古龍を描く狩人   作:ムラムリ

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キリン 11

 キリンは、ネルギガンテを追おうとはしなかった。逃げ去っていくネルギガンテをただ見つめながら、もう戻って来ないであろう事が分かると、自身を落ち着かせるように頭を下げ、長くゆっくりと呼吸をした。

 

 互いに睨み合っている時間を含めても、五分も無い出来事だった。

 キリンの体そのものは、角を除けば全くと言って良い程傷ついていない。

 けれども、キリンの象徴でもあり、弱点でもあるその角が折れてしまい、その根本からはつらつらと血が流れ、地面へと落ちていた。

 キリンの雷を司るその能力は、角が折れても不自由なく行使出来ると言う。しかし、その角が折れた事に対し何かしらの影響はあるはずだ。

 現に、体に全く傷が無くとも、どことなく弱ったような素振りを見せていた。

 それが角が折れた事による精神的な影響なのか、肉体的な影響なのかカシワには分からなかった。

 ……でも、キリンの勝利、という事で良いのかニャ?

 キリンの負った傷は、角という重要な部分を折られたという事であれど、あくまでも命に関わらない部分だ。

 それに対し、ネルギガンテの負った傷は雷による全身の火傷だ。内臓も、表皮も等しく焼けただろう。

 運が悪かったら、心臓が止まっていたかもしれない。体に永遠に消えないような麻痺が残ったかもしれない。それ程の電撃を身に受けていた。

 それでも、空へと飛んで逃げるだけの余力を残していたとは言え、襲い掛かって来た方が返り討ちに遭い、逃げていったというのは事実としてあった。

 キリンは、古龍を喰らう存在をその身一つで退けてみせたのだ。

 カシワがただ言っただけでも、信じ難い事のように思えた。けれども、戦いの証拠はこの広場にしっかりと残っていた。

 深く抉り返された地面。至る所に残る強烈な雷の痕跡。ネルギガンテの抜け落ちた棘。ネルギガンテの吐いた血と

、そしてキリンの額からぼたぼたと今も落ちている血。

 これを見て、そしてキリンが生きている事を目視したならば、きっと誰しもが納得せざるを得ないだろう。

 キリンがネルギガンテを撃退した。

 少なくともネルギガンテと同等の力を持つキリン。

 そして弱いパオウルムーを庇護しているキリン。

 ……何か、妙なキリンだニャァ。

 少なくとも、討伐の対象になる事は近い内には無いだろうとは思った。

 

 キリンが唐突に自分の方を見て来た。

「ニャッ!?」

 驚くが、気付けば自分の隣にパオウルムーが居た。

 夢中になり過ぎて気付かなかったニャ……。そう思うも束の間、パオウルムーの顔も驚きに変わった。

 カシワがその顔の先を見ると、キリンの背後にバゼルギウスが居た。

 爆鱗を落としながら飛んでくるバゼルギウスに、当のキリンは気付いていない。

 キリンは、少なくともそれ程に疲労していた。

 パオウルムーが叫ぶ。キリンはそれでも気付くのに遅れた。

 古龍にまでバゼルギウスは攻撃を仕掛けるのか? とカシワは驚いた。

 いや、多分、単純にチャンスだったのと、唐突に雷で落とされた恨みが重なったのだろう。

 キリンが振り向いた時、バゼルギウスはもう眼前に居た。

 バゼルギウスの巨体に、キリンが圧し潰された。そして、その下で爆音が重なる。

 バゼルギウスが通り過ぎた後には、焼け焦げた地面と、同じく焼け焦げて倒れているキリン。何が起こったのか分からない様子で、足をじたばたとさせて起き上がれない。

 隣に居たパオウルムーが飛び出していた。

「カァァァァッ!!」

 あの、怯えているだけのパオウルムーとは思えない声だった。

 起き上がれないキリンに対して追撃を仕掛けようとしていたバゼルギウスが、そのパオウルムーの咆哮に気付く。

 パオウルムーは高台から既に攻撃姿勢に入っていた。高所からの落下の勢いをつけながら、体を一回転させている。その遠心力を最も受ける一番外側には、重心を保つ為の重い、フレイルのような尻尾があった。

 ドォン!

