古龍を描く狩人   作:ムラムリ

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キリン 8

 オオバ。マハワと共に新大陸でのゾラ・マグダラオスとゼノ・ジーヴァに関する事柄に深く関わって来たアイルーであり、今は狩人では行けないような新大陸の僻地を他のアイルーやテトルー、ガジャフーなどと巡っている。

 体つきは他のアイルーと比べて意外とふくよかな方だ。けれど、身体能力は他のアイルーとそう変わらず、テトルーやガジャフーの道具も難なく使いこなす。

 人(アイルーだが)あたりも良く、カシワから見た印象は冒険家というようなものが強かった。

 

 戻ってきたら一日だけ研究基地に滞在して、物資が補給され次第またすぐにどこかへ飛んで行くと言う。その一日の間、カシワと静かな陸珊瑚の台地を歩いた。

 本当に静かな事をオオバも確認すると、強い警戒を解いてトテトテとカシワと歩く。

 歩きながら、色んな事を喋る。

 今回も色々と発見をしてきたらしく、しかし内容は余り教えてくれない。

「まだ、不確かな情報ばかりだからニャ。そんな噂ばかり流れても俺が困るだけニャ」

「……そんな何か、危険な情報でもあるのかニャ?」

「いや? 単純に俺が不確かな情報を嫌うだけニャ」

 オオバは、他人には大抵誰にでも親切に接するが、自分に課すルールがそれとは裏腹にとてもきっちりとしていた。

 冒険に出るのは単純にオオバ自身の趣向もあるが、その探索の成果も単純に絵を描く傍らで継続的な観察をしているだけのカシワより、何倍もあるようだった。

 でも、それを凄いと言うと、将来的にはカシワのやっている事の方が役立つんじゃないかニャと返された。

「絵本を描いて、出版までしているニャら、それは新大陸の宣伝になるニャ。

 単なる研究成果とか、そんなものより、より沢山の狩人やアイルーがここに来たいと思う可能性が増えるニャ。

 それは即ち、将来的にはこの新大陸の謎が今よりもずっと早く、解き明かされる事にニャるかもしれないのニャ」

「ニャー……」

 絵本を描くのにそこまで大それた事考えてニャいし、そんなに上手く事が運ぶともあんまり思えないけどニャあ。

「新大陸で死んだ狩人やアイルーも少なからず居るニャ。つい最近もネルギガンテに一人、殺されたニャ。そんな危険を冒してまで色んな狩人が来るかニャあ?」

「その言葉、カシワにそのままお返しするニャ」

「ニャァ……」

 それ以上は何も言えなかった。

 

 パオウルムーの姿が見えた途端に、すぐにカシワとオオバは陰に隠れた。

「空は明るいけど、キリンはきっと居るニャ」

 カシワは小声で呟いた。

 ぴりりと張り詰めた空気。どこからともなく感じるその気配。

 トテトテと喋りながら歩いている間に注意も最低限を下回るほどにかなり散漫になっていたらしい。

 集中すれば、そんな感覚が体の中に入って来た。

 僅かながら体の震えも感じられた。

「……感じられるのニャ?」

「……感じられないのニャ?」

「俺ニャ、余り……」

 意外と、この感覚はアイルーの中でも鋭い方ニャんだろうか?

 パオウルムーは、空気を吸って体を膨らませてブレスを吐く、という事を伸びている陸珊瑚に向けて何度も繰り返していた。

 見る限りだと技の練習をしているような感じだ。

「あれが、キリンが助けたパオウルムーかニャ?」

「際立った特徴とかはニャいけど、キリンの気配は僅かに感じられるし、多分そうだと思うニャ」

「強くはニャいニャ……」

「そうだニャ……」

 巣立ったばかりなのかは分からないが、そのパオウルムーの動きはどうもぎこちない感じがした。

 パオウルムー自体は飛竜の中では大して強くない部類に入るが、強いパオウルムーは強い。空気を溜めてふわふわと浮くような独特の飛び方で敵のリズムを狂わせ、出来た隙にその溜め込んだ空気を一気に吐き出すブレスや、モーニングスターのように先端が重い尻尾で叩きつけられたら、狩人はボールのように弾き飛ばされる。

 ただ、このパオウルムーはまだ、その自らの空気袋さえも制御しきれていないように見えた。

 空気を溜め込んでもひょんな事で吐き出してしまったりして、そもそも溜め込んだ状態で上手く動く事が出来ていない。ある程度飛距離のあるはずのブレスも、届くはずの場所の半分位までしか威力を保っていない。

