古龍を描く狩人   作:ムラムリ

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マム・タロト 3

 マム・タロトは広い空間で待ち構えていた。そしてそこに三兄弟が躍り出ると、体を捩じりその黄金を身に纏った巨体で転がって来る。

 まともに轢かれれば正に薄っぺらになってしまうようなその重量だ。慌ててニワトコとサンショウは避けるが、身軽な片手剣のイチジクは走って強く跳躍し、マム・タロトの転がって来る背を蹴り、そして黄金の無い胸に一撃を加えようとした。

 ただ、もう既にマム・タロトは三兄弟を自身を仇なせる者として見做していた。前脚が掴もうと動き、咄嗟に盾で弾いて着地するだけに留まる。

 起き上がったマム・タロト。頭側に逃げたニワトコが槍を構えるが、マム・タロトは上体を持ち上げてそれを回避する。

 まるで何かを吸い込むような動作で、口元は赤くなっている。

「やばそうだっ」

 今回の調査まで大した事はほぼほぼ分かっていない。けれどマム・タロトの跡を追っていた人達からの話では物が熱で溶けたような跡が至る所で見つかっていると言う報告は聞いていた。

 リオレウスの火炎やテオ・テスカトルのような爆炎とも違う、マグマのような高熱で舐められ、溶かされたような痕跡だと。

 後ろに跳んで僅かにでも距離を取るが、ボッ、と高速で飛び出したその炎弾をまともに盾で受けた。

 その炎弾の通り道は赤熱しており、受け止めた盾からは焦げるような音が聞こえた。

 まるでマグマそのものを撃ち出したかのようなブレスだった。

「炎耐性のある装備で揃えて来たのは正解だったな……」

 そう呟く。

 イチジクがニワトコに追撃しようとするマム・タロトにちょっかいを掛け、サンショウも黄金の鎧に対して大剣を叩き付ける。

「黄金自体はそんなに固くないや!」

「削れるなら削れ! 黄金の先の肉体まで叩き切ってやれ!」

 背面全てを覆うように黄金を纏うマム・タロトに対して直接肉体にダメージを与えられる部分は顔、胸、前脚と前面しかない。肉体の構造が似通った竜は居るとは言え、未知に包まれた古龍に対して真正面から挑むのは危険極まりなかった。

 どこかでも黄金を剥がしてそこから肉体に直接ダメージを与えられるようになれば、マム・タロトが最も警戒すべき場所は前面だけではなくなる、攻撃のチャンスが増えると踏んでいた。

 その時ずっ、とその黄金を纏った尻尾が動いた。勢いをつけるように自分から引かれる尻尾、サンショウはタックルで耐えられるかどうか数瞬悩んだ。

 ……うん、無理!

 速度は余りない、ただ重量が尻尾に纏っているだけの黄金でどれだけあるのか想像すると流石に無謀だった。

 即座に納刀し、けれどその僅かな思考の時間は避け切るまでの猶予を奪ってしまった。

 尻尾の先端が片足を引っ掛けた。ただそれだけで、掬い上げられるかのように思いきり転んだ。

「うっわ……」

 受け身を取って転がるが、立ち上がろうとして受けた足の膝が笑っているのに気付いた。

「サンショウ!」

 イチジクの声にはっと目の前を向くと、自分に向けて転がって来るマム・タロト。

「わわわわっ!」

 がくつく膝を踏ん張り、飛び込んで今度はギリギリ避け切る。

「狙われてる!」

 起き上がったところにマム・タロトと目が合った。古龍らしい、怒気も憐れみも殺意すらも無い目。

 避け切れないと分かり、大剣でガードの姿勢に入った直後にその炎弾を受けた。激しい熱が大剣越しでも即座に伝わって来てすぐに触れられなくなった。

「何だよこれ……」

 ニワトコとイチジクが援護に入っている間に、サンショウは怯えを抱いてしまっていた。

 目にも止まらないような激しい動きをしている訳でもない。訳の分からないような攻撃をしてくる訳でもない。

 とんでもなく重い、そしてとんでもなく熱い。ただそれだけで圧倒されている。

 でも、僕は一人じゃない。

 怯えを掻き消すように大剣をぐっと構え直した。

 

