古龍を描く狩人   作:ムラムリ

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ネルギガンテ 3

 門を潜り抜けて、テオ・テスカトルとナナ・テスカトリの足跡を追って行く。

 その足跡自体は通常の個体とそう変わらないように見えた。振り返るとアステラから数人が自分を心配そうに見ていた。

 顔を上げると、クシャルダオラの点が先程より大きくなっている。

「はぁーーーー……」

 両方とも基本的に温厚なのは変わらない。何をせずとも生物としての根源的な死の恐怖を与えて来るのも。

 クシャルダオラのそれには多少慣れたものの、それもあくまで平常時の、威厳や古龍としての力を表に余り出していない状態でのものだ。

 テオ・テスカトルの放つ恐怖はその威厳や古龍としての力を表に出している、より強いものだ。ヒノキがクシャルダオラから感じていた、慣れていたものよりも一段と強い。

 そしてまた個としての性格と同様に種族としての差も、感じる恐怖に違いを生み出していた。

 それ程の死の恐怖を感じてしまえば、当然自身の最期も想起してしまう。少なくともヒノキはそうだった。

 クシャルダオラに殺されるとするのならばきっとそれは一瞬の出来事ではない。遥か上空から落とされるか、暴風に何も出来ないまま磨り潰されていくか、そんな想像がつく。

 それに対してテオ・テスカトルに殺されるのならば、それは一瞬だろう。死を悟ると同時にやって来る。スーパーノヴァから逃げられないと気付いた直後に体が粉微塵になる。その牙で咥えられて、食い千切られる。

 そんな最期への想像が、恐怖の質に違いを生み出していた。

 その違いは、身に受けての疲労の質に影響を及ぼしていた。

 クシャルダオラを初めて見た時は、後に残る疲労がじんわりと残り続けた。

 テオ・テスカトルに対しては今、どずんと来る疲労感を覚えている。

 正直、すぐにでもぐっすり眠りたくて堪らない。

 ――なーにソムリエみたいな事考えているんだ、俺は……。

 落とし格子も過ぎた所で、塵粉が僅かに残っているのに気付いた。テオ・テスカトルとナナ・テスカトリは近くに居る。

 振り返るとクシャルダオラももう近くまで来ていて、そしてヒノキのすぐ近くに着地しようと旋回し始めた。

 いつも通りに翼を軽くはためかせてながらも殆ど音を立てないまま、クシャルダオラはヒノキの前に降り立った。

 慣れた落ち着きだ。確かに風を纏っているのに凪の海を感じさせるような静けさ。完全にコントロールされた風。

 その存在感に慣れたのも当然あるだろうが、ヒノキはこのクシャルダオラを前にした時、そのような柔らかな平穏を覚えていた。

 しかしクシャルダオラは前脚の爪に挟んでいる自らの物にした元ヒノキの手帳を、いつもの緩やかさを見せず、早く受け取るようにヒノキに渡した。

 テオ・テスカトルがクシャルダオラに向けて歩いて来ていた。クシャルダオラは更にヒノキを押して、少し遠くに行くように促した。

 

 テオ・テスカトルがクシャルダオラより先にヒノキの方を見てきたが、すぐに視線はクシャルダオラの方に向き直す。

 互いに艶めいている。互いの目はナナ・テスカトリの龍炎よりも深い青を示している。

 ナナ・テスカトリはテオ・テスカトルからやや離れた場所に居た。ヒノキが見ている事に気付き、目が合う。外せずにいるとナナ・テスカトリの方から外された。

 ただ、その僅かな時間で負の感情は向けられていない事が分かって、ややほっとした。

 クシャルダオラと自分は、元々この新大陸に居たテオ・テスカトルが殺される所に居たのだから。何か悪い感情を向けられていてもそうおかしくはないとも思えていた。向けられても困るが。