 それが、バゼルギウスの脳天に叩きつけられた。

「ギッ、アッ?」

 バゼルギウスが崩れる。どさりと、パオウルムーが倒れる。

 けれども、パオウルムーが立ち上がるより前に、バゼルギウスが起き上がった。

 的確に当てられていなかった。その丸みを帯びた頭から背中の鱗に衝撃が分散されてしまっていた。

「グルルル……」

 怒りの余りにバゼルギウスがパオウルムーの目の前に大きく立ち上がる。

 キリンはやっと立ち上がろうとしたところだった。そして、雷を落とすのには間に合わなかった。

 しかし、パオウルムーは、怯えながらもいつものように何も出来ない訳ではなかった。キリンの為に振り絞った勇気が、まだ残っていた。

 その巨体で圧し潰されるのを何とか回避して、爆音が再び鳴り響く。パオウルムーがバゼルギウスを必死に睨みつけ、けれどバゼルギウスはそのまま、体を地面に擦りつけながら突進してきた。

 パオウルムーは唐突なその動きに弾き飛ばされて、悲鳴を上げながらごろごろと転がった。

 ただ、そこまでだった。

「ギャルルルルッ!!」

 後ろ脚で高く立ち上がったキリン。

 ネルギガンテの時よりも、激しい怒りを帯びた咆哮。

 突進を終えたバゼルギウスの頭上が明るく、真っ白に輝いた。振り向いたバゼルギウスの顔はカシワからは良く見えなかったが、きっと今まで見たどのモンスターの表情よりも絶望に染まっていただろうと思う。

 キリンが思いきり頭を振り下げた。

 轟音がバゼルギウスを包んだ。

 

*****

 

 パオウルムーがせいちょうするために いちばん足りなかったものは もしかしたら 自分がやらなければいけない といったような強い思いだったのかもしれません

 キリンは パオウルムーのたすけがなくても きっとバゼルギウスをたおしていたでしょう

 バゼルギウスのばくりんでかんたんにきずつくほど キリンの体はやわらかくはないのです

 そのばくはつをまともにうけて キリンはたおれてしまいましたが でも キリンの体はかるくやけこげただけだったのです

 それでも キリンは今までの中でいちばん うれしそうでした

 角をネルギガンテにおられても それいじょうのよろこびをかんじているように 見えました

 泣いてばかりだった おびえてばかりだった パオウルムーが バゼルギウスという オドガロンよりも レイギエナよりも とってもきけんな飛竜に立ちむかったのです

 それは とても とっても 大きないっぽでした

 

*****

 

 カシワが作った絵本にしては、今までの中で一番分厚いものだった。文章の量も、とても多い。

 ただ、きっと一人で読んでいたら夢中になっていただろうと思う。

 今までカシワが描いてきた絵本もそうだったが、子供向けとか、そんなものを易々飛び越えていく。

 そんなものを描いているからか、実際絵を描いて得る収入はカシワの方が桁違いに多かった。

 ……また、桁が増えるんじゃないか?

 そんな事をヒノキは思った。

 次のページが最後だった。

 パオウルムーとキリンが寝ている絵が描いてあった。

 前のページにも殆ど同じ構図で描いてあったが、キリンとパオウルムーの表情が柔らかくなっていた。

 

*****

 

 このパオウルムーが いったいどうして キリンに守られているのか それは はっきりとは分かりません

 キリンはたしかに パオウルムーの空気ぶくろを気に入っていますが それいじょうに キリンは パオウルムーのことを大切に思っています

 まるでおやのように

 そして きっと いつか パオウルムーはキリンと別れる日がくるのでしょう

 パオウルムーはいつか りっぱになって キリンの元からはなれていくのでしょう

 それは 古龍と飛竜という 形もつよさも生き方もじゅみょうも 何もかもがちがう おやと子でもかわりません

 そんな日が来ることを キリンは じっとまちつづけるのでしょう

 大きないっぽをふみだした パオウルムーが 自分がいなくても 生きられるように

 そんな日が来ることを キリンは 楽しみに そして きっと さびしさも感じながら 今はつかれをいやすようにねむっていました

 パオウルムーといっしょに おだやかに ねむっていました

 

*****

 

 ふぅー、と長く息を吐きながら、ヒノキは本を閉じた。

「どうだったニャ?」

 カシワが聞くが、ヒノキが逆に聞いた。

「お前が思っている通りだと思う」

「……今までで一番、大きい物を書き上げた感じがしたニャ。

 ……多分、描こうと思っても描けないニャ。これは、偶然だニャ。

 …………でも、ボクは、偶然を掴むことが出来たのニャ。……出来たのニャ」

「良い気持ちだろう?」

「うん」

 はぁー、とカシワは寝転がった。

 外から声が聞こえてくる。

「おーい! ヒノキ居るかー!」

 ヒノキがそれに気付いて言った。

「あ、いつものかな?

