外に出れば、太陽は沈み始めていた。
この時間帯の龍結晶の地は、中々に心惹かれるものがある。特に龍結晶が数多く生える場所においては夕焼けの赤がそれに幾度も反射し、まるでこの世の終焉を伝えるかのような雰囲気を醸し出す。
ただ、人に限らず殆どの生物に対して終焉とはこんなドラマチックに訪れてくれるものではない。死ぬ寸前に自分の死を自覚する方が遥かに少ないだろうし、そして自覚する時にこんな風情を感じている余裕はまず無いだろう。
そんな事を思いながら、取り合えず、とヒノキは思考を締め括る。
この光景に似合う程の抗いようのないような終焉が訪れようとも、亡くなったネルギガンテの両親は子を守る為に最期まで抗っただろう。
今、この地に生きる生物はネルギガンテの番が来ても逃げる場所がなかった者や、もしくは逃げる必要がなかった者に限られる。
前者はドドガマルやガストドンなどの、飛ぶ翼も逃げる場所も知らない、その地で生きるしかなかった者達。
後者はマグマの中に住み、古龍からも襲われないヴォルガノスや、そしてネルギガンテを真向から打ち倒す実力を持つクシャルダオラ。
その位の数える程の種しか残らないこの龍結晶の地は、常に静かだった。
しかし、その元凶のネルギガンテが死んだ今、歩いていると早速ドドガマルの這いずり痕が見つかった。地中に潜って安全を図るその竜は、ネルギガンテの手からも逃れて生き延びていた。
また、未だ歴戦王と名付けられる程に強いクシャルダオラは居るものの、それが温厚である事はもう竜達にも分かられているらしい。
そうでなければまだ表に出て来る事は無いだろう。
「他の竜達も戻って来るかニャ?」
「それは待てば分かるさ。俺には……そんなに戻って来ないと思えるけどな」
「かもニャ」
そのクシャルダオラが温厚かどうかなど、少なくとも近付かないと分からない。元々ここを住処にしていてそこまでの危険を冒そうと言う竜、もしくは温厚だと知っている竜など、強いて言えばリオレウス亜種位しか知らなかった。
「ふあぁーー……」
ヒノキが背を伸ばして大きく欠伸をする。
そこには竜が跋扈する地に立っている事への警戒など微塵も無かった。
「ヒノキがそんな姿見せるニャんて、ちょっと意外だニャ」
「そりゃあな……。あんな戦いを見せられて疲れた後に竜種、下手すれば古龍種からも襲われないようにされたら、緊張も解ける」
「ニャァ。でもニャ、イビルジョーなんかにニャ効かないと思うニャ」
「まあ、それは思うけどな。ただ、イビルジョーはこの新大陸で数多く確認されている竜でもないし……いや、そんな沢山居て溜まるものじゃないが……、そのイビルジョーと言えどネルギガンテ二体が居るこんな場所に来ようとは思わないだろ。
……きっとな」
「……きっとニャ」
そんな事を話している内に、その戦闘が起きた場所へと戻って来た。
ネルギガンテの子の泣き声はもう聞こえて来ていない。慎重に近付いて見れば、その場からも去っていた。
「どこに行ったんだろうニャ」
「さぁ……」
テオ・テスカトルの死体を見てみれば、柔らかい腹や太腿の部分などを齧った痕があった。後は角を折ろうとしてか、何度か引っ掻いた痕。
「少なくとも、生きるつもりではあるようだな」
「ニャ」
それから首の方を見た。巨体を支える背から繋がるその首の骨ごと食い千切ったその痕は、まるで人がリンゴを齧るかのような見事な程に綺麗な断面を見せていた。その咬合力はイビルジョーを更に上回っていただろう。
それをやったのはすぐ隣に横たわる内臓も四肢も灼き尽くされた後のネルギガンテ。内外共に乾ききったその肉体の、顔の方だけ僅かに濡れていた。
子が頭にくっついて長い時間泣いていたのが見て取れた。
それからナナ・テスカトリに敗れた方のネルギガンテに向かおうとした時、がしゃん、と小さな音が聞こえて来た。それに続いて爆発音。
ネルギガンテの住処の方から聞こえたその音は、ガジャブーの壺爆弾の音だ。
何に向けてそれを投げたかと思えばそれは明白で、ネルギガンテの子が逃げて来た。
火傷の痕を少し見せて、元々の住処さえ奪われてしまったのだろう。いや、元々ガジャブー達の縄張りだったのだから、ガジャブー達が取り戻したと言った方が正しいが。
花火やらに追い掛けられて、ネルギガンテの子は転んだ。そこに壺爆弾を一つ背中に投げつけられ、ネルギガンテの子は短く悲鳴を上げた。
そうして、ガジャブー達は去って行った。
「グ、グゥ……グゥゥ……」
その肉体の頑丈さはまだ子供でも多少ながらあるようで、壺爆弾を直撃されても強い傷は負っていなかった。
ただ、それでも中々起き上がらなかった。弱弱しい呻き声を上げながら、また泣いていた。
