古龍を描く狩人   作:ムラムリ

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キリン 3

 雷。

 新大陸で電気を操るモンスターは現在、二種しか確認されていない。

 一つは、体毛を震わせて強い静電気を発しながら戦う事で相手を強く痺れさせる、古代樹の森を主な住処とする牙竜種のトビカガチ。

 しかし、トビカガチは電気を発する事が出来るとは言えど、雷を落とす事までは出来ない。

 それはもう一つの古龍でなければ出来ない。

 カシワは、自分の震えの原因をそこで理解した。

 軽い動作で高所から降りて来た()()はココッ、と爪を軽く鳴らしながら着地した。

 ヂヂッ、ヂヂッ、と雷を帯びたその体が危険な音を鳴らしている。

 キリン。体躯は大概の飛竜種よりも小さい程度しか無いが、その身に帯びる雷は空から落ちるそれと同じ程に強力で殺人的だ。

 足を止めたオドガロンとやっと正気を取り戻したパオウルムーの間にゆっくりと入り、キリンはオドガロンの方を向いた。

 カシワからは、キリンがどのような顔をしてオドガロンを見ているのか、それは分からなかった。

 ただ、パオウルムーを守ろうとしている、それだけははっきりと分かった。

 何故、どうして古龍種がパオウルムーを守ろうとしているのか、カシワは疑問を抱くと共に強く興味が湧いた。

 しかし体の震えは止まらず、自分はキリンに対して距離を取っていようとも怯えている事は確かだった。

 キリンと対峙したオドガロンはけれど、即座に逃げる事はせずにヴルルル、と唸り声を上げた。

 コツ、コツ、とキリンが一歩、二歩とオドガロンに向けて歩みを進めた。ゆっくりと、そして同時にオドガロンの周囲に雷が降り注ぐ。静かでいて派手な威圧だった。雷が落ちた地面は例外なく黒く焦げている。

 ヴァルハザクにも跳び掛かったと言う凶暴性を持つオドガロンでも、流石にその威圧には耐えられずに後ろへと下がっていく。

 ひた、ひたと慎重に、距離を取りながら退いていく。しかし戦意は衰えていない。その顔の先はしっかりとキリンを捉えたままだ。

 後ろ足が引いて止まる。ぐっ、と僅かに溜めが出来た。前足がじゃり、と地面を掻いた。

 ジャキンッ、と隠し爪が前に出る音と共に、一撃、雷がオドガロンに当たった。

「ギャインッ」

 たった一発、キリンにとっては造作もないその一発だけで、オドガロンの戦意を喪わせるには十分だった。

 オドガロンは転がり、そして尻尾を撒いて、ただ屠ったツィツィヤックは忘れずに咥えて持ち去って行った。

 

 オドガロンが逃げ去ると、キリンから痺れるような緊張感がふっと失せた。

 雷が落ちなくなり、また体に帯びていた雷も消えた。

 キリンがパオウルムーの方を振り向く。体を起こしたパオウルムーは逃げる事はなくキリンが早足で近付いてくるのを待っていた。

 もう、緊張感はどこにも無い。キリンはパオウルムーを軽く蹴って仰向けに寝かせると、傷が無いか確かめるようにじろじろと全身を眺めた。

 傷が無い事を確かめると、今度はうつ伏せにさせてまた傷を確かめる。

 その丁寧振りはまるで保護者のようにも見えた。

 傷が無い事を確認すると、軽く顔を擦り、立ち上がらせる。そしてその顔が唐突に隠れていたカシワの方を向いた。

 ビグッ、と体が震えた。

 キリンに狩人が殺されたとか、そんな話は聞いていない。けれど、次の瞬間自分の頭上に雷が落ちてきても何らおかしくないのだと思うと、体がもう動かなかった。

 敵対するような素振りなど、何一つ取れない。何をすれば良いのかなど分からなかった。尻尾を撒いて逃げれば良いのかすら判断がつかなかった。

 ただ、そんなカシワを見て興味無さげにキリンは視線を外した。そして、パオウルムーを立ち上がらせると、一緒にどこかへと消えていった。

 固まったままのカシワが、背中を向けて小さくなっていくキリンを見てほっとしようとしたその瞬間、目の前に唐突に雷が落ちた。

 カシワは、キリンが見えなくなってからも暫くの間動く事が出来なかった。

「…………ニャァ……」

 そして、膝から崩れ落ちた。

 呼吸すら止まっていたようで、暫く息が激しかった。

 

*****

 

