古龍を描く狩人   作:ムラムリ

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今回でクシャルダオラ編は終わり、って思ってたけど、今回で終わらそうとすると万文字行きそうだったので分けました。


クシャルダオラ 10

 ばきゅっ、ぐちゃ、ごりゅ、ぎちゃっ、ぼり、ぼりりっ、ごきゅっ、ごきゅっ、ぐふぅ。

 クルルヤックの肉体は、ヒノキも、そしてリオレウスも呆然としている内にイビルジョーの胃袋に収まった。

 そして、落ちていた卵の殻もろとも、べろりと舐め取り、またごくりと喉を鳴らした。

 幸いにもイビルジョーはヒノキには気付いていなかった。目の前で動かないリオレウスを、次の食糧として見定めていた。

 そのリオレウスは、何故かすぐに逃げようとはしなかった。

 空の王者と言われても、リオレウスはただの竜種だ。その力は下手な古龍にも届くと言われるイビルジョーとは種族的な確固たる差がある。それが覆せるものだと思っているのか、……いや、覆さなければいけないものなのだろう。

 ヒノキ自身は目視まではしていないが、今、古代樹の頂上にはこのリオレウスの雛が居るはずだった。

 卵ならともかく、雛を連れて逃げる事は難しいのか、それともこの前来たクシャルダオラとは違い、イビルジョーはこの地の全てを喰らい尽くすまでここを去る事は無いと知っているのか。リオレウスは逃げる事は出来ないと判断したのだ。

 リオレウスは、すぅ、と息を吸った。

「ギアアアアッ!」

 距離が離れていても、耳を塞ぎたくなる程の音量。このリオレウスを狩らなかった理由としては、単純に人へ積極的に害を為す存在では無かった事に加えて、もう一つの理由があった。

 イビルジョーはその宣戦布告を無視するように、その巨体を一気に跳ね飛ばした。強酸性の唾液をぼたぼたと垂らしながら瞬時にリオレウスに肉薄するが、リオレウスはその跳躍よりも素早く身を翻した。ぐるんと背中が、棘の生えた太い尾が、イビルジョーの頭を横から思い切り叩きつける。

 リオレウスよりも遥かに重いイビルジョーが、その一撃で横へと逸れた。隣の茂みへとイビルジョーが突っ込み、ばきばきと音を鳴らす。

 このリオレウスは人へ害を為す存在ではなかった。それよりも単純に、強者だった。

 蒼火竜のように身体能力が取り分け優れている訳でも、吐く炎が強い訳でもない。また特殊な能力を身に着けている訳でもない。けれどもその一撃一撃は正確無比であり、その戦術眼は、戦闘に置ける勘は、明らかに並みのリオレウスより優れていた。

 即座に跳び蹴りで追撃し、何度もその猛毒の滴る爪で切り裂く。

「ゴオオオッ!」

 怒るように吼えながら跳ね起きたイビルジョーからさっと離れ、そしてヒノキは気付いた。

 イビルジョーの右目が潰れていた。血がだらだらと垂れ、吼えるイビルジョーがその違和感に何度か頭を振る。

 その尾の初撃で、棘がイビルジョーの右目を的確に突き刺していたのだ。

 しかし、リオレウスはそこへ追撃する事はなく、じり、じりとイビルジョーから慎重に距離を取って様子を観察していた。

 イビルジョーの胴体に付いた爪痕はリオレウスの巨体と鋭い爪であっても、深くは無かった。しかしながら、そこから血はだらだらと流れ続け、止まる気配がない。

 リオレウスの毒は出血性だ、体力を奪うのには適している。長期戦なら勝機はあるかもしれない。

 ただ、あるとは言えやはりそれは薄いとヒノキは思った。

 尻尾でも足でも翼でもその口に入ってしまえば、訪れるのは捕食と言う名の確固たる敗北だ。イビルジョーの攻撃は基本的に全て大振りでリオレウスにとっては躱しやすいだろうとはいえ、イビルジョーの肉体を深く傷つける手段を持たないまま、体力を奪っていく事は酷く困難な道でしかなかった。

 

 怒り震えるイビルジョーも、もう不用意に飛び掛かる事はせずに走ってリオレウスに噛みつきに行く。リオレウスは大き目に回避し、次いで振るわれた尻尾も避けてから今度は火球を放つ。

 ただ、殆ど効果は無いようにも見え、流石にリオレウスも今度はたじろいだ。

 ひたすらに食らおうとするイビルジョーと、それ対しとにかく慎重に立ち回るリオレウスを傍目に、ヒノキは少しだけ勿体なく思いながらもドスサシミウオを捨てて茂みの中をゆっくりと動いた。気付かれないように、取り合えずイビルジョーが来ているという事を伝えなくてはいけない。

