古龍を描く狩人   作:ムラムリ

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ネルギガンテ 8

 ナナ・テスカトリは角を叩き折られて龍炎も塵粉も複雑な操作は出来なくなった。生える一対の内の片方が折られただけで完全に操作が出来なくなった訳ではないが、今まで長く生きてきて何の不自由もなく行使出来ていた事柄が突如出来なくなるその不便さには、実際以上に脅威を失わせていた。それに加えて前脚への深い傷によって機動力を深く削がれている。

 雌のネルギガンテは龍炎を何度も浴びてもう既に瀕死の状態だった。僅かでも動く毎に焼かれたどこかが激しく痛む。精細な動きなどもう出来やしない。生き延びてもその焼かれた傷は長く体を蝕み続ける事は目に見えて分かる。

 互いのどちらかが万全の状態ならばもう片方の事など簡単に屠れるだろう。どちらかの助けが来ればその瞬間に勝利と敗北をそれぞれが悟るだろう。

 しかし幾ら戦い続けようとも助けは来なかった。そして戦っている内に離れてしまったその同伴者、番の事を気に掛ける余裕も無かった。

 前脚に力を込めて、跳ねるようにしてネルギガンテが後ろ脚で立ち上がる。そうする事でしかもう二足で立ち上がる事も出来なかった。

 古龍を易々と屠る筋力を見せるはずの腹も黒く焦げて、それは見るだけで痛々しい。ナナ・テスカトリは眼前で立ち上がられて、しかしその隙だらけな姿勢に攻撃を仕掛けられなかった。

 自身の大きく削がれた機動力と、全身を焼き焦がしても未だ攻撃を止めないネルギガンテに対して、この隙に完全に仕留められなければ逃げる事も出来ずに叩き潰されるだろうと察していた。

 後ろに跳び、元居た位置に滅尽拳が叩きつけられた。未だ地盤を叩き割る威力はあるが、それに続けてネルギガンテは攻撃を続けられない。

 それに対してナナ・テスカトリも着地を出来ず、止まったネルギガンテに対して不格好な姿勢で炎を吐く程度しか出来なかった。

 火力も、勢いも不十分なそれはネルギガンテの元に辿り着く前に転がって避けられる。

「グゥゥ、グゥッ……」

 転がったネルギガンテは立ち上がるのにも一苦労だ。

 ナナ・テスカトリは何とか立ち上がって今度こそ炎を勢い良く吐いた。

 それは一瞬直撃するものの、溜めを作って強く跳んできたネルギガンテに、今度はナナ・テスカトリが転がって避けた。

 炎を吐きながら無理矢理避けたせいで思いきり咳き込む。ネルギガンテがそこへ尾を叩きつけてきて、今度こそそれは胴体に直撃した。

 威力はそう高くない、しかし生えている棘は頑強な鱗を貫いて肉を抉った。

「ガ、ガアアッ!」

 ならばとその突き刺さった尾を胴体で引っ張った。前脚に傷を負っていなければ棘は折れて何にもならなかっただろう。しかし、その万全に動かない四肢は逆に尻尾を引っ張り続け、ネルギガンテの姿勢を崩した。

 尾を、背中を向けているネルギガンテが振り返る前に、ナナ・テスカトリは龍炎を撒き散らして発火する。更に力を入れ続けて、ネルギガンテをその場に留めようとした。

 角も折られて火力も大して出ない龍炎は、十分な装備を整えられていない狩人でも耐えられそうな程の弱さだ。しかし、それ以前に強く焼かれ続けたネルギガンテに対してはもうそんな火力であっても全身へ激痛が走るものだった。

「ギィアアアアッ!!」

 暴れられて流石に尻尾がナナ・テスカトリの胴体から外れる。

 反撃するのではなくその龍炎から逃れようと走ったネルギガンテに対し、今度こそナナ・テスカトリは炎を吐いて直撃させた。障害物もなく、即座に反撃に転じる事も出来ず、ネルギガンテは焼かれ続けた。焼き尽くされた全身から灰が、炭がぼろぼろと崩れて至るところから筋繊維が見え、それすらも直接焼かれていく。

