古龍を描く狩人   作:ムラムリ

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ネルギガンテ 5

 龍結晶の地は静まり返っていた。

 ネルギガンテが二体居る時から、ずっとそうだ。ここを住処にしていたリオレウス亜種もここを去り、ウラガンキンも、ドドガマルもヴォルガノスも姿をどこかへと姿を消している。バゼルギウスやイビルジョーでさえもここを訪れる事は無い。残っているのはガジャブーを除けば、逃げられるような足も持たず、そのような場所も知らないガストドンやその他の環境生物位だった。

 クシャルダオラは未だにこの地を住処としているようだが、実際ここを住処に出来る生物はそのネルギガンテの二体を相手取る事が出来る者だけになる。

「それにしても静かですね……」

 マハワの相棒がそう言ってフィールドへと出ようとするのをマハワは止めた。

「お前はここに居ろ。絶対に出るな」

「えっ」

「お前を守る余裕など正真正銘今回は無いんだ」

「それでも……」

「それでも来るなら、俺はお前を助けない。助けられない。

 ネルギガンテに叩き潰されたくなければ、テオ・テスカトルやナナ・テスカトリに灰燼にされたくなければ、ここから出るな」

「…………はい」

 マハワの相棒は心底残念そうに言った。

 

 ベースキャンプから出ると、早速ネルギガンテの足跡が見つかった。また、ぽろぽろと落ちた棘も所々に。ここら一帯を縄張りとしている事を主張しているようだった。

 ただ、流石にそれにはクシャルダオラも黙っていないようで、古いものではあるがそのクシャルダオラの足跡や暴風の痕跡もあった。

 そんな数多の痕跡を確かめながら、マハワが言った。

「編纂者としては優秀なんだがな。戦う力を持っていないのに前に出ようとするのだけが本当に困る」

 そんなマハワにヒノキが返した。

「俺達も似たようなもんだろう」

「……かもな」

 痕跡を一つ一つ見ていても、争った跡は見当たらない。

 ヒノキが聞いた。

「オオバ。ガジャブーからはクシャルダオラとネルギガンテの争いなどは聞いていないか?」

「出遭ってもネルギガンテは戦いを仕掛けなかったようニャ。けれど、一回だけ去っていくクシャルダオラをネルギガンテが様子を窺うように眺めていた時、クシャルダオラが振り返って強く睨みつけた事があったと言うニャ」

「……もう、クシャルダオラにとってもネルギガンテは路傍の石では無いのか」

 不意打ちをしようが角を折ったり翼を引き裂いたりなどと言った強い傷を負わせる事は出来なかった過去とは違うのだろう。

 歴戦王にとってももう油断のならない相手、歯向かって来るのならば撃退するだけと言った情けなど掛けられない強さにネルギガンテは成長した。

 ただ、それでもまだクシャルダオラはネルギガンテ二体を相手取れる事に変わりないだろう。そうでなければ既に戦闘は為され、何かしらの変化が訪れているはずだ。

 そう考えると、やはりこれから起こるであろう戦いはネルギガンテの方が不利だ。テオ・テスカトルとクシャルダオラが同等の力を持つとすれば、その一体だけであのネルギガンテ二体以上の力を持つ。更に加えてナナ・テスカトリも居る。

 単純な足し算で言えばネルギガンテが勝てる道理はない。しかしながら、狩人四人が個々の力を足し合わせた所で勝てないであろう古龍に対して勝つ事もある。リオレウスの一体が環境をも利用してイビルジョーを単体で撃破したのも見た。