 クシャルダオラの時とは違ってリオレウスが相手をしているし、イビルジョーは空を飛べないから、落とし格子が役に立つ。それでもイビルジョーの膂力では多少の時間しか稼げないが、大砲やバリスタを準備する程度の時間は稼げる。

 ただ、その油断はいけなかったのか、してなくても無駄だったのか、リオレウスがこっそりと動いたヒノキをすぐに見つけてしまった。

 目が合う。

 ……リオレウスは目が良かったな、そう言えば。

 イビルジョーが息を吸い、黒い靄のようなブレスをまき散らした。リオレウスが後ろに跳び、そこへイビルジョーが追撃する。自らに自分の吐いた龍属性のブレスが当たる事も能わず、宙に居るリオレウスにまた肉薄した。

 リオレウスは間一髪でその頭を踏んで噛みつかれる事を防いだ。そのまま背中を一直線に鉤爪で引っ掻く。

 イビルジョーという種族は、そう頭が良くない認識をされている。実際、それはその通りだろう。ただ、だからと言って馬鹿な訳じゃない。

 リオレウスを喰らう為に、片目を潰された怒りを晴らす為に、考えなしにリオレウスに向かって突っ込んだりはしていない。一回でも噛みついてしまえば勝利だ、それを満たす為にリオレウスの動きを読みつつある。

 イビルジョーが暴れてリオレウスを背中から引き剥がす。振り返り、またブレスを吐こうとしたイビルジョーから向かってやや右側から、その潰れた視界に潜り込み、火球をその開いた口に向けて放つ。

「ゴァッ!?」

 流石に怯んだイビルジョーに向けて、今度はリオレウスが飛び掛かった。その顎に向けて先程より勢いをつけ、全体重を掛けて両足で跳び蹴りをかまし、転ばせる。ごろり、とその巨体が腹を見せて転がった。すかさずその腹に圧し掛かり、何度か踏みつけて暴れられる前に飛び退いた。

 起き上がったイビルジョーの腹からは、何度も傷つけた背中よりも多く血が垂れていた。

 ……見とれている場合じゃない。

 ヒノキは止まっていた足を動かし始めて、前を向くとその先の木がいきなり飛んできた火球で焼け爆ぜた。

 リオレウスの吐いた火球、イビルジョーから見ると明後日の方向に飛んだそれに、イビルジョーが振り向いた。

「何してくれてんだあいつ!」

 イビルジョーも気付いてしまった。しかし、怒りの矛先であるリオレウスに向き直る。狩人など後で良いというように。

 閃光弾でも当ててやろうかとヒノキが思うも束の間、しかしリオレウスは唐突に逃げ出した。

 イビルジョーの噛みつきも空に飛んで躱し、残されたのはヒノキと逃げていったリオレウスに吼えるイビルジョー。

 狩人が居るならそれに任せれば良いとでも思ったのか、雛を逃がす為に時間を稼ごうとしたのか、どちらでも良いが、要するにヒノキはリオレウスに利用されたのだと自覚した。

 使えるものは何でも使えと、新大陸に来た皆は良く言うが、自分がモンスターに使われる側になるとは思いもしなかった。

 ……いや、クシャルダオラに使われていたな。

 そしてイビルジョーはヒノキに向き直る。

「ああ、くそ」

 怒りの矛先が完全にヒノキに向く。こやし弾は持ってきていなかった。閃光弾はあった。ただ、そんなものを装填している暇もなく、イビルジョーはヒノキに跳びかかって来た。横に跳んで避けて、太刀を抜こうとしたその時、ソードマスターが走って来たのが見えた。

 同じ太刀使いだが、純粋な腕前ではソードマスターの方が上だ。イビルジョーは唐突に増えた狩人達に向けてまたブレスを吐いたが、ソードマスターはその靄状のブレスの薄い部分をローリングで無理矢理突破し、同時に抜刀、イビルジョーの下顎を強く切りつけた。

