古龍を描く狩人   作:ムラムリ

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マム・タロト 2

 地脈の黄金郷で備えてから数日。

 体が鈍らないようにストレッチ等は欠かさずに、そしてただひたすらに待った。体力、気力は充足している。マム・タロトはほぼ全てが未知の古龍ではあるが、また放っておいても害はない。

 手を出して怒らせたとしても、この地中深くからどこにあるかも知らないであろうアステラまで追って来るとも考えづらい。

 途中での撤退は幾らでも許容されていた。

 相手が未知の古龍である事への危険性は当然カシワだけではなくその調査依頼を出したアステラの大団長や総司令なども理解していたしまた、三兄弟もライチも同様であった。

 緊張はある。ただ、実際面向かって敵対するまでの数日にも及ぶ待機時間はそれを怠惰に解し始めていた。

「マム・タロト来なくなっちゃったかなー?」

「きっと来るだろうと思うけどなー……」

 サンショウの呟きに、イチジクもやる気なさげに返した。

 万全の準備も相手が来ないのならば何の役にも立たない。持ってきた数日分の食材も残り僅かで、それで作った最後のスープをライチとカシワがぐるぐると暇そうに混ぜていた。

 ライチが言う。

「僕は一人っ子でニャ、でももう父さんも母さんも居ないのニャ。

 ご主人様達もそうニャ」

「……聞いて良いのニャ?」

「大丈夫ニャ。隠す程の話でもニャいし、僕はとても小さい頃の話だからそもそも余り覚えてないのニャ。

 故郷の近くの縄張りに踏み込んで竜に挑んだ狩人が、戦ったは良いものの太刀打ちできずに僕達の故郷に逃げたみたいでニャ。

 でも質の悪い事に、その狩人は竜が誇る角か牙かどこかに傷を負わせてしまったみたいでニャ。怒り狂ったその竜が僕達の故郷に攻め込んできたのニャ。

 それで僕の父さんや母さん、ご主人様達の両親も亡くなってしまったのニャ」

 聞いた話を話すだけのライチは、そんな事を話しても淡々としていた。

 本当に他人事のようなものなのだろう。

「……その後はどうなったのニャ?」

「他の狩人が救援に来るその前に、残った村人やアイルー達がその狩人を縛って竜の前に投げ出した事で竜の怒りは収まったって聞いたのニャ」

 同じく鍋を眺めていたニワトコがそこに小さく口を挟んだ。

「その狩人が原型が無くなるまで潰されるのを見て、ああはなりたくない、って思ったもんだ。

 でもな、あんな暴虐を尽くす竜に太刀打ち出来るのならばそうなりたいとも思ったんだよな。

 だから狩人になった」

「ニャー……」

「その点でやっぱりカシワとヒノキは異質だよな。

 基本的にこの業界で、それも狩人として竜に立ち向かう最前線に立とうとする奴等の原動力はその強さに憧れるからなんだよ。

 お前等そうじゃねえもん」

「ニャァ……」

「僕も違いますニャ。親を亡くした赤子の僕はご主人様達に大変助けられたからですニャ」

「でも、無理してないだろ?」

「まあ、そうですニャ」

 カシワは会話から逃げるようにスープの味を確かめた。

「良い塩梅だニャ」

「そうかニャ」

 干した肉詰めのスープ。長期保存用に塩濃く、水分を抜かれた肉詰めはそのまま食すには流石に塩辛いが、スープに浸せばその塩気と凝縮された旨味が染み出して良い出汁にもなる。

 しかし、その鍋は唐突な地響きによってぐらぐらと揺れた。スープが波を寄せ、具材が飛び出し、その中の肉詰めを近くに居たニワトコが手に取った。

「あちっ」

 手の中で転がしながらも口に頬張り、そして立ち上がる。

「来たか?」

 ずずずず、とどこからか連続した地響きが鳴り響いてくる。結構近くだった。ここに訪れる生物、特に地響きを響かせる程に強い膂力を持つ者はマム・タロトしか居ない。

 すかさず三兄弟がストレッチを始めた。

 がらがらっ、とどこかの壁を掘り進めて姿を現した強い音。背筋を伸ばし、首を回し、足を伸ばして関節から音を鳴らして。

 ライチとカシワも火を消してから体を軽く解した。

「……さて。準備は良いか?」

「ああ」

「勿論!」

「ニャッ」

「ニャァ」

「それじゃあ、行くぞ」

 

