古龍を描く狩人   作:ムラムリ

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ナナ・テスカトリ 5

 夜になろうともその泣き声は続いていた。

 古龍の無尽蔵なエネルギーがそれを可能にしていた。

 そしてきっと人や竜よりも遥かに永い歳月を生きて来た上での、察する事すらも烏滸がましい悲しみがあったのだろうとも思えた。

 ただ、アステラにも時々僅かに響いてくるその泣き声は、強い響きまでは届いてこないにせよ、安心というものを奪うには十分過ぎた。

 夜にも関わらず、狩人は駆り出される。三兄弟が夕暮れに帰って来た後には、ヒノキを含む数人がそのナナ・テスカトリの監視に赴いた。

 

「で、監視って言ってももう居るんだよな」

 リオレウスの亜種、蒼火竜は身を伏せて遠くから泣き続けるナナ・テスカトリを監視していた。

 遅れて気付いたカシワが言う。

「……ヒノキの目はどうニャってるのニャ……」

 夜、月明かりのみの暗い大蟻塚の荒れ地。しかも身を伏せているリオレウスなど、狩人であっても中々に見つけられないだろう。ただ、ヒノキの狩人としての長い経験と絵描きとしての優れた観察眼は、それを見通していた。

 逃げないという事は、番であるリオレイアの亜種は出産が間近か、それとももう子を為しているか、少なくとも容易には逃げるという選択肢を選べない状況なのだろう。

 ヒノキが蒼火竜を見つけても、そちらは何もして来る気配は無い。種族が違えど、泣き続けるナナ・テスカトリに刺激を与えないという意志だけは一致していた。

 岩陰から眺めると、砂地一体が黒く焦げていた。さらさらとした燃えるはずのない砂が更に焼かれて、月明かりに照る事も全くなくなっている。

 その中央に居るナナ・テスカトリは今、砂に顔を埋めて泣いていた。

 時々顔を上げるが、特に何をする事もなく、また顔を埋め。しかし、その状態からのくぐもった泣き声はヒノキまで普通に届いていた。巨躯から響かせるその声はティガレックスのそれに匹敵すると思えた。

 ただ、流石に龍炎を纏ってはおらず、辺りは暗いままだった。

「……」

 このナナ・テスカトリを討伐する事は可能だろうとヒノキは思った。

 あのクシャルダオラのように特別な強さを感じる訳でもない。今ならきっと不意打ちも可能だ。

 ネルギガンテに遺体を奪われる事も今は無いだろうから、遺体から強力な武器や防具を作る事だって出来る。

 けれど、誰だって気が乗らないだろう。

 そこまで思った所で、マハワから言われた事を思い出した。

 ――きっとあんたは、俺以上に竜に感情移入しているんだな。

 本当にそうなのだろうか? マハワはこのナナ・テスカトリを見て狩り易そうだとしか思わないのだろうか?

 もしそうだとしたら、マハワを軽蔑するかもしれない。いや、それが普通だとしたら、狩人という職業自体を続けられないかもしれない。

「…………」

 けれども、倒さなければいけないかもしれないのも確かだ。

 後味は悪くなるだろうが、人間達にとっての縄張り、アステラや研究拠点に危険が及ぶのならばそれを黙って見ている程狩人は無力ではない。……あのクシャルダオラが敵に回ったら多分、本当に逃げるしか無いだろうけれど。

「……何を考えているのニャ?」

 カシワが小さく聞く。

「いや、気が滅入るよなって」

「……色んな意味でかニャ?」

「……まあ」

 少なくとも、カシワとは気は合う。そこまで思って、思考を整理した。

 ……そう。問題は一つだ。

 ナナ・テスカトリはその感情の解消に人間達を甚振ろうとするだろうか?