 イビルジョーが怯む、が勢いをつけて再度突進してくる。そこを更に冷静に躱して、けれど引っ掛けられた。

 掠る程度の僅かな衝突だったが、体躯の差と突進の勢いで転んでしまう。

 そこへヒノキが、スリンガーを使って上空から太刀を突き刺した。

 やっぱり硬いな……。

 リオレウスの引っ掻きの痕もそう深くはない。剥ぎ取りナイフを抜き取り、何度も突き刺すがイビルジョーが暴れ始めるとしがみつくのに精一杯になる。

「脱出しろ!」

 ソードマスターが叫び、はっと顔を上げれば大木に向けて叩き潰す寸前、跳び、避けた。

 太刀はその背中に突き刺さったまま。

「……しまった」

 着地し、イビルジョーが背中を大木に叩きつけたその隙に復帰したソードマスターが切りかかるが、太刀は全く抜ける気配がない。

 そう深く刺さった訳でもないのに、と思いながら聞く。

「任せていいですか!? 応援を呼びに行きます!」

「任せろ!」

 古龍でも、そう強い個体でもないイビルジョーならば、ソードマスターが負ける事は無い。

 ヒノキは駆け出した。

 

 アステラまでそう距離は無く、幸いにも何とも会わなかった。イビルジョーの気配を感じているのか、かなり静かだった。

 落とし格子を潜り、アステラにたどり着き、叫ぶ。

「イビルジョーが来た! 応援を求む!」

 狩人の中で、イビルジョーに相対出来るのはそう多くなかった。更に今、素材を集めに各地に狩人が散らばっている。その中でアステラに残っている狩人では、総司令の孫、調査団のリーダーしか居なかった、しかしとても心強い。

 リーダーが物資を整える間に聞いてくる。

「ヒノキ、あんたの太刀は?」

「イビルジョーの背に突き刺さったままだ、やってしまった」

「替えはあるか?」

「……イビルジョーに通じるものは、残念ながら」

「なら鍛冶場に行け、良い試作品が出来たばかりだ」

 リーダーはニヤリと笑った。

「……分かった」

 なーんか、嫌な予感がする、とヒノキは思った。

 リーダーが物資を整え終わり、早速現場に助太刀しに行ったのに対して、ヒノキは鍛冶場へ向かう。

 そして手渡されたのは、オレンジに光る突起が数多に付いた太刀。柄は髑髏を模した形をしており、見た目からして危険な雰囲気を醸し出している。

「……これは?」

 何となく、何を使ったのか分かる。それでも聞くと、親方が自慢気に言った。

「バゼルギウスの爆鱗を応用した太刀だ。切り続けていればバゼルギウスの生み出す爆破の成分がモンスターの身に染み込み、ドカン! だ」

「えげつない……」

「それに相手はイビルジョーって言うじゃねえか、良い相手だぜ」

 まあ、好き嫌いは言ってられない。太刀でもシンプルなものを好んでいたヒノキには正直余り好めない武器だったが、それでも有難く受け取る。

「今回はあんたに譲るぜ、名付けて爆鱗刀バゼルバルガー! 大切に……いや、派手に扱ってくれよ!」

「……分かったよ」

 派手に、か。変な想像が思いつくが、流石にそれはしない方が良いだろうと思った。

 専用の鞘も貰い、それに刀を差して、背中に担ぐ。ぼんやりとした温かさ、それ以上にぞわぞわとする感覚。

 背中から落ちたりしたら、爆発起こしたりしないだろうな?

 そんな事を思いながらも、文句を言っている暇はない。ヒノキも物資を簡単に整え直すと、また古代樹へと走った。




出てるキャラの強さ基準
歴戦王クシャルダオラ >> ネルギガンテ ≒ マハワ(ゲーム本編主人公) > ただの古龍 >= ソードマスター >= イビルジョー ≒ ヒノキ、調査団リーダー、リオレウス

リオレウスは歴戦個体一歩手前の上位個体。ただ、それ以上強くなる見込みはそんなに無い。元々の能力が並みの個体が一生懸命頑張って辿り着ける最上位くらいを想定。
イビルジョーは普通の個体。でも噛みつかれたら狩人もモンスターも一発アウトなのは同じ。拘束攻撃じゃなくて防具ごと噛み砕かれて即死。

ヒノキの防具、武器に関しては大して何も決めてない。
武器は無属性太刀としか決めてない。
防具も何を装備しているとかは決めてない。胴は上位オドガロン防具になったけど。
強いてどういう装備を着ているかと考えると、古龍の装備はヒノキ自身が古龍を討伐した経験もほぼほぼ無い事から無いとして、無属性太刀に合う、上位個体から作られた、スキルは生存に重きを置いたシンプルな見た目の防具系統かなー、と。必ずしも新大陸のモンスターから作られた防具でもないとだろうけど、そもそも自分はMHWしかやっていない。

狩人よりモンスターの方を描きたい欲求が強いから、設定の深さがそっちに重くなってます。

気に入った部分

  • キャラ
  • 展開
  • 雰囲気
  • 設定

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