 下位の個体より下があったらそこに分類される位の、正直に言って暴れられても害として見做されないレベルの弱さ。

 カシワが呟く。

「保護欲かニャあ?」

「キリンは、人間の子供を育てたとかそういう逸話も残っているし、有り得なくもニャいんだろうニャ」

 ただ、推測にしかならない事を幾ら話しても何にもならないので、後は黙った。

 特にオオバはそういうものを余り好まない。

 観察すればするほど、やはり動きが拙い事が目に入る。パオウルムーは何体か見て来たが、これ程に動きが拙いパオウルムーは初めて見る。

 保護欲と呟いたが、それは合っている可能性はそこそこあるんじゃニャいか?

 親から生き方を教えて貰う前に親とはぐれたり、親が死んだりしてしまったのか、それとも単純に体が弱くて親に捨てられたのか。そんな予想が立つ。

 十分も練習に費やすと、一回休んで、はぁ、と息を吐く。

 哀愁を感じさせるようなその溜息は、パオウルム―自身も自分が弱い事を理解しているようだった。

 その背後。オドガロンが居た。

 ひたり、ひたりとその長い爪の音を完全に隠して近くに寄って来ている。

 パオウルムーは気付いていない。

「本当に、あのパオウルムーなのかニャ?」

 オオバが聞いた、カシワが分からないと答える前に、オドガロンが無音のままパオウルムーに飛び掛かった。

「ビィッ!?」

 首のモコモコな空気袋に噛みつきながら押し倒し、しかしそこで固まる。

 ガクガクと震えるだけで何も出来ないパオウルムーに対して、オドガロンは何かに気付いたようにパオウルムーの臭いを嗅ぎ、それからパオウルムーを開放した。

 そして、どこかへと去って行った。

「本当ニャんだニャ……」

 オオバはそう、呟いた。

 パオウルムーにはもう、キリンの臭いが染み付いているのだろう。それを察してオドガロンはパオウルムーを狩る事をやめた。

 いきなり現れたそのオドガロンは、つい先日討伐されたオドガロンのような古龍を敵に回す程に異常な攻撃性は持っていないようだった。

 パオウルムーは、解放されてから少し遅れて我を取り戻したように体を起こした。

 泣き顔で、ぶるぶると震えていた。

 それから弱々しく翼を広げて、寝床であろう場所へと飛んで行った。

「追ってみるニャ?」

 オオバが言ったが、カシワは少し悩んだ。ちょっと、怖い。

 でも、オオバが居るなら。

「出来るだけ慎重に、ニャ」

「分かってるニャ」

 

 パオウルムーが飛び去った方向には、良く大型の竜が寝床にしている場所があった。

 そこを寝床にするのはレイギエナを除く中で最も幅を利かせている竜なのだが、キリンが良く訪れる今は、あの弱いパオウルムーが寝床として利用出来ているのだろう。

 キリンの気配を入念に確かめながら、その方向へと足を運ぶ。

 ただ、その前にまだ遠くに行っていなかったオドガロンが目に入った。クンクンと臭いを嗅ぎながら、他の獲物を探しているようで、けれど中々遠くへ行ってくれない。

 ……あのオドガロン、何か見た事あるようニャ……?

 カシワは既視感を覚えた。

 じっと待っていると、そのオドガロンは不意にこちらの方を向いた。

「逃げるニャ!」

 オオバが叫ぶが、カシワは茂みから躍り出た。

「何してるニャ!?」

 カシワは物を投げつける振りをした。すると、それだけでオドガロンは怯えるように逃げていった。

「ニャ!??」

 各地を飛び回っているオオバは知らなくても当然な事だ。

「あのオドガロン、前までこの近くに居たオドガロンニャ。

 誰からも肥やし玉を投げられ過ぎて、もう投げる振りをするだけで怯えるのニャ」

「……哀れだニャ」

「何で戻って来たのか、ほとぼりが冷めれば肥やし玉投げられなくなるとでも思っていたのかニャ……。

 まあ、先に進むニャ」

 暫くすると、遠くからラフィノスの断末魔が聞こえて来た。

 ……ここを去るつもりはあんまりニャいみたいだけれど、またウンコ塗れになっても良いのかニャ?

