古龍を描く狩人   作:ムラムリ

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ナナ・テスカトリ 2

 しとしとと柔らかい雨の音がしていた。

 おぼろげな意識の中で、どこで寝ているのか、どうして寝ているのかが段々と思い出されてくる。

 ……ああ、完成させたんだったっけ? そんな気がする。そうだ、完成させたんだった。

 それで、筆とパレットを置いて、もうその時点で寝てしまったんだろう。

 体を動かそうと思えば動かせた。ただ、それが億劫な程に眠りは心地良かった。

 穏やかな風。柔らかな雨の音。未だに残る気怠い疲れ。

 ただ、雨の音はするのにどうしてか体に雨が付く感覚はしなかった。何故だろう、その答えは一つしか無かったが、それを確かめるのに目を開けるのも億劫だった。

 灯りを付けたのは覚えている、完成させた時には日が昇っていたのも。多分、一日、二十四時間は描き続けたのだろう。

 狩人としてなまじ体力がある分、長時間踏ん張れてしまう。ただ、その分だけ常人の何倍もの頭の疲労が重なっていく。集中すればするほど気付きにくくなってしまうその疲労がまだ、どっぷりとあった。

 そんな中、気怠い体はそのままでゆっくりと纏まりの無い思考だけが流れていく。

 歴戦王と呼ばれるようになったクシャルダオラ、に絵を描いている自分。

 古龍と人間は、闘争や死というものを介さずに付き合えるものなのだろうか。それはきっと、不可能ではない。

 キリンに育てられた子が居るというのは、有名な話だった。それが事実なのかまでは不明だが、そういう話が伝わっていて、きっと自分が知らないだけで他にも幾つかあっても全くおかしくはない、今はそう信じられる。

 今の自分とこのクシャルダオラの関係も、もうそれに属して良いだろうから。自分がそんな事になるとはこの新大陸に訪れる時には露ほどにも思わなかったが。

 今の関係をどう呼称すれば良いのだろうか、と言葉をまさぐると王様と宮廷絵師とかそんな言葉が頭に思い浮かぶ。ただ、そこまでしっくりとは来なかったし、きっと完全に合う言葉は無いだろうと感じた。言葉は人間が竜、古龍と意思疎通する為のものではなく、人間が人間や竜人族、アイルーなどと会話する為のものに過ぎないからだ。

 だからきっと、今感じているこの感覚をそのままで呼称しようとすらしなくて良いのだろう。

 したければ近い言葉を並び立てて、そこから類推すれば良い。

 

 そんなまどろみも、時間が経てば冷めていく。体はゆっくりと覚醒していく。

 半ば惜しく思いつつも目をゆっくりと開けると、風に揺れる銀翼が眼前に見えた。やはりと思いながらも、すぐ隣にその銀の巨体が自分と並んでいるのを見ると一気に体が覚醒する。

 もう慣れ親しんでいるとは言えども、圧倒的な存在感がそうさせた。

 絵は何度も描いてきたけれど、これ程にクシャルダオラに近寄った事は初めて……では無かったか。

 一度踏まれていた事を思い出す。

 そして自分が起きた事にクシャルダオラが気付き、自分の方を見て来た。

 思い起こした自分が踏まれた時のクシャルダオラと、今のクシャルダオラ。自分を見る目が変わっているのに改めて気付いた。

 それはもう、克明に。

 そしてそこに敵意や強い警戒というものは全くない。完全に心を許しているとかそんなものではないが、何というのだろう、これもこれで言葉として完全に合うようなものは無いが、最も近いものを挙げるとするのならば認められた、というような印象を受けた。