 そんな中、クシャルダオラとテオ・テスカトルは体数個分の距離を取って、睨み合いとも言えないような妙な空気を醸し出していた。

 塵粉を飛ばそうと思えば届くだろう。竜巻も届かせられる。そんな距離だ。

 その中でテオ・テスカトルは睨むような事まではしていないが、狩人の前に居た時よりも強い緊張を張り巡らせていた。唐突に現れた自身と同等の強者に対して警戒を微塵たりとも怠っていない。

 しかしながら、クシャルダオラはそれを受け流すかのように緊張もしていないように見える立ち振る舞いをしていた。自然体に限りなく近い。ただ、如何なる攻撃にも即時に反応出来るようにも見えた。

 一触即発と言えばその通りだが、しかしながらやはり、戦いにまで発展するようには余り思えなかった。

 まず、共に戦闘狂ではなかった。卓越した強さを持ちながらも、同様の王の中の王たり得るような相手を目の前にしても、それに対して期待も興奮もしていなかった。

 その影響でか、互いに呼吸程度の動きしか見えずとも、そんな静止状態が幾ら続いても、場の空気が張り詰めたりと言ったような感覚は無かった。

 ヒノキが時が経つに連れて覚えたものも、そんな強者ばかりの場所に居る事による疲弊ではなく、他の事を考えられてしまうような集中の乱れだった。

 ――それにしても、よくもまあ、俺はこんな場所に居るもんだ。

 三体の古龍が居る場所に、たった一人、強者でもない狩人がぽつんと居る。その強さにより敏感なカシワがこの場に居たら、それだけでカシワの心臓は止まってしまうかもしれない。

 ――カシワも元気になって良かったし、結果的とは言え、陸珊瑚の台地に送り出して正解だったな。

 そんな事を思っているとヒノキはふと、自分の体がぶるぶると震えているのに気付いた。

「……?」

 まるでカシワのようだと思うも束の間、体を抱えて縮こまりたい衝動に襲われる。今すぐにでも死んでしまうから、せめてそれまでの僅かな間でも目を閉じて耳を塞いで、その瞬間までそれから逃げていたいような。

 それから必死に抗うと、向けられている殺気はテオ・テスカトルからのものだと気付いた。自分が無意識の内に生を諦めてしまう程の殺気。

 気を緩めたのさえ、気に入らなかったとでも言うのだろうか。いや、別に姿勢を崩した訳でもないし、息を吐いたりした訳でもない。それなのにテオ・テスカトルはそれに気付いたのか?

 恐る恐るテオ・テスカトルの方を向くと、しかしテオ・テスカトルは自分の方を軽く睨んでいるだけだった。ただそれだけ。牙を剥き出しにもしていない。怒りを露にしてもいない。

 改めて、その実力は本物なのだと実感した。クシャルダオラが居なければ、自分はコンマ数秒で命を絶たれ、そして遺体も残らず焼き尽くされるのだと心底から理解した。誇張ではなく、一秒すら生かして貰えないと断言出来る。

 それを見たクシャルダオラがテオ・テスカトルに殺意を向けた。同じ、軽く睨む程度の殺気だった。ただそれも自分に殺意を向けられた訳ではないのに、恐怖が上乗せさせられたような感覚に陥る。

