ヒノキは夜、アステラに戻って報告をし、それからすぐに泥のように眠った。殺気に当てられただけで、疲労は狩りをした時よりも酷く激しく残っていた。
翌朝、目が覚めても疲労は多少残っていた。二度寝しようかとも思うが、寝返りを打つと隣でカシワが寝ていた。陸珊瑚の台地に居たはずだが、そちらでも何かあったのだろうか。
「……おはよう」
「ニャ」
そして、陸珊瑚の台地でキリンとパオウルムーがネルギガンテに殺された事を聞いた。
「……そうか」
「ネルギガンテはニャ……」
早速話を始めようとするカシワを、ヒノキは止めた。
「ちょっと待った。俺、まだ疲れているんだ。話をするのはせめて飯を食ってからにしてくれ」
起きて、外に出ると森の虫かご族がやって来ていた。オオバと会話して、それから柔らかな干し草の上で昼寝をし始めた。
自分と同じく歴戦王の存在感に当てられて疲労していたのだろうと思えた。
飯を食べている最中に、オオバのその森の虫かご族と話していた内容が聞こえて来る。
テオ・テスカトルが古代樹の森を歩き回った時に起きた事だ。
オオバから聞いたところ、テオ・テスカトルが古代樹の森を歩き回った時に起きた事が分かったと言う。
小型モンスターやドスジャグラスからトビカガチ、プケプケなどは逃げ回り、そしてどうにか対面する事だけは避けた。しかし元々鈍かったアンジャナフは不幸にも見つかってしまい、そして暴れん坊のイメージが完全に崩れるかのように泣き喚き、命乞いをしたと言う。
テオ・テスカトルはそんなアンジャナフを心底軽蔑するような目で見ていたと言うが、ヒノキからすれば良い迷惑だとしか思えなかった。
またリオレウスとリオレイアも大蟻塚の荒地の番と同じように平伏した。
もう、たった一日でここ辺り一帯の竜達全体に王として認識されているんだな……。
全く、自己顕示欲の強い奴だ。
それを邪魔出来るのはクシャルダオラだけだが、テオ・テスカトルはその内クシャルダオラにも戦いを仕掛けるだろうか?
それはまだ、分からない。少なくとも、テオ・テスカトルがここに来た理由はナナ・テスカトリに連れられて来たその目的を果たしてからだ。
食べ終えてから、カシワは話し始めた。
「ネルギガンテは……強くなっていたのニャ。キリンの全力の雷を浴びても、若干怯む程度にニャ。古龍の中でも群を抜くその耐久力と膂力が、更に増していたのニャ」
そう話すカシワは、けれどそう悲し気にも恨みを抱くようにもしていなかった。
パオウルムーを庇護しているキリンを最も観察していたのは、大作の絵本を描く程にその慈しみを最も感じていたのはカシワだと言うのに。
「でも。これからネルギガンテはどうなるのニャ? まだ確認されてニャいと思うけれど、また活動を再開したのはきっと、子供が出来たからじゃニャいかニャ?」
「きっと、じゃないニャ」
いつの間にかやって来ていたオオバが言った。隣にはマハワも。
「ガジャブー達から聞いたニャ。ネルギガンテの子は生まれているニャ」
ガジャブーが聞いたのも声だけだが、明らかに三匹目の赤子のような声が聞こえていると言う。
「一目見てみたいもんだが、流石にネルギガンテ二匹の庇護を乗り越える程俺に実力も無いしなー……」
マハワが酷く残念そうに言った。
それからオオバがカシワに聞いた。
「それでカシワは、何を思っているのニャ?」
「……。…………」
カシワは、言いあぐむように口を何度か開いて閉じた。そして、それから恐る恐る言った。
「怖いけど、怖いけど。僕はこれからどうなるのかを見たいのニャ。殺されたキリンが、ネルギガンテ達にとってどうなるかを知りたいのニャ。
テオ・テスカトルとナナ・テスカトリはこれからほぼ絶対に、ネルギガンテの番と戦うのニャ。
ネルギガンテの番は敗北して、そして……子供も殺されるのか。
それとも勝利して更に強くなるのか。
