古龍を描く狩人   作:ムラムリ

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今日は代休だったので書いた。9~10月の激務の代休も全て無くなった。


クシャルダオラ 5

 幸いにも男が今身に着けている装備は昨日と同じ、風圧耐性が多少なりとも付いている装備だった。

 まともに食らわなければ数撃は耐えられる防御力の防具。討伐が目的ではなく調査が目的だったその防具には攻撃の為の珠――狩人の特定の力を強化できるもの――は余り付いておらず、防御や回避の為の珠が多く付いていた。

 ベースキャンプでポーチの中身もしっかりと充実させ、スリンガーに閃光弾をセットする。あのクシャルダオラだろうとは思いながらも、装備は入念に整えた。いざとなれば、逃げられるように。

 まともに戦おうとは微塵たりとも思っていなかった。

 黒い雲がじわじわと古代樹に迫ってくる前に、肉をくるくると回しながら焼いて食べた。

 今だ、と思って一口齧ると、中が生焼けだったのでもう少し焼いた。

 今度は焼き過ぎて焦げた。

「……」

 溜息を吐いて、念の為に太刀の調子を再度確認してから立ち上がる。

 ストレッチを軽くやり直してベースキャンプから出た。

 

 どす、どす、とアンジャナフが逃げていく足音が聞こえ、陰が自分を覆ったかと思えばプケプケが空を飛んで逃げていくのが見える。

 アステラの皆はこの古代樹を包む雰囲気に気付いているだろうか? リオ夫婦が逃げ去っていった事を誰も発見していなかったら、多分雨が来るな、位にしか思っていないだろう。かと言って今さら戻って伝えるのも時間が掛かる。

 ただ、クシャルダオラが来るだろうと伝えるより、そのクシャルダオラがどのような個体なのか、多分、昨日見たあの個体だから大丈夫だろうとは思いながらも、はっきり確認しておく方が重要だった。

 救難信号の用意もしてある。

 男は古代樹の上層へと足を運んだ。クシャルダオラがこの古代樹の森で好んで訪れる場所は、海に面した広場、それから古代樹の頂上付近、いつもならリオ夫婦の縄張りである高台、その二つだった。

 海に面した広場に来るのならば流石にアステラの皆も気付くだろう。ならば、自分が行くべき場所は高台の方だった。

 モンスター達がここで命の営みを行うに連れて出来た道や地面を踏みしめ、上層へと登っていく。途中樹の幹に張り付いていた光蟲を取り、ポーチに突っ込んだ。

 中層へと辿り着き、上層へと更に足を伸ばす。ぽつ、ぽつと雨の音がし始めていた。

 クシャルダオラが雨を呼んでいるのか、雨と共にクシャルダオラがやって来るのか、それは定かではないが、クシャルダオラがやってくる時は悪天候の時が多かった。

 たたたた、と駆ける音がしたかと思えば、クルルヤックがリオ夫婦のものと思われる卵を抱えて男には目もくれずに走り去っていったのが見えた。

「……長生き出来ないな、あいつ」

 さぞ旨いのだろうが。

 

*****

 

 クシャルダオラが来るよりも先に、高台へと着いた。

 卵は幾つか残されており、触れてみると温もりがまだあった。

 リオ夫婦が戻って来る気配は無く、飛び去るときに何度も高台を振り返るその姿を思い出す。

 少しだけ、寂しい感覚が体をなぞった。しかし、感傷に浸る前に雨足が強くなってきたのに気付き、急いで物陰に身を隠した。

 そこからそんなに時間が経たない内に、自然に吹く風とは違う強い風の音が耳に入って来た。

 その風を起こす主がクシャルダオラだからと分かっているからか、強い圧を感じる。体は相変わらず緊張しているが、昨日のように滅入る気分ではなかった。

 あのクシャルダオラが温厚だからだと分かっていたから、そしてまた、男が居る位置は高台の西、草木を掻き分けた先にテトルーが作ったらしき蔦の道が縦横無尽に続く場所だった。

 そこに居れば、草木の先から高台の先に居る生き物の様子も安全に見る事が出来たし、気付かれる心配も無かった。気付かれたとしても、大型のモンスターが追って来れない場所だ、逃げるのも容易い。

 

