古龍を描く狩人   作:ムラムリ

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マム・タロト 6

「あー……」

 ヒノキはぼうっとしながら古代樹の森で釣りをしていた。

 この数日、何に対しても集中が続かない。採集を頼まれても量を間違える事から、また採集すべき物を間違える事まであった。

 その原因は聞くまでもなく、マム・タロトの積極的な調査を行っている三兄弟とライチに付いて行ったカシワの事だ。

 狩人が初めて古龍を倒すまでにどれだけの積み重ねが必要だったのか。

 身体的能力で敵うところなど一つたりともない。だからこそ時間を掛けて知見を拾い集め、その身に届く特注の鋭い牙を用意する。

 しかし知見が十分に集まった、また牙を用意出来たとしてもだからと言って古龍より優位に立てる訳ではない。

 知見と武器、それだけで敵を確実に倒せるのならばこの世界はとっくに人間が覇権を握っている。

 マム・タロトに対しては知見も無い。武器も鋭いとは言え、それが有用なのかは分からない。

 未知の古龍に対して初見でどうにか対処出来るのは、優れた才能があるほんの僅かな狩人だけだ。それはこの新大陸ではマハワしか居ない。

 そんな事を三兄弟とライチ、カシワが行ってから思ってしまった。

 行かせなければ良かったと思う事が何度もあった。

 ちょっとカシワ達が戻って来るまで休ませてくださいと言い、今は物資が整っているのもありそれは承諾された。

 どこに居ても落ち着かない。

 マム・タロトに関して知っている事は実際に目にした狩人、学者達でも大したものではないという事実。

 ヒノキはその姿を実際に見てもいない。

 悠々と歩いて行くのを止められない学者達がそれを追いながらさっくりと描いたものを見ただけ。

 それでもただの竜にも似たような肉体の構造をしている種が居るからか、その肉体がありありと動く様は容易に想像出来た。

 ただ、絶対にそれだけではないだろうと思う。そしてそれはまた、全く想像出来ない。

 物を熱で溶かすらしい、とまでは調査されている。しかしそれが火炎なのか爆炎なのかそれ以外なのかは全く以て不明だ。

 そしてそれ以外に能力があるかどうか、それらの能力が組み合わさった結果マム・タロトはどのような脅威を見せて来るのか。

 それは対面してからでしか分からない。

 テオ・テスカトルのスーパーノヴァを前情報無しに回避出来るか? キリンやクシャルダオラの起こす致死的な雷や竜巻を初見で切り抜けて刃を届かせられるか?

 少なくともヒノキにとっては無理だ。きっと大半の狩人にとっても。

「……ああ」

 ただ、だからと言ってもう引き戻す事も出来ない。今から行って間に合ったとしても、自らの都合の為だけにカシワを引き戻す事など出来ない。そしてそうする事は、三兄弟とライチを信用していないという事でもあった。

 三兄弟とライチは、致死に至るような危機を察知してそれを回避する事が出来るだろうか? それかまた危険に至る前に先んじて撤退するだろうか?

 ……分からない。いや、残念ながら余りそうは思えない。

 三兄弟は好戦的な狩人だ。いや大体の狩人がそうなのだが、そのような狩人は優秀な程自らの命を極限まで危険に晒していく。死地により深く潜り込む程に勝機を掴めると言わんばかりに、切り立った、今にも崩れそうな崖の下を覗きこみたいというように。強さへの渇望と未知への好奇心がそうさせるのだ。

 そしてそれは、未知の古龍に挑む際にはどうしても利点になると思えなかった。

 そんな思考から、クシャルダオラを倒した事があるという実績は未知の古龍に対する積極的な調査には不相応なのではと、今更ながらにヒノキは感じていた。

 だからと言って自分が相応しいとも微塵も思わないが。

 今はただ、信じて待つしかないのだ。

 