 マム・タロトの前足を掻い潜り胸に攻撃を加え始めたイチジク、そのイチジクへ圧し掛かろうとしたのをニワトコが槍を突き立てて躊躇わさせた。

 その鬱陶しい槍を払おうとした腕に、ビスビスビスッ、と遠くからスリンガー弾が突き刺さった。ライチが遠くから貫通弾を当てていた。

 大したダメージにはならないが、悉くを邪魔されるマム・タロトは多少苛立つように前を払い、また息を吸った。

 誰狙いか分からないそれに多少の距離を取るが、吸い込みが先ほどより長く狩人としての経験が危機感を訴える。

「閃光弾!」

 イチジクが叫びながら閃光弾を発射した。咄嗟に皆は目を閉じ、マム・タロトの眼前だけが眩い光で包まれる。

「!?」

 口の中に溜め込まれていた多量のマグマが、開いた口から一気に噴き出した。

 にも拘わらず、ニワトコとサンショウは前に踏み出した。雨のように降り注ぐマグマのような熱そのものを盾で、幅広の大剣で受けきり、そして槍を、大剣を強く構える。直後に視界を失ったマム・タロトの前脚がイチジクの片手剣で切り付けられ、それに思わず反応して前脚を叩きつけた。

 黄金に覆われていない胸が、その二人の目の前に露になった。

 振り下ろした大剣が胸にざぐぅと入り込む。突き刺した槍がぶづぅと胸に潜って行く。

「ガアッ」

 マム・タロトは咄嗟に上体を持ち上げた。

 それによって大剣はそのまま地面にまで突き立ったが深くまでは切り裂けずに終わり、槍は滑り抜けた。しかし、強いダメージには変わらず血がだらだらと流れ落ちていく。

 その目に明らかな殺意が籠った。

 降ろした上体と共にどずんっ、と前脚が何もない場所に叩き付けられる。力が籠ったと思った時にはもう遅く、地面を引き裂きながらその腕がサンショウとニワトコに襲い掛かった。

 サンショウは後ろに転がって回避し、ニワトコはそれを盾で受け止めようとしたがそのまま引きずられた。

「小兄ちゃん!」

 サンショウが叫び、しかし、

「サンショウ! 避けろ!」

 イチジクの声に気付いた時には尻尾が迫っていた。足に当たっただけで膝が笑ってしまったその超重量をまともに叩き付けられて、サンショウが思いきり弾かれ飛んだ。

 しかしサンショウではなく引きずられてそのままマム・タロトの正面から逃げられなかったニワトコに、マム・タロトは狙いを付けた。

 前脚の叩き付け、ガァンと音が激しく鳴り、しかしニワトコは先程と同じく耐えた。槍で反撃をしようと思ったその直後に二度目の叩き付けが入る。膝が深く折れた。耐える全身が熱を持つ。

 逃げる隙も無い。反撃に転じる余力さえもう無い。

 三度目に食いしばる歯がミシミシと音を立てた。腕の感覚が消えて、全身の筋繊維が等しく切れていくような感覚がした。

「助けるニャッ!」

 一撃、マム・タロトの背中を駆けのぼってライチがマム・タロトの上から刃を突き立てようとした。あらかさまな攻撃にマム・タロトは頭を振って避けて、しかし狙いはニワトコにつけたまま四度目の叩き付けの前に、支えにしていたもう片方の前脚に深く刃が切り込まれた。

