礼な物言いにも動じず彼女は笑う。俺が冗談で言っていることくらい当たり前の様に分かっているようだ。まぁ、お互いに下の毛も生えない時からの付き合いだ。俺もあいつの嘘は分かるし、アイツも俺の嘘は分かる。要するにお互いに嘘は通じない相手という訳だ。

 

「そりゃ、きっと湯気で鏡が曇っていたんだろうなぁ」

 

「うふふふ、残念ですが脱衣所でも見たのでそれはないですね」

 

何が可笑しいのかにこにことソイツは笑う。特徴的な群青と翡翠色のオッドアイを細めながら彼女は笑みを崩さない。何がそんなに楽しいのか俺にはさっぱりだ。出来る事ならその楽しさを一割でも分けてほしいものだ。

 

「――それよりも先輩」

 

そんなことを考えている時だった。後輩はそう言いながら、御猪口をこちらに差し出す。

 

「一献いかがですか?」

 

「――あぁ、いただこう。お返しにどうぞ」

 

「――――ありがとうございます、先輩」

 

お互いに御猪口の中身が潤ったところで、

 

「「――乾杯」」

 

ある冬の夜はこうして始まった。そう、ここいらで目の前に座っている彼女の紹介をしておこう。

 

先ほどの会話出た通り、彼女の名前は楓、名字は高垣。

 

ここまで来ればほとんどの人が分かってくれると思う。

 

そう俺の小生意気な後輩は――高垣楓。

 

彼女はナンバーワンアイドル――――シンデレラガールだ。




『俺と後輩と酒と』の最終回に行き詰ったので、こういう時はキャラに伸び伸びとう動いて貰おうということで……。完結は保障できません。
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