古龍を描く狩人   作:ムラムリ

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ネルギガンテ 9

 ネルギガンテの子が泣いている様を見る気もせず、ヒノキは座った。

「…………」

 ただ遠くから見ていただけだが精神的にも、肉体的にも結構疲弊していた。

 息を吐いていると隣にカシワも無言のまま座る。

 この地に新たにやって来たネルギガンテの番は数多くの古龍を屠って子を為し、そして子を遺して息絶えた。

 ネルギガンテが居なかった時のような強い平穏が戻って来る。古代樹の森も、大蟻塚の荒地も、陸珊瑚の台地も、瘴気の谷も、そしてこの龍結晶の地にも、生を無暗矢鱈に脅かしたり、何かを強いるような存在は居なくなった。

 ――ネルギガンテの番は、一つだけ間違えてしまった。

 この地にやって来たネルギガンテを、最初から最期まで見届けたヒノキは、それを思った。

 ナナ・テスカトリを生かしてしまった事。古龍を好む古龍が、それを見逃してしまった。禍根を残してしまった事。

 それが最終的にこのような末路を辿った原因となった。

 ナナ・テスカトリはどういう形であろうとも復讐を果たし、そして自身も生き残った。ただ、あの様子では暫く表に出て来る事も無いだろう。

 そしてもう一つ。

 ――ナナ・テスカトリは何故、ネルギガンテの子までを殺さなかったのだろう。

 それを考える事は野暮だとしても、答え合わせを出来なくとも思考は進んでしまう。

 親が如何様であろうとも子に罪は無いとか、そんな事を思っていたのだろうか。その子が育てばまた、自身を襲って来る可能性まで気付かないはずもないだろうに。

 思考に耽り始めようとした時、クシャルダオラが自分の頭を爪で軽く叩いてきた。

 振り向くと、抑えつけられる。

「ニャッ!?」

「……悪かったよ」

 体重を掛けられている訳でもなく、殺意を向けられている訳でもなく。驚くカシワを傍目に、ヒノキはただ済まなそうに言った。

 クシャルダオラも少し疲れたような素振りを見せていて、それだけでクシャルダオラがここまですっ飛んで来たであろう事が想像出来た。

 ……もしかしたらアステラにも被害が及んでいるのかもしれない。

 ヒノキはどこだと暴風でアステラの全てをひっぺ剥がしていくそんな姿が容易に脳裏に浮かび、正直帰る事が酷く憂鬱になった。

 そしてそのままヒノキを抑えつけている自身の前脚を、もう片方の前脚で強く引っ掻いた。

 たらたらと血が流れ始め、それはヒノキに掛かる。

 ……これは、マーキングか。

 すぐにヒノキはそう理解した。正真正銘、ヒノキはクシャルダオラの庇護の元に置かれた。

 もう自分はこのとびきり強力なマーキングをされた装備を着ている限り、滅多な事では竜種、下手な古龍種にも襲われなくなるだろう。

 それ程に強力なマーキングだ。もうリオレウスであろうとディアブロスであろうとオドガロンであろうと、またナナ・テスカトリでさえもヒノキに対して敵意を向けて来る事は無いだろう。

 そう考えると寂しい気もしたが、仕方ないかとも思った。ある程度予想出来た事ではあったし、また少なくとも、あのテオ・テスカトルがこの新大陸に住む全てに対して恭順を強要するよりかはよっぽど良い。

 胴体に、足に、そして顔や髪の毛にまで血を掛けると、体を回して背中にまで掛けていく。

 それが終わって、クシャルダオラはヒノキを解放した。

 自身で傷つけた脚を舐め、それは程なく止まる。

 ヒノキは座り直して、目を手の甲で拭う。唇の周りに付いた血と共にそれを舐めると、それは何の味もしないようで人の身には劇毒になる程の途轍もない何かを取り込んでしまったような感覚に襲われた。

 五秒、十秒、二十秒。ただ静かなその空間で自分の心臓の音が聞こえている。

 体の中で何かが起きないか不安で仕方が無いが、それ以上幾ら時間が過ぎようと何も起きず、それにとてもほっとした。

 その気になればこの地を全て破壊出来る程の力の持ち主の血など、僅かでも舐めた事自体酷く馬鹿な事だった。

 そんなヒノキの様子を暫く眺めると、クシャルダオラは立ち上がって翼を広げ、そしてゆっくり空へと飛んで行った。

 この龍結晶の地の頂上へと、その自分の住処へと帰るつもりのようだった。ネルギガンテの番とテオ・テスカトルの死体を大して見る事も無く、ナナ・テスカトリがどこへ行ったかも大して確かめもせず。