 認められた? 近しいと言っても、思ってみるとどうも違う。体感で六割とかそんなところか。

 これもきっと、完全にしっくりと来る言葉は無いのだろう。色々と組み合わせるともっと近い感覚に近付くのだろうが、まあ、とにかく。帰る時だった。

 体を起こすと、自分の隣に完成された絵があった。

 ……中々良く出来ている。

 近くに居れば感じてしまう畏怖をこの絵からも感じる事が出来た。

 このクシャルダオラから感じたものを、ただただ絵の中に落とし込む。それが完璧に近い精度で出来ていた。

 そんな時、唐突にクシャルダオラがその銀翼の先でイーゼルを軽く押した。絵が倒れそうになって、慌てて抱く。

 何を、とクシャルダオラの方を見ると、クシャルダオラは空を眺めていた。

「ああ、雨か……」

 クシャルダオラは、自分の所持していた手帳とは違い、この絵を自分の物にするつもりは無いようだった。

 単純に雨に晒されるのを防いだり、そんな事を常に心掛ける必要がこの絵を自らの物にするよりも億劫だったのか、それとも自分の物にしようとは元から思っていなかったのか。

 何にせよ、少し意外だった。

 それではと布で包もうとすると、その前にとクシャルダオラがまた絵を暫くの間眺めて、そして離れた。

 布で包んで、イーゼルを畳む。固い地面に寝ていたからか、体が固まっていた。うー、と唸り声を上げながら体を伸ばすと、中々豪勢に体中がぽきぽきと鳴った。筆やら油の切れた灯りやらも仕舞って、帰る準備を整え終える頃、目の前に赤く光る粉のようなものがゆらゆらと見えた。

 まるで夕焼けそのもののような、鮮やかな赤色。

 それは、見た事のあるものだった。

「……塵粉、か」

 テオ・テスカトルがスーパーノヴァ、俗に言う粉塵爆発を起こす為に使う、発火、爆裂性を持った粉だ。

 それはクシャルダオラが寝床とするこの龍結晶の地の頂上の下、高台の方から湧き上がって来ていた。そちらの方を振り向くと、深海を思わせるような、はたまた赤色の炎より遥かに高温の青色の炎を思わせるような色をした塵粉も見えた。

「何っで、こんな時に……」

 思わず悪態を吐いた。クシャルダオラも、まだ見ぬ隣人に対して自分を乗せて去ろうとは思わないようで、翼を閉じて、崖に向かって歩いた。

 この龍結晶の地に棲むテオ・テスカトルとナナ・テスカトリの事はマハワから聞いていた。

 ゼノ・ジーヴァの影響を受けてか活動が活発になったテオ・テスカトルの討伐を依頼され、しかし弱らせたところでナナ・テスカトリが乱入して来て、流石に撤退したのだとか。

 それからは傷を癒す為にか、寝床へと通じる道は塞がったまま、ナナ・テスカトリも含めて姿を現す事は無くなった。

 体調も回復し、リハビリとでも言ったところだろうか?

 いや……ネルギガンテが跋扈しているこの時に? ……違う、それは引き籠ってたら分かるはずが無い。

 そして案の定、

「ゴオオオアアアッ!!」

 と、ネルギガンテの咆哮が聞こえて来た。それに対し、テオ・テスカトルとナナ・テスカトリの咆哮も。

「ガルルルルッ!」

「ガアアアッ!」

 当然、テオ・テスカトルとナナ・テスカトリのテスカト夫婦も引くつもりはないようだった。

 ……いや、流石に無謀じゃないか?

 テスカト夫婦の二体に対して、ネルギガンテが一体。そのネルギガンテが古龍を喰らう古龍と言えども勝算は余り無いように思えた。

 一応キャンバスやらをしっかりと隅に隠すように置いた後、崖から下を覗く。クシャルダオラも覗いていた。

 もう戦いは始まっていた。

 

*****

 

 ネルギガンテがテオ・テスカトルに前足を叩きつける。テオ・テスカトルはそれをゆらりと躱し、龍炎をその身から広く発した。

 しかし、それに対してネルギガンテは怯まず更に叩きつけようとし、そこにナナ・テスカトリが横から体当たりをかました。

 ネルギガンテがよろけて、一度体勢を立て直す。体当たりでナナ・テスカトリに軽く突き刺さった棘を、テオ・テスカトルが払って落とした。

「ゴルルルルッ……」

 どう見ても不利だが、しかしネルギガンテは撤退する様子を見せなかった。

 勝算があるとでも言うのだろうか? 強い個体だったとは言え、キリンさえも倒せなかったこのネルギガンテが?

