ヒノキがアステラに戻るともう大騒ぎだった。唐突な古龍渡りが発生したのだからそれはもう当然の事だった。
ただ、古龍渡りと今回のそれは厳密には違う可能性がある。
古龍渡りの概要は、死期を察した古龍が死地を求めてこの新大陸を訪れる事だ。また、その定義で行けば五期団までが追って来た古龍達とは別の古龍もある程度居る。
テオ・テスカトルと共に来ていたナナ・テスカトリや、ネルギガンテに殺されたクシャルダオラはまだ若年だった。
今、ヒノキと交流している歴戦王のクシャルダオラはいつ来たかも定かではないが、老齢とは言えまだその強さを十全に保っている。もしかしたらそれでも全盛期を過ぎているのかもしれないが。
パオウルムーと交流しているキリンも、衰えなどは感じられない。
結局のところ、人々は全ての古龍の動きを記録出来る訳ではない。しかし、予兆もなくハプニングが発生する事に対して何も出来ない程、無力な存在でもない。
大砲が何門も揃えられていく。滅多に手を出さない料理長が今、大声を出して調理を指揮している。こんがりと焼けた肉や魚が、叩き起こされた狩人達の腹に次々と収まる。
研究者達が望遠鏡でその二匹の古龍、ナナ・テスカトリとテオ・テスカトルを観察していた。
「……ナナ・テスカトリはこの前、この地を去った個体じゃな」
「やはりか」
総司令が頷く。
その孫の調査団リーダーが聞いた。
「テオ・テスカトルはどうなんだ?」
研究者達はその問いに対して、皆が示し合わせたかのように口を噤んだ。
そんな中、同じくそれを観察していたマハワの相棒が恐る恐る言った。
「……歴戦王のクシャルダオラと同じ感覚がします…………」
空気が凍った。
人間は無力な存在ではない。ただ、天災に抗える程の強さを持っている訳でもない。
歴戦王と呼ばれる事となったクシャルダオラがここに居る狩人達を滅ぼそうと決めたら、狩人達はほぼほぼ敗北するだろう。
石を幾ら積み上げても、山にはならないのだ。それ程の力の差がある。
しかし、諦めるという選択肢には誰も手を伸ばさない。同じ歴戦王となる程の力があるのならば温厚であって欲しいという望みもあるが、そんな曖昧な希望に頼る事もせずに万全を期す。
それら全てが役に立たないように思えて来る絶望を覚えながらも、脅威に向けて立ち向かう。
姿が段々と大きくなってくる。幸いにもアステラに向けて来ようとは思っていないようで、飛ぶ方向は大蟻塚の荒地の方向だった。
絶望が、緊張が僅かに和らぐ。
それはソードマスターやマハワと言った、戦闘欲求が強い狩人にとっても同じだった。
テオ・テスカトルとナナ・テスカトリは大蟻塚の荒地に着地した。ただ、それはアステラのすぐ近く。
ゆったりとした足取りで二匹はアステラの方へと歩いてきた。
「……………………」
誰も声を出さなかった。幾門の大砲が既に狙いを定めているが、テオ・テスカトルはそんなものでは自らの体を傷つける事など出来ないと分かっているかのように歩みを止めなかった。
クシャルダオラは王であろうとも、常に落ち着いた雰囲気があった。内に秘めた力は誰もが畏怖する程に滲み出しているが、穏やかさが共にあった。
しかしながらこのテオ・テスカトルから感じるものは強力な畏怖、単純にそれだけだ。まだ老いてもいないその肉体はクシャルダオラと同様に艶めいており、そしてクシャルダオラ以上に活気に溢れている。
放てば躱せそうにない距離にある数多くの大砲と狩人達の前でテオ・テスカトルはやっと足を止めた。氷属性や水属性の武器を担ぎ、炎に対する耐性のある装備で固めた狩人達を見ても、それを脅威と見做さないままに狩人達やアステラを観察する。
ヒノキもやや遠くで構えていたが、心臓が高鳴って仕方がなかった。テオ・テスカトルの後ろでナナ・テスカトリも辺りを見回していた。
まさか、これ程の古龍を連れて来るだなんて。テスカト種が互いにどの程度の意思疎通をするのかは分かっていない事だが、どのようにしてこんな王の中の王と称しても良い程の絶対なる強者を連れて来たのか、こんな状況でも気になって仕方がなかった。
テオ・テスカトルが狩人達を舐め回すようにじっくりと見渡し始めた。
それでも狩人達は何も出来なかった。刃向かえば始まるのは確実に近い負け戦だ。人間が蟻を踏み潰すが如き蹂躙だ。
諦めている訳ではないが、それならばテオ・テスカトルが狩人達を攻撃して来ない事を祈る事が最善の択だった。
ソードマスターやマハワに一瞬目が留まり、そしてまたヒノキにも目が留まった。しかも、より長い時間。
ソードマスターとマハワは強者だからだろう。でも、自分は?
