古龍を描く狩人   作:ムラムリ

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ネルギガンテ 6

 龍結晶が地面から、壁から数多に生えるそのフィールドにネルギガンテの番は足を踏み入れた。

 非常に攻撃的なその生態も今は鳴りを潜めていた。

 ネルギガンテは相手が格上である事を深く理解していた。同じような強さを放つ古龍が別に居たからだろう。

 その一番の長所である膂力のみでは勝てないであろう事も身に染みて分かっている。

 しかしだからと言って怖気づいている訳ではなかった。

「ゴルルルルッ!!」

「ガルルルルッ!!」

 その雄叫びに対し、ナナ・テスカトリだけが咆哮を返した。

「ガアアアアッッ!!!!」

 ネルギガンテ二体の雄叫びよりも強い咆哮は、そのフィールド全体をビリビリと震わせた。

 テオ・テスカトルは咆哮をしなかった。自分に対しても怖気ずに真っ向に敵意を向けて来るネルギガンテ達に強い関心を抱いていた。

 そして睨み合いを続ける事無く、ネルギガンテ達はナナ・テスカトリに向けて一斉に跳び掛かった。

 二、三跳びで一気に肉薄する、ナナ・テスカトリは驚き、後ろに跳んだ。そして雄のネルギガンテの前に塵粉が撒かれた。

 歯を食いしばり目を閉じて突っ切ろうとした雄のネルギガンテ。

 しかし、ボォン! と頭に的確に弾けた塵粉は有無を言わさず雄のネルギガンテをよろけさせた。

 雌のネルギガンテのみがナナ・テスカトリにそのまま体当たりをかますが、ナナ・テスカトリはそれを飛んで避け、ネルギガンテの背に龍炎を浴びせた。

「グゥゥッ!」

 流石に直に食らえばネルギガンテと言えど怯む熱量。ネルギガンテはすぐに体を回して火を消そうとし、一瞬腹が剥き出しになる。

 その一瞬。見てからでは到底間に合わないその剥き出しになった首に向けて、ナナ・テスカトリが食らいつこうと動いていた。

 きっと、今までの時間の全てをネルギガンテを倒す事だけに費やしたのだろうという程に思える的確な動き。

 しかし、寸でのところでネルギガンテがそれを前脚で止めた。

 ぶぢゅ、ぶぢゅう、と代わりに噛まれた腕から血が漏れ出し、そして同時に焼かれて煙が立ち始める。

「ゴアアッ!」

 怒声を上げながら噛まれた腕を引き千切るかのように振り解いたネルギガンテにナナ・テスカトリは深追いはせず、口の中に残った血肉を吐き捨てた。

 それに対して、雄のネルギガンテは援護へと行けなかった。

 頭を正確に揺らされて怯んだその隙にテオ・テスカトルはその前に立ちはだかった。そして、半ば見下しながらも自らから攻撃をしようとはしていなかった。

「ゴルルルル……」

 ネルギガンテも攻められなかった。睨みつけようが、隙を伺おうが、テオ・テスカトルは動じない。

 同じ威圧を見せるクシャルダオラには、単独では触れる事さえ出来ずに軽くあしらわれた。二体掛かりで不意打ちを仕掛けようが仕留められなかった。その記憶が思い返されているようにも見える。

 自身が成長していようが、古龍を屠る古龍であろうが勝てる見込みを持てなさそうな様子。

 だからこそ、ナナ・テスカトリを先に仕留めてしまおうと決めたのだろう。テオ・テスカトルに対して二体掛かりで勝率を上げる為に。しかしそれは失敗し、またそのナナ・テスカトリも強くなっていた。父か番か、少なくとも愛していた者を殺されたその復讐の為に。

 無視する事は適わない。ナナ・テスカトリと戦う雌のネルギガンテは拮抗している。

 ネルギガンテに対して非常に厳しい状況になっていた。

「ゴオオオオッ!!」

 雄のネルギガンテは、それでも自らを奮い立たせた。腹を括り直すように咆哮すると、テオ・テスカトルに向かって殴り掛かる。

 テオ・テスカトルはそれを軽く躱して、しかし叩きつけられた前脚が地盤を深く割ったのを見て目を見張る。そしてその腕の棘が飛び散るが、顔面にも飛んできたそれを初見にも関わらず軽く爆発を起こす事で無力化した。

