唐突に現れたヴァルハザクは、古代樹の森を悠然と歩いていた。
瘴気の谷では屍肉を身に纏っていたはずのその外見は、この古代樹の森ではその屍肉の代わりに数多の胞子、そしてその胞子を数多に詰め込めているであろう胞子嚢を幾つか身に纏っている。
見た目だけで推測するのならば、この古代樹の森で生きる為により適したものを纏う事にしたのだろうと考えられる。
そしてそれは同時に、何故住処であった瘴気の谷から遠く、環境も真逆と言って良い程に違う古代樹の森を訪れたのか、という問いへの強力な推測にもなった。
ヴァルハザクは体表や口、身に纏っている屍肉から共生している微生物……瘴気を放ち、外敵を侵食していく生態をしている。
その元来ならばその瘴気はブレスか、その身体の直近だけを気を付けていればそう死に至る程の脅威にはならない程度であった。
しかし今、その胞子からはまるでポンプのように、瘴気が力強く吐き出されていた。言わずもがな瘴気が広がる範囲は拡大し、またその瘴気そのものの量、毒性も胞子と共生する事によって強くなっているように伺えた。
ヴァルハザクが歩んだその軌跡には、まるで粉雪が積もるかのように強い瘴気が多く残り、そしてそれらは草木や動物を侵食して更に繁殖を続ける。
小さい環境生物も、水の中のサシミウオもキレアジも、薬草もアオキノコも不死虫もハチの巣も、アプノトスもジャグラスも、生けるものは何であろうと侵食されていく。
まるで、この古代樹の森全てを縄張りにしようとしているかのようだった。
クシャルダオラが気付き、そしてヒノキを通じて調査団がその存在に気付いた時にはもう、風に乗って瘴気がアステラにまで僅かながらも降り注いで来る程であった。
観察などと言う悠長な事など出来るはずも無い、影響の拡大の速さ。
しかし、既知ではあるが様相が全く変わってしまった古龍に対して初見で討伐出来る程の実力を持った狩人は今現状、アステラには居なかった。そのような狩人は全員セリエナに行ってしまっている。
飛竜を使ってセリエナに居る有力な狩人達に応援を要請しに行くが、戻るまでには半日は掛かるだろう。
ウチケシの実の貯蔵を引っ張り出し、討伐ではなく、情報を集める為に狩人達が古代樹の森へと赴く。アステラの目の前に居るクシャルダオラに対しては、ある狩人はおずおずと様子を伺いながら、別の狩人は一目散に逃げるように全速力で、はたまたそれだけの為に飛竜を使って出来るだけ離れた場所まで行ったりする。
そんな狩人達をクシャルダオラは、どれに対しても大した反応は見せなかった。
その後にヒノキも赴くが、一応クシャルダオラに伺いを立てるように前で立ち止まる。
クシャルダオラはヒノキを一瞥すると、特に何事もせず顔を古代樹の森の方に戻す。ヒノキは、自分が身に着けているその装備が、クシャルダオラの血の痕跡がたっぷりと付着したそれであれば良いのだろう、と思った。
ヴァルハザクとクシャルダオラの間に面識があるとは思えないが、この血の痕跡は、そんな面識もすっ飛ばして強さを、所有物であるという事を知らしめるものなのだろうか?