 それを考える為にナナ・テスカトリとその周囲を観察して、一つ重要な事に気付いた。

 焼けるはずのない砂が更に焦がされていても、大蟻塚やサボテンに被害はそう強く及んでいない。破壊されたり焼き尽くされた痕はあろうとも、ここらにある全てがそうなっている訳ではない。ここらに良く居るノイオスの死体も余り無い。ナナ・テスカトリは唐突にやって来たのにも関わらず、だ。

 意外と、理性は強く残っているのかもしれない。逆に言えば、理性が残る程に悲しみは少なかった?

 いや、それだったらここまでずっと泣くだろうか?

 結局、それは分かる事は無かった。ナナ・テスカトリは泣き止む事も無く、他に何かが起こる事も無く、夜は更けていった。

 

*****

 

 朝方から昼頃まで睡眠を取り、そして食事場に行くと、もう普通の狩人並みの量の飯を食べるマハワが居た。隣にはそれを眺めるオオバも。

「おはよう」

「おふぁよふ」

 肉を頬張りながら、マハワは答えた。

 もぐもぐ、ごっくん。と肉を一気に飲み込んでから水を飲む。

 料理長がいつも通りのアイルーにしてはとても特徴的な低い声で聞いてきた。

「同じくらい食うか?」

 ヒノキは少し悩んでから頷いた。

「すぐに用意する」

「有難い」

 すぐに背中のアイアンネコソードを抜いて、肉塊をさっくりと切り始めた。

 

 食べ終える頃には、色んな人が集まって来ていた。

 そして、マハワが切り出した。

「なあオオバ。テオ・テスカトルと戦った時の事は良く思い出せるか?」

「古龍と五連戦を忘れる程俺の記憶は脆くニャいニャ」

「そりゃそうか。

 オオバから見て、あのテオ・テスカトルはどうだった?」

「どうだった、って……。ニャァ……」

 少し考えてからオオバは言った。

「あの五連戦の古龍の中では一番弱かったかニャ……」

「そう。スーパーノヴァは、確かに食らったら即死する威力だった。ただ、予備動作が長くて避ける事は容易かった。龍炎自体も威力、舞い散る速度、それらは躱すのにそう難くないものだった。

 スタミナも良く切れていたしな。正直言って古龍だろうが、そこまで苦戦しなかった」

「……そうだニャ。毛並みも、ナナ・テスカトリという番が居るのにも関わらず、そこまで整っていなかったニャ。威厳はあったけれど……そうニャ。あのテオ・テスカトルはどう見ても老けていたニャ」

「ああ。

 それも寿命に近い程だった。

 それに比べて、ナナ・テスカトリはどうだった?」

「若々しかったニャ。龍炎も溌剌としていて、テオ・テスカトルよりも遥かに手強そうに見えたニャ」

「そこから導き出される推測は……」

 マハワの相棒が引き継いだ。

「……番ではない?」

 ヒノキはネルギガンテの番と戦ったテオ・テスカトルとナナ・テスカトリを、また昨晩大蟻塚の荒地で泣き続けていたナナ・テスカトリを見て、自ずと思い浮かんだ推測を言った。

「父娘、か」

「その可能性が高いと思う」

 確かに、それはしっくりと来た。

 ネルギガンテと戦っていた時も、テオ・テスカトルは激しい動きをしていなかった。ゆらりとネルギガンテの攻撃を躱し、流れるような自然な速度で龍炎を発していた。そこに猛々しさは無かった。

 マハワに痛めつけられた後の病み上がりだから、と思っていた。確かにそれもあっただろう。

 しかしそれ以上に、あのテオ・テスカトルは寿命が近かったのだ。

 そう考えると、ナナ・テスカトリの泣き様もしっくりと来る。

 元から覚悟は多少なりともしていたのだろう。それは、ネルギガンテ二体に対して無謀な弔い合戦を避ける事や、そして感情の矛先を後先考えずに竜や狩人に向けない事にも繋がっている。

「まあ、確かめる術など無いけどな」

 マハワはそう締めくくった。

 けれど可能性は高い。そう、ヒノキは思った。

 