親は唐突に死に、そして住処まで奪われてしまった。行く当ても無いだろう。
「……どうするニャ?」
「どうしようか」
そんな迷いの言葉が出た事にヒノキ自身も驚いた。普通の狩人なら放っておくだろう。
そこで自分達は他の人達に比べて竜に対して感情移入をする、という事を改めて実感した。
ネルギガンテはきっと、誰の助けが無くとも何とか生きていくだろう。この龍結晶の地に自身を強く脅かす敵も居なければ、ここには今、自らをとても強くしてくれるご馳走だってある。
ただ、そうやって生きていく先の事を想像してしまう。
親がどのような覚悟を持ってテオ・テスカトルとナナ・テスカトリに挑んだのか。また、どうしてそんな覚悟をしなければいけなかったのか。それを知らないままにただただ負の感情を抱いて寂しく生きた先にあるものは、親が辿った末路よりも悲惨なものになる気がしてならなかった。
けれども、そうして古龍と接する事は逆に自分達の都合、価値観に当てはめているのではないのだろうか、という思いもある。
ここで手を差し伸べておけば成体になった時に自分達狩人の助けになってくれるのではないか。生きる事そのものに何の不自由も無い事が誰にとっても幸福に繋がると考えているのではないか。
結局のところ、自分達は何を優先するか、何に対して一番重きを置いているのか。新大陸の狩人として、また渡り歩いてきたその場所場所で繰り広げられる生命の営みを知りたくて、描きたくて様々な地を渡り歩いてきた一人と一匹として。
新大陸の狩人としては?
大団長ならば、面白くなる方を選べと言うように思えた。そのオトモアイルーが前線から離脱したその元凶の古龍だとしても、それと切り離した上で大真面目に。
しかし、総司令は保護する事に余り肯定的な意見を言わない気がした。その孫の、唯一ここで生まれ育った調査班のリーダーは何を言うだろうか。皆の安全を強く案じる彼からはやはり、総司令と同じ言葉が聞けそうだった。
ソードマスターは? フィールドマスターは? 竜人族の狩人は?
などなどと考えてみると、やはり保護する事に肯定的な意見を言う人は多くないように思えた。
ただ、強く否定もしない気がした。
何だかんだで誰も彼もが大団長の意向に賛同している部分はあるし、ヒノキだってそれに影響されている部分はあった。
自分達としては?
新大陸の事を知りたくて、描きたくて半ば密航の形で交易船に乗り込んできた一人と一匹。
強さというものに憧れる訳ではなく、純粋に森羅万象の物事を五感で味わいたくて、残したくて狩人になった一人と一匹。
そしてこの新大陸で王として君臨する程の強者であるクシャルダオラに気に入られた自分。
「……そうだな。答えは決まっているようなもんだったな」
「ニャア?」
「ネルギガンテの子が生きていく手助けをする事、新大陸の調査団としてどういう行動を取るべきか。
それらは矛盾しないって事だ。
……多分」
「多分?」
「いや……都合の良い事だけを考えているだけかもしれないけどな。
新大陸の未知を解明するという目的と、ネルギガンテの子を手助けする事は矛盾していないだろう?」
「でもニャ」
「分かってるさ。成長して、もし強い脅威となった時、古龍とタイマン出来る程の実力を持たない俺達は責任を取れない。
取れるとしても、クシャルダオラに頼るという狩人としての矜持をかなぐり捨てるような方法しかない。
けど、子が成長していく過程を観察出来るのはネルギガンテという古龍をより深くまで知れるという、誰にとっても強いメリットがある。
そして、それは同時に子がああやって悲しみに耽る姿を余り見ずに済む事でもある。
それは……俺にとって狩人の矜持をかなぐり捨ててでも選びたい事だ」
狩人としての矜持を捨ててでも、と思うその原因はやはり、親の命を賭した抗いを見たからだろう。
強い感情を抱いていないと言ったしそれは間違っていないと思うが、それはあくまで自分の表面に出て来ていないだけで、自分の根幹すらをも動かしている。
「ボクも……多分、ヒノキと同じ方法で責任を取れるならそれを選ぶニャ」
「そうか」
そう言って、ヒノキは背中から太刀を引き抜いた。
「……ニャ?」
「まあ、挨拶みたいなもんだ」
ヒノキはテオ・テスカトルの頭へと向かい、そして息を細長く吸って吐くのを何度か繰り返した。
呼吸を繰り返すに連れて、ヒノキは集中を研ぎ澄ましていく。
カシワは途中、ネルギガンテの子が呻き声を止めてヒノキの方を見ているのに気付いたが、ヒノキはそれにすらもう気付いていない。
そしてヒノキはテオ・テスカトルの角に向けて太刀を振り下ろした。
ガヅゥッ!