 だからこそ、分からない。リオレウスがイビルジョーを倒せた要因には環境を熟知している事もあった。テオ・テスカトルはこの龍結晶の地に対して何も知らない。

 ネルギガンテが勝てない、とは言えない。

 そんな思考をしていると、マハワが聞いてきた。

「ヒノキはどっちに勝って欲しいんだ?」

「えっ……。そんなのは考えた事無かったな……」

「意外とそこはドライなんだな」

「いや、な……。言われてみれば全く考えてないな。

 ……そうだな。ネルギガンテは単純に自身にとってご馳走である相手を狩ったに過ぎないし、ナナ・テスカトリがそれに復讐しようとするのも当たり前と言えばそうだろうし。

 そこに大して傍から何か自分勝手に思う事、それ自体烏滸がましいと思えたな」

「へぇ……。やはりあんたは狩人としては変わってるよ。あんたほど竜種、古龍種に対して敬意を抱いている奴は早々居ない」

「そう、なのか」

 知ってはいたが、面と向かって言われると妙な気分になる。

「昨日さ、テオ・テスカトルに俺達は屈服しただろう? それに対して俺は悔しくて堪らなかった。アステラを闊歩した後、ヒノキはすぐにクシャルダオラに会いに出て行ったから知らないだろうが、暫くして落ち着いた後に大半の人は苦虫を噛み潰したような、強く落ち込むような、そんな顔をしている人等ばっかだった。

 ヒノキは多分、そんな顔しないだろう? クシャルダオラが来なければきっと、王の中の王足り得るあのテオ・テスカトルに純粋に思いを馳せていたんじゃないか?」

「……否定は、出来ないな」

「そうだろう。それで……」

 その言葉を続ける前にマハワは身を咄嗟に伏せた。ヒノキも気付いて同様に身を伏せる。黒い粒が視界の先に見え始めていた。

 ネルギガンテの子供だった。

 まだ成体と異なり、角はまだ小さく棘も生えていない。そして抱え上げられそうな程の大きさの体躯。しかしその古龍を屠る程の膂力の片鱗は、ケルビなどはもう捕らえられそうな程に元気に走り回る姿から見て取れた。

 そしてその親も後ろからやって来ていた。片方だけではなく、両方だ。

 観察に適した場所は幸いながら近くにあった。そこに身を潜めてからネルギガンテの親子の様子を眺めた。

 子は初めて外に出たようで、目につくもの全てに興味を示している。そんな無邪気な様子を親は今まで見た事の無い柔らかな表情で眺めていた。

 古龍を喰らうと言うその性質から、子を為すというエネルギーを莫大に消費する事も他の古龍と比べて難しいと思える。それから考えれば子を大切にするのも分かるが、そんな柔らかい表情を見せるとは予想だにしない事だった。

 自ずと皆、無言となった。

 強い雰囲気を出している方――二体の見た目上にそう大きな違いは無いが、キリンを屠った父親の方だろう――が全身に生えた棘を壁や地面に擦り付けてそぎ落としてから掃うと、子を翼から乗せて背に乗せる。子はそこから頭に歩いて、そしてぐいっ、と父親が頭を上に持ち上げる。

 子はそこから跳んで、まだ小さい翼を広げてぱたぱたと覚束なく滑空した。そして着地出来ずに転んだが、泣いたりせずにすっくと立ちあがって、また父親の背から頭へと走り、跳ぶのを何度か繰り返した。

 古龍を喰らう古龍として、体の使い方は生まれつきから一級品なのだろう。そう回数を繰り返さない内に滑空はそう難なく出来るようになっていた。

 その後、子がやや疲れた様子を見せると、母親の方が子を丁寧に舐めて出来ていたのであろう擦り傷などを丁寧に癒していく。

 子はされるがままに母親に甘え、母親もそれに応え。

 それが終わると、ネルギガンテの親子は別の場所へと去って行った。

 残っていた棘は子が動く範囲からは掃われていて、それも愛情の深さを感じさせた。

 マハワが言った。

「さっきの話の続きだけどさ、俺としてはネルギガンテに勝って欲しいんだよな」

「この様子を見たから、ではなくて?」

「単純にさ、ネルギガンテの子がどのように成長していくのか、見て行くのが楽しそうだってだけだけどな」

「調査団としてもネルギガンテが勝ってくれた方が嬉しいだろうけどな」

「それもあるな」

 恭順を要求するテオ・テスカトルが居続けるより、縄張りに入らなければ古龍以外に大した興味を抱かないネルギガンテの方が恐怖としては薄い。それに加えて、様々な場所で確認されてある程度調査が進んでいるテオ・テスカトルの観察よりもネルギガンテの観察の方が価値があるし何よりも楽しいだろう。

 黒く染まっていないネルギガンテの棘は、手に持つとまだ鉱石のような硬質さは無い。しかしながらそれとは違う、危険な脆さがあった。

 体に突き刺さった後に体内で砕けて延々と痛みに蝕まれそうな、そんな嫌な脆さだった。

 

