古龍を描く狩人   作:ムラムリ

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ナナ・テスカトリ 7

 ナナ・テスカトリはそれからまた泣く事は無かった。かと言って大蟻塚の荒地を去る事もなく、その地に暫くの間居続けた。

 地下空洞でゆっくりと腰を下ろして目を閉じてじっとしていたり、夜に高所から月を眺めて少しだけ呻き声を上げたり。時々辺りを歩き回り、良質な鉱石の結晶をばりばりと食べていた。

 そんな様子に、泣いていた時にあったような緊張感も失せていった。

 ディアブロスの亜種、身籠っている雌は食事に外に出る時以外は地下空洞の奥でじっと身を隠し、雄はそこからやや離れた場所でまた、リオ亜種の夫婦を監視し続けていた。

 子が出来たのはリオ亜種の夫婦の方が先だった。

 警戒は強くなったが、そのリオ亜種の夫婦も狩人達が縄張りに踏み込んでこなければ何をしてくる事も無い。

 特に五期団の良粒揃いの狩人達の強さは、ここらに住む竜達もまた理解していた。最近ここらにやって来たリオ亜種の夫婦は、捕獲されたり狩猟されたりしてアステラへと運び込まれる竜達を見た事は無いはずだが、強さは肌ならぬ鱗で実感しているのだろう。

 そしてそれは、ナナ・テスカトリも同じだった。

 驚異的な速さで快復したマハワは、そんな大蟻塚の荒地を誰よりも堂々と歩く。ナナ・テスカトリの監視も、真正面からやる事もあった。

 最初、たった一人の狩人に正面に立たれてナナ・テスカトリは軽く怒気を孕んだが、しかしそれでも全く動じないマハワと、そしてきっとその背に担がれていた武器を見て、結局何もしなかった。

 背に担いでいたのは、マハワがかつて討伐したネルギガンテから作られた棘塗れのハンマー。潰滅の一撃と名付けられたその武器は、敵を打ち砕くと共に数多の刺し傷を作るえげつないものだった。

 

「平和だなあ」

 何事も無く帰って来たマハワは欠伸をしながら言うと「今だけだろう」と、総司令が返した。

「それは分かっていますよ」

 発情期の季節が偶然にも重なったのか、それともこの新大陸のエネルギーに当てられたのか、どうも子作りに勤しむ竜達が多い。

 その中でもネルギガンテの生態はまだ殆どが未知で占められている。学者達が考察に発展出来る程の知見も無い現状、ネルギガンテの子作りが外部に対してどのような影響が及ぼされるのか、それは始まってみないと分からない。

 古龍にしかほぼほぼ興味を持っていないであろうその生態は変わらないのか。縄張りに踏み込まなければ、ただの人間、竜種に対しては大して害はないのか。

 それとも総力を上げて討伐しなければいけない程に排他的、攻撃的になるのか。

 生態を明らかにする、特にネルギガンテの子を観察出来るかもしれないという、とても貴重且つ重大な知見の前では事前に討伐してしまうという手を打つ事も反対多数で打ち切られていた。

 そんな中で、ヒノキは見たナナ・テスカトリの絵を描き続けていた。

 描かれた後のページはぺりぺりと破られ、色んな人がそれを見ていた。

 その中に珍しく大団長が居た。

「様々な竜を見て来たが、際立って強者となり得る竜というのは主に二種類だ。

 一つ目は才能。分かり易い例で言ってしまえば、怒り喰らうイビルジョーや傷ついたイャンガルルガだな。生まれ持った才能を傍若無人を尽くす内に開花させるタイプだ。

 そしてもう一つは明確な意志を持つ者だ。強くならなければいけないという意志、何者かを倒したいという意志。そんな明確な意志を持ち、それに従って正しく努力出来る奴は強くなる」

「……ナナ・テスカトリは後者に入ると?」

「実際に俺も見て来たが意志めいたものは感じた」

 ヒノキは口には出さなかったが、それに似たものをナナ・テスカトリから感じていた。

 何というのだろう、煩わしさと言うのか、困り果てているというのか。

 ナナ・テスカトリは静かになったが、完全に落ち着いた訳では無かった。狩人が近くに居る事を察知しているのもあるだろうが、眠る事があれどそれは非常に浅く、良く場所を変えて物思いに耽るような仕草をしているように見えた。

 何を考えているのかは、ほぼほぼ断定しても良いだろう。

 どうやってテオ・テスカトルを屠ったネルギガンテの番を殺すか、だ。

 そこまで考えていたのは大団長も同じだったらしく、言葉を続けた。

「あのナナ・テスカトリは馬鹿じゃない。ヒノキの言うには、テオ・テスカトルが屠られた時に、逆上して勝ち目のない戦いに挑むのではなく、逃げたんだったな?

 古龍を喰らう古龍の二匹を倒せない事を理解しているし、感情に従って無謀に走る事も無い。

 ならば今は、どのように倒すべきか考えているところだろう。

 そして考えが纏まったら、きっとそれに向かって突き進むだろうな」

 ネルギガンテ二匹をどうやって倒すか。確かにそれは古龍と言えど難題だ。

「先に討伐しておいた方が、良いのでしょうか?」

 一人が聞くと大団長は笑いながら答えた。

「それはつまらんだろう!