 いや、だったらどうやってネルギガンテはこのクシャルダオラに傷を負わせたのだろう。

 その理由は考えても全て推測にしかならなかった。ただ、こんな状況でも引かないとなると、その推測の余地も絞られてくる。

 運とかじゃない、確実な勝算があるのだ。そして、このネルギガンテは二体を同時に相手取れる程の強さは持っていない。

 そこから考えられる事としては、一つしか無かった。

 ネルギガンテは複数体居る。

 アステラや研究基地の皆も、その推測は口に出す事が良くあった。同日に陸珊瑚の台地と龍結晶の地に現れた事。歴戦王と呼ばれるこのクシャルダオラにぶちのめされた翌日に、何事も無かったように古代樹の森に現れ、ただのクシャルダオラを仕留めた事。その傷一つ付ける事の出来なかったクシャルダオラに対して手痛い傷を負わせた事、ネルギガンテと対等に戦えるマハワを意識不明まで追いやった事。

 可能性は高いと皆、思っていただろう。ただ、確証に至る物証は無かったし、それにそんな可能性などあって欲しくもなかった。

 ヒノキは思わず周りを見回した。クシャルダオラを除いては誰も居ない。でも、気になってしまう。

 そんな時、唐突にヒノキを風がなぞった。クシャルダオラの起こす風だった。

 心配するなと言うようなその優しい風は、クシャルダオラもそれを理解していて、風で辺りを警戒しているのだと分かるものだった。

 そして、それでヒノキはネルギガンテは複数体居るのだと確信した。

 ……ただ、眼下ではネルギガンテが劣勢に陥っているのにも関わらず、もう一体は未だにやって来ない。

 テオ・テスカトルとナナ・テスカトリ、互いの体から発せられる龍炎も激しさを増し、ネルギガンテの体は容赦無く灼かれていく。

 ネルギガンテの棘は伸び、黒く染まっている。動きは幾ら灼かれようとも未だ衰えず、しかしテスカト夫婦の連携の前には、強い一撃を当てる事すら出来ていない。

 瓦礫や棘を弾き飛ばしてそれをぶつける位の事は出来ているが、古龍を喰らう古龍の攻撃とは言え、その程度では同じ巨体の古龍を傷つける事は能わない。

 そしてテスカト夫婦は、完全に目の前のネルギガンテに集中していた。

 テオ・テスカトルがネルギガンテに火炎を吐き、ネルギガンテがそれを跳んで避ける。ナナ・テスカトリが着地したそのネルギガンテの背後に回り込む。

 ナナ・テスカトリを中心として強い風と蒼い炎が発せられる。ネルギガンテはその燃え盛る領域に包まれ、そして目の前からはテオ・テスカトルが距離を詰めていた。

「グッ、ガッ、ゴアアアアアッ!!!!」

 ネルギガンテがそれでも翼を広げ、後ろ脚で立ち上がった。全身が焼け爛れながらもまだその強靭な肉体は十全に機能していた。右前脚を高く掲げたネルギガンテに対し、テオ・テスカトルが警戒して足を止めた。

 そして。

 立ち上がり、前脚を叩きつけようとする動作の真意は、()()()()()()()()がテオ・テスカトルに一撃をぶつける為のものではなかった。テオ・テスカトルの背後から――テオ・テスカトルとナナ・テスカトリの正面からやってきたネルギガンテとは別に、その道のりを追って来た――二体目のネルギガンテが、音も無く姿を現し、そして跳び上がり、最大の一撃を当てようとする姿を背後に居るナナ・テスカトリに気付かせない為のものだった。

 ナナ・テスカトリの眼前はネルギガンテの背中と翼で占められ、その先の光景を見る事が適わなかった。

 そして二体目のネルギガンテの体はもう既に、全身が黒い棘で覆われていた。

 猛々しく、しかし無音のまま飛び上がったネルギガンテは溜めを作るように後ろへと軽く引き、そして一気にテオ・テスカトルへと全身を捩じりながら突っ込んだ。

 破棘滅尽旋・天、と呼称されるネルギガンテの最大の一撃。それはテオ・テスカトルの肉体を引き裂き、突き刺し、へし折り、磨り潰しながら、まるでボールのように弾き飛ばした。

 ナナ・テスカトリの悲鳴が疳高く、龍結晶の地に響いた。




もう一話だけ近い内に投稿します。

日間最高8位まで入りました。ありがとうございます。
……って最高日間順位更新したっぽいな。別の作品で15位取った事あるけど、それ以上は自分の認知する限りじゃ無い。

アイスボーンのPV第3弾来てたけど、参戦確定したブラキディオスじゃなくてジンオウガがトレンドトップに居て騙された。

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