 立っている事さえもうやっとだった。逃げ出したいが、背中を向けた瞬間に命が失われている想像が思い浮かぶ。

 テオ・テスカトルがクシャルダオラの方を向き直る。

 クシャルダオラの殺意に対してテオ・テスカトルはまた同じ睨む程度の殺気を返し、そしてチリ、チリと塵粉をゆっくりと前へと流していった。

 その意図を考える余裕などもヒノキには無かった。

 人がゆっくりと歩く程の遅さで、その塵粉はクシャルダオラへと向かっていく。それに対してクシャルダオラはそれにちらりと目線を一度向けただけで、後は何もしなかった。

 ただ淡々と流れ続ける時間と共に塵粉はのろのろとした速さでしかし、クシャルダオラに向けて確実に進んでいた。

 半分の距離にまで到達する。

 程ない内にその更に半分の距離にまで届く。

 しかし、クシャルダオラはテオ・テスカトルを睨んだまま何もしない。また、テオ・テスカトルも塵粉をゆっくりと進めていくだけで、それ以上の行動は何もしなかった。

 そしてとうとうクシャルダオラに塵粉がぶつかろうとしたその時、それは纏っている風に流されて左右に分かれて散って行った。

 テオ・テスカトルはそれを見届けると、睨むのを止めた。クシャルダオラもそれに続いて表情を僅かに緩めた。

 ヒノキはそれでも、まだ恐怖に痺れたように動けなかった。何も考えられなかった。目の前で起きた一連の出来事は遥か遠くで起きたような、見聞きしただけの曖昧なものに感じられた。

 ……自分はまだ、生きているのか?

 そんな事をぼんやりと考えている間に、テオ・テスカトルはナナ・テスカトリと共に去っていた。

 姿が見えなくなってからクシャルダオラはそんなヒノキに歩み寄り、頭をとん、と爪で押した。

 ヒノキはそこでやっと金縛りが解けたかのように尻餅をついて、そしてそのまま仰向けに倒れた。

「……ははっ、はははっ」

 もう、笑うしかなかった。

 そんなヒノキを、クシャルダオラは落ち着くまでいつもと変わらない目で見守っていた。

 

*****

 

 日が沈む頃に、テオ・テスカトルとナナ・テスカトリは古代樹の森の頂上から軽く飛んで大蟻塚の荒地へと移動した。

 飛び立った直後にリオレウスとリオレイアがそれを眺める姿が見えた事から、あの番も平伏したのだろうと思えた。

 そして、事が起きるとしたら最短で明日だろう。ナナ・テスカトリがあれほどに強いテオ・テスカトルを連れて来たのは復讐目的以外に考えられないし、これ以上悠長にただ日々を過ごすとも余り思えなかった。

 疲れ果てたヒノキに対しても少しは絵を描けと促がしてくるクシャルダオラの機嫌も取る。

 ただ、幾つか軽く絵を描いて手帳を返した後もクシャルダオラは龍結晶の地へと帰ろうとはしなかった。

 疑問に思いながらもヒノキがアステラに戻ろうとすると、少しだけ留めようとして、けれどそれ以上の事はして来なかった。その代わりに見晴らしの良い場所に座り直して、大蟻塚の荒地の方を見た。

 テオ・テスカトルがアステラを潰すような事を僅かながらに警戒しているのだろう。そして万一それを実行に移したのならば、クシャルダオラはきっとアステラを守るのではなく、自分だけを助けて後は捨て置くようなイメージも湧いた。

 ……参ったもんだ。

 本当に、竜を狩る時の比ではない程にくたびれた体に鞭を打ってアステラへと歩き始める。

 強者中の強者の近くから居るプレッシャーからやっとの事で解放されて、ふと思い出したのは、恐怖に震えて何も出来なかった時の光景だった。

 テオ・テスカトルが塵粉をゆっくりとクシャルダオラへと向けていく様。

 ……あれはきっと、力量を測っていたんだ。そして、クシャルダオラはその意図を理解して手の内を何も見せなかった。

 塵粉が自らの近くに纏わりつこうとも。

「……敵わないなあ」

 きっと実力でとしてはクシャルダオラの方が僅差で上だ。

 いや、そうあって欲しい。

 そんな事を思った。




歴戦竜種以下の強さの狩人 vs 歴戦王
歴戦王のにらみつける!
狩人は動けない!
歴戦王の攻撃!
一撃必殺!
目の前が真っ暗になった。狩人は刃向かった事を心底後悔しながら急いで天国へと走るのだった。

絶対強者って言葉使いたかったんだけどティガレックスてめぇ。

あ、後、日間7位とか入ってました。ありがとうございます。
毎日投稿すれば多分もっと爆発するんだろうなー、とか思うけど、書き溜め投稿は少なくともこの章ではやらないかなあ。

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