何もしないという事は、きっとそうなのだろう。
ただ、だからと言ってヴァルハザクに太刀を向けても何もして来ないという事にはならないだろうし、何よりも、こんな生態系全てを我が物としてしまうような古龍を逃してしまう事はしてはいけない。
ヒノキ達がすべき事は、セリエナの精鋭の狩人達……特にマハワが来るまでの間、このヴァルハザクの情報を集める事だ。討伐に赴く時により有利に立ち回れるように。
*
まずは、とヴァルハザクが歩いた後である、瘴気に蝕まれた地に足を運ぶ。もう通り過ぎた後だと言うのに、瘴気は色濃く残っている。
瘴気の谷と同等か、それ以上の濃さだった。
自ずと狩人達は口を抑えて無言になる。しかし口を抑えていなくとも、身に纏っている防具の隙間から瘴気が入り込んで来るようにも感じられた。
種火石を使えば多少はマシになるが、数多に使っても、今も新たに生まれ続けている瘴気が失せる事はない。長居はしない方が良いだろう。
雑草に粉雪のように付着しているそれを指で弾いてみれば、もう既に雑草は黄ばんで枯れかけていた。にが虫がぽとりと落ちて死んでおり、木の葉はもう既にしおれている。
セリエナの狩人が来るまで半日ほど。それまでに古代樹の森は生きているだろうか? 正直に言ってとても怪しい。
地脈の影響を受けて多種多様な植物が、自分勝手に溌剌と、そして複雑怪奇に成長しまくった土地。それがこの古代樹の森だ。
それがヴァルハザクが通っただけでこの有様になっている。この瘴気が残り続けたのならば、太い木々さえも蝕まれて萎れ、枯れ、朽ちていくだろう。
「ギャアアアッ」
瘴気に蝕まれたジャグラスが奇声を発しながら襲い掛かって来る。ハンマー使いの狩人が叩いて潰せば、その血までもが瘴気に蝕まれてか、薄汚れた、血らしからぬ色になっていた。
時間が、無い。討伐は自分達がしなければいけないかもしれない。
そして何よりも、逃してはいけない。こんな危険な古龍を生き永らえさせてはいけない。
その事実が段々と濃厚になっていくのに、狩人達は不安な様子を隠せていなかった。
風を自在に操るクシャルダオラがその風に乗って来た瘴気を見てやっと気付いたように、その瘴気に関しては空にでも居なければ中々に気付きにくい。
そして、巣立ちを迎えたとは言え、未だ下位程度の実力しか持たない火竜、雌火竜は親元からそう遠く離れた場所にまで冒険はせず、古代樹の森や大蟻塚の荒地に居る事も多く。
出来た通常種の番の一組は古代樹の森の日向で、異変にも気付かないままに体を丸めて良く寝ていた。
親元から離れてそんな時間も経っておらず、そして脅威が居ない事にかまけて熟睡を貪っていたその顔は幸福そうであったが、しかし悠然と、そんなに足音も立てずに歩いて来たヴァルハザクにも気付かず眠ったままであった。
ヴァルハザクは立ち止まり、息を吸う。全身の胞子嚢も呼応するかのように吐き出していただけの瘴気を吸収していき、そして息を止める。
その横顔に唐突に火球が飛んできた。
ボォンッ!
「!?」
そこでやっと起きた番は、見るからにおぞましい古龍と、それに火球をぶつけた雌火竜――母親を見た。
「ガアアッ!」
さっさと逃げろと雌火竜は吼えた。番は急いで起き上がり、そしてその直後、吼えた雌火竜のその口の中へと、ヴァルハザクのブレスが捻じ込まれていくのを見た。
ブレスの勢いにのけぞり、その間もブレスは容赦なく全身に浴びせかけられる。
そのまま背中から地面に墜落し、子である雌火竜が悲鳴を上げた。
「ガッ、グフッ!? ゲェッ、ギュゥッ!!」
ブレスが終わるが、母親の雌火竜はのたうち回りながら思いきり胃の内容物を、血と共に吐く。たった一撃、瘴気のブレスを浴びせかけられ、そして飲み込まされた体は自らの意志とは無関係にびくびくと震え、立ち上がる事すら出来ない。
ヴァルハザクはそれへと、止めを刺しに歩いて行く。子の雌火竜が助けに行こうとするのを、火竜が必死に止める。
そんなギャアギャアと騒ぐ番に、ヴァルハザクが足を止めて顔を向けた。
胞子嚢に覆われて目が見えないその頭。だが、その顔はしっかりと若い番を見止めていた。そして閉じた口は今にも開かれようと、その瘴気のブレスが浴びせかけられようとしたその瞬間。
唐突に降って来た上からの影に気付いたヴァルハザクは、咄嗟に身を翻した。
ドズズンッ!!
