古龍を描く狩人   作:ムラムリ

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日間51位になっておりました。ありがとうございます。
クシャルダオラ編は取り合えず終わるまではそこそこ早く投稿する予定なのでお付き合いして頂けたら幸いです。


クシャルダオラ 6

 為すべき事は、倒す事じゃない。数分間、救援が来るまで耐える事だ。

 数分間、三分、五分? それとも十分? 悪い事は考えない事にした。スリンガーに弾を装填し直し、口に手を当てながら、未だに視界の開けず体を暴れさせているクシャルダオラに向かって毒けむり玉を投げつける。

「ゲフッ、ゴブッ」

 僅かながら動きが鈍る。そして太刀をその頭に向けて叩きつけようとして、けれど無作為に暴れるその巨体に掠めただけに留まった。

 位置を掴んだクシャルダオラが前足を叩きつけるのに合わせて体を引き、太刀も腰だめに引く。ズンッ、と泥が飛び散る、同時にその鋼に向かって渾身の一撃を叩き込んだ。

 ガィンッ!

 弾かれた訳じゃない、けれどその鋼の甲殻は人の身では何度も切り裂き続けなければ破れないものだ。

 クシャルダオラが後ろに飛び退き、目をしっかりと開けた。閃光の効果は切れ、残るは毒けむりで僅かに身に纏っている風が乱れているだけだった。

「ギャルルルルッ!!」

 咆哮と共に得意の風ブレスが飛んできた。横に転がって避け、その間に距離を詰めたクシャルダオラが口を大きく開けて思いきり噛みつきに来る。今度は前に転がってその首の下へと避けた。

 隙だらけの胴を走りざまに太刀で薙ぐが、ガリリッと表面を僅かに削るだけで傷にもなっていない。

 距離を取ってクシャルダオラと向き直し、ひと呼吸。

 くそ、まだ一分も経っていないよな? 閃光玉当てた後はもう、救難信号出すだけで良かったか?

 ふた呼吸、意識を集中し直す。集中が大切なのはどの武器でも共通するが、太刀はより一層、それが重要な武器だった。集中すればするほど、太刀筋は鋭さを増す。達人が扱う太刀の、ブレの一切無い一閃はモンスターの甲殻を紙のように切り裂くとも聞いていた。

 男はそれほどの実力者では全く無かったが、そうなれるようには努力をし続けている。

 ぐ、と太刀を握り直す。クシャルダオラが目の前の小物を早く片付けようと身に強く風を纏い始める。

 クシャルダオラが軽く後ろに身を引いた。風のブレス、横に転がり、しかし続けざまに放たれた二度目のブレスが直撃した。

 連続して放たれたそのブレスの威力は控えめだったが、男は巨大なハンマーに叩かれたように転がり、けれど受け身を取って前を向き直す。走って来たクシャルダオラ、完全には避けられなかった。前足で蹴り飛ばされてまた転がった。

「がはっ、ごぼおっ」

 それでも受け身を取り直すが、全身が痛む。顔面が泥に塗れている。胃液が吐き出された、口の中が酸っぱい、もしかすると血も吐いているだろう。クシャルダオラは咆哮し、動けない男に向かって極大のブレスを吐こうとしている。

 ……辛いな。

 そう思いながら太刀を仕舞い、顔の土を拭う。ブレスが男を襲う直前にスリンガーで手近な枝を掴んだ。同時に体が引っ張られ、直後にブレスがそこを通り過ぎていった。

 ごうっ!!

 ばきばきと背後の大木が何本もへし折られていく。クシャルダオラが避けた男を目で追い、宙づりのまま噛み砕きに強く跳んでくる。

 ポーチをまさぐりながら男は地面に落ちた。クシャルダオラは枝だけを噛み砕き、その間に男は取り出した秘薬を口に入れて噛み砕いた。

 飲み込み、圧し潰そうとしてくるクシャルダオラから逃げる。体がどくんと音を立て、慣れてしまった激しい不快感と痛みと共に、千切れた筋繊維が、痛めた内臓が急速に治癒されていくのが分かる。

 歯を食いしばり、その感覚を無視しながら太刀を抜き、握り直す。前足の引っ掻きをギリギリで避け、剥き出しの頭に叩きつけようとして、しかしその身に纏う風が男の姿勢を崩させた。

 風は強くなっていた。多少は風圧耐性がついているこの防具を上回る風だった。

 よろけたところの追撃に噛みつきが来る。躱しきれずにポーチが破れた。バラバラと中の物が大量に散らばる。

「くそ」と男は悪態を吐きながら、足元に転がった毒けむり玉と閃光弾を踏み砕いた。

 クシャルダオラは怯みながらも、男を叩き伏せようとし、ガリリッと爪が不快な音を立てる。

 爪で鎧が引っ掛かれた。それだけで抉られたような深い傷跡が残る。次喰らったら鎧が切り裂かれるだろう。追撃を横に躱し、落ちた物の中から秘薬だけを回収した。

 泥まみれなそれをそのまま口に含め、無暗矢鱈に暴れるクシャルダオラの隙を伺う。あらぬところにブレスが飛んでいき、毒で涎をぼたぼたと垂らしているが風は更に荒く強くなりつつあった。

 男は集中を高め、風が吹き荒れる中しっかりと足を地面につけた。

 狙うは皮翼。

 尾が目の前をぶおんと過ぎていく。背を向けていた。前に静かに歩み太刀を高く構えた。

 紙のように揺れるその鋼の翼が目の前にあった。びちゃびちゃと体に水滴と泥が当たる中、小さく息を吐き、振り下ろした。

 どっ、と音がした。

 

