古龍を描く狩人   作:ムラムリ

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キリン 10

 その日。

 ヒノキが歴戦王と呼ぶ事になったクシャルダオラに気に入られたとか、そんな話題も落ち着いてきた頃。

 珍しくキリンの存在を示すような曇天が広がっているのを朝から見上げて、何も感じなかったかと言われたら、そうではないと答えただろう。

 ただ、大事が起きるとも思わなかった。

 その曇天が示す事が何なのか、そこまでは考えなかった。パオウルムーを庇護しているようなキリンだ、そんな気紛れがあってもおかしくない。

 その程度しか思わなかった。

 カシワはいつも通りに陸珊瑚の台地へと赴き、それに対しては誰も特別に声を掛けなかった。

 いってらっしゃいとか、そんな言葉だけ。

 

 パオウルムーが陸珊瑚の卵をラフィノス達と一緒に朝食としている時。

 陰りが地面に見えて空を見上げたら、バゼルギウスが居た。

 ただ、そのバゼルギウスの後ろ。黒い点。

 ぼとぼとと落ちて来る爆鱗。近付いてくる黒い点。見えたその点の周りの白。もう慣れ切っていた、キリンから感じる震え。それにその点の脅威が上乗せされ始める。

 爆鱗が至る所で爆発する。カシワから程遠くない場所でも派手な音を立てて爆発したが、それはただの環境音としか耳に入らなかった。

 ネルギガンテがやって来ている。空高くからバゼルギウスに雷が落ちる。情けないような悲鳴の後に、その巨体が墜落した音が聞こえた。

 カシワは身を物陰に潜めながらも思考した。キリンとネルギガンテ、そんな二匹の古龍がここで激突しようとしているのに体は驚くほどに冷静だった。

 ゴロゴロと曇天から音が聞こえた。それはまるで、雷を蓄えているような、キリンが既に臨戦態勢に入っている事を示すかのような音だった。

 これを予知していたからキリンは空を曇天に変えたのか、曇天だったからネルギガンテが来たのか、それは分からない。

 ただ、広場へと向かうキリンを見えて、きっと前者だろうと思った。

 体からバチバチと蒼い雷を迸らせながら、それでいて緩やかな足取り。ネルギガンテを堂々と迎え撃とうとしている。

 この戦いは見なければいけない。そう、体が感じていた。思考はその為にフル回転していた。

 もう、危機感など蚊帳の外だった。いや、純粋な一対一の戦いになると分かっていたからこそ、危機感を抱いていなかったのかもしれない。

 どちらにせよそれを最も近くで、且つ安全に観察出来る場所をカシワは考えていた。

 どこが良いか、すぐに分かる。高台からだ。迂回して向かうにはやや距離があるが、それは必要だ。カシワはすぐに走り出した。

 パオウルムーが、いきなり茂みから飛び出してきたカシワを驚きながらもじっと見ていた。

 

*****

 

 迂回して高台へと向かい、そしてそこから広場を見下げた時、ネルギガンテは丁度広場へと到着しようとしていた。

 息を落ち着かせながらも、すぐに身を伏せる。

 キリンは広場の中央で雷を纏いながら、ネルギガンテを見上げていた。

 その肉体はリオレウスなどの大型飛竜よりも小さい。しかし、存在感はネルギガンテにも劣らない程だった。

 いや……劣らない、じゃニャい。互角……互角だニャ。

 古龍を見た事は、この新大陸に来る前まででも数える程しかない。けれど、どうしてかその感覚は信じられるものだとも思えた。

 確信出来るのはこの戦いがどのような結末に終わるか、それ次第だが。

 

 静かな雷が不規則に、そして数多く広場に落ちている。

 まるでそれが当たり前かのように、自然と。

 ネルギガンテがある程度まで近付くと、ふっと高度を上げた。そして、一気に滑空、キリンへと一直線に襲い掛かる。

 それに対しキリンは動かなかった、ネルギガンテとキリンの距離が一瞬にして詰まる、そのキリンの目の前に特大の雷が落ちた。

 ドォン!