 ヒノキはそんな様子を見えなくなるまで見届けてから、やはりあのテオ・テスカトルよりクシャルダオラは強いのだろうと思った。

 種としての相性を抜きにしても、自身が王である事に拘ったテオ・テスカトルよりも王である事を自覚しながらもそれに拘らなかったクシャルダオラの方が、生き続けると言う事柄においては優れているに違いなかった。

「……格好良いよなぁ」

 テオ・テスカトルよりもよっぽど。

 個人的な感情が混じっている事は否めないが。

「……ボクもそう思うニャ」

 そう、カシワが言った事にヒノキは驚いた。

「ニャんと言うか……古龍らしくニャいのに、格好良いのニャ」

「……確かにな」

 暴君が処刑され賢王は称えられる。そのようなものと似ている。そして人前に表す古龍と言うのは程度の差はあれど、基本的に前者だった。

 ネルギガンテが泣き叫ぶ声は未だ聞こえる中、声が聞こえて来た。

「おーいヒノキー! カシワー! 大丈夫かー?」

 戦場となった、ネルギガンテの子が泣いているその場所を迂回してやって来たのは、マハワとその相棒、それからオオバ。

「って何だお前その血は!?」

 ヒノキは疲れたように言った。

「クシャルダオラが俺に死んで欲しくないってさ」

 そう言うと、等しく興味深い目で見られた。

 

 ネルギガンテの子がどのように生きていくのか、また暴虐を尽くしたその親が居なくなったこの龍結晶の地がこれからどうなっていくのかを見て行くにせよ、一旦アステラに戻る事にした。

 大した傷の付いていないテオ・テスカトルの死体からは垂涎ものの素材が沢山剥ぎ取れるだろうが、命を賭してそれを屠った親と、今それを悲しんでいる子を目の前にして漁夫の利をする程に野暮な事は流石にマハワであろうともしなかった。

 剥ぎ取ったとしても自分の実力を遥かに超える存在から作られた武器や防具などは、身の丈合わなさ過ぎて誰も使いはしないだろうが。

 また、そのテオ・テスカトルが死んだ事は皆にとって好意的に受け入れられるだろう。恭順を示さなければ殺されてしまうような威圧に怯える必要はなくなった。

 一日程度しかこの新大陸に居なかったとしても、強烈過ぎる印象を残した古龍だった。

「……そう言えば」

 何だ、とマハワが振り向く。

「強くなる為の秘訣みたいのは掴めたのか?」

 この龍結晶の地に赴く前にマハワが言っていた事を思い出していた。

「いーや、そんな簡単に強くなれたら苦労はしないさ。

 ただ、俺の中に強く記憶として残っている。幾らでも反芻出来る程に、とても鮮明にな。

 これから何度も俺はそれを思い返すだろうし、あのネルギガンテや、そしてテオ・テスカトルにどう立ち向かえば良いのかそれがその度に僅かでも気付ければ、閃ければ、それを試していくだけさ」

「そうしていれば、強くなれると」

「俺はそう信じている」

 それを聞いてヒノキは、自身とマハワの間の才能というものの差はそう強くないのかもしれない、と思った。

 ただ、強くなる狩人というのは何があろうとも竜や古龍を打ち倒せる可能性を追求し続ける。如何に打ちひしがれようとも、絶望に叩き落されようとも諦めない。目の前を向き続ける。

 そういった精神面の差の方がよっぽど大きいように見えた。

 

