古龍を描く狩人   作:ムラムリ

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ナナ・テスカトリ 3

 テオ・テスカトルの胴からぼだぼだと血が溢れ出る。内臓こそ見えていないが、古龍の、下手な狩人の攻撃なぞ通さないその表皮は完全に抉れていた。

 声を出そうとして出ないのが見て取れた。

 それはどう見ても致命傷だった。

 ナナ・テスカトリが目の前のネルギガンテを無視してテオ・テスカトルの元へ向かおうとするが、ネルギガンテはそれを許さず前に立ち塞がった。

 焼かれても、灼かれても、棘だけでなく表皮が黒く焦がされてもネルギガンテは未だ怯まなかった。古龍を屠る強靭な肉体は、その表面を傷めつけるだけでは止められなかった。

「ガアアアァァアアアッ!!」

 半ば悲鳴に近い声を上げてナナ・テスカトリが後ろ脚で立ち上がり、ネルギガンテに組み付いた。少しは弱っているはずだ、それを信じて。

 しかし、ネルギガンテはそれを正面から受け止め、ぐ、ぐぐ、とナナ・テスカトリを押していく。

 その背後を二体目のネルギガンテが歩いていく。

 テオ・テスカトルは動けなかった。後ろ脚はびくとも動かず、前脚も微かに震えるだけ。声すら出ず、龍炎は、塵粉はもう力なく地面へと落ちていく。そして数多に流れる血は、何をせずとも死が近い事を示していた。

「アアアァァァァアアアアァァアアアッッ!!」

 ナナ・テスカトリは腹の底から叫んだ。しかし幾ら叫んでも、破壊と再生、ただそれだけに特化したネルギガンテとの種族的な差は埋められなかった。

 ざり、ざり、と後ろへ押されていく。無理な姿勢へと押されていき、そしてついに地面へと叩きつけられる。

 そして二体目のネルギガンテはテオ・テスカトルの元へ悠然と到着した。

 テオ・テスカトルは、虚ろになりゆく目で見下すネルギガンテを見ていた。音も聞こえていないのか、押し倒されても尚暴れるナナ・テスカトリの叫びすら全く届かない。

 唐突に訪れる自らの死、炎王龍と称される程に種族そのものが王たる古龍であろうとも、ネルギガンテはそれに対して何をする間も与えてはくれなかった。

 テオ・テスカトルは、それを理解させられたのだと思えた。

 その動かないテオ・テスカトルの角が、二体目のネルギガンテによって強く掴まれた。

 無言のまま、軽く準備をするような間を置いた後にその掴んでいる前脚の筋肉が膨れ上がる。

 そして、一気に回された。

 

 ごりゅん。

 

 そんな音がヒノキの元まで、はっきりと届いた。

 テオ・テスカトルの巨体を支える背骨、から繋がる首の骨がネルギガンテによって捻じ折られた、そんな単純な音。しかしそれは、ネルギガンテという古龍の膂力の強さを知らしめるには十分過ぎるものだった。