 マム・タロトは悠々とそこらを歩いている。食事を摂る訳でもなく、縄張りを示すような行動も特にしない。けれどもただ歩くだけでもきっと、その金属を引き寄せる力で何かしらの影響を及ぼしているのだろうと推測は立っていた。

 そんなマム・タロトの前に石筍があった。強い衝撃を加えれば崩れそうな不安定で大きな石筍、それに向けられてマム・タロトの視界から外れた場所に一発だけ込められた大砲。

 マム・タロトはこれから狩人が自らに刃向かって来ると言う事を頭の片隅にでも想定しているのだろうか? そもそもここに狩人が潜んでいるという事を察知しているのだろうか?

 それらは分からないまま、石筍の真下へとマム・タロトは差し掛かろうとしていた。

 ドンッと一発、爆発音が鳴る。

 石筍の根本にそれは当たり、バキャァッと石が砕ける音が派手に響く。

「?」

 マム・タロトが上を向いた瞬間、支えを失い自由落下した石筍がその頭に叩き付けられた。

「ガッッ」

 思わず怯み、足が止まる。倒れまではしてくれなかったがそれだけで十分だった。予め狙いを定められた大砲の仕込まれている、鉄球をぶつける為には。

 五連発が可能なその大砲が二か所から連続した爆発音を鳴らす。

 マム・タロトの角に一発、二発。鼻先に三発目、怯んだその顎とこめかみに四発、五発。ただの竜ならば石筍を喰らった時点で倒れ伏していただろう。そこへの集中砲火で角は折れ、甲殻は粉々になっているだろう。

 しかしながら、マム・タロトは古龍であった。しかも空を駆ける翼などを持たないその肉体は翼を持つ古龍よりも遥かに強靭で、高速で飛来する何発もの鉄球を顔面に喰らおうがそれは致命傷には到底なり得なかった。

 そして六発目から十発目までは、全てがその身に纏う黄金で受けられた。派手な着弾音は変わらず鳴るが、ばらりばらりと黄金が剥がれ落ちるだけで、痛みすら感じていない様子だった。

 大砲による攻撃が止むと、マム・タロトはまた前を向いた。鼻からは血が出ていたが、それに気付いたマム・タロトが一度鼻息で血を飛ばすともう、それきり血は流れ出て来なかった。

 石筍を頭に落とし、そして大砲を十発も食らわせて出来た事はたった数秒、怯ませただけ。

 マム・タロトは唐突な攻撃に対して怒りもせず、関心も大して持たずにまた歩き始めた。

「……」

 三兄弟も、ライチもカシワも唖然としていた。

 そんな余裕を見せる竜、古龍など今まで見た事が無かった。痩せ我慢でも強がりでもない、格を越えた強者としての余裕。

 ネルギガンテより強いのでは? そんな想像さえも思い浮かぶ。

 しかしそれだけで撤退を決める程ではなかった。マム・タロトは驚異的な頑丈さを持つ代わりに鈍重である事は間違いない。

 石筍や大砲を避けずに身に受けたのは、避ける程でも無かったからだろうが、避けられなかったとも言える。

 ニワトコとサンショウがイチジクに無言で指示を仰ぐ。イチジクは腰から片手剣を手に取り、高く掲げた。

 ここからが本番だ。より一層気を引き締め、ニワトコとサンショウも武器を取った。

 ライチがかなで族から学んだ太鼓を叩き、皆の精神を高揚させた。

 

 まず、ニワトコとイチジクがマム・タロトの前に降り立った。

 マム・タロトが僅かに反応を示すが、それでも悠々とした歩みは全く止まらず、そしてニワトコに強く前脚を振り下ろした。

 ガァンッ!