それは角の三分の一程までに食い込む。続いて二撃目も全く同じ場所へと振り下ろされ、すると角は半分以上が切り裂かれていた。
ヒノキにとって対象が動かないのならば、何者の邪魔も入らないのならば、それがテオ・テスカトルの角であれど断ち切る事はそう難しい事では無かった。
「ふっ」
そして三撃目でぽろりと角が落ちた。
それを手に取り、ヒノキはそれをネルギガンテの子の方に強く投げつけた。
がらんごろんと音を立てて、それはネルギガンテの子の前に落ち、そしてネルギガンテの子は半ば信じられないかのように角とヒノキを何度も見直した。
「じゃあ、今日は戻るか」
「……それだけニャ?」
「最初はこのくらいで良いだろう。今のあいつには敵しか居ないように見えているだろうし、無暗に距離を詰めようとしても逆効果だと思う」
「……それもそうかニャ」
キリンは最初、パオウルムーにどうやって距離を詰めたのだろうとカシワは思った。
ヒノキも同じような事を思ったのか、また言葉を続けた。
「それに、俺達は保護者になる訳でも無いだろう?
少しだけ、生きる手助けをしてやるだけだ。
それにあんなご馳走を与えたんだ。気付けばすぐにでも俺達より強くなってもおかしくない」
そう言って、ヒノキはさっさと歩いていく。
「ニャー……」
カシワはヒノキに付いて行くも、何度かネルギガンテの子の方を振り向いた。
ネルギガンテの子はテオ・テスカトルの角を抱えながらこちらの方をじっと見ていた。
*****
お父さんもお母さんも殺されてしまった事に、僕は強く悲しみながらもどこか、そうなって当たり前だったのだろうと思っていた。
僕をただただ見て来た、強く傷ついた青い龍に、僕は強がっていてもとても怯えていた。どうして僕を見て来たのか、それで僕に何もしなかったのかそれは分からなかったけれど、お母さんを殺した理由は何となく分かってしまった。
だって、怯えながらも、どこかで僕はその青い龍のことをとても美味しそうだと思っていたんだから。
昨日食べた、あの白い体に青い線が走る、食べると少しぴりりと痺れた小さめの龍と同じかそれ以上に美味しそうに見えたんだから。
お父さんとお母さんは、きっと赤い龍や青い龍を食べた事があるんだろうと思った。そして赤い龍も青い龍も、食べられたくなかったから、お父さんとお母さんを殺したんだろう。
それにお父さんがボロボロになりながらも倒した赤い龍は青い龍よりもとても、とても美味しそうだった。近くに寄るだけで、その血の匂いを嗅ぐだけで涎が出てきてしまう程に美味しそうだった。
赤い龍を食べたら、食べたら、お父さんとお母さんが死んでしまった事も忘れてしまう程に、とにかく、とにかく美味しかった。気付いたらお腹が一杯になっているほどに。僕の体にとんでもない力が備わったように。
でも、力が備わった気がしただけだった。
食べ終えて、これからどうすれば良いのか全く分からなくて、何となく寝床に戻ったら変な生き物達が沢山居た。
そいつらは何かを沢山投げてきて、それらが全部落ちると同時に大きな音と弾ける炎が僕を襲って、僕は怯えて逃げるしかなかった。
逃げて逃げて、転んで、それが僕の背中に当たって、とても痛くて。
僕は、これからどうすれば良いのか全く分からなくなってしまった。お父さんとお母さんが死んでしまったことがぶり返してきて、またとても悲しくなって、堪らなくて、寂しくて。
……でも、僕を助けてくれる誰かも居た。
ひょろひょろとした生き物で、お父さんとお母さんよりも遥かに弱そうだった。でもその生き物はあの赤い龍と同じくらいに美味しそうな、銀の龍と一緒に居る生き物だった。
そして背中から出した細長い爪で、僕が折れなかった赤い龍のとても硬い角を簡単に切り落とした。
それを僕にくれた。
……僕はきっと、これから沢山のことを考えなきゃいけない。
何を食べていくのか、どこで寝ればいいのか、そしてどうやって生きていけばいいのか。
考えなくちゃいけない。そうじゃなかったらきっと僕は死んでしまう。僕を遺して死んでしまったお父さんとお母さんのように。
これからどうすれば良いのか。
僕は貰った角を抱えながら、そしてあのひょろひょろとした生き物と銀の龍の雰囲気を思い出しながら、夜を迎えて。
お父さんもお母さんも死んでしまって、とても悲しくて、とても寂しくて。
でも少しだけ、前を向けた。
これにて本編完結です。
一年以上の長い間付き合って下さってありがとうございました。
感想や評価などあれば嬉しいです。
それとアイスボーン編は……書くとしても結構後になるかと。
そんなにストーリー思い浮かんでいないのと、この話がゼノ・ジーヴァ討伐後として本編の捏造は基本的にしていなかったのに対して、
アイスボーン編を書くとなると完全に本編を捏造する事になるので。
後、他にも色々書きたいものもあったりするし。
設定やら活動報告やら後日投稿すると思います。
一番印象に残った章
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クシャルダオラ
-
キリン
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ナナ・テスカトリ
-
マム・タロト
-
ネルギガンテ