古龍を描く狩人   作:ムラムリ

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ネルギガンテ 7

 自然現象そのものを操るような摩訶不思議な能力を一切持たない古龍、それがネルギガンテだ。

 その古龍たる所以はそんな自然現象をも真っ向から打ち破って屠る、生物という大きな括りの中でもきっと上位に入る身体的能力と再生能力の高さだ。

 流石にそれら自体はネルギガンテ自身が成長した事もあって今相対しているテオ・テスカトルよりは優れているだろう。

 しかし今、そのネルギガンテでさえも口も開いてぜえ、ぜえ、と疲労を隠しきれていなかった。

 歴戦王であるクシャルダオラと同等の威圧を放つテオ・テスカトルのその戦闘力は、強者であるキリンを一撃で屠ったはずの雄のネルギガンテの攻めに対して未だ無傷である程に群を抜いていた。

 それに対してネルギガンテは満身創痍も良いところだった。全身の棘は生え変わる隙もなく破壊され続け、片方の角も根本から粉々にされている。もう片方の角も、地面などに叩きつけてしまえば突き刺さる事なく壊れてしまうだろう。爪も砕け、翼も所々が破れている。

 テオ・テスカトルはネルギガンテと戦い始めてから空を飛んでいない。翼は塵粉を生み出す為にしか使っていなかった。そしてまた、駆けてもいなかった。

 チャリ、カリリ、とテオ・テスカトルはネルギガンテに向けて爪の音を立てながら悠々と、堂々と歩く。

 ネルギガンテは最初、攻撃を喰らおうともそう間を置かずに次の攻めへと移っていた。しかしどのように攻撃を仕掛けようともそれら全てを真向から無効化された挙句に苛烈なカウンターを浴びせられ、その度に距離を取らざるを得ない状況に陥るか、吹き飛ばされていた。

 その度に傷は深くなり、必要な休息が長くなる。ネルギガンテがまた攻めるまでにじっくりと詰められる距離が短くなっていく。

 単純に殺す気ならば、ネルギガンテは既に殺されているだろう。その殺さない理由が、初めて見るであろう古龍を知る為なのか、それとも殺さないような理由を別に持っているのか分からないが、テオ・テスカトルがそれだけの余裕を持っている事は確かだった。

 ネルギガンテが歯を食いしばると助走も着けずに全身をバネにしたかのように高く跳ね、一気に上空へと飛んだ。しかしそこに予備動作が無い訳ではなく、挙動を的確に読んだテオ・テスカトルが塵粉をその頭へと飛ばしていた。

 ボォンッ! と頭でそれは爆発し、ネルギガンテはよろける。墜落まではしなかったが、そこにぐっ、と膝を曲げて跳んだテオ・テスカトルが前脚を頭に叩き付け、地面へと叩き落した。

 その衝撃でもう片方の角も砕け散り、叩きつけた前脚から頭が灼かれていく。

「ギアアアアッ!!」

 痛みに叫びながらネルギガンテの反撃、その前脚を押しのけながら前へと出て噛みつこうとするもするりと横に躱されて虚空を噛み砕く。

 そしてチリチリと今にも弾けそうな塵粉が置き土産としてそこに在る。更なる追撃の余裕も逃げる時間も与えられずもう二桁に行って久しい爆発をネルギガンテは喰らった。

「――――!!」

 どしゃあ、と崩れ落ちるネルギガンテ。

 このテオ・テスカトルの最大の強みは、塵粉による爆発の威力と龍炎の火力の高さではなかった。それ以上に敵の動きの読みの精度と、その塵粉の扱いの精緻さが優れていた。

 その二つが合わさった結果、敵は如何なる攻撃をも届けられなくなる。

 ネルギガンテの運動量と耐久力を以てしても正確無比に頭へと飛んでくる塵粉からは逃れられずに動きを止められてしまう程に。

 そして止められた相手に待つものは全てを灼き尽くす太陽の如き炎だ。

「ヒューッ、ヒューッ」

 ネルギガンテはとうとう体力の底を見せ始めていた。テオ・テスカトルが目の前で立っていようとも即座に動けない程に。そこにテオ・テスカトルは前脚を首に置こうとして、動きが止まった。

 ネルギガンテの尾が、支えにしている方の前脚に巻き付いていた。胴体に比べれば爆発を余り喰らわなかったその尾には棘が再生し始めており、それは楔のようにテオ・テスカトルの足首に刺さって縛り付ける。灼いても、爆発させても、体内に突き刺さったその棘は離れなかった。

 意識的にそこまで狙ったのか、それとも闘争本能から来る無意識のものなのかは分からない。しかし、ネルギガンテは訪れたその初めてのチャンスに気力で身を起き上がらせ、前脚をテオ・テスカトルの顔面へと叩きつけた。

 バァンッ。

 呼吸も整っていない、力の込められる体勢でもない。灼かれ、爆発を身に受け、血を流し過ぎ、体力も尽きかけている。それでもテオ・テスカトルの顔が歪んだ。全身に龍炎を更に纏って巻き付いている尾を灼き切ろうとし、同時に叩きつけられた腕を払おうとした。