 海沿い、翼竜を呼べる場所まで来ると、打ち寄せる波に複雑に反射される太陽の光が眩しく届いて来た。空は爽やか過ぎる程の青空。

 ここを訪れてから意外な程に時間は経っていなかった。特に、ネルギガンテとテオ・テスカトルが戦っていた時間など、十分、長くて十五分程度だろう。

「日が暮れる前には帰れそうです、ね……?」

 マハワの相棒が何故かそれを疑わし気に、ヒノキを見て行った。

 そんなヒノキも、すぐに気付く。

「……? あ、うん……」

 さっさと口笛で翼竜を呼んだマハワも、翼竜がやって来てから気付いた。

「あー……」

 翼竜はクシャルダオラにマーキングされたヒノキには近付こうとしなかった。

「どうする?」

 ヒノキはくたびれた様子になりながら言った。

「ひとまずはここに残るよ。多少食糧も持ってきてはいるしな。

 翼竜を無理矢理捕まえて移動しようとしても余り良い結果は起きないだろうし、ましてや歩いて帰る気も起きないし」

「ボクはどうした方が良いニャ?」

 カシワが聞いてきて、ヒノキは少し悩んでから言った。

「……居てくれると助かる」

「ニャ」

「それじゃあ、俺達は報告もあるから帰るな。その血の臭いも多少落ち着けば翼竜にも乗れるだろうし、そう悲観的に考える必要も無いだろう」

「そう思いたいね」

 クシャルダオラが自分をここにずっと留めようとまでは思っていない事を願いながらヒノキは答えた。

 そうして、マハワ達は先に帰って行った。

 

 竜種などが入って来れないベースキャンプでヒノキは装備を脱いで体を洗い、そしてカシワと一息を吐いた。

 テントの中、地べたに直接敷かれている生地の、地べたに直接寝転がるよりはよっぽどマシなところで横になって、一旦目を閉じた。

 派手にくたびれた訳でもないが、このまま横になっていればとても心地良く眠れそうだった。

 少し時間が経った後に寝転がると、カシワがネルギガンテの子を見たままに描いていた。

 そんな様子を暫く眺めていると、カシワが口を開いた。

「……ネルギガンテの子まで死ななくて、ボクはちょっとホッとしてるのニャ。

 親が命懸けで守ろうとした子供まで死んでしまうという悲劇が訪れなかった、という事もあるにはあるのけどニャ、それ以上にキリンの死が全くの無駄にならなかった事にどこかホっとしてるのニャ」

「……そうか」

 それは愚直に言ってしまえば勿体ないという事なのだろうけれど、その言葉で済ませるにはこの過程は複雑過ぎた。

 勿論、キリンの死も悲劇だろう。キリンはネルギガンテに喰われる為に生まれて来た訳じゃない。ただしかし、その死が連綿と続く命の輪にさえ弾かれてしまう事をカシワは心の内で無意識から恐れていた。

「ヒノキはどう思ってるのニャ?」

「……何にだ?」

「……この、ネルギガンテの番が生んだ全てに対して、ニャ」

 うーん、とヒノキは唸った。

「そう言われると、少し困るな……。俺も、多分カシワも、他の狩人に比べて竜種、古龍種に強く感情移入するみたいだが、だからと言って俺は同情する訳でもなければ情けを掛ける訳じゃない。

 リオ夫婦が幾ら仲睦まじくともアステラに害を為すなら、心苦しくなるだろうけれど倒すだろうし。

 ネルギガンテがナナ・テスカトリを最初の時に逃していなければこんな末路を辿る事は無かっただろうとか、何故ナナ・テスカトリは子までを殺さなかったのだろうとか色々思う事はあるし、この体験はいつまでも俺の中に残り続けるのだろうとも思える程に強く印象に残るものだと実感しているけれど、そこまで深く何か感情を抱いている訳じゃないな」

「ニャー……」

「ただ、親の覚悟や意志というものは遠くから見ていてもまるで自分が思っているかのように強く感じられた。

 もしきっと、その後にナナ・テスカトリがネルギガンテの子までを殺していたら、ここまで落ち着いてはいなかっただろうな。

 そういう意味じゃ、俺はほっとしているんだろう」

「ニャァ」

 うーん、とヒノキは背を伸ばした。

「寝たら丁度夜だよな……。疲れも多少取れたし、ちょっと出るか。

 カシワも行くか?」

「行くニャ」

 そう言ってカシワはぱたんと手帳を閉じた。




鋼龍の加護:
イビルジョー、ラージャンを除く竜種、古龍種から怒り状態でない時に攻撃されなくなる。
また、歴戦以上のネルギガンテ、歴戦王個体の古龍種全般も除く。

イャンガルルガ入れるか微妙。

後1話だけ続きます。

一番印象に残った戦闘

  • ネルギガンテ vs クシャルダオラ
  • ネルギガンテ vs キリン
  • ネルギガンテx2 vs テスカト 1戦目
  • 三兄弟+アイルー vs マム・タロト
  • ネルギガンテx2 vs テスカト 2戦目

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