 ネルギガンテはそれをまともに食らい、キリンの目の前に墜落した。

「ガッ、ア゛ッ!?」

 ネルギガンテの体ががくがくと痺れていた。明らかに自分の意志で動いていない、乱れきった動作。

 炎も、風も、それが如何に強力だろうとネルギガンテの頑強な肉体の表面を傷つけるに過ぎない。しかし、雷は違った。

 体の内部まで貫通して焼き焦がし、そして残り続ける。

 こつ、こつとキリンが、痺れているネルギガンテに歩み寄る。そして一気に飛び退いた。

 バァン! と痺れていたのが嘘のようにネルギガンテが前足をキリンが居た位置に叩きつけていた。

 砕けた地面の破片が飛び散る。バチバチ、バチバチとキリンの体が震えた。

 痺れから回復したネルギガンテが体をずらし、その横を雷が通って行った。

「ゴルルルル……」

 ネルギガンテは回復したからと言ってすぐには跳びかからなかった。狩人の武器も、爆発も、炎も、風も生半可なものではネルギガンテの圧倒的な膂力を止める事は敵わない。

 ただ、体の内部を直接穿つ雷だけは膂力を止める為のその閾値が低かった。

 搦め手を基本的に持たないネルギガンテにとって、古龍の中では弱い部類に入るキリンはしかし、手強い敵になるのかもしれなかった。

 不規則に落ちる雷が時折、ネルギガンテに落ちる。

 その度に体を震わすが、流石にその程度の雷では僅かに怯むだけで、キリンが攻勢に入る程の隙は晒さなかった。

 また、そのキリンも、ネルギガンテに対して他の古龍よりかはある程度有利に立ち回れるとは言え、攻める事は難しかった。

 ネルギガンテとキリンの肉体を比べてしまえば、大木と枯れ枝のようなものだ。

 如何に雷を纏っていても、一度殴られてしまえば、その体はぺきゃりと壊れてしまうだろう。

 そんなだからか、互いは一定の距離を取りながら、牽制を続けていた。

 時折キリンが強烈な雷を放つが、その前に一瞬浮かぶ雷の通り道を、ネルギガンテはもう見逃さない。有効打となる雷はもう、無条件では当たらなかった。

 しかし、この均衡は暫くすれば崩れるだろう、とカシワは推測した。

 ネルギガンテの身から生える数多の棘が段々と長く、そして黒くなっていた。

 その棘は、ネルギガンテの膂力から弾き飛ばす事が出来る。搦め手と呼ぶには暴力的過ぎる飛び道具だが、今の状況を打開する為に使うだろう。

 

 キリンは、その棘の変貌を見ても特段動きを変えたりはしなかった。

 焦りもしない。積極的にも、深い警戒もしない。ただただじっと、観察するかのように相手を見続けている。

 そして棘が黒く生え揃ったネルギガンテは、水平に飛ぶ雷を躱した後、唐突に頭を地面に叩きつけた。

 ガズゥッ!

 巨大な角が、頭が、岩盤にめり込む。そして、それ以上の勢いで頭を持ち上げた。

 岩盤が、そして頭から生える鋭い棘が、キリンに襲い掛かった。キリンは横に跳んで躱す、とうとうネルギガンテが攻勢に出た!

 横に躱したキリンに狙いを定めて跳躍し、同時に右前足を高く振り上げる。そのネルギガンテとキリンの目の前が薄らと光った。二度目の跳び掛かりを読んだ、置いた雷。しかし、ネルギガンテもそれを読んでいた、光る地面の直前でネルギガンテは着地した。

 雷はネルギガンテとキリンの目の前に落ちる。ただ、ネルギガンテはただ着地しただけではない、叩きつけられた前足は再び岩盤をも砕き、そして掬い上げられる。再び腕に生えた棘と共にキリンに襲い掛かった。

 先ほどより距離が短い。

 ただ、キリンはそれも読んでいた。

 ネルギガンテはそれが当たるかどうか、キリンがどう動くか何も確認せずに、キリンが居た位置へと跳び掛かった。前足は、また岩盤を叩きつけただけだった。そこにキリンはもう居ない、そのネルギガンテの背中が薄らと明るくなった。

 戦略、ただ力任せに暴れるだけでは不利な相手に対し、ネルギガンテは一手先を読んだ。ただ、キリンはその先まで読んでいた。

 古龍としての性質の違いだろうとカシワは思った。

 力任せで何もかもを破壊する古龍と、天候からその身に宿る雷までを繊細かつ強烈に操る古龍。どちらが相手の思考を読むのに長けているか、それは一目瞭然だ。

 ドォン!!