そう考えて思い当たる事は一つしかない。
どうやら、自分はあのクシャルダオラにマーキングされているのだろう。臭いなどは付いていないはずだが、テオ・テスカトルには分かるような何かが自分にいつの間にか付着している。
そして、テオ・テスカトルは観察を終えると後ろを向いた。
安堵しようとしたその瞬間、テオ・テスカトルは翼を広げ、長く飛行して凝った体をごき、ごきと音を鳴らしながら動かした。
まだ大砲は避けようもない距離なのに。そして息を吐くかのように塵粉をさらりと撒き散らして帰って行った。
今度こそ、息を吐こうとした時。
「お、おい!」
チリチリと今にも爆ぜそうな塵粉が、大砲に纏わりついていた。もう掻き消す余裕もなく。
「逃げろ――――!!」
爆発音が響き渡り、幾つもの大砲が駄目になった。
幸いにも負傷者は居なかったが、それも終わった後は全員乾いた笑いをするしかなかった。
あのテオ・テスカトルにとってこの地の狩人達は自身にとって脅威にすらならないと見做されたようなものだった。
ヒノキも膝をついて大きく呼吸を整えながらも、大蟻塚の荒地の方を見た。
「…………」
刃向かう事は無いだろうが、これから同じ目に遭わされる竜達がやや不憫だった。
それからテオ・テスカトルはナナ・テスカトリと共に悠々と大蟻塚の荒地を歩いた。この地に新しい王が来たのだと知らしめるように。そしてまた、新天地に好奇心旺盛な様子でもあった。
リオレウスの亜種の番は逃げはせず、恭順を示した。逃げるだけの時間はあっただろうが、アステラが滅ぼされなかった事を見てかそう判断したように見えた。
ディアブロスの番も同様に、そしてナナ・テスカトリに過去に角を向けた事を心底謝るかのように強く平伏していた。砂地に潜ってやり過ごす事も出来ただろうが、ナナ・テスカトリには存在を知られていたし、またこの地に長く留まる事も容易に想像出来た。
ただ、沼地にはテオ・テスカトルもそう行く気を見せず、ジュラトドスは遠くのその存在感に幸か不幸か怯えているだけだった。
テオ・テスカトルは誇りを持つ古龍のように見えた。クシャルダオラとは違い、自身が王である事に強い拘りを持つような振る舞いだ。
狩人達も同様に恭順を示せば、テオ・テスカトルは襲っては来ないだろう。王であっても暴君ではない。しかし、今のままであったら怪しいと思えた。
脅威ですらないと見做されていても大砲は破壊された。それは警告と捉える事も出来た。戯れに軽くからかった程度の事なのかもしれないが、少なくとも次来た時は同じ対応を出来ない。
恭順を示すか、それとも抗うか。
抗えば待ち受けるのが蹂躙、全滅だとしても、恭順を示したところで失うものが物的に無いとしても。恭順を示す事は狩人達に対して強い抵抗があった。
けれど選択肢は無いに等しく、あのような古龍にも対抗出来る化け物のような狩人を呼び寄せる事もそう簡単ではない。
苦渋の思いで、それでも早急に武器を向ける事すら禁止された。次来た時は、恭順を示すようにも。
「今のところは、従うしかない」
「俺も暫くの内は、な」
程ない内に、そんな一時的な意味を示す言葉を付けて狩人達は話し始める。
それが無理な事だとしても、そう言わずには居られない悔しさが滲み出ていた。
*****
テオ・テスカトルは暫く大蟻塚の荒地を歩き回ると、またアステラへとやってきた。狩人達は悔しさに満ち溢れたままに、けれど誰も武器を手に取らず膝を着いた。誰も拒まない。拒めない。
そしてそのままアステラの中へと同じ足取りのままに入って来るが、ナナ・テスカトリはそれに躊躇した。テオ・テスカトルが入って来ないのか? と言うように振り返るとナナ・テスカトリは幾度か呼吸をしてそれに続いた。
工房の中を屈んで少し眺め、それから高くに座礁している一期団の船をやや不思議そうに見つめる。滝の流れを利用したエレベータを観察してから、階段は使わずに軽く飛んでアステラの下部へと降りた。
ナナ・テスカトリはそんな辺りを観察する余裕などは流石になく、テオ・テスカトルの背中だけを見て追って行く。
ただ……そのナナ・テスカトリも強くなっていると遠くからその歩みを見ていたヒノキは感じた。常日頃からテスカト種が纏っている龍炎や塵粉が以前よりも強くなっている。テオ・テスカトルのような艶めきこそ無いが、現状マハワと互角程にはなっているとは思えた。