 釣りにも飽きた。適当な物を採集するのも、古代樹の森のもので目につくものは採り尽くしてしまってもう控えなければいけない。

 大蟻塚の荒地はディアブロスの番とリオ亜種の番が居る為に、こんな状態で行くのはとても危険だった。

 溜息を吐き、帰ろうとも思っても足は動かない。帰ってもやる事もやりたい事も無い。この不安をどうすれば良いのか分からなかった。こんな時にクシャルダオラが来たら、どんな絵を描いてしまうのだろうと更に不安になる。

 上を見上げるといつも通りの青空。千切れた雲がぷつり、ぷつりとある。それぞれが同じ速さでゆっくりと流れていく。

 体感の時間と実際の時間は信じられない程に違う。竜にとっても古龍にとってもきっとそれは同じだろう。

 しかしながら体感の時間が早かろうとも遅かろうとも、時間は平等に流れていく。

 ヒノキに出来るのは、無事に帰って来る事をひたすらに祈りながらそれまでの間待つだけだった。

「カルルルルッ」

 そんな時、唐突にトビカガチの鳴き声が聞こえた。

 誰かを呼ぶような声だ。……誰を?

 トビカガチが番を作ったとかそんな話も聞かない。共生関係に居るような同種や他の竜種も居ない。

「……」

 けれど、そんな声を聞いても立ち上がる気は余り起きなかった。

 カシワは無事に帰って来るだろうか? 自分のオトモだとは言え、一緒に狩りをした事はそこまで多くはない。自分が狩りに赴いたその三、四割位だろうか。

 訪れた場所でそれぞれが好き勝手に色んな物を見て聞いて、そして時々依頼を受けて害を為す竜を仕留める。絵を描いている頻度の方が高いのに竜を仕留められる実力があるのに驚かれる事も多々あった。

 そんな風に、協力して竜を狩る事よりも互いが好き勝手にしている時の方が多かった。けれども、肉親と同等、いやもしかしたら肉親よりも長く共に居る存在なのだ。

 互いの事は互いが最も良く理解している。興味があるものが、描きたいものが違っても旅路を共に歩み、寝食を共にし、その中で様々な物事を経験して共有してきた。

 そんな軌跡を思い返せば思い返す程、不安が駆り立てられる。何度も何度も。

「カルルルッ」

 また鳴き声が聞こえた。

 先程よりも自分の近くだった。

 まさか、自分を呼んでいるのだろうか? 何の為に?

 アオキノコをくれてやった事はあるが、そんな恩返しを竜がするだろうか。しかもあれからもう二、三カ月は経っている。古代樹の森にはその間も何度も一人で入っていたし、恩返しをするならばそんなタイミングは幾らでもあった。

 うーん、と思っているとその鳴き声を聞きつけて来たのか、目の前から茂みをかき分けるような音も聞こえてきた。

 音の大きさからしてアンジャナフだろう。

「何なんだ全く……」

 立ち上がって体を伸ばすと、後ろからトビカガチが顔を出した。

「……は?」

 その口にはカシワが咥えられていた。酷くボロボロだった。

「え、おい? カシワ?」

 トビカガチが前にカシワを置いて去っていく。

「あ、おい、お前!?」

 すぐに駆け付けてカシワを抱きかかえる。

「カシワ、カシワ? おい!」

 全く反応しない。けれど息はあった。それにほっとしながら全体を見る。特に手足がボロボロで、泥と血に塗れていた。

「ゴルルルルッ!」

 茂みをかき分けてやってきたアンジャナフがヒノキに向かって唸り声を出す。

 ヒノキはアンジャナフに背を向けたまま、いつもの声からは全く想像出来ない程の低い声で言った。

「意気がるな、下位風情が」

「……ッ、…………」

 それだけでアンジャナフは気圧された。

 しかし逃げようとまでは思わなかったようで、再びゴルルッと唸った。

「……」

 カシワを置いて「すぐ終わらせる」と小さく言う。

 それからヒノキはアンジャナフの方を向いて太刀を抜いた。

 アンジャナフは、そのヒノキの強い殺意に自分の脚が勝手に後ろに退いている事に気付いた。さっきまで背を向けていたのにそこへ跳び掛かって頭を食い千切る事も躊躇われたのだ。