 

 その寝床に近付くに連れて、オオバも何かを感じたようだった。

 カシワも自身の体の震えが僅かに強くなっているのを感じていた。この先にキリンが居るのは確かだ。

 空は相変わらず晴天だ。雷雲など一つも見えない。しかし、空気からピリピリとした感触が伝わって来るようだ。

 より一層、慎重に歩いた。

 体の鼓動が感じられる。目の前に唐突に雷が落ちてこないか、そんな不安が体を何度も過る。

 静かに、大きく呼吸をする。

 その隣で、オオバが言った。

「集中しろニャ」

「……」

「マハワが言っていた事ニャ。怖い時は、理想を思い描けと。

 カシワはどうも見ると、その逆を思い描いているように見えるニャ。そんなんじゃ、体は固まってしまうニャ」

「……分かったニャ」

 それでも動かなければいけない時は動ける。それは自身でも分かっていたが、口には出さなかった。

 もしかしたらそれは、自分にとって最善では無いかもしれないのだ、と思えた。

 そして、それからそう時間の経たない内に、キリンが目に見える場所まで近寄る事が出来た。

 やはり様々な竜が良く使う寝床にパオウルムーと、そしてキリンは居た。

 キリンはパオウルムーに身を寄せて、体を丸めて目を閉じている。

 そのパオウルムーの顔はキリンに隠れて見えないが、余り身動きしているところが見えないのを鑑みると、多分両方とも寝ているのだろう。

 穏やかな雰囲気だ。それだからか、目に見える距離に居ようともカシワの体の震えはそう強くなっていなかった。

「……」

 声を出すのは、我慢した。

 まだ距離は結構離れていると言えども、僅かな物音で雷が落ちて来る事は否定し難い。

 じっと、この距離から眺める事にした。

 

*****

 

 雷が落ちて来る事は無く、空も暗雲で覆われる事もなく。

 穏やかな雰囲気は常に変わらず、暫くの間観察してから、オオバとカシワはそこを後にした。

 目視しても、結局キリンが何故パオウルムーを庇護しているのか、それははっきりとは分からなかった。

 ただ、それはきっと打算的なものではないのだろうと思えた。

「取り合えず、ボクはこれから、キリンとパオウルムーの事を観察してみようと思うニャ」

「止めはしないが、気をつけろよ」

「大丈夫ニャ。何か、やれる気がしてきたニャ」

 本質的に、あのキリンは優しい性格なのだろう。それに甘える気は無いが、討伐された凶暴過ぎるオドガロンを観察するよりはリスクの低い事になるとははっきりと言える。

 あのキリンは、少なくとも無暗やたらと他者に敵意や殺意を抱くような古龍ではない。

「オオバは、やっぱり明日には行くニャ?」

「そうだニャ。俺ニャ、そっちの方が合っているニャ。

 ……それにニャ、俺も、マハワにくっついているだけじゃ、やっぱり嫌なんだニャ」

 僅かな弱音だった。

「アイルーは、竜に勝つ事は出来ない。でも、それでも、俺はマハワの付属品じゃなくて、オオバと言う一匹のアイルーになりたいのニャ。

 だからニャ、俺はその為にも頑張るのニャ」

 今まで聞いた事の無い、本音だろう。

「どうして、ボクに?」

「カシワの事が正直羨ましいのニャ。ヒノキと共に、ヒノキと対等に名が知られているからニャ」

「……」

「だから、俺はやはり行かなければいけないのニャ」

 パンッ、と自分を奮い立たせるように顔を叩いた後には、オオバからは薄暗い雰囲気は消えていた。

 

 そして翌日に、オオバはテトルーやガジャブーを引き連れてまた遠くへと旅立って行った。

 マハワが意識不明の重体で龍結晶の地から帰って来たという報せがやって来たのは、その次の日の事だった。




自分の中でモンハンの要素として否定的に思っている事はこの小説からは省いていたりする。
まあ、一番はネコタクかな。一乙したらそのまま食われたりして死亡として書いてる。
後、MHXXとかでかな、そこ辺りでニャンターとなってアイルーを操作して竜をボコるモードがあるのにも否定的。
あの体躯で竜を倒せるなら、体が大きい意味がもう無いに等しいじゃないかっていう感じに思ってる。
MHWしかやってないんだけど。

あ、後、オオバの名前の由来は、取り合えず植物にしようと思って、
自分が今ベランダで育てているハーブ類、パセリ、バジル、大葉、ローズマリーの中で一番響きが良かったから。

気に入った部分

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