 そのまま至近距離から肩からタックルへと移行したネルギガンテに対し、テオ・テスカトルはそれを受け止めた。純粋な膂力の差は、ネルギガンテの方が流石に上だ。しかし、王の中の王足り得るテオ・テスカトルにとっては相手がネルギガンテ、それが種の中での強者であろうとも、勢いの付いていないタックルなどを脅威とは見做さなかった。

 そして受け止められた前脚は、翼は龍炎によってすぐに焼け爛れていく。

 以前戦ったテオ・テスカトルとは比較にならない程の灼熱は、瞬時に表皮を焼き焦がし尽くし、内部まで蝕もうとしていた。

「グッ、ゴアアアッ!」

 しかしネルギガンテが振り解こうと派手に暴れるとあっさりと離された。ただ、同時に塵粉が全身に纏わりつき始めていた時にはもう遅く、それから逃れる事が出来ずにカチッと牙が鳴らされる音がした。

 発生した僅かな火花は刹那の時間で連鎖してネルギガンテの周りを激しく包み、爆発。

 強い衝撃はネルギガンテの肺から空気を強制的に押し出し、悲鳴を上げる事さえ許さない。全身の棘が無残に飛び散った。前後不覚に陥り、崩れた体は立ち上がる事さえ出来なかった。

 しかし、ネルギガンテに追撃は来なかった。飛び散った棘に対してテオ・テスカトルは塵粉を攻撃に使った為に身を翻して防御せざるを得なかった。その棘を顔面で受けるには誰であれ危険が過ぎる。テオ・テスカトルがその防御に使った僅かな時間でネルギガンテはどうにか転がって距離を取っていた。

 テオ・テスカトルは今度、悠々と歩いて来る。ネルギガンテは睨みつけながらも必死に呼吸を整える。

 その一合でネルギガンテが受けた傷はかなり強かった。至る所から血が流れ、身から生える棘はほぼほぼ破壊された。

 再生力が優れているとしても、前回のように幾らでも耐えられるような威力ではなかった。

 それに対しテオ・テスカトルは、棘が数本胴に軽く刺さっただけだ。龍鱗に刺さったそれは体を振えば落ちる程度の、無傷と言って等しい。

 テオ・テスカトルが体を軽く振るい、翼を動かすと数多の塵粉が自ずと周囲に広がる。

 それでも呼吸を整えるとネルギガンテはまた、テオ・テスカトルに跳び掛かった。

 

 雌のネルギガンテはナナ・テスカトリの目の前で勢い良く身を翻した。ぶおんと遠心力が加わった棘付きの尾の一撃が、互いの間合いの外だと思っていたナナ・テスカトリに唐突に迫った。

 身を伏せて躱すも、角に引っ掛かり、ビシィ! と音を立てた。

「グゥッ」

 そのまま棘は角を引っ掻き、強引にネルギガンテは振り抜いた。

 向き直したネルギガンテは怯んだナナ・テスカトリに向かって前脚を高く掲げながら跳び掛かる。渾身の一撃は受け止める訳にもいかず、後ろに退いて躱す。

 ナナ・テスカトリが幾らネルギガンテとの再戦に対して備えたとしても、この新大陸で初めて発見されたネルギガンテに対して実際に戦闘経験を積めたとは考えづらいだろう。

 他に出来たのは、考える事と鍛える事、その位だろう。その甲斐もあって確かに最初は優勢に立ち回り、強い炎を何度か浴びせる事も出来た。棘の再生も幾つかの部位は鈍っている。痛みを庇うような素振りも見せている。

 しかしながら、鍛えたとは言えナナ・テスカトリの炎ではネルギガンテの肉体を焼き尽くす事はその何度か程度では全く適わなかった。強い痛みを与える程度ではネルギガンテの暴力は微塵たりとも止まらなかった。

 叩きつけた掌はそのまま地盤に皹を入れる。雄のネルギガンテ程ではないがまともに食らえばそれだけで終わる程の威力を備えているのは変わらない。そしてその掌で体重を支えながらもう片方の前脚を思いきり掬い上げた。さながらアッパーのようなその攻撃は前に出たナナ・テスカトリの鼻先を掠め、一瞬遅れて血をぶしゅうと噴き出させた。