 テオ・テスカトルの目から炎は完全に消え失せた。

「アアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!」

 龍結晶の地の全てに響き渡りそうな悲鳴を上げて、押し倒されていたナナ・テスカトリからより一層、炎がまるで爆ぜるように吹き広がった。

 それには流石に、抑えつけていたネルギガンテも耐えられずに退いた。

 そして並び立ったネルギガンテ二体の、その炎王と炎妃の炎を身に受け続けたネルギガンテがとうとう体を崩した。

 流石に無理をしていた部分もあったようだ。

 起き上がったナナ・テスカトリが首をへし折られたテオ・テスカトルを、番の姿を見た。

 そして、目の前に立つ二体のネルギガンテ、崩れた方――前線で戦い続けたネルギガンテ――を、そうでない方――テオ・テスカトルを殺した方――が気に留めているのを見た。

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!」

 ナナ・テスカトリは絶叫に近い咆哮をし、自身の熱を最大限に放つ、ヘルフレアを放った。

 前線で戦い続けたネルギガンテは更に後ろへと退いた。テオ・テスカトルが死んで緊張か何かが切れたのか、その動きには先ほどまでのような精彩は失せていた。

 ヘルフレアを受けながらも、まだ無傷のネルギガンテは空に飛んだ。

 そのまま急降下して前足を叩きつけ、それをナナ・テスカトリは後ろへ退いて避ける。

「ガルルルルッ……」

 しかし、ナナ・テスカトリが反撃を仕掛ける事は無かった。

 青い炎が包む中に居ようとも、ネルギガンテの行動は封じられていない。狩人であるのならば、炎の耐性に特化した装備でその身を守っていなければ肉体そのものがほろほろと崩れてしまうような、そんな名の通りの地獄の中でも。

 そして、ヘルフレアの範囲から逃げたネルギガンテも弱っているとはいえ、ナナ・テスカトリを虎視眈々と見続けている。

 深過ぎる悲しみと激しい憎悪の感情を抱きながらも、自分だけでは敵わないとナナ・テスカトリは理解していた。

 ナナ・テスカトリはヘルフレアの最終段階、撒いた炎を一気に爆発させた。

 ボォォンッ! とネルギガンテがそれをまともに食らう。しかし、無傷だったネルギガンテはそれに対してもやや怯むだけだった。

 しかしその間にナナ・テスカトリは遥か高くに飛び、どこかへと逃げていった。

 ネルギガンテ二体はそれを追う事はしなかった。

 

 ヘルフレアを受けたはずのネルギガンテはそれでも未だ健全で、炎の攻撃を受け続けたネルギガンテの方に歩く、その前に屠ったテオ・テスカトルの方へ歩いた。

 テオ・テスカトルの身から流れる血を飲むように多く口に含んで、そして満身創痍のネルギガンテの方へ向かう。

 そして、口移しで血を飲ませた。

「番、か……」

 姿形はほぼ一緒だが、何となく、攻撃を受け続けた方が雄で、テオ・テスカトルを屠った方が雌のように思えた。

 動きから何となく、そして子を作るとするのならば雄が前に出るのがある程度当たり前だからだ。

 血を貰った、雄だと思える方が立ち上がり、そして唐突に両方がクシャルダオラと自分の方を見て来た。

 ……クシャルダオラが居なかったら、この瞬間俺は生きる事さえ諦めただろうな……。

 しかし、何をする事も無く、二匹は顔を戻すとテオ・テスカトルから流れ出る血を無駄にしないように飲み始めた。

 クシャルダオラが体を起こし、自分の方を見て来た。

 帰るか、と言うように。

「そうですね……」

 ヒノキは画材やらをまとめ直し、来た時のようにクシャルダオラの背に乗った。

 そして、ふわり、と浮き上がるように飛び上がる。

 遠くなっていく龍結晶の地を見下げると、テオ・テスカトルがネルギガンテ()の寝床へと引きずられていくのが見えた。

 雌であろう方が引きずっていき、未だに流れる血を、雄であろうネルギガンテが丁寧に舐めとっていた。

 

*****

 

 ヒノキが帰って来たのは、翌日の昼が過ぎた頃だった。

 クシャルダオラがヒノキを降ろした後、また出来上がった絵を記憶に刻み付けるようにじっと見つめた後に龍結晶の地へと帰っていった。

 そのキャンバスを抱えて、そして遠く、小さくなっていくクシャルダオラをぼうっと眺めているところを、真っ先にカシワが辿り着いた。

「大丈夫だったニャ!!??」

「……何だそんなに急いで……ああ、マハワが起きたのか?」

「何で知って……ネルギガンテが二体居るのを見たのニャ?」

「ああ、うん。

 後な、引き籠っていたテオ・テスカトルとナナ・テスカトリが外に出てきて、テオ・テスカトルが殺された」

「ニャ!?」

「ナナ・テスカトリは逃げていった。

 ネルギガンテより何をするか分からないから、警戒をした方が良いな……」

 即座に、マハワも交えて会議が開かれた。

 ただ、結局やれる事と言えばいつも通りだ。準備を十分に整えておく事、警戒を怠らない事、調査をしっかりとする事、そんな当たり前でそして欠かしてはいけない事ばかりだ。

 