 何故かは分からなかったが、世界が目まぐるしく回っていた。手から零れた太刀が見えた。雨が降りしきる鈍色の空が見えた。泥水が顔を濡らした。尾で薙ぎ払ったクシャルダオラが見えた。

 体が為すがままに転がっていくのを感じるその刹那、あのネルギガンテを思い出した。全力のブレスで弾き飛ばされたネルギガンテもこんな風に転がっていったのだろうか。

 ただ、自分がこの後迎えるのは、住処に帰る事じゃない。クシャルダオラに殺される事だ。

 ……救援が間に合わなければ。

 大木にぶつかって体は止まった。

「がひゅっ、こひゅっ」

 血が吐き出された。先ほどよりも大量に。骨が幾つか折れたらしい、呼吸する度に体が痛む。口に含んでいた秘薬は吐き出してしまったらしい、どこにも無かった。

 目を開けたクシャルダオラは、男が動けないのを見ると男を殺す前に散らばっているポーチの中にあった物を何度も踏みつけ、見せつけるようにぐりぐりと壊した。その後に太刀を見つけるとそれも壊そうとして、男の視界に翼竜が見えた。

 ゼノ・ジーヴァを討伐した第五期団の男、マハワがその翼竜と共にやってきていた。

 クシャルダオラが気付くよりも前にマハワは背負っていた双剣、トビカガチの素材から作られたカガチノツメを手に取り、飛び降りた。

 クシャルダオラが気付いた時には、体に捩じりを入れて頭に双剣を叩きつけていた。

 ギャルギャルギャルッ!

 そのまま、体の線に沿って凄まじい勢いで、回転しながら尻尾までを何度も切り裂いた。

「ガッ!?」

 クシャルダオラが体を震わした。弱点の雷属性を帯びたその双剣で一瞬にして幾多にも切り刻まれ、体が言う事を聞かない様子だった。

 その隙にマハワが男の元にやってきた。

「大丈夫か?」

「……そうでもない」

「……動けるか?」

「動くよ、そうじゃなきゃただの的だ」

「分かった、これ、一つ飲んどけ」

 回復薬グレートを渡され、少しだけ飲む。骨が折れた状態でそれを飲むのはかなり良くない事だった。最悪変な形で骨がくっつき、後で折り直さなければいけない事さえもある。

 ただ、動けない状態でそれを言っている暇も無かった。

 体勢を立て直したクシャルダオラが男とマハワを睨みつけ、咆哮した。男よりもマハワの方が数倍手ごわいと感じ取ったのだろう、いきなり体を引いてブレスを吐こうとしてきた。

 男がスリンガーで戦線離脱しようとし、マハワがそれを確認してから双剣を抜いた瞬間、クシャルダオラを黒い影が襲った。

 ドズンッ、といきなり空から襲ってきたのはネルギガンテだった。

 ブレスは不発に終わり、唐突に始まった古龍同士の争いに一旦マハワも引く。

「ギャウウッ!?」

「ゴアアアアッ!!」

 すぐに狩人など見えなくなった二匹の隙を見て、マハワは太刀を回収してきてくれた。それから言った。

「なあ。昨日、強いクシャルダオラにコテンパンにされたとか言ってなかったっけ?」

「……そのはずだ」

 あのブレスを喰らって、土の地面ならともかく、硬質な龍結晶の地面に高くから墜落して、そして一日が経ったかどうかの時間だ。

 たったそれだけの時間で快復したというのか? あのネルギガンテは。

 地面に組み敷こうとしたネルギガンテからどうにか脱出したクシャルダオラは、空に一旦逃げようとした。しかし、風を纏い、飛んだその瞬間だった。

 ベリベリベリッとその片方の皮翼が一気に破れ始め、バランスを失った。

「俺の一撃は、当たっていたのか……」

「クリティカルだ」

 その隙を逃すネルギガンテではなかった。

 飛び掛かると、クシャルダオラはその重みに耐えきれずに地面に張り付けられた。片方の前足を抑えられ、必死に抵抗するも、ネルギガンテの膂力には敵わなかった。

 ネルギガンテとクシャルダオラが次第に密着していき、クシャルダオラは何も出来なくなっていく。その身に纏う風も、ネルギガンテを払う程には強くなかった。

 ネルギガンテが口を開け、クシャルダオラがそれでも必死に首を逸らそうとして、しかしそれは無駄な努力に終わる。

 ネルギガンテの牙は、クシャルダオラの首を捉えた。

「ギャアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 そのクシャルダオラの悲鳴は、疳高く、今までの何よりも遠くまで響いた。同時にネルギガンテが思いきり首を振り、みき、みし、と音を立てていく。

 死の間際になろうとも、ネルギガンテはクシャルダオラに一切の抵抗を許さなかった。

 ぼき、と音が鳴る。

 クシャルダオラはその瞬間、事切れた。

 辺りは唐突に静かになり、雨の音だけがさらさらと聞こえていた。ネルギガンテはクシャルダオラがもう動かない事を確認すると、大きく息を吸い、天高く吼えた。

「ガアアアアアアアッ!」

 その次の瞬間には、また大きく口を開けて、がつがつとクシャルダオラを食べ始めていた。

 ご馳走にありつくネルギガンテの姿は遠目から見ても中々に嬉しそうで、ネルギガンテがそれを食い千切る度に、クシャルダオラの骸がびくびくと動いていた。




マハワ:
♂。MHWの主人公。
名前の由来は、うん、まあ物凄く単純で、
マ(M)ハ(H)ワ(W)
ハイ、そうです。

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