 いつものかー!?」

「そうだー!」

「分かったー! すぐ行くー!」

 ヒノキは、でかいキャンバスと絵の具、それからどうしてか武器やら携帯食糧やらもを手に取り、寝転がっているカシワに言った。

「俺もな、そんな最中だ」

 ちらりと見えたキャンバスには、堂々と、凛然としたクシャルダオラが、ただ描かれていた。

 背筋が、今までに無い以上にゾクっとした。

 歴戦王と呼ばれるクシャルダオラ。それの強さが、その絵越しでもはっきりと伝わって来た。

「ニャー……」

 

 暫くしてから体を起こして、外に出るとどうしてかザワザワとしていた。

「何か、起きたのニャ?」

 そう聞くと、

「マハワが起きたらしい」

 という事が返って来た。

 マハワの寝ている、アステラの中心からやや離れた一等の部屋に皆が集まっていた。

 カシワもそこに走ると、どよめきが聞こえて来た。

 一人がカシワを見つけて、唐突に肩を掴んできた。

「ニャ、ニャ!?」

「おい、カシワ! ヒノキはどこだ! もうクシャルダオラの所へ行ったのか?」

「え、あ、うん、今さっき行ったニャ」

「あ、くそ! ……あんまり聞きたかないんだが、食料とかも準備してたか? でかいキャンバスも持って行ったのか?」

「……そうニャ」

 頭をガシガシとしながらその人は言った。

「言っていたんだ、あいつ、でかい絵を完成させる為にそのでかいキャンバスも持っていくとか! あいつ、笑って、クシャルダオラに連れさられるかもなー、とか言っていたんだが、今、龍結晶の地は行ったら駄目だ!」

「な、何があったニャ?」

「マハワが言ったんだ。

 ()()()()()()()()()()()! あいつらは共闘してる! 番だ!

 子を作る為に、積極的に古龍を狩っているんだ! そんな場所にヒノキが行ったら、歴戦王のクシャルダオラの庇護とは言え、いや、だからこそ、あいつの保証がもう全く無い!」

「ニャッ……」

 その時だった。

 ごうっ、と風が起きた。

 クシャルダオラがアステラの上空を飛んでいた。そしてその背中には、ヒノキが乗っていた。




そんな訳で、キリン編終了です。

で、ネタばらしとして、ネルギガンテは二体居る、という事でした。
歴戦王クシャルダオラにぶちのめされたネルギガンテが翌日、ただのクシャルダオラを何事も無かったように屠っていたのは、それだけの期間で傷が癒えたからではなく、それらが別個体だったから、という事でした。
マハワがぶちのめされたのも、二体のコンビネーションでボコられたから。
歴戦王クシャルダオラが怪我を負ったのも二体のコンビネーションでボコられたから。

番のネルギガンテが存在する、というのは最初から決めていた事なんだけど、ただね……問題がね……資料本を買ってね……ネルギガンテは無性生殖の可能性が高いっていうね……。
う゛る゛ぜ゛ー!!!!!!!
ぼくのネルギガンテにはちょこもまょこもあるんだよ!!!
どこかのネルテオ同人誌でもちょこあったんだもん!!!!
そういう訳で進めていきます(血涙)。

で、次はナナ・テスカトリ編になります。一次創作の続き書くの挟むから、投稿は2ヵ月位先になるかな。
テオはどうしたって? まあ、楽しみにしておいてください。
設定を一か所に纏めるのを次に投稿するかどうか。
後、リオ夫婦*2の完全な番外編ちょっと書くか迷っているけど、多分書くとしても本編終わらせてからになるかなー……。

最後に、5部構成のつもりで書いているけど、これからの3~5部に1つずつ、描きたいシーンがあったりする。
描くのは少々先になるけど、これから楽しみ。

感想とか評価とかあると単純に嬉しいです。

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