「ガァッ!」

 大振りな一撃が矢継ぎ早に襲い掛かって来るのに、ナナ・テスカトリは対処しきれない。

 思わず怯み、背けた体にネルギガンテは追撃し掛けようと跳び掛かった。避けようとするも、ざぐぅ、と肩から前脚までその爪が切り裂いた。

「グゥッ!!」

 しかしナナ・テスカトリの目の前にネルギガンテの頭が、叩きつけて着地したばかりのその姿勢で、あった。

 何をするにも一瞬、その頭はその場所にある。ナナ・テスカトリはそれを倒れるように体で抑えつけて龍炎、塵粉を強く撒き散らした。

「ギアアアアアアッ??!!」

 今までの何よりも激しい力で暴れられてナナ・テスカトリは投げ飛ばされた。そのまま胴を打ち付けて、ごろごろと転がるもネルギガンテは追撃して来なかった。

 ネルギガンテの体に直接付着した数多の塵粉は、テオ・テスカトルのそれとは若干性質が異なる。

 テオ・テスカトルの塵粉の脅威は爆発、瞬間的な攻撃へと転じる。それに対してナナ・テスカトリの塵粉の脅威は延焼、ひたすらに対象を焼き尽くす連続的な攻撃だ。

 深く傷つけられた前脚を庇いながらナナ・テスカトリは立ち上がる。

 ネルギガンテは何度も体を地面に擦り付けていた。それでも中々に消えない蒼炎に痛み叫びながら、棘を辺りにばらまきながら。

 ナナ・テスカトリは痛みに顔を歪めながら走った。ネルギガンテはそれを察知しナナ・テスカトリが来るであろう位置に前脚を叩きつけた。しかし、その直前でナナ・テスカトリは止まっていた。

 止まる為に力を込めたその前脚から更に血が噴き出す。それでもナナ・テスカトリは吼えた。

「ガアアアアッ!!」

 先程よりも激しく噴き出す塵粉に、龍炎に、立ちあがったネルギガンテが怯みながらも攻撃を仕掛けた。しかし今度、ナナ・テスカトリはそれを飛んで躱す。

 だらだらと流れる前脚からの血がネルギガンテの額を濡らした。見上げたネルギガンテ、見下すナナ・テスカトリ。その一瞬の後、ナナ・テスカトリはネルギガンテを抑えつけるように着地し、ヘルフレアを放った。

 広く撒かれた塵粉が一気に発火する。転がればどうにか消せた蒼炎が、今度は逃げ場なくより強く、ネルギガンテを焼き尽くさんと燃え上がった。

「ア゛ッ、ギィッ、グゥッ?! グッ、ガアアアアアッ!!」

 しかし、その地獄の中でもネルギガンテは反撃に出た。

 ネルギガンテの表皮はもう既に全身が焼け爛れ、棘が再生する事もこの戦いでは無いだろう。内側の筋肉が直接見えている部分さえもある。しかし、その抜きん出た生命力は絶命するまでに未だ猶予を残していた。

 ネルギガンテは強く跳ねて、抑えつけたナナ・テスカトリを横へと倒した。

 ナナ・テスカトリは着地しようとして、深く傷ついた前脚ががくんと膝を折った。高く掲げられた掌が、滅尽拳がナナ・テスカトリへと振り下ろされる。

 バキャアッ!

 直撃は避けた、しかし角の片方をへし折られた。額から鼻、頬へと強く切り裂かれた。

 がらん、がらんと角が転がっていった。

 キリンとは違い龍炎、塵粉の行使の要であるその角を叩き折られ、ヘルフレアの火力が一気に弱まった。

「グ、ガアアアッ!!」

「ガァ、グゥッ、グ、ガルルルッ!!」

 それでも互いは吼えた。能力の行使もままならなくなったナナ・テスカトリも瀕死のネルギガンテも、牙を剥き出しにして互いを睨みつける。

 闘志は微塵たりとも失っていなかった。

 そうさせる理由は、共にあり過ぎた。

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