 一際大きな影が一瞬過ぎ去り、男が上空を見上げた。クシャルダオラが鋼の翼を大きく広げて滑空してきていた。

 高台の前で旋回し、派手に音を立てながら着地する。

 ザザァッ、と泥をまき散らしながら滑り、止まってからゆっくりと高台の方を向き直した。

 ……男は唖然としていた。

 そのクシャルダオラは、昨日龍結晶の地で見たクシャルダオラとは別の個体だった。

 強いていうならば、普通のクシャルダオラだった。体を覆う鋼の煌めきも、特別感じたような威圧感も、古龍らしからぬ温厚さもそこには無かった。

 古龍に"普通の"と言う言葉を付ける事自体おかしいと思ったが、それはあのクシャルダオラを見た後ではあって然るべき言葉だった。

 クシャルダオラは一度そこで座り、息を吐いてから、枯れ枝で作られた柔らかな囲いの上に卵が残っているのに気付いた。

 立ち上がるとその前へ歩いて行き、前足を持ち上げ、振り下ろした。

 ぐしゃ、と音がした。ぐりぐりと囲いそのものも壊し、卵の殻も粉々に砕いて行く。

 ……気が立っている。

 こいつをアステラに近付けるのは危険過ぎる。

 止めなければ、俺が。

 ……いや、何を思っているんだ、俺は? あのクシャルダオラに会って危機感が麻痺している。古龍を討伐する任務になぞ、複数人でも一度も就いた事が無いだろうが。それなのにいきなりクシャルダオラに俺一人で、オトモも居ない状況で挑むと? 馬鹿げてる、無駄死にするだけだ。

 気付けば握りしめていた両手を開くと、手汗がてかてかとしていた。拭って、一度深呼吸をした。

 クシャルダオラはずん、ずん、と飽き足りないように前足をそれから何度か叩きつけると、汚いものを拭うように地面に前足を別の場所で擦り付け、また前を向き直して座り直した。

 ただ、項垂れるように頭を下げたり、尻尾で地面を叩いたりとどこか落ち着きがない。

 そんな様子を見ている内に一つの仮説が浮かび上がった。

 ……あのクシャルダオラ、龍結晶の地に前居た個体なのでは?

 強い同種に追い出されて、ここに来ているのでは?

 考えてみれば妥当性があった。龍結晶の地は、古龍にとってエネルギーの満ち溢れた居心地の良い空間だと言う。ネルギガンテという厄介な敵が居ようとも、狩人が良く訪れようとも、そこを縄張りにする古龍は後を絶たない。

 そこを追い出されれば、あれ位気が立っていても納得がいった。

 確証は全く無いが、十分に有り得る。

 ただ、そんな事が分かろうとも今の危機感を打開するには何の役にも立たなかった。

 

 暫くするとクシャルダオラは不意に立ち上がり、アステラの方を見た。

 じっと、見定めるように。

「やめろよやめろよ……」

 小声で男はそう何度も呟いた。ばくばくと心臓が鳴り響いていた。

 アステラの皆はここにクシャルダオラが来ている事に気付いていないのか? 誰も今日は俺以外古代樹の森を訪れていないのか?

 やめてくれよそんな事。

 ただ、そんな願いは叶わなかった。クシャルダオラの目は嗜虐的に笑っているように見えた。鬱憤を晴らす為のおもちゃを見つけたような。

 立ち上がり、折り畳んでいた翼を広げると軽く走って飛び上がる。後ろを見ても、どこを見ても、それを止めようとする狩人はどこにも居ない。自分を除いて。

「ああくそ」

 ここで俺が出なければアステラは酷い目に遭う。

 狩人としての役目が古龍と面と戦った事の無い男を奮い立たせた。

 高台から離陸したと同時に男は高台に躍り出て、叫んだ。

「おい!」

 クシャルダオラが振り向いた、それと同時に左腕をクシャルダオラに真直ぐに向けた。

 ぽんっ、と気合の無い音と共に飛んだ閃光弾――絶命するときに強い光を放つ虫を詰め、飛びやすくした弾――はクシャルダオラの顔面にぶつかり、文字通りの閃光を放った。

「ギャウウ!?」

 クシャルダオラが落ちていく、それに続いて男は高台から飛び降りた。

 スリンガーでまた、木の太い枝を掴み、勢いをある程度殺しつつその枝を軸に一回転、再び宙に体が飛び上がると共に、平衡感覚をも失い足掻いているクシャルダオラの位置をしっかりと確認。頂点に達したと同時に太刀を抜き、落下しながらその脳天に目掛けて太刀を振り下ろした。

 しかし、クシャルダオラは寸前で殺気を感じたのか頭をずらし、結果、太刀は地面を深く裂いただけに留まった。

「くそ……大変な事になっちまったなあ!?」

 男は救難信号を宙へと撃ちあげながら、立ち上がったクシャルダオラに向けて刃を向けた。




龍結晶の地に居るクシャルダオラが歴戦個体だって1で言ったけど、正しくは歴戦王個体の設定でした。1のあとがきも直した。
後、歴戦テオは倒したことあるけど、歴戦王テオが倒せなかった。ギリギリまで追い詰めたまでは行けたけど。

古代樹の高台にあるダム、あれ、壊される度にリオ夫婦が作り直してるのかな。ビーバーみたいに。というかなんであんなところにダムがあるんだ、雨水だけじゃなくて木が吸い上げた水でも漏れ出してるんかね。

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