 黄金を背負った古龍の、勢いを付けた叩き付けが盾に強く響く。同時に、がりゅっとニワトコの口の中から何かを噛み砕く音が小さく鳴った。

 ざりりっ、と後ずさる。しかし、その叩き付けをニワトコは耐えていた。噛み砕き、ごくんと飲み込んだそれは怪力の丸薬。

 そしてニワトコが吼えた。

「余裕かましてんじゃねえぞ!!」

 その背後、人の背丈を越える巨大な槍を握る手に力が籠り、思いきりマム・タロトの腕に突き立てられた。

 ぶつっ。

 ニワトコはその感触に舌打ちをした。全力で受け止めて、まだ何にも傷ついてもこびりついてもいない滑らかで鋭い槍の先端を全力で突き刺した。

 それでも大したダメージにはなっていない。

 ただ、マム・タロトは流石に痛がって前脚を離した。そこにイチジクが切りかかり、追加で多少の傷を負わせる。

 反撃にとマム・タロトがまた前脚を叩き付けるが、イチジクはそれをさらりと躱して再び攻撃を加えた。

 ニワトコが更に加勢し更に数撃。そのどれも大した傷にはならないが、マム・タロトが二人に集中し始めたその時、そこへと高みからサンショウが跳んだ。

 刃渡りは人の胸の高さまでに達し、人が扱うどの剣よりも広い幅を持つ、常人では持ち上げる事すら適わないであろう竜を屠る為の大剣。背に担がれていたそれを、サンショウは空中で抜刀した。

 力だけならば三兄弟の中で一番強く、そしてニワトコと同じく噛み砕かれた怪力の丸薬、飲み干した秘蔵の鬼人薬グレート、そして全身に付着し空気と共に吸い込んだ鬼人の粉塵。更にライチの太鼓による精神の高揚。

「うおらああああああああああああああああああっ!!」

 竜の咆哮に近しいその怒声は、その肉体の強靭さを持つマム・タロトにさえも多少の恐怖を覚えさせた。

 ガズゥ、とその大剣は角の根本に叩き付けられ、僅かながらに食い込んだ。マム・タロトの頭が重みで前に倒れた。

「ガアアッ!」

 しかし即座にマム・タロトは反撃にと頭を振り、大剣ごとサンショウを投げ飛ばした。

「うわわわわっ!」

 驚きながらも楔虫にスリンガーを引っ掛けると何とか着地し直し、そしてマム・タロトはそのままイチジクとニワトコを振り払うとどこかへと移動し始めた。

 一息吐き、槍を研ぎながらニワトコが聞いた。

「追い掛けるか?」

 イチジクは答えた。

「そうだな。少なくとも逃げる訳じゃなさそうだしな」

 マム・タロトは来た道を戻るのではなく、また別の方へと向かっていた。

 その先には広い空間があったはずだった。

「サンショウ! 追うぞ!」

「分かったー!」

 合流してから、イチジクが聞いた。

「角への感触はどうだった?」

「僅かに食い込んだよ。クシャルダオラの甲殻が柔らかく感じられるくらいに硬いけど、折れない訳じゃないと思う」

「分かった」

「僕はどうしますニャ?」

「打ち合わせ通りに、生存優先で奏でてくれ。

 マム・タロトは俺達をちゃんと相手するようだからな」

 そんな会話を聞きながら、カシワは後ろを付いて行った。

 ――狩人の最大の強みである知見は、相手の姿形が分かっているだけでは無いに等しい。だから、何時如何なる状況でも油断だけはするな。それは簡単に死に繋がる。

 当たり前の事で、だからこそ忘れてはいけない事だ。

 少なくともこのチームはそれを忘れてはいない。それに安堵しつつも、カシワは身を引き締めた。




マム・タロトの膂力ってネルギガンテ越えてると思うんだよなー。

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