 ぱしゃり、ぱしゃり。

 浅い河原を自然な足取りで歩いて来るヒノキに、アンジャナフは勝てる見込みが浮かばなかった。

 距離は静かに詰められていく。自分の表皮を容易く切り裂くであろう太刀の鋭さが近付いて来る。そしてそれ以上のヒノキの殺気の鋭さが自分に突き刺さって来る。その一歩一歩の度に自分が如何に馬鹿な事をしているのかを思い知らされていくようだった。

 そしてとうとうその太刀の届く寸前の距離になって、アンジャナフは身を翻して逃げて行った。

「……ったく」

 それを見届けるとヒノキはカシワの元にまた駆け寄った。川の水を空きビンで掬い、肉焼きセットも取り出して煮沸し始める。

 そして回復薬を手足に掛けて汚れとこびりついた血を落としていく。

 アステラに戻るまでの時間も惜しかった。

「手足は折れてない……どこかを強く打ち付けたような跡もない……良かった」

 マム・タロトの棲む地脈の黄金郷からここまで走って来たとでも言うのだろうか? どれだけの距離があると思ってる。しかも平坦な訳じゃない、この地脈のエネルギーに富む新大陸の地形はどこまで行っても複雑怪奇だ。

 そんな道のりをこんなにボロボロになるまで……。

「…………負けたのか」

 編纂者よりも更に近い位置でも、あくまで観察役だったから。三兄弟とライチが敗北しようともきっと逃げて来れたのだろう。

 そしてこの体の汚れと疲労の具合は、そこで起きた物事の凄惨さを如実に示していた。

 

 一通り綺麗にすれば、ボロボロだったのは表面だけで深刻な傷は何もない事に気付けた。

 マム・タロトからの攻撃は受けなかったのだろう。ただ酷使した手足は傷だらけだったと同時に強く汚れていた。

 感染症などにならなければいいが、と思う。設備は整ってはいるが、医者がそう多く居る訳でもない。

「すぅー……。ふぅー……」

 呼吸も整っていた。このままならアステラに戻った方が良いだろう。

 けれど、カシワの背負っていた手帳が気になり、より近いベースキャンプに行く事にした。

 そうしてカシワを持ち上げた時、カシワがびぐっと震えた。

「ニャ、ニャアアアアア!! ニャア、アアアアッ、ニ゛ャーーーーーーッ!!!!」

「お、おい、落ち着け! カシワ、俺だ!」

「ニ゛ャッ!? ニャ!? …………ニャ? …………ヒノキ、ニャ?」

「そうだ。俺だ」

「…………ここは?」

「古代樹の森だ。何かトビカガチがお前を咥えて俺のところまで持ってきたんだ」

「ニャ? ニャんで? いや、それよりもニャ、それよりもニャ…………」

 そこでカシワは呼吸を荒くし始めた。

「無理して今、話さなくても良いぞ。

 落ち着いてからゆっくりとで良い」

「いや、それじゃ、…………皆が、皆が死んだ意味が何も無くなってしまうニャ……」

 やっぱり、死んでしまったのか。

 ヒノキは空を見上げた。

 雲はやはり変わらず流れ続けている。

 

*****

 

 黄金を脱げば、その羽織っていた分に回されていた筋力を全て攻撃に回せる。ただ、脱げるとは誰も想像していなかった。その黄金は体と連続した鱗や甲殻のようなものだと誰もが思っていた。

 鈍重な動きから一転して、ランスの大盾の防御を正面から何もさせずに潰してしまう攻撃の重さと速さが突如として襲って来るのだ。それに加えて、まともに食らったら死体すら残らないブレスも変わらず飛んでくる。

 その三兄弟とライチの死に様を、カシワは詳しくは語らなかった。けれど思い出す度に怯えるその様子を見て、そして遺体はもう何も残っていないという発言を受けて、凄惨さが伺えた。