「ッ!」

 高く跳躍して全身の体重を掛けて振り下ろされたその一撃は大剣に匹敵し、血が一瞬遅れて流れ出す。

 着地から更にイチジクは強く飛んだ。その前脚にくっついている黄金に足を掛け、更に頭上へと。踏まれたその腕ががくんと折れた。

 咄嗟にニワトコに叩き付けようとしていた腕を降ろして支えにしたその瞬間、また全体重を掛けたシールドバッシュが角に叩き付けられた。

 サンショウが叩きつけた一撃に加えて二撃目。

 ほんの僅かに、ミシィと皹が入るような感覚がした。

 そしてそれはマム・タロトにとっても同じだった。

「ガアアアッ!」

 着地したイチジクに前脚を叩き付けるがまたもや躱される。しかし、反撃に出ようとしたイチジクはもう既にマム・タロトが息を吸い込み終えている事に気付いた。

 片手剣の盾は機動性を失わない為に小さい。防御の為と言うよりかは打撃の為にあるそれは全身を守る事は愚か、竜種の膂力を受け止めるようにも出来ていない。

 その盾で守るしかなかった。

 そして今度、身を低くして吐き出されたのは炎弾ではなく、火炎放射のような放熱だった。

 それもまた、リオレウスのような素早く周囲に撒き散らすものではなく、テオ・テスカトルのような距離と勢いを持つようなものでもなく。

 マグマがどろどろと流れ出るかのような熱そのものが吐き出される。

「あっ、かひゅぅ?!」

 盾で顔を守っていたのは不幸中の幸いだった。

 咄嗟に距離を取るも、一瞬で喉が焼けた。守っていなかったら眼球すら焼けてしまっていたように思えた。

 全身の水分が水蒸気となって抜けて行くような。流れ出た熱そのものをまともに受けた足が、炎に対する耐性があるのにも関わらず水膨れを起こし、皮が剥がれていくようなそんな鮮明な想像が思い浮かんだ。

 実際そうなのだろう。

 立っているだけで酷い痛みが足から感じられた。

 ニワトコも立ち上がったが痛みを堪えるような顔をしている。

 ただ、そこで復帰したサンショウが生命の粉塵を一気に二つ撒いた。

 安堵の表情がイチジクとニワトコに浮かんだ。

 

 イチジクが回復薬を追加で飲み干し、また三兄弟とライチはマム・タロトへと立ち向かっていく。

 そんな様子を遠くから、カシワはとにかく絵を描いていた。絵本を描く時のような特徴を強調した絵ではなく簡素に、そして写実的に。

 肉体そのものの構造は、ドスジャグラスやドスギルオス、ドドガマルと似通っているように思えた。

 実際、動く時に腹が擦れるその肉体は強く駆ける事もなく、瞬発力も余り無い。行動は予想し易い。

 ただそれらの竜種とは別格な体の大きさと持つ能力の為に、行動は予想し易かろうが避け辛く、気を抜けば致命にすぐに繋がる。尻尾の一振りだけで狩人は吹き飛ばされ、ただ転がるだけでもそれを避けられなかったら狩人はプチっと潰れる。

 そして熱そのものを吐き出すようなブレスをまともに食らったら最期、体は簡単に焼け落ちていくだろう。

 けれども、三兄弟とライチは助け合いながらもその致命から逃れる事に成功し続けていた。時折誰かが危険に陥る事があろうとも、フォローは素早く、マム・タロトは誰も屠る事は出来ていない。

 目に殺意が籠ろうとも、余裕綽々な緩慢とした動きがそれに伴い若干素早くなろうとも、手の内を見せ始めたマム・タロトに皆は慣れつつもあった。

 そして、もう暫く。

 マム・タロトは苛立ちを一旦鎮めようとするかのように三兄弟とライチと戦うのを止めて、また洞窟の更に奥に向かい始めた。

 壁をその熱のブレスで溶かし崩し、その先には溶岩地帯が開けていた。

 一息吐いた皆はまだ行けると顔を合わせた。

「……本当に大丈夫なのニャ?」

 カシワが聞くと、イチジクが答えた。

「装衣と煙筒、まだ使ってないんだ。

 あっちがまだ本気を出していないのは分かっているけれど、こっちだってまだ手が尽きた訳でもないからな。

 回復薬も粉塵も十分に残っている。多少危ない目にも遭っているが、まだ撤退には早すぎるだろう」

「戦うのが初めてだったら十分だと思うけどニャァ……」

 そう呟いたカシワに、ライチは言った。

「多分、カシワとヒノキには理解出来ない所もあると思うニャ」

 それを聞いてカシワは、多分、皆はこの状況を楽しんでもいるのだろうと思った。




ゲームシステムそのまま持ってきたらおかしくなる部分をどうにかする作業ってかなり悩むんだけど、まあやっぱり悩む分だけ楽しくもあるわな。

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