「アガアアアアッッ! ゴルルルルッ!!」

 しかしそれがネルギガンテに対し覚悟を決めさせた。

 好機を逃すまいと全力で炎を吐き続けるナナ・テスカトリに対してネルギガンテは側面を向けた。自らの翼を地に着け盾にして、タックルを仕掛けた。

 痛みに耐えかねて苦痛に顔を歪め悲鳴を上げながら、乾燥しきった口から血を吐きながら、ぼろぼろと翼を焼かれ崩されながら。

 炎を吐き切ってもネルギガンテは止まらず、ナナ・テスカトリの眼前には焼き尽くされた翼から焦がされた剥き出しの、未だにその役目を果たす怒張した筋肉が見えた。

 ドガァッ!!

 ナナ・テスカトリは今までの何よりも強く弾き飛ばされ、転がった。ネルギガンテもその勢いを自ら制御出来ずに転がっていく。

「ガ、ヒュゥッ、ゲボォッ、グブゥッ」

「アグゥッ、ヴゥ、グゥゥッ、ヴヴウウッ!!」

 ナナ・テスカトリは内臓を痛めたかのように強く血を吐き、必死に呼吸を保とうとしていた。鼻からも血を数多に出し、眼前には血の池が出来始めている。しかし、致命傷ではない。

 ネルギガンテは更に死の淵へと詰められていた。仰向けに止まった自分の体をひっくり返す事すら難儀する程に。

 互いにどうにかして立ち上がろうとする。一つの挙動の度に悲鳴を上げるネルギガンテ。血を何度も口から、鼻から吐きながらも、ひゅー、ひゅー、とネルギガンテを睨みつけて立ち上がろうと全身に力を込めるナナ・テスカトリ。

 互いが体勢をやっとの事で整え終えようとするのはほぼほぼ同じタイミングだった。そして、互いがそれでも咆哮しようとした時だった。

 いきなり、辺り一帯が強く震えた。

 その正体はテオ・テスカトルのスーパーノヴァの振動だった。二匹はそれに一瞬目を向けた。テオ・テスカトルの爆発、その上でネルギガンテがふわりと浮き上がっていく姿。

 ネルギガンテの腹からは致命的な何かがぼろぼろと崩れて落ちていた。そして四肢すらも同様に。

 しかし浮き上がった後に落ちていくその頭は、その牙は確固としてテオ・テスカトルの首へと向けられている。着地したテオ・テスカトルはそれに気付いていない。

 また同時に、上からビシィ! と音がした。

 互いに龍結晶の地に長く居た者同士、その硬質な何かが割れる音の正体を知っていた。壁から生える巨大な龍結晶に皹が入った音。その龍結晶が折れて落ちて来る前触れ。

 能力の行使は愚か、肉体をまともに動かす事すら難しくなっているナナ・テスカトリも、体力はとうに尽きて気力だけで動いているに等しいネルギガンテもその音に前へと向き直した。共にそれぞれの決着を悟り、それに余計な感情を抱く事なく、真直ぐと。

 共に互いへと向かって走った。

 ビシィ、バギィッ!

 頭上からは巨大な龍結晶に亀裂が次々と入り、今にも落ちて来そうな音が聞こえる。ネルギガンテもナナ・テスカトリも姿勢を低くし、真正面からぶつかり、組み合った。

「ゴルルルルルッ!!」

「ガアアアアアッ!!」

 筋肉が至る所から丸見えになる程に焼き焦がされようとも、片側の翼を骨だけにされようとも、死の淵に立たされようとも、肉体の扱いはネルギガンテの方が上だった。

 組み合った直後、ネルギガンテはナナ・テスカトリの下に潜り込んだ。

 自身の頭にナナ・テスカトリの喉を乗せて角を突っ張りとし、

「グ、ゴアアアアッ!!!!」

 思いきりナナ・テスカトリを持ち上げた。

 バキバキバキバキッ!!