 それにな、俺達はただの古龍一匹にやられるほど柔じゃないだろう?」

 クシャルダオラは大団長の中でも、例外として捉えられているようだった。

「それじゃあな、俺は他にも見たいものがあるんでな。頑張れよ!」

 誰かが呼び止める間も無く、またどこかへと歩いて行ってしまった。

 つまらないとかそんな感情持って良いのかあ、とヒノキは少し驚いた。

 

*****

 

 ナナ・テスカトリが翼を広げたのは、それから十日程経った後の事、またクシャルダオラがヒノキの元に来た時だった。

 クシャルダオラがアステラの先へと飛んで行く姿を見上げて、そして立ち上がる。

 丁度、その時の監視はヒノキが担当だった。

 内心もう行かなければという焦りを感じながらも、そのナナ・テスカトリの姿にいつもとは違うものを感じて、ほんの少しだけ、と監視を続ける。

 マハワのように真正面から監視をする程の実力を持たないヒノキはその姿を背後から見ていた。立ち上がり、翼を広げ、ぐ、と飛ぶ前の一瞬の溜めが入る。

 何かしらの決意をしたのだろうと、ヒノキは思った。ネルギガンテの二体に対して報復する為にこれから何をするのか、それはヒノキにも誰にも分からない。

 飛ぶと砂地に風が舞い、そしてナナ・テスカトリの体から龍炎が僅かに散る。

 高く、高く飛んでいく。

 向き先は海。どうやら、遠くへと行くようだった。この新大陸から離れたどこかへと。

「鍛えて来るのかニャあ?」

 カシワが言った。

「それだけじゃ、ネルギガンテ二体を相手に取れないだろう。あのクシャルダオラくらいに強くならなければ」

 あのクシャルダオラの強さは、才能任せのものでは無いと断言出来る。強い狩人を屠った事もあるだろう。数多の古龍とも争ってきたのだろう。

 その中で知見を重ね、経験を積む事によって確固と練り上げられた強さだ。少なくとも一朝一夕で得られるものではない。

 報復というその意志の為だけに何十、もしかしたら何百という年月を掛けてその強さを手に入れようと研鑽出来るだろうか?

 それに加えてナナ・テスカトリの理性の残っていた程度の悲しみの深さを考えると、可能性は低いだろうと思えた。

 ただ、飛んで行く、小さくなっていく姿を見ると、それは少なくとも逃げや諦めでは無いように思えた。

「ヒノキー! さっさと来いー!」

「分かったー!」

 だったらどうしようと言うのだろう? と考えると方法はヒノキには余り思いつかなかった。

 その方法をするのか、それとも全く思いも寄らない事をしてくるのか。

 それは大団長ならば、分かってからのお楽しみだ、とか言うのだろうなと思った。

「楽しみ、か」

 そんな独り言を言うと、カシワが怪訝そうな目で見てきた。

 楽しみに待っていても良いのかもしれない。

 ここに居る狩人は自分一人だけではないのだから。

 

 走ってクシャルダオラの元に辿り着くと、そのクシャルダオラも海の方、ナナ・テスカトリが飛んで行った方を眺めていた。

 その青い目が見てきたものは、自分の何倍なのだろう? 桁も違うのだろうか?

 短命な種がどう足掻こうが計り知れない、その先の何もかもを見通せるのだろうか?

 そんな事を思っていると、今日も爪に挟まれていた手帳を渡される。元々ヒノキの物で、ヒノキが落としてからクシャルダオラが自分の物にした手帳だ。

 ただ、今日は渡されると同時にその銀翼が海の方を向いた。

 ナナ・テスカトリを描け、という事だろうか?

 それなら、とヒノキは新しい自分の、ナナ・テスカトリを描き始めたページを開いて渡した。破ってしまったものもあるが、長い時間を掛けて観察とスケッチを繰り返した為に、もう手帳の半分はその姿で埋まっていた。

 クシャルダオラは、その後ろから見たものが主な、ラフも混じっている姿を一つ一つをゆっくりと見て行った。

 その大きく鋭い爪で丁寧にページをめくりながら。

 中には三兄弟と一匹から聞いたディアブロスの奮闘劇を描いたのもあり、そこでは首がやや前のめりになり、ページをめくるのが早くなっていた。

 その話は、聞く側としては面白かった。

 そこも過ぎてクシャルダオラが時間を掛けて全てを読み込むと、手帳は返され、また海の方を眺めた。

 ただただ穏やかな日々。それがこれから始まり、しかしきっと終わりは来る。

 けれど、このクシャルダオラはそんな日々が終わろうともただ泰然と構えているのだろう。

 どのような過程を経てそこまで強くなったのか、そして何故この地にやって来たのか、それを知る術はやはり無いが、このクシャルダオラの在り方に関してこの新大陸の誰よりも長く隣に居るヒノキは理解し始めていた。

 推測ではなく、共に過ごした時間から来る確固とした理解として。

 強大過ぎる力を持つからこそ、その力を多用しないように心掛けている。

 どこぞの御伽噺のように国一つを滅ぼせる程の力と言っても良いであろうその力の危険性を、クシャルダオラ自身が理解している。

 そんな謙虚な性格だからこそ、このクシャルダオラは強者の中でも歴戦王と名付けられる程に強者足り得る事が出来たのだろうと思う。

 ……いや、欲は強いけど。うん、古龍の中では謙虚過ぎる。

 そんな事を思い直す間も海をじっと見続けるクシャルダオラに、ヒノキも岩の上に登って海を眺めた。

 もう、ナナ・テスカトリの姿はとっくに見えない。いつものように打ち寄せる波が真白く輝いているだけ。

 平和な日々はとても素晴らしく、けれど次第に退屈になってくるものだ。

 これから、それが始まる。




2章終わりです。
次から2.5章、マム・タロト編。
途中で一旦切って一次創作に戻るか、最後まで書ききるかは、気分次第かなあ。

もう完全に生物兵器の夢の方の文字数超えたなー……。黒歴史に封じたものも含めて、二次創作でこんなに長く書いてるの初めてだなあ。
まー、明日明後日辺りちょっと活動報告書くと思う。
色々書きたい事もあるし。

(今日、ポケモン・テイルに新作投げたのもあってそっちの最新話に間違って一回投げてしまった)

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