 しかし、ネルギガンテがそこで尻尾を引っ張った。体勢を崩し、膝が折れる。その次の瞬間、そしてテオ・テスカトルの顔を両手で掴んだ。

 それだけでみしみしと骨が軋む音がする。テオ・テスカトルの身から溢れ出る龍炎が尾を千切らんと、両前脚を灼き尽くそうとする程の熱がネルギガンテに襲い掛かる。煙が立ち込める。じゅうじゅうと肉が焼ける音がする。その苦痛に耐えながらも、テオ・テスカトルに頭突きをした。

「グウッ!!」

 撒き散らしていた塵粉が統率を失う。更に両前脚に力を込めて締めあげられる頭蓋がみちぃと音を鳴らし、そして首を捩じ折ろうとした。

 しかし、その寸前にテオ・テスカトルは牙を鳴らした。

 とにかく撒き散らしていた塵粉。特にテオ・テスカトルの顔と両前脚の周りに集まったそれらが一斉に爆発し、ネルギガンテはとうとう吹き飛ばされた。

「ア、ガ……」

 尾は千切れていた。前脚の指もそれぞれ数本が千切れ、掌は真黒く焼け焦げて、もう自身の体重を支える事さえ出来なさそうに見える。

 そしてそれよりも。腹部に強く食らった爆発は、内臓をはみ出させていた。

 ぼたぼたとこれまでにない出血が全身から垂れ流れる。

 そしてとうとう体力も尽きたようで、もう四肢を力なく動かすだけだった。

「ガルルル……」

 テオ・テスカトルも、流石にもう余裕のある表情をしていなかった。首は多少捩じられたようでやや傾けたままだ。その掴まれた顔にはくっきりと掴まれた爪痕から血がたらたらと流れ、また万力の如く締め上げられた痕が残っていた。

 そしてとうとう力尽き、いつまで経っても立ち上がらないネルギガンテに対して近くまで歩く。

 軽く飛び、また体を抱え込むようにして力を込める。すると今にも爆発しそうな光り輝く塵粉が今までの比でない程に全身から溢れ出た。

 その強さに敬意を表してか、それとも近付く事を恐れたのか。自身の最大の攻撃で、安全圏から完全に滅せんとする。

 そして次の瞬間。

 ドオオオォン!!!! 

 この地全てを揺らがす程のスーパーノヴァが弾けた。壁から生えていた龍結晶は大小関係なく全てが落ちていき、地盤はネルギガンテが掌を叩き付けるその何倍の深さにも抉れて破片が飛ぶ。

 そして。

 ネルギガンテは完全に消えていた。

 ネルギガンテが何をしたか、スーパーノヴァの大爆発で自身の視界を奪ってしまったテオ・テスカトルには見えていなかった。スーパーノヴァを放とうともネルギガンテの姿が完全に消える事などあり得なかった。

 着地したテオ・テスカトルは咄嗟に後ろを振り向く。しかしそこにも居らず、また捩じられた首が痛み、苦痛に顔を歪めた、と同時に空から降って来たネルギガンテに圧し潰された。

 ――ネルギガンテは。

 ネルギガンテは番であった。そして子を為していた。自らの命を捧げようとも負けられない理由があった。

 ――ネルギガンテは。

 爆発の寸前で飛んでいた。内臓をはみ出させていても力尽きていたのがまるで演技だったかのようにテオ・テスカトルの上空にまで跳ね上がるように飛び、そしてそこでスーパーノヴァを受けた。

 爆発は内臓を灼き潰した。四肢をもほろほろと灼かれ尽くされながらも、ネルギガンテは翼を広げてその衝撃を利用して更に空へと浮いた。

 後は落ちるだけだった。牙をその首に向け、今にも閉じそうな意識を必死に保ち。着地して後ろを向いたその首へと食らいついた。

 ネルギガンテの全体重がその首へと叩きつけられた。テオ・テスカトルは顎から落ち、それは砕けた。ネルギガンテと共に倒れ伏した。

 ビシィ! と首の骨から強い音が鳴った。そして未だ噛みつかれたままの首からメリメリと音が鳴り続ける。

 びくんびくんとテオ・テスカトルの四肢が震え、そしてそれ以上に動かなかった。その時点で致命傷を負わされていた。

「ア……カ……」

 ネルギガンテの四肢はもう完全に動かない。その顎だけに力が残っている。死にゆくまでに残された時間はほんの僅か。

 ミシィ、ビシィッ! メリメリッ、メリリッ!

 バギィッ!!

「カッ……」

 テオ・テスカトルのその最期の表情はまるで起きた事柄を信じられないような顔であり。

「グ……ゥ……」

 ネルギガンテは最期まで子の事を案じる顔をしていた。

 そして二匹は共に、命を尽きさせた。




エピローグまで合わせて多分後2~3話です。

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