 とうとう落ちて来る龍結晶、ナナ・テスカトリを下から持ち上げて頭にそれを直接ぶち当てようと画策したネルギガンテはしかし、突如頭の上から重みが消えるのを感じた。

 その次の瞬間、目の前にナナ・テスカトリの尾が唐突に迫って来るのに気付いた時にはもう、遅かった。

 バシィッ!

 ナナ・テスカトリは持ち上げられたと同時に翼を開き、その勢いを逆に利用していた。そのまま宙返りをし、強靭な尻尾を顎へと叩き付けていた。

「ガッ」

 ふらつくネルギガンテを目の前に、ナナ・テスカトリは着地し、崩れ落ちた。

 互いが勝利と敗北を悟った刹那の後、巨大な龍結晶はネルギガンテを壮絶な音と共に圧し潰した。

 

 足を引きずりながらナナ・テスカトリはネルギガンテの近くへと歩み寄った。

「ァ……ヵ……」

 全身を潰されても、まだほんの僅かにネルギガンテは生きていた。涙を流しながら、諦めきれないように。

「ァ……ァァ…………。ァ……ァ…………」

 しかし、それも程なく終わる。消え入りそうな声もとうとう聞こえなくなり、涙を流し続けたまま、声が無くとも開いたままの口から強い思い残しを吐き出し続けながら。

 そうしてネルギガンテは息絶えた。

「……………………」

 ナナ・テスカトリはネルギガンテが完全に死ぬのを見届けると、しかしまだ緊張を解かなかった。

 次にテオ・テスカトルと雄のネルギガンテの方を向いて歩いた。

 内臓そのものと四肢をも塵にされてもテオ・テスカトルの首を食い千切った雄のネルギガンテと、そしてその首を骨ごと食い千切られたテオ・テスカトル。

 ナナ・テスカトリが連れて来た、この中では群を抜いて強いはずのテオ・テスカトルは信じられないような、絶望するような顔をして無残に死んでいた。

 ネルギガンテは口からテオ・テスカトルの首の骨をぽろりと落として死んでいた。その顔は何かを心配するような顔のままだった。

「…………」

 ナナ・テスカトリは、連れて来たテオ・テスカトルにも大して感傷を抱かずに、涙も流さなかった。そんな様子からは、あくまでテオ・テスカトルは同伴者であり、ナナ・テスカトリにとってそこまで想いの強い存在では無かったように見えた。

 そして今度は開けた広場へと歩いて行った。足を引きずりながら、ゆっくりと。

 途中、ヒノキとカシワ、そして歴戦王のクシャルダオラの前を通り過ぎる。

 それらにも一瞥するだけでそれ以上は何もせず。

 広場から、ネルギガンテの寝床へと向かって歩いていく。

 誰もそれを追いはしなかった。

 

*****

 

 そして十分も経たない内に、ナナ・テスカトリは出て来た。

 酷く寂し気な、悲し気な、何かを堪えるような顔をして。緊張を解いて今にも泣き出しそうなそんな様子のままマグマ帯へと、自らの寝床へと歩き去って行った。

 その後、暫くして。

 ネルギガンテの子が恐る恐るというように出て来た。

 

 ――どうしてかは分からないが、ナナ・テスカトリはネルギガンテの子までは殺さなかった。

 

 その理由は考えるだけ野暮というものだろう。

 考えたところで答えが導き出せる訳でもなければ、誰かがそれを教えてくれる訳でもない。

 その子は人間もアイルーも、そしてクシャルダオラも自身に手を出して来ない事を知ると、一心不乱に戦いの起こっていた場所へと走った。

 それから長い時間、悲痛に泣き叫ぶ声が聞こえ続けていた。

一番印象に残った戦闘

  • ネルギガンテ vs クシャルダオラ
  • ネルギガンテ vs キリン
  • ネルギガンテx2 vs テスカト 1戦目
  • 三兄弟+アイルー vs マム・タロト
  • ネルギガンテx2 vs テスカト 2戦目

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