それからはマカ錬金の為の壺、人工的に植え付けられた古代樹、その隣に乱雑に積み重ねられた大量の本などを眺めていき、そして最後に今は何も乗っていない竜の観察台を見て、門を潜り抜けた。
何も破壊する事はなく、テオ・テスカトルは古代樹の森の方へと抜けて行った。振り返らずにそのまま歩いていくテオ・テスカトルに対して、ナナ・テスカトリは何度か後ろを振り返っていた。
アステラを通り抜け、そして古代樹の森へと歩き去っていくまでの時間は僅か数分の事だっただろう。
けれど、その何倍もの時間があったかのように誰もが思えた。
「はーーーー……」
酷い疲労感が襲い掛かる。
「つっっかれたなぁ……」
様々な人がその場に寝っ転がる。ヒノキも食事場の椅子に座ってテーブルに顔を埋めた。
これから一体どうなるのだろう? 少なくとも、ネルギガンテの番とは確実に戦うだろう。
単純な実力で言えば、テオ・テスカトルとナナ・テスカトリの方が上だ。ただ、テオ・テスカトルはナナ・テスカトリから物事を聞けていたとしても、ネルギガンテという古龍を実際には見ていない。
古龍を好物とするネルギガンテ、それも番に対して初見で確実に打ち倒せるかどうか。そしてまた、二対二の格好になったとして、連携もネルギガンテの方が上だと思える。
ナナ・テスカトリがテオ・テスカトルを連れて来たとは言え、そこにある繋がりは番というような強いものではないように見えていた。
その証拠に、新大陸に着いてからテオ・テスカトルとナナ・テスカトリがそんな互いの愛情を確認するような事を見せていなかった。毛繕いから互いに身を摺り寄せたり、そんな事を見ていない。
そしてそれよりも理由として強かったのが、テオ・テスカトルがアステラへと入った時にナナ・テスカトリを催促した時の動きだ。
そこには心配などと言ったものは微塵たりとも無かった。あそこにあったのは……挑発や、もっと冷徹なもののように見えた。
テオ・テスカトルとナナ・テスカトリの間にある繋がりは、少なくとも同情や慈愛といったものではない。
それはきっと、ネルギガンテの番と戦う時に強い要因となるように思えた。
「おい、ヒノキ!」
ぐったりとそんな思考に耽っていると、唐突に呼ばれる。
「ああ……嘘だと言ってくれ……」
皆がくたびれている中、そんな強く呼ばれる理由は一つしか思い浮かばない。
ゆっくりと腰を上げて、空を見上げる。龍結晶の地の方から銀色の点が見える。
「行って来る……」
まるで徹夜明けのような気乗りしない様子で、けれど気力を無理矢理補うかのように体を伸ばしてからヒノキは古代樹の森へと歩き始めた。
気を付けろよ、と通り過ぎる全ての人から言われるが、全力の戦いにまで発展する事はないだろうという予感が強くあった。
同じ歴戦王と呼称される程の強者中の強者。今現在、分かっている共通点は落ち着いた振る舞いを見せているという事だった。
見境なく戦っているだけでは辿り着けないような境地。自らの能力や体躯に頼るだけでは絶対に得られない力。
それへの過程は個としての落ち着きをもたらすのだろうと感じさせた。
ただそれはそれとして、その隔絶した強者に囲まれる事は気が滅入った。
クシャルダオラ:
隠居した老王みたいな感じ。離れた場所で牧歌的に暮らしているけど鍛錬は欠かさず、そしてこっそり市井に赴いて平民と飲み交わす的なイメージ。
テオ・テスカトル:
現役バリバリの自分から戦場にも赴いて先頭に立って出る血気盛んな王というイメージ。
気に入った部分
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キャラ
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展開
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雰囲気
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設定
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他