 何も実際にされた訳じゃない。ただ、狩りをした時よりよっぽど疲れた。

 隠密なんてそんな事やってられる程の余裕もなく、のろのろとした足取りで帰る。

 キリンが訪れた事をこの台地の生き物達が気付いたからか、いつの間にかどこもかしこも静かになっていた。

 ラフィノスも気付けば見当たらず、空を見上げれば暗雲がどこからかやって来ていた。

 ごろごろ、と雷が鳴り始める。

 

 見た事を研究基地の人にそのままに伝えると、色んな人達が話し始めた。

「これまで良く見られていたキリンも、こちらから手を出さなければ襲って来る事は無かったのは変わらないが、パオウルムーを守ろうとしたというそんな様子は今まで確認されていないんだ」

「そうニャんですか」

「かと言って、別個体と断じるのも尚早だ。その個体の模様や大きさ、何でも良いから覚えている事を教えてくれ」

「大きさは……そう大きくも小さくもニャかったようだったかニャ? 体の模様は、えっと……右側は胴から腰に掛けて紺の線が二股に分かれていたようニャ……あれ、ニャんでだろう、余り正確に思い出せないニャ……」

 絵を描いてきたから、そういう記憶には自信がある方だったが、何故かそこまで詳細に思い出せない。

 それを聞いて、話し合っていた一人は言った。

「何か、いつもの事を上書きしてしまうような事はあったか?」

 それはただ、警告されただけの事だった。

「……あったニャ。警告のように、目の前に雷を落とされたニャ」

「そりゃあ、覚えていないのも無理はない。当たったら、狩人でも無事じゃ居られないからね……」

 目の前に落とされた雷。思い出しただけでまた体がブルッと震えた。

 もしあれが当たっていたら。想像するだけで体がまた震える。

「今日はもう休んでおきなさい。この頃は特に急ぎの用も無いから」

「……ありがとうございますニャ。

 何か新しく思い出せたら伝えますニャ」

「分かった。助かるよ」

 カシワも、ヒノキと同じく古龍と対峙した経験は少なかった。それだけに、疲労も強かった。

 自分の寝床に戻り、荷物を降ろして体を丸める。

 目を瞑り、今日の事を再び思い出そうとしても、道中の事などやはりほどんど思い出せず、その代わりに目の前に雷が落ちた事をまた思い出して体が震える。

 あれだけの恐怖を体に刻まれた時は、カシワの経験ではそう多くはなかった。

 それでも、どういう事があったか、あのキリンはどのような姿形をしていたか必死に思い出そうとして、ふと、気付いた。

 あんな間近で、しかも自分だけで、古龍と対峙したというのは初めての経験だった。

 キリンは龍と言うよりかは獣のような見た目の姿形をしているが、その身に備わる力は紛れもなく古龍のものだ。ただの竜種で雷を発する者が居たとしても、それは体内から生み出すものや共生する生物の力を借りたりと、それぞれの体に備わるものに過ぎない。実際に雷を落としたり、天候までを操ったりとそんな事は出来やしない。

 青白い鱗に駆ける深い紺の模様。鋭く螺旋を描く角の根本から尻尾まで生える白い鬣は一本一本が尖り、はっきりと輪郭が見える程だった……ような気がする。

 雷の記憶に体を震わせながらも、キリンの姿を体の中で明確にしていこうと必死に記憶を辿る。

 ……確かに、古龍と言うのは惚れ惚れする程に心を奪われる存在だ。ただ、それには前提として人智を超えた力から来る圧倒的な強さ、恐怖がある。

 カシワは今日の経験だけで、古龍以外の全ての生物は古龍の気紛れで生かされているだけなのではないか、と思う程だった。

 

 暫くして、体が震える事も無くなってきて。

 一つの疑問が、そのまま頭の中に残り続けた。

 何故、キリンはパオウルムーを守ったのだろう?

 パオウルムー。この陸珊瑚の台地ではそう強くない飛竜だ。ツィツィヤックには閃光で落とされ、オドガロンには跳びつかれて引き摺り下ろされ、レイギエナには掴んで投げ飛ばされる。そんな、はっきり言えばこの場所の生態系では飛竜であってもかなり下に位置してしまう程に弱い種だ。

 確か、どこかではキリンに育てられた人間も居たんだっけニャ?

 そんな事を思うと、キリンは古龍の中では庇護欲とか、そんなものに駆られやすい種なのかもしれないと思う。

 調査のやりがいは今までに無い程にありそうだったが、同時に今まで生きて来た中でも屈指の危険を伴う。

 キリンの機嫌を損ねれば、それだけであの雷が今度こそ頭上へと落ちてくるだろう。

 震えがまた、体に強く走り始めた。しかし、ワクワクしている自分も居た。

 自分は臆病だ、それは分かっている。ただ、だからと言って安全な場所で引き籠って満足出来る程自分の好奇心が薄いものではない事も、カシワは理解していた。

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