……何にせよ、ボクはあのキリンを一番見て来たのニャ。だから、あのキリンがネルギガンテの番にどう影響させるのかも見ておかなきゃいけない気がするのニャ」
「……そうか」
マハワがそれに続けた。
「俺も、見ておけるなら見ておきたいと思う。
古龍を喰らう古龍と、それすらも上回る古龍が戦う様なんて、どこに行っても見れるもんじゃない。
それに、何か強くなるヒントがあるかもしれないしな」
マハワはあれに追いつこうと思ってるのか……。
そんな事を思いながら返した。
「クシャルダオラが守ってくれるのはきっと俺だけだ。カシワも含めて、他の狩人など誰も助けてはくれないだろうが、それでも行くのか?」
「死にに行く訳じゃねえし、戦いに行く訳でもねえ。
それにな、如何に強かろうとテオ・テスカトルはテオ・テスカトルだ。ネルギガンテもネルギガンテだ。
その範疇を越える事は無い。それを理解出来ていれば、逃げる事位は出来るさ」
「……分かった」
単独でネルギガンテ、ゼノ・ジーヴァを倒したマハワならば少なくとも自分のように殺気を向けられただけで動けなくなる事は無いだろう。
ただ、カシワとオオバは微妙だ。龍結晶の地の地面はどこも固く、掘って隠れる事も咄嗟には出来ない。
そんな事を思っていると、オオバが言った。
「ガジャブーの抜け道は人が通れないものを含めればもっと沢山あるからニャ。
どうとでもなるニャ」
そんな自信満々気に言うオオバと、それからカシワにもヒノキは言った。
「……俺が昨日体験した事を話してやろう。
一応、俺はあの古代樹の森のリオレウスとタイマン出来る位の実力はある狩人だ。並みの狩人よりは実力はある方だと自負している。
後、どうしてか俺が聞きたいくらいだが、歴戦王のクシャルダオラと交流を持っているし、その圧力には多少は慣れていたと思っていた。思っていたんだがな。
そんな俺が昨日、テオ・テスカトルに軽く睨まれただけで生きる事さえ諦めてしまうような恐怖に襲われた。それだけで全く、動けなくなってしまったんだ」
「…………」
カシワはそんな恐怖を強く想像したらしく、ぶるるっと震えた。
「だからな。観察するなら絶対に大丈夫だと思える距離を常に維持し続けなければいけない。
睨まれてもまだ逃げられると思える距離だ。塵粉を飛ばされても届かない距離。走って来られたとしても逃げ切れる距離。
そんな距離を常に維持し続ければ、死んでしまう事はない、……だろう」
断言する事は出来なかった。そんな距離からでも、一瞬の決断の迷いが死に繋がる事は容易に想像出来た。
そしてこの中でやはり、最も死の危険が高いのはカシワではなくオオバだ。
それは贔屓とか今まで共に歩んできた経験とかそんな事ではなく、クシャルダオラを倒せる実力のある三兄弟を容赦なく屠ったマム・タロトから逃げ帰る事が出来た、その実績がカシワの逃げる能力を裏付けしているだけだ。
しかし新大陸に来た者は狩人でなくとも、誰もが好奇心、探求心というものを抑えられなかった者ばかりだ。アイルーも然り、それを止める事はヒノキには酷過ぎて出来なかった。
けれど、カシワがマム・タロトの調査に行った時の常に続く不安も強く脳裏に浮かんでいた。
「行くとしても、観察は第二だ。第一は命だ。それを絶対に忘れるな」
「分かったニャ」
「……ニャ」
「それで、いつ行く?」
マハワが聞いてくる。まだ、テオ・テスカトルとナナ・テスカトリは大蟻塚の荒地に佇んでいる。
「出来るだけ早い方が良いだろう。何なら今すぐにでも。
古龍が飛んでから、それに追いつける訳でも無いし。加えて長期戦になるとも思えない」
「それもそうだな。……ネルギガンテがこっちに来る可能性は……昨日、キリンを屠った事を考えると低いか」
「そう考えるのが妥当か」
そうして、すぐに準備をしに皆は散らばり始めた。