その空間に勢い良く着地したのは火竜と蒼火竜。それぞれの父親である、仲の悪いはずのその二匹は今や同じ対象に向けて殺意を滾らせていた。
唐突な更なる乱入者に対し、ブシュゥと胞子嚢から瘴気が浴びせかけられる。しかし、火竜は身を翻して胞子嚢を尾の棘で切り裂いた。蒼火竜は即座に飛び上がり、火球を一発浴びせかける。
「ギョアアアアアッ!!」
ただの竜種による抗いに、ヴァルハザクは怒る。
「グアアアッ!!」
しかし、蒼火竜はそれに一歩も引かず吼えた。
また、一歩引いた火竜は番の雌火竜に近寄り、口移しでウチケシの実を与えた。
「ゲフッ、ガブゥッ、グ、ウグ……グゥ」
その肉体の大きさ故に、口に含んでいただけのウチケシの実の幾つかでは、瘴気の影響を完全には取り除けない。吐かれた血は未だ汚れた色をしていた。
それからやって来た若い番に、さっさと逃げろと首で示した。
そこに飛んできた横薙ぎのブレス。咄嗟に番を庇う火竜に対して、蒼火竜がその頭を踏みつけて軌道を逸らす。
そのまま捩じ折ろうとするが、古龍としての膂力がそれを容易には許さず、そして数多に吐き出される瘴気に放さざるを得ない。
体勢を戻した火竜は蒼火竜の隣に、そしてヴァルハザクの前に立ちふさがった。
若い番が母親の雌火竜を助けながらゆっくりと去っていく。
その去っていく足音を聞きながら、二匹の父親は古龍と戦う覚悟を決め直した。
相手が古龍であろうともその殺意は微塵も曇らず、それがより一層、ヴァルハザクを苛立たせていた。
薙がれたブレスを身を伏せ、跳躍して躱した火竜達はその直後にヴァルハザクに距離を詰める。勢い良く吹き出る瘴気を胞子嚢ごと火球で焼き払う。羽ばたきで吹き飛ばしながらその爪で身を切り裂く。
しかし、吹き飛ばされた胞子は薄くこの地を覆う。爪先に付着した瘴気がじわりと体に染み込んでいく。
距離を詰めなくとも、詰めようとも、そのヴァルハザクと同じ場所に居るだけで僅かずつ体力を削られていた。
そしてヴァルハザクは強い苛立ちを見せながらも、焦ってはいなかった。爪と火球による何度の攻撃を身に喰らおうとも平然とし続けていた。
子を数多く為すまでに闘争を生き抜いてきた火竜二匹の火球の威力は、並みの火竜のそれより高威力であるにも関わらず。その爪には猛毒が滴っているのにも関わらず。
段々と濃厚な瘴気で覆われていくこの地に対して一度強く羽ばたき、視界をクリアにした火竜が見たのは、新鮮な空気を吸い直す為に距離を取った蒼火竜が見たのは、何度もぶち当てた火球の痕跡も、何度も切り裂いた爪痕も、もう既に新たな胞子嚢に覆われていた、最初と何も変わらないその肉体だった。
そして、ヴァルハザクの動きは緩慢でありながらも、その一撃一撃は当然ながらも火竜のそれより遥かに危険度が高い。
その目の良さと飛行能力が合わされば、ヴァルハザクの攻撃を避ける事は容易い。ただしかし、一撃でもまともに喰らってしまえば、それは死と同義だ。
この瘴気が降り積もる地面に倒れ伏せばそれだけで瘴気は全身を巡り、そうなったら最期、ヴァルハザクの意志の一つで全身のエネルギーを持って行かれる。
――その具体例をこの火竜達は、父親達は既に見せつけられていた。
胞子に覆われ、干からびた肉体。
この父親達から出来た三組の番の内の一つの亜種の番の二匹。そして更に火竜の子の火竜の一匹が。
それを見つけた蒼火竜の番の桜火竜も唖然としている内にヴァルハザクの攻撃を喰らい、今も尚、森の奥深くで生死の境を彷徨っている。
その感情を、父親達は圧し留める事が出来なかった。
巣立たせた後であろうとも、互いにいがみ合っていても、断じて古龍の糧にする為に育てた訳ではない。
そして……ヴァルハザクは狩人に会いに来る変わり者のクシャルダオラよりは明らかに弱かった。
勿論、それによって感覚が麻痺していた部分もあるだろう。しかし、ヴァルハザクはクシャルダオラやテオ・テスカトルのように飛行能力を封じてきたり、火球による攻撃が全く効かない訳ではなかった。ネルギガンテやキリンのように圧倒的膂力による攻撃や予測不可能な攻撃を仕掛けてくる訳でもなかった。
しかし、それでも古龍は古龍である。
それを今、父親達は思い知らされていた。
「ギュアアアアアッ!!」
ヴァルハザクの咆哮。それは濃くなっていた瘴気を一身に戻す命令でもあった。
瘴気が薄くなるも束の間、火竜と蒼火竜は力が抜けて行く感覚を覚えた。
そう大きなものではない。しかし、確かなその脱力は、長期戦を仕掛ける事すら許されない事を思い知るには十分であった。
次は数週間から1カ月位後だと思います。
Rise発売までには終わらせたい。
火竜達
父母:
火竜 蒼火竜
雌火竜(瀕死) 桜火竜(瀕死)
子:
火竜1(死亡)
火竜2
雌火竜 ×火竜
蒼火竜
蒼火竜(死亡)×桜火竜(死亡)
銀火竜 ×金火竜
ゲシュタルト崩壊してきましたね。
コーラス付BGM
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マム・タロト
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ムフェト・ジーヴァ
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猛り爆ぜるブラキディオス
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ミラボレアス