 二度目の強烈な雷が、ネルギガンテを貫いた。口から血煙を吐き、体勢を崩す。

 そして既にその背後に移動したキリンが痺れるネルギガンテの背中に乗り、そして強く嘶いた。

「コルルルルッ!!」

 バチ、バチバチッ!!

「ア゛ッ、ギギュェェ!? グッ、ゲッ、イ゛イ゛ッッ!!??」

 キリンの体から溢れる雷がネルギガンテを更に襲う。ネルギガンテは動けなかった。強烈な雷が絶え間なく襲い、そしてキリンの体が、ネルギガンテの背中が、明るくなる。

 もう一度キリンは嘶いた。勝利を誇るような、一際大きい嘶き。

 そう、勝利は確実に思えた。カシワから見ても。

 けれども、それでも。カシワは、そしてキリンはネルギガンテという古龍をまだ見誤っていた。

 キリンの体から迸っていた雷が気付けば失せていた。体内の雷を使い切って、そして一際キリンとネルギガンテが空から明るく照らされる。

 その瞬間、空から雷が落ちるまでのほんの僅かな時間、ネルギガンテは自由になった。

 一秒にも満たない時間だっただろう。全身は内外関係なく焼かれ、そして体内で雷は未だ暴れていただろう。

 それでも、ネルギガンテは体を弾かせるように、横に跳んだ。

 ズドォン!!

 止めの雷、それは間一髪で躱された。そして、いきなりの跳躍にキリンは空中に投げ出され、ネルギガンテはそれに向かってもう一度跳躍した。

 強烈な雷を何度も身に受けても、その前足はキリンの頭に正確に狙いを定めていた。

 そのキリンの胴程もある腕が、強烈に叩きつけられた。

 

 どじゃぁっ、とキリンが背中から地面に落ち、そしてざりざりと滑る。その目の前にずぅん、とネルギガンテが着地した。

 けれどもキリンはすぐさま立ち上がった。

 一撃をまともに貰う事だけは、体を咄嗟に捩じって避けていた。けれども、その額からは血が流れ出ていた。

 その額から伸びる角が、見事にへし折られていた。

 その角はネルギガンテの前足の中にあり、しかしネルギガンテも膝を着いた。

「ゲボォッ」

 ネルギガンテが血の塊を吐く、キリンが雷を落とそうとして、それをネルギガンテは跳んで躱す。

 着地して、また膝を着く。

 キリンにとっては、予想外の手痛い、手痛過ぎる反撃だっただろう。それでも、ネルギガンテの方が満身創痍だった。

 ネルギガンテが翼を広げた。

 キリンはそれに向けて雷をまた放つが、ネルギガンテが飛び、そして逃げていくのにはもう、間に合わなかった。

 飛んで行く最中、ネルギガンテが前足を口に運んだのが見えた。




キリンの角は雷の能力を司る部位ではないらしいけれど、ラージャンが角を食べてパワーアップするとかそんな設定から見るに、古龍としてのエネルギーが詰まっている部位ではあるのかもしれないと思ったり。
そうだとしたら、歴戦個体だし、ネルギガンテの収支としては意外とトントン位かな。

後、日間ランキング44位くらいまで入りました。ありがとうございます。
ただ、それでアクセスかなり増えて(それで気付いた)、お気に入り数も60くらい一気に増えたけど、感想と評価は一つも増えていないような……。
まだ序盤の方だから、まあ、そんなもんなんかな?

最後に、次でキリン編終わります。
何だかんだでクシャルダオラ編と同じ長さになってしまった。

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