ヒノキは自室に戻る前に、クシャルダオラの居る古代樹の森を振り返った。
……俺も行く事を伝えた方が良いだろうか? ヒノキはやや悩み、そして伝えない事にした。
ヒノキはクシャルダオラに隷属している訳でもない。クシャルダオラもまた、ヒノキを強く独占しようとしている訳でもない。
かと言って友などと言う親密な言葉も合わなかった。
互いに敬意を持って、そして互いの領域に深く踏み込まないほどほどな距離で付き合うその関係を称する言葉は、各地を旅したヒノキでも見つけられていない。
知り合いでも、友でもない。知り合い以上、友達以下とか、そんな形容も似合わない。
結局、俺が何をするも自由だ。そして俺がクシャルダオラに龍結晶の地の行くと伝える事は、クシャルダオラに対して庇護を期待する事に等しい。
俺が頼めば、クシャルダオラはきっと庇護をしてくれるだろう。ただ、それに頼っては俺という人間として、狩人として超えてはいけない一線を越えてしまう気がした。
クシャルダオラが、俺が龍結晶の地に飛んで行ったと知れば急いで飛んでくるだろうが。そして俺がもし死んだらクシャルダオラは酷く悲しむだろうが。庇護すべきだったと思うだろうが。
……それでも、俺から頼んでしまうのは強い抵抗がある。俺が俺として在る為の何かが崩れてしまう。
それが命を危険に晒してまで守るべきものなのかと言われたら、またそれも微妙だったが。
身支度を整えて体を念入りに伸ばす。これだけ念入りに伸ばしたのも久々だった。鍛錬は欠かさずやってきたが、実戦は長らくやっていない。
最後にちゃんと戦ったのはイビルジョー……いや、オドガロンか。もう半年以上前の事だ。
今回も戦う訳じゃない。これからもこのままであれば子の為に古龍を屠り続けるであろうネルギガンテの番と、それへ復讐を誓うナナ・テスカトリとやって来た歴戦王と称せるテオ・テスカトルの戦いの結末を見に行くだけだ。
「……」
どちらが勝つのか、そしてその後何が起こるのか。
そこまで直接に詳しく観察を出来ていないヒノキには、それを深く考えるのは野暮と思えた。
まあ……どちらが勝つにせよ、勝者もただでは済まないだろう。
準備が整い、マハワの相棒も含めて翼竜の元に集う。
「それじゃあ、行くか」
マハワがいつもと変わらないような言葉を皆に投げ掛けると、翼竜にスリンガーを引っ掛けて飛んで行く。
皆も後に続き、翼竜はテオ・テスカトルとナナ・テスカトリの居る大蟻塚の荒地を大きく迂回しながら龍結晶の地へと向かっていく。
飛んで向かう最中、誰も言葉は交わさない。その軽い、今から旅行に行くかのようにマハワが投げかけた言葉は皆の緊張を解そうとする意図もあったのかもしれない。しかし、そうであろうとも、否応にも静かに緊張は高まっていた。
何が、どうなるのか。
知った所で喜べるものではないにせよ、知りたくて、見届けたくて堪えられない。
誰もがその気持ちを抑えられなかったからこそ、新大陸に来たのだから。
テオ・テスカトル:
歴戦王
ナナ・テスカトリ:
歴戦二、三歩手前
ネルギガンテ♂(キリンを屠った方):
歴戦
ネルギガンテ♀:
歴戦四、五歩手前(並よりはやや強め)
気に入った部分
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キャラ
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展開
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雰囲気
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設定
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他