 万一に備えた大砲やバリスタの準備も整い、若干の緊張を含んだままの時間が過ぎていく。

 ヒノキは手帳にナナ・テスカトリをさらさらと描いていた。

「そう言えば、カシワから見てナナ・テスカトリはどうだった?」

「キリンよりは弱いニャ」

 その言葉に筆が止まった。

「……ああ、ネルギガンテと同等の強さを持つキリンよりは、って事か?」

「あ、そうニャ。でも、近いニャ」

「……その位ね……」

 何かこの頃、古龍に触れる機会が多い。特に桁外れな力を持つ古龍と長い時間を過ごしたのもあって、そこ辺りの感覚が麻痺しているように思えた。

 相手を泣きそうな目で睨んでいる顔、背中を向けて顔を埋め泣いている姿。脳裏にはっきりと残ったその姿を書き留めていくと、より鮮明にナナ・テスカトリの事を深く知れるような気がした。

 今、ナナ・テスカトリは何を思っているのだろう? そして、泣き止んだ後ナナ・テスカトリはどうするのだろう?

 殺されたテオ・テスカトルとナナ・テスカトリが父娘であるという事も推測でしかない。ただ、ヒノキが見た光景は確固たる事実である事には変わりない。

 ただ、観察眼が幾ら優れていようとも、その先は余り分からなかった。

 憎悪はあるだろう。描いたナナ・テスカトリのネルギガンテを睨む泣き顔には、確かにそれがあった。

 しかしナナ・テスカトリには、味方も、守るべき者もこの地には居なかった。そして、ネルギガンテに立ち向かえる程の力を持っている訳でもない。

 古龍でなくとも、そんな状態でどんな行動を取るのかなど、それはその人、竜それぞれだろう。

 まあ、飛べる翼があるのならば、この新大陸から逃げる事もあるだろうな。

 その位だけを思った。

「おーいヒノキ!」

 呼ばれて顔を上げる。

「なんだー?」

「あっち見ろー!」

 指差しされた方向を見ると、クシャルダオラが見えた。

「あー、行くー」

 何となく聞いた。

「カシワも行くか?」

「とんでもニャい!!」

 そこまで拒絶しなくても、と思った。

 でも、これは当たり前かもなあ……。そう思いながらも走って、古代樹の森の方へと向かった。

 アステラへの落とし格子と、鬱蒼とした森の両方の近く。そこがもう既に、クシャルダオラと会う場所と決まっていた。

 程ない内にクシャルダオラが柔らかい風と共にゆるりと降りてきた。その身から溢れる力強さにもとうに慣れてしまった。

 振り落とされれば即死する高さまで飛ぶ事が分かっていながら、背に乗った程に。疲れ果てていたとは言え、その隣で思いっきり熟睡してしまう程に。

 まあ、悪い事じゃないだろう。

 それからいつものように爪に挟んでいる手帳を受け取ろうとしたが、クシャルダオラは今日はどうしてかそれを渡そうとせずに、別の何かを催促するような素振りをしてきた。

「……ああ」

 多分、先日完成させたあの絵をまた見たいと思っているのだろう。

 自分がアステラに一旦戻ろうとして、特に何もされなかったのでそれを確信した。

 そこで、ふと気付いた。

 ……俺はクシャルダオラが居る限り、新大陸から帰る事は出来ないのか?

 愕然としたが、気落ちはしなかった。このクシャルダオラと親しく在れる事は、少なくとも絶望をするには勿体無さ過ぎた。




前からちょっと空いたけど、次もちょっと空きます。コミティアにちょっと寄稿応募する事にした。

アンジャナフの拘束攻撃からの(普通に回避が間に合う遅さで来る)攻撃が一定の層にド嵌りしそうな感じの事に気付いたけど、それに気付いてるそっち系の人は残念ながら余り居なさそうだった。

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