 総司令やマム・タロトに強く興味を抱いていた学者達も落ち込んだ。

 三兄弟とライチは優秀なチームだった。クシャルダオラを倒せる程に。しかし、クシャルダオラを倒せる()()ではマム・タロトに挑むには力不足だったのだ。

 

「……でもまあ、カシワだけでも帰って来て、本当に良かったよ」

 夜に自室でヒノキは言った。

 それに対してカシワは俯いたまま暫く無言で、それから意を決したように顔を持ち上げて言った。

「ボクは……ボクは……サンショウを見捨てて逃げて来たのニャ……」

「……そうか」

「ヒノキ……。ボクはサンショウを助けられたのかもしれないのニャ。

 でも……でも……ボクはサンショウを見捨てて逃げる事を選んだのニャ。

 ボクには分からないのニャ。サンショウを助けて逃げる見込みが薄かったのか、それとも強かったのか。

 強くてもボクは逃げたのニャら、ボクは……ボクは……。ボクは……、サンショウを殺した事になるのニャ。

 …………逃げるボクは正しかったのニャ?」

 ヒノキは暫くの間考え込んでから言った。

「……どっかのマンガでさ、その中の登場人物が言っていたんだ。

 自分の行動が正しいかどうかは、後からしか分からない。だから、その時その時には自分にとって最善だと思える行動をするしかないんだって。

 今は、カシワはまだ、その出来事から時間を経ていない。だからその選択を客観的に見られないかもしれない。

 だからさ。時間を掛けてゆっくりと噛み砕いてその後に考えれば良いと思う」

「……間違っていたら、どうしたらいいニャ?」

「…………背負って生きていくしかないだろう」

「それは……とても、辛いニャ」

 もしかしたら罪の意識から逃げるように死ぬよりも。

「でもな、最悪の選択肢ではないと俺は思う。

 今回の件で、マム・タロトの調査に臨む条件が更に引き絞られた。

 クシャルダオラやテオ・テスカトルを倒せる狩人のチームではなく、ネルギガンテを、それも無難に倒せるであろう実力がある事になった。

 もし、カシワも生きて帰って来なかったら、マム・タロトがどれ程危険だったのかも分からないままだったんだ。ネルギガンテを倒せる実力がある、マハワが行ったとしてそしてマハワも死んだ可能性だってあったんだ。

 それは防げたんだ」

「……そう、かニャ」

「自分を責め過ぎるな。もう、カシワは良くやったんだ。俺が保証する」

「……」

 それでも思い詰めるような顔をし続けるカシワを見て、ヒノキは諭すように言った。

「カシワ。まだ疲れているだろう? さっさと寝よう。

 明日も明後日も、これからも俺達の日々は続いて行くんだからさ」

 そう言ってカシワと共に寝床に入り、ヒノキは明かりを消した。

 カシワは少しの間寝る事にも躊躇っていたが、けれどすぐに目を閉じて寝息を立て始めた。

 やはり、疲れは強く溜まっているようだった。

「…………」

 暗闇に慣れて来て、カシワの寝顔が僅かに見えて来る。

 目を閉じる前に、一言だけ小さく呟いた。

「本当に……良かった」

 ヒノキも程なくして眠った。




そんな訳でマム・タロト編終了です。
ちょっと活動報告も書いてあるのでまあ、書きたかった事や(ちょっと引かれるかもしれないけど)、設定などが書き連ねてあります。興味があれば、まあ。
後、感想とかあると裏で喜びます。

本編最終章、ネルギガンテ編は年末から年始位に始まる、かなあ。

因みにマンガの台詞の元ネタはスプリガンです。
今、サンデーうぇぶりで読める。全巻持ってる(部活の部室にあった漫画を全て撤去するとなった時に貰ってきて空いている巻を埋めただけとも言う)。

……もう投稿開始してから一年以上経っちゃったんだなあ。

気に入った部分

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  • 展開
  • 雰囲気
  • 設定

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