 ネルギガンテを追って行くと、もう寝床へと帰るようだった。

 でも、その前に誰もが異変を嗅ぎつけた。新たな古龍がやって来ている事に、まるで見せびらかすように広範囲に撒かれた青い塵粉は正にネルギガンテへの宣戦布告だった。

 戦う場所はネルギガンテが寝床へと帰ろうとしていたところから大体察しが付く。鉢合わせるとすればその近くだろう。

 一つ目は自分が初めて歴戦王のクシャルダオラを見た場所、且つ前回と同じ、老齢のテオ・テスカトルが屠られた場所。龍結晶の破片が至る場所に散らばっている広場。クシャルダオラの寝床の真下。

 二つ目は一つ目のその下、ネルギガンテの寝床、そしてテオ・テスカトル、ナナ・テスカトリの寝床両方共に出てすぐの、龍結晶は大して生えておらず緩やかな斜面と段差程度しかない、シンプルな広場。

 そして最後の三つ目は二つ目の場所から繋がる、巨大な龍結晶が地上から、壁からそんな様々な場所から構わず伸びている、一際地脈のエネルギーが活発な広場。

 ヒノキは言った。

「俺は取り合えず上に行く。クシャルダオラの事もあるしな。

 カシワも来るか?」

「ニャ、ニャー……行くニャ」

 実物ではなく自分の描いた絵にさえも布を掛けるくらいに怯える存在のはずだが、意外とすぐに決めた。

「あのマム・タロトよりは絶対に恐ろしくニャいもの」

「あー、なるほど」

 マハワが続けた。

「それじゃあ、俺とオオバは一度別の場所に行くか? どっちにせよ、戦う場所が上の方だったら見る場所は結局ヒノキ達と同じ場所になると思うけどな」

「それで良いニャ」

「じゃあ……気をつけてな」

「大丈夫さ。俺とオオバだけなら何とでもなる」

「……それでも、な」

 そうして分かれた。

 マハワもオオバも再度念入りにストレッチをしながら歩き去っていく。それを見届けながら、ヒノキとカシワも歩き出した。

 

 ヒノキとカシワが向かった一つ目の場所には誰も居なかった。

 そして二つ目の場所、その一つ目の場所からの下を眺めると、子を避難させてから三つ目の場所に向かうネルギガンテの番が見えた。

 その姿には覚悟というものがはっきりと伺えた。

 古龍を喰らう古龍としてのネルギガンテですら緊張する相手。そして、子が出来た今は絶対に負けられない戦い。

 一度互いの事を体を擦り合わせて、そして足並みを揃えて向かっていく。

 リオレウスの番のように仲睦まじく。そして古龍を喰らう古龍として相応しい闘気を滾らせて。

 そんな様子からは、感じている緊張がまるで自らのものと思える程に強く伝わって来ていた。




相棒:
編纂者だから連れて行かない訳にはいかなかったけど、まあ、ね。編纂者として如何に優秀であろうと、ゲーム中の描写が肥やし玉さえ持たずに竜達が跋扈するフィールドを駆け巡る自殺行為ばっかりというのどうにか出来なかったんかいな。

エリアという表現:
原作未プレイの時にモンハンの二次小説読んでた時に、エリアNとか言われても全く想像出来なかったので使ってない。更にworldはシームレスだから尚更意識しないでプレイ出来てしまうし。

ネルギガンテの子に対する愛情:
原作設定の棘からの無性生殖でもあるんじゃないかと思ってる。
文中での――古龍を喰らうと言うその性質から、子を為すというエネルギーを莫大に消費する事も他の古龍と比べて難しいと思える。それから考えれば子を大切にするのも分かるが――という根拠から。

因みに今回からファイティングする予定だったけど、ちょっと舞台設定するのに文字数使ったのと、そして気力を強く込めたいので次から。
本日温泉施設行って、置いてあったキングダムの16巻まで読んだんだけど、あの位目指したいなーって感じ。
因みに生物兵器の夢の時はギリギリまで最後の形決まっていなかったけど、今回はほぼ定まってます。

ただ、仕事が忙しくなるので次の投稿は来週以降になるかと思います。

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