 会議が終わり、夜になる頃にマハワと話した。

 二週間程も意識を失ったまま寝た切りだったと言うのに、杖が必要とは言え、もう立ち上がって歩いている。

 丈夫な体だと言うと、相棒が丁寧に看護してくれたおかげだと言った。

「秘薬で無理やり動かしていた部分もちゃんと整えてくれたし、二、三週間もリハビリすれば、ある程度復帰出来るだろうな」

 死の間際まで追い詰められて、二、三週間か……。寝ていた期間を含めても一ヵ月。

 本当に強い狩人というのは多分、体の構造からして違うのかもしれないと思わせる。

「それで……ネルギガンテ二体からどうやって生還出来たんだ?」

「俺が遭ったのは、あの歴戦王のクシャルダオラが逃げていった後だった。テオ・テスカトルに対してやったようにクシャルダオラに対しても二体目が不意打ちをしたんだろうけどな、それでも仕留められなかったらしい。

 そんなクシャルダオラが飛んで行く様を見上げていたら、目の前からドズンッ、と二体のネルギガンテが降りて来た。

 仕留めきれなかった事でか気が立っていたようで、怒りの表情を二体から向けられたよ……。

 まあ、逃げられたのは、同じように囮の作戦を組んでいたようで、その囮の方が弱っていたからだな。

 そうでなかったら死んでいた。

 テオ・テスカトルに一撃で致命傷を与えた位だ、囮の作戦も上手く機能させるんだろうが単純にコンビネーションも上手い。

 積極的に逃げ道を封じて来たり、互いの隙を潰すように連携をしてきたりと、かなり嫌な動きをしてきた」

 マハワが服の袖をまくりあげると、腕や足にはきっともう消えないであろう傷跡が残っていた。そして顔にも。

「すらっとした肉体のクシャルダオラのでもなく、がっつりとした肉体のテオ・テスカトルを仕留めたんだ、可食部も多いだろう。

 だから、暫くの間はゆっくりしていて欲しいね」

「だなあ……」

 ただ、そのクシャルダオラも数日間で大体が食い尽くされてしまった過去がある。

 古龍の持つエネルギーは直感的に思っても莫大だが、更にテオ・テスカトルまで屠って……。

「子作りでもするのかな」

 ぼそっとヒノキが呟くと、マハワが「かもしれないな」と同意した。

 病み上がりだと言うのにマハワは続けて、ニヤニヤとした顔で言った。

「見てみたいか?」

 子作りで見てみたいものと言えば、まあ決まっている。

「……否定は出来ない」

「ガジャブーの抜け道から近くまで行けるだろ」

「……怖いんだよ」

「怖い? だとしてもあの場所はすぐに逃げられるようになってるじゃないか」

「そういう意味じゃなくて……。

 興味は十分にあるし、それに描いた事もあるけどさ……人に欲情出来なくなりそうでそれ以降描いてない」

「何だそれ」

「見た事無いのか?

 エネルギーが違うんだよ、人とは何もかも。それで響く色んな音も、発せられる声も、……量も臭いも。

 それに圧倒されてしまって、一回描いたきりだ。

 ただの竜でそうなったのに古龍のものを描いたら俺がどうなるか分かったこっちゃない」

「へぇ……俺も見た事あるんだが、きっとあんたは、俺以上に竜に感情移入しているんだな」

「……かもしれないな」

 その後も他愛無い話をして早めに別れた。

 

 部屋に戻るとカシワが居たが、キャンバスには布が掛けられたままだった。

「見なかったのか?」

「布が掛けられてないと、見ていなくても体が震えて仕方ないのニャ」

「ああ、そう……」

 魂が籠った、とはこんな事を言うんだろうか、と思った。




次は多分1~2か月先になります。

モデルがあるもの:
カシワの絵柄
キリン、パオウルムー
ナナ・テスカトリ、テオ・テスカトル <